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フェイカー  作者: 那上畑 潤
Because, you don’t understand yourself
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『奇跡』

「と、こんな感じだな。信じられないと言うのは構わんが、これ以上は何もないぞ」

「……いいえ。ACTをかけて聞き出した回答とも大体合っているし、アタシに話した株の話も、その『平成』の時代の記憶を参考にしていたと考えれば、むしろ納得出来る」


 そう言う割には、俺を見据える加藤由利の表情は苦い。


「この情報が外部に洩れたら、アンタ、間違いなく『封殺対象』に指定されるわよ……意識だけとはいえ、違う世界線からタイムトラベルしてきたなんて証明されたら……情報がばれないよう、アタシと白鷺さんは確実に口封じで殺されるでしょうね」


 ……先程から切羽詰まっているように感じられたのは、そういう訳か。


「そして何よりヤバいのが、そんなアンタを監視しているかもしれない、という奴の存在よ。最悪、アンタの記憶を改変―って言うのは適当ではないわね。柳雄平の身体に、『平成』とやらの年号の記憶を持つ、アンタを憑依させた奴の動き次第では……」


「いや。俺の素性を黒幕が暴露する、ってのだけは無いと思う」


 指摘に加藤由利は無言で腕組をし、先を促す。


「暴露するならとうの昔にやっているはず。やらない理由は、黒幕にとって俺の素性を明らかにするのは、黒幕にとっても不利益になる可能性が、現時点では高いからじゃないか」


 俺の発言を横からさらう形で白鷺さんが補う。


「秦さんも危険ですが、危険の度合いで考えれば、『奇跡』じみたACTを行使できる黒幕も、『封殺対象』に成りえますからね」

「本当に、アンタの記憶を柳雄平とやらの肉体に定着させたのが、黒幕ならね」


 俺と白鷺さんに待ったをかけるように、加藤由利は椅子から立ち上がりこちらに歩み寄ってくる。


「アンタは、『正化』ではない、『平成』とやらの記憶がある。でも、白鷺さんと、転校した仰木さんの記憶は、完全に消されている。どうして、こんな相違点が発生したのかしら?」


 発言に、俺も考え込んでしまう。

 加藤由利は右手の3本の指を立てた。


「考えられる理由は、3つあるとアタシは思う。

 アンタの時だけ、黒幕にも説明できない、あるいは予想しなかった出来事が起こったがための、例外である可能性。

 2つ目は、アタシ達を混乱させる目的で、意図的に違いを生み出した可能性。

 3つ目は……アンタの件と白鷺さんの件は、別々の犯人が行った結果、アタシ達には、偶然同一犯に見えている可能性」


「1つ目なら、黒幕が俺に手を出さない理由はわかる。

 俺は、2度と手に入らないかもしれない貴重なモルモットだ。扱いも丁寧になるだろうし、情報が洩れたら最後、『封殺対象』になるかもしれないんだから、情報を誰かに渡すなんてもっての他だ。

 しかし2つ目は、そもそも俺達を混乱させる理由があるのか? 俺達は、まだ、誰が黒幕なのかもわかっていないってのに。2つ目については、可能性としては低いと思うぞ。

 問題は3つ目だったケースで……俺を放置している理由はまだ可能性としてあり得るが、どうして白鷺さんと仰木さんを放置している?」


「わかる訳ないでしょ、そんなの。でも、そうね……白鷺さん側の犯人なら、記憶を喪った対象がどう生活していくか、観察することそのものが目的、ってのは有り得るんじゃない? それなら、今も放置している可能性も説明が」

「いや、出来ない。どうして仰木さん、という2人目の記憶喪失者が最近になって出てきたんだ? モルモットの数が欲しいと言うなら、なぜ3年も黒幕は動かなかった? 観察していたにしては、最近の動きが説明できない」


 俺の疑問に加藤由利は反論出来ず、無言で右手を自身の頭にやり―ほどなくして、両肩を竦めた。


「犯人の動機と、どうして白鷺さんやアンタでは症状にこうも違いがあるのか、と言うのはこれ以上の推測をしたとしても、変な方向に転がりそうだから、止めときましょ。

 で、ここからは情報の共有だけど、そもそもアンタは、誰がアンタの記憶を改変した黒幕だと思っている訳?」

「俺と全然接触の無い人間か……接触のある人間の中では、津田さんが怪しいと、俺は踏んでいる」


 発言に、加藤由利は驚きで口と眼を見開いて、俺を見つめた。


「ウソでしょ、アンタ。この状況で、どうしてアイツを疑っていないの?」

「アイツ?」

「酒井玲於奈。正体はもちろん、ACTの詳細も不明。一年生の時に行われた実技試験のビデオ映像ですら破棄されている、高校唯一の、不可侵のリライター」

「……お前、人を見た目と評判だけで判断すると痛い目を見るぞ」


 厳しい目付きで俺を睨む加藤由利は、テーブルの上に置かれていた録音機などをどかし、広げたノートを左手に、ボールペンを右手に持って図を書いていく。


 ノートの中央には、『秦啓一』の文字を大きく書き―すぐに俺の名に×印をつけた。


「アンタ、『秦啓一』を中心に考えるから、発想がおかしな方向にいくのよ」


 そう言って、加藤由利は『津田香』の名を書く。


「津田さんが犯人、つまりアンタの記憶を書き換えた張本人だったと仮定しましょうか。何で、転入初日に、アンタに普通に接触してくる訳?」


 む?


「そうでしょ? アンタの話だと、自分の『平成』の記憶も、改変されたものである可能性をその時点で考えていた訳でしょ? ということは、改変者も、アンタがそう疑う可能性を考えるだろうし……何より津田さんは、白鷺さんと同じ織田派の人間で、ある程度は白鷺さんから情報が流れていると考えるのが自然じゃない。

 白鷺さんが一切何も喋らなかったとしても、盗聴器や発信機をつけているんだから。私が津田さんの立場になって、黒幕として動くのなら、普通に接触するなんてのは有り得ない。

 白鷺さんだけ接触させておけばそれで十分よ」


「おい、そう言うなら酒井さんだって転入初日に」

「マスケラつけているアイツの中身が、アンタの転入初日と今と、同じってどう証明するの? いや……そもそも、アンタだって考えていたんじゃないの?」


 ……俺は、加藤由利の発言の真意を理解し、無言で彼女を睨んだ。

 白鷺さんは意味を測りかねたのか、あの、と掠れた声をあげてから小さく挙手した。


「加藤さん。秦さんが考えていた、というのはなんですか?」

「酒井玲於奈は、どうしてあんなマスケラをつけているのか。まさかアンタ、『平成』とやらの記憶を抱えて、周り全部が疑わしい状況下で、一度も考えたことが無かったなんて言わないでしょうね?」


 …………


「でも、アンタは早い段階で酒井玲於奈を―マスケラを黒幕候補から外していたようね? 理由までは、アタシにはわからないけど」


 予測とか予知に特化したACTを扱うだけあって、よく見ている。


「理由は、怪し過ぎるからだよ。ACTで整形とか、声帯を変えることって出来ないのか? 手術でも出来ることなら、ACTでも出来ると思うんだが白鷺さん、その辺どうだ?」

「可能か不可能かで問われれば、可能です。細胞の変化を専門とする方で、一日程度の短時間であれば、容易に行えるかと」

「なら、何であんな怪しいマスケラなんてつけなくちゃいけないんだ」




「『奇跡』」




 言葉を遮ってボソッと呟かれた加藤由利の単語に、俺は反応しなかった。


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