探る会話
「なぁ、槇原君。俺、君は津田さんの隣の席になると思っていたんだけど」
「実は……OBでバス会社のパソコンにハッキングして、座席表にちょっとした小細工をしました」
まだバスは走り出して10分も経っていないのだが、恐縮した面持ちで返答した槇原君は、俺の隣の席で右手をお腹の辺りに当てつつ、後方の席に視線を何度か飛ばしている。
俺が非難めいた視線を槇原君に向けたと思ったのか、彼は顔を少々青くしつつ、俺から顔を背けた。
……まぁ、パソコンにハッキングというのはれっきとした犯罪なんだが、槇原君のストレスを考えると許してあげても良いのかな、と思ってしまうくらいには彼、常に津田さんに振り回されているからな。
「それで白鷺さん、今日は秦君と山菜取りをされていたとのことですが、何を収穫できましたか?」
「まいたけやしいたけと言ったキノコ類に、フキ、それからアケビが取れました」
「まぁ! 秋の味覚と言えば、きのこ類は外せませんからね。よろしければ、少しばかりまいたけを分けては頂けませんか?」
「ええ。ただ、私は料理があまり上手くないので、調理方法を教えて頂ければ」
ゆりっぺの奴、感情が伺いにくい糸目で周囲を観察しつつ、上品そうに右手を口に当てて「あら、わたくしの料理でよろしければいつでも」とか言っていやがる。
猫を被っていることを自白するかのようなドジさ加減で俺に暴露してしまったからか、どうも俺の中でゆりっぺは詰めが甘いというか、肝心なところでポカしそうな印象があって危なっかしい。
白鷺さんには、もうゆりっぺの本性がバレているんじゃないかと思うんだが……チラリとこちらに向けられた糸目の奥から、アンタ、あんな山奥で何してたのよ? とでも問いたげな眼差しを向けられた気がしたので、俺は無言で両肩を竦めた。
問題なのは、真後ろの席の2人より、
「さっちゃん、外でもマスケラつけているのはどうして?」
「バスの中だから、もう少し小さい声で……それから、さっちゃん、という呼び方は止めてくれるかい?」
「ん? どうして? 酒井さんでさっちゃんでしょ? それと、どうして外でもマスケラつけているの?」
「……貴女、空気を読まないって言われない?」
「どうだろ? マキには言われているかもしれないけど、気にしたことないから!」
元気良く朗らか、かつこちらに聞こえるようハッキリとした声で言ったので、これを聞いていた槇原君は両手で頭を抱えてしまった。
しかし、酒井さん……仮面越しなのに疲れているのがわかるとかって、津田さんと相性が良くないんだな。
でもゆりっぺのことをカマトトとか言っていたのを考えるとどうなんだ? ゆりっぺのように気軽に悪口を言えないくらいに苦手とか、嫌なのか?
女性同士の関係と言うのは、男の俺からすると実に複雑怪奇だ。
とりあえずシートベルトを外して、後ろの席に向かう。
途中、他の乗客が好奇―と言うのは不正確だな。かなり不審げな視線を向けられたが、しょうがない。
「酒井さん、悪いけど席を変わってくれるか。俺、車に酔いやすいタチでね」
「……気を遣わせて、悪いね」
声に、全く張りが無い。大丈夫か?
酒井さんと入れ替わりで津田さんの隣に腰を下ろし、
「あれ? でもケイ君、車酔いって、前の席の方が酔いにくいんじゃない?」
「基本的にはね。例外もあるってことさ」
酔い止め薬は飲んであるから、後方の席でも多分大丈夫なはず。
まぁ、『正化』の秦啓一の身体が、車酔いしにくい身体なら杞憂に終わるけど。
「ところで津田さん、どうして白鷺さんに発信機をつけているんだい?」
正直、津田さんはいつもニコニコしているイメージがあるんだが……どうにも、俺、あの笑顔が作り物っぽく見えてしょうがない。
と言うのも、俺は津田さんの笑顔以外の表情を、白鷺さんの無表情以外の表情以上に、見た記憶が無いのだ。
唯一あるのは、俺がACTを発動できないのは、脳の病気なのではと白鷺さんが指摘し、慌てていた時くらいか。
こうして疑問に思って首を傾げている時でも、笑っているからな。
「え? だってリンちゃんに何かあったらマズイでしょ?」
笑いながら小首を傾げているが、すっとぼけているのでは、という疑念がどうしても尽きない。それとも本心で誘拐対策のつもりでつけているのか?
「じゃあ、俺にも発信機つけているの?」
「もっちろんっ!」
……クソ、ダメだ。白鷺さんや酒井さん以上にやり辛い。
それでも、諦める訳にはいかない。何か、少しでも良いから手掛かりが欲しい。
「今も?」
「発信機の反応がなくなったから慌てて探しにきたんじゃない! 発信機の反応は10分ぐらいしてからまた戻ったけど、何かあったらいけないと思って!」
「じゃあ、会話とかは津田さんに把握されないんだね」
「? 発信機は位置がわかるだけだよ? ケイ君、盗聴器と勘違いしている?」
ああクソ……誘導にもひっかからんし、人工物めいた笑みも全く崩れない。
何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、今言ったことが本当なのか、ウソなのかも判別がつかない。
「ところでさぁケイ君、今日はリンちゃんと初デートだったんだけど、どうだった?」
「山菜取りに行きましたよ。良い運動になりました」
「うむー、そういう事務連絡みたいなことが聞きたいんじゃなくてぇー」
津田さんは身を乗り出して、俺の右耳に手を当て―胸、胸が俺の右肩に当たっている!
「リンちゃんとはもうどの辺りまでいったの? Aまではいった?」
無言で津田香と言う名の小悪魔を見据えようとして、眼が泳いでいるのが自分でもわかった。
35歳まで彼女と付き合った経験の無い童貞の俺に、どの辺りまでいった―いや、今は16歳だった―いや、そうじゃない、混乱するな俺!
混乱していることがバレれば、目前の小悪魔の餌食になることだけは確信できる!
だってこの娘、ニコニコ笑っているけど、背中から悪魔の羽根がパタパタとはためているように見えるんだもの、クソ、コイツどうしてやろうか。
「そういう君は、槇原君とはどの辺までいったのさ」
これだ。敵前逃亡と言わば言え。矛先を逸らすのも立派な戦術の一つ。
「え? マキと?」
キョトンと大きな目を真ん丸にした表情から判断しても、今の一言は完全に意表を突いたはず。
「無い。私となんて天地が逆になっても……んー、無い無い!」
……『無い』と断言しつつ、俺から顔を背けて窓を見たのは、彼女自身が望む答えと、今言った言葉とは違うからではないか?
そもそも、窓の方向を向いたために、その面持ちが窓に映り込んでいる。
いつものあの人工物めいた、一見すると朗らかに見えなくもない、しかし笑みと言うには明らかに異なる表情が窓には映り込んでいるのに、そのことにすら、彼女は気付けていないだろう。
無理矢理に目元を和ませ、口元を笑みの形に歪めているように見える、いつもの笑みでは無い表情―今、彼女が見せた表情は、『苦笑』ではないか?
「そもそもマキとあたしとリンちゃんは幼馴染だものー! そんな風に意識して見たことなんてないよー」
こちらを振り向いた時には、いつもの営業スマイルと言うか、俺からするとあまり魅力的では無い笑みをすでに象っている。
普段の俺なら、人の恋愛事とか噂話というものはそれほど得手ではないから、気付けてすらいないんだろうが―今の俺は、誰かに命を握られているかもしれないから、利用できること、収集できる情報は可能な限り集める。
「あ、津田さんは槇原君と白鷺さんと幼馴染なの? いつ頃から?」
「ん? 知らなかったんだ? 5歳からだよ~」
「じゃあ、その頃から槇原君は津田さんに振り回されている訳?」
「えー、何その先入観っ! あたしは名誉棄損でケイ君を訴えまーす!」
「だって、さっきも槇原君、津田さんの隣の席を避けるためだけにバス会社のPCにハッキングしたって言ってたよ?」
そんな風に思考している時点で腹黒いなと思いつつ、俺は津田さんと槇原君の関係を探るために、雑談の体を装って言葉を投げかける。
何せ、かかっているのは俺の命だからな、とどこの誰とも知れない何者かに言い訳して。




