暴かれた事実
身体が、ダルい。重りが手足に巻き付けられているかのような倦怠感。
靄がかかった思考で、どうしてこんなにダルいんだ、と疑問に思う。
ベッドの中でどうにか起きようと上体を起こし、
「秦さん、まだ身体が本調子ではないと思うので、起きない方が良いですよ」
そうか、俺、風邪ひいたのか……ぼーっとした頭で、何故白鷺さんが俺の寝るベッドのすぐ傍にいるんだ、と考える。
ホテルとか旅館に、俺、泊まったか?
いや、そんな記憶は、
「そんなこと、言ってられないわ。まだ本調子じゃないでしょうけど、今後のこと、話し合う必要があるでしょう」
椅子に腰掛けたゆりっぺは、グッタリした面持ちを俺に向けて、
……! 咄嗟にベッドから跳ね起きようとし、失敗する。
俺は、加藤由利に、だまし討ちをされ……そうだ、思い出した。
だが、なんだ、この身体のダルさは。俺は、加藤由利に何をされた?!
いや、ひょっとしたら白鷺凛も、共謀している可能性が……
「あんなことしたアタシを警戒するのはわかるけど、アンタ、白鷺さんには感謝しなさいよ。あれだけ疑われる下地があったのに、彼女、『これ以上秦さんに対して実力行使に出るなら、こちらにも考えがあります』ってアンタのこと、最初から最後まで守ろうとしていたんだから」
俺は無言で加藤由利を見据える。
一度大きく深呼吸し、白鷺さんに目を移す。
「……疑って、悪かった。それと、ありがとう」
「いえ。それより、秦さんに確認したいことがあります。秦さんの脳の画像が、30代のように見えると以前加藤さんから言われたそうですが、それは事実ですか?」
「……事実だ」
短く、端的に答える。
正直、加藤由利とは口を利きたくない……ないのだが、こちらを見ようとしない加藤由利とは異なり、無言でこちらを見据えてくる白鷺さんは、俺の眼光を真正面から受け止めている。
「何で、そんなことを聞く?」
「秦さん。冷静に、冷静に聞いて下さい。秦さんの肉体なんですが、実は、35歳なんです。肉体年齢とかではなく、秦さんの身体が、35歳の肉体なんです」
……どういうことだ? 身体の自由が利かないこの状況下なら、俺が『平成』の記憶を持っていることを盾に取るような、回りくどい方法を白鷺さんが選ぶ必要性は無い。
視線を加藤由利に向ける。疲れたように息をつく彼女の目元には、クマが出来ていた。
「盗聴とか、ACTで情報が盗まれているのを警戒する必要は無いわよ。アタシのACTでこのホテルの一室だけ、情報改変力を0に調整したフェイクニュース流してるから」
あの娘ならもっと上手く、短時間で出来るんでしょうけどね、と呟く声にも張りが無い。
「肉体が、35歳って、どういうことだ?」
「自覚はなかったでしょうか? 普段と比べて疲れやすいとか、食事の量が変わったとか、肩が凝りやすいとか。普段の秦さんであれば、感じなかった違和感は、なかったですか」
『平成』の俺と比べると、汗が、出にくい……すぐに、おかしい、と感じるほどに。
「……確かに、自覚は、あった。だがそれは、あくまで違和感の範囲だ」
だが、白鷺さんはともかく、加藤由利の前で情報を開示するのは……
「アタシが共有したいのは、現状がどれだけヤバいかっていう危機感であって、アタシに騙されてヘソ曲げているアンタに付き合っている余裕はないのよ」
……へぇ。
「じゃあ、言ってみろよ。そのヤバいっていう現状を」
「加藤さん、待って下さい。その情報は、秦さんにとって衝撃が大き過ぎます。しっかり手順を踏んでから」
「アンタ、秦啓一って名前の高校一年生じゃないわよ」
「……」
「柳雄平って偽名を使っていて、本名は自分でもわかってないのよ、その男は。年は35歳。特高に所属、って言ってもわからないか」
やはり、コイツが俺の記憶を操作した黒幕に、
「秦さんが今、考えていることは予想がつきますが、加藤さんが秦さんの記憶を操作したのではありません」
「病院に行って血液検査してもらいなさいよ、アンタ。それが一番手っ取り早く、今アタシが言ったことがウソか本当か判断できる方法でしょうから。アンタ、O型だそうだけど、病院のPCにハッキングしたらA型って出て来たわよ」
自信満々という訳ではない。逆に、直接的な会話内容から判断しても、加藤由利が切羽詰まっているように感じられる。
「どうやって、柳とやらの情報を知った」
「アンタの脳に、アタシが直接ACTをかけて、催眠状態にしてから質問をしたわ。アンタは何者なのかとか、目的は何なのかとか……一応、テープレコーダーで録音したから、後で聞いたら消去しておいて。で、アンタを気絶させてACTをかけたのは、単純に、アンタが怖かったからよ」
俺が、怖かった?
「自分の肉体時間をリライトしているのか、物理法則をリライトしているのかまではわからないけど……あんな超高等技術、ACT使い始めて1週間の奴が、出来る訳が無い。ましてや、アンタは生体コードを自力で繋げないなんて、普通なら考えられないハンデを背負っていた……にもかかわらず、アンタは実技試験で白鷺さんと互角に戦った。有り得ない。つまり何かしらのペテンをアンタは使った、と考えるのが自然よ。だから、アタシは最初に会った時にアンタに言った、諜報員の線を真っ先に疑っていた」
加藤由利は渋面を浮かべている。
罪悪感に悩まされている可能性もあるし、演技である可能性ももちろんあるが―それ以上に、何かに焦っているのか?
情報の把握や分析といった事柄に特化したACTを持つ加藤由利が焦る状況というのが、俺には想像出来ない。
「俺を疑った理由はわかった。一度整理するぞ、俺にACTを使って情報を引き出してみたら、俺の口から、柳なんとか、という奴の名前が出てきて、俺の肉体は、その柳のものだと答えたんだな?」
言っている自分が混乱するような内容だが、加藤由利も白鷺さんも異論を挟むことなく頷く。
「では、どうして俺は、秦啓一としての意識を持っている? 脳だって柳のものなんだろ?」
「それが今、アタシが最悪の状況に巻き込まれた、って考えている理由よ」
天井を仰いで大きく息をつくと、加藤由利は右目を閉じ、左目だけを俺に向けた。
「嘘偽りなく答えて、秦啓一。貴方、本当は何者なの?」
「……」
「秦さん、お願いします。現状は、秦さんが想像している以上に危険です。最悪の場合、時間的な余裕もないかもしれません」
無言で回答を拒絶していると、白鷺さんが身を乗り出して訴えかけてくる。
……
「ここは、本当に盗聴対策も、ACTの対策も万全なんだな?」
「ええ。アタシのプライドと名にかけて万全だと誓うわ」
俺は大きく息をつき、話す内容を吟味し、
「まず、始まりは頭蓋骨の骨折からだ」
俺は、『平成』にいた頃からの記憶を語り始めた。
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