油断
帰り道はお気をつけて、という仰木さんの言葉を背に、俺達は先にファミレスを出た。
雨がシトシトと振りはじめた中、鞄の中に入れていた折り畳み傘を広げる。
記憶喪失になったのは、何者かの意図が介入している可能性が高いと聞いて、今、俺の隣を歩いている彼女は何を考えているのだろうか。
横目で表情を盗み見る―ダメだ、完全に無表情だ。
考えるだけ無駄だから、聞こう。
「なぁ、白鷺さん。今、君は何を考えている?」
「何を、とは?」
水溜まりに足を踏み入れると、雨が招く波紋よりさらに大きな波が広がっていく。
「えーと、その……」
(あんな状況下で表情を一切変えないというのは、普通じゃ考えられない)
俺ももう少し、言葉を選べよな……あんな言い方をしたら、傷つくに決まっているだろう。
歩みが全然止まらない。表情も変わらない。
あーくそ、白鷺さんが本当に何を考えているのか、サッパリわからない。
彼女の顔を見ていられず、頭を掻きながら視線を逸らしてしまう。
「……」
だが白鷺さんは歩みを止めて、何も言わずに俺に正対した。
表情は変わっていないのに、どうしてか決意とか、なんかそういう意思表示が、眼に表れている気がする。
……こういう状況下では、どう言葉をかけるべきなんだろう?
「今日は、どうする? 高速バスでこのまま帰るのも良いが、明日は土曜だし、バスは22時まで無いし、着くのは明日の朝の5時ごろになる。どこかに泊るってのもアリだけど、どうする?」
本当に問うべきは、こんな無難な、どうでも良い内容ではないだろうに。
でもお金どうするかなー、とこれまたどうでもいいことを呟きながら、ここぞという時に、相手の内面に踏み込む会話を躊躇う俺が、心底嫌になってくる。
うんざりとしつつ、逸らしていた視線を戻し―あの白いコートはゆりっぺか。
酒井さんが見当たらないし、津田さんや槇原君も一緒に行動していないのはどうしてだ?
足早に、ゆりっぺへ駆け寄る。
「おー、ゆりっぺ。他の3人はどうしたんだ?」
「ええ。そのことで、ちょっと聞きたいことがあるのよ」
? ゆりっぺは俺に目配せをしつつ、白鷺さんの方に一瞬だけ視線をやった。
白鷺さんには、聞かせたくない内容なのか?
口元に手を当てている様子から判断して、耳を寄せろ、ということか?
白鷺さんから見て、不自然には見えないよう、ちょっとバランスを崩したように見せて、ゆりっぺに身体を寄せる。
耳元で、パチン、と指を鳴らした音が響いた。
何が起こったのかは、わからない。
俺の意思に反して、いきなり膝から先が言うことを聞かなくなり、地面に崩れ落ちた。
何が、起こった? どうなっている?
「ようやく隙を見せたわね、秦啓一」
混乱の中、渾身の力を振り絞り、腕の力で上体を起こす。
左腕にOBを装着し、両手には皮手袋のようなものを装着している加藤由利の表情は、ゾッとするほど感情が抜け落ちている。
「な、に、を」
再度、パチン、と耳元で指が鳴らされた。
秦さん、と遠くで俺の名を呼ぶ少女の声が、聞こえた気がした。




