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フェイカー  作者: 那上畑 潤
Because, you don’t understand yourself
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封殺対象

 こういうハプニングを白鷺さんが起こすとは、正直思っていなかった。


 どちらかと言えば、俺の方がそそっかしいから、沢に落ちたり、木から落下したりするのに気をつけていたくらいだ。


 もっとも、『雨が降ったらいけないと思って』と白鷺さんが折り畳み傘だけでなく、着替えを自身の分はもちろん、俺の分も用意していたのには驚いた。


 ちょうど、洞窟っぽい所があったので、その中で交互に着替えをしよう、ということになり、まず白鷺さんが着替えて、その後に俺が着替えた。


 本来なら、そういう着替えとかがあれば、俺も男だからドキドキして緊張したりするもんだが……今、俺が感じているのは別種の緊張感。


 白鷺さんに目をやれば、先程と全く同じ衣服。Tシャツも、デニム、帽子まで。


 よくよく見れば、かなり新しい、と言うか数日以内に購入したものだろう。


「なぁ、白鷺さん」


 濡れた衣服とバッグに詰めた山菜類が、洞窟の奥に置いてあることを確認し、口を開く。


「もしかして、沢に落ちたのは、わざと?」

「はい。わざと落ちました」

「……理由は?」

「私や秦さんの衣服には、おそらく発信機と盗聴器が仕掛けられています」


 ……


「下手に外しては、盗聴側に怪しまれる可能性が高いです。もちろん、こういう形をとっても怪しまれる可能性は多分にありますが、何も対策を行わないよりは良いかと。服は昨日私が近くのホームセンターで購入してきたものなので、盗聴されていることは無いと思います」


「白鷺さんって、織田の一派に属しているんだろう? しかも実技試験では学年で1番を取るリライターだ。有望株と言う表現は陳腐だが、そんな君に盗聴器を仕掛けるなんて、織田に対する宣戦布告になるんじゃないの?」


「確かに、私が所属している派閥は織田の一派と言っても良いと思いますが……本当の所は、私自身、わからないのです」


 わからない?


 思いがけない言葉に、白鷺さんを見ると、彼女はいつも通り無表情で、しかしどこか途方に暮れているように空を見上げた。


「私には両親の記憶が無い、と病院でお話ししたと思いますが、覚えていらっしゃるでしょうか?」


 覚えている。


 俺が必死に、『正化』の常識を知らないことを、白鷺さんに悟られぬように会話していたのに、あっさり看破された際の会話だから、よく覚えているとも。


「あの発言は事実ですが、正確ではありません。実際の所、私は中等部1年からの記憶―つまり、3年前からの記憶しかないのです。白鷺凛と言う名も本名なのか、本当に孤児なのかすら、私にはわかりません。気付いたら、病院のベッドの上にいましたから……2ヶ月ほど前の、貴方のように」


 淡々と、抑揚の無い調子で、しかも表情が動かないから真偽の判断が非常に難しい。


「全然記憶が無かったのかい?」

「はい。一般常識以外は、私自身の名前も含めて、全部」

「……俺以上に厄介な状況だったんだな」


 それが本当だとすれば、という一言は言わない。




「いいえ。命の危険があると思いながら、自身の記憶と現在の記憶で食い違う事柄がないかと考えながら会話をするよりは、はるかに良い環境下でした」




 !


 反射的に一歩、彼女から距離を取ってしまったことを、俺自身が発した足音で気付いた。


「何かがおかしいと、秦さんと会話をした初日の時点で思っていました。秦さんのACTに関する知識があまりにも欠けていたので、貴方は羽柴か松平の諜報員で、私を騙すために演技をしているのではないか、と最初は疑ったほどです」


 ……


「秦さんが私を、信頼していいものか迷っていることは承知しています。と言うより、疑って頂くように、誘導しましたから」


 …………


「……白鷺さん、俺があの病院に運ばれて2日目に、並行世界を含めた時間旅行を実現出来れば、俺に、『両親』に会える、と言ったのは覚えているかい?」


 頷くのを見て、彼女の黒瞳を見据えながら続ける。


「どうして、『家族』と言わずに、『両親』と言ったのかな?」

「私を通して、周囲の人間を警戒してもらうためです。秦さんは、秦さん自身が35歳だと、あの病室で叫んだのは覚えていますよね?」


 精神病院行く1歩手前まで追い詰められたあの出来事を、忘れるはずが無い。


「貴方が35歳であれば、結婚をして、お子さんがいても不思議ではない年齢です。そんな貴方に、『家族』ではなく、『両親』と言えば、並行世界への時間移動ができない世界であるにもかかわらず、自分の家族構成を知っているのは、何故だ……と警戒心を呼び起こせるのではないかと期待しました。奥さんや子どもさんがいる可能性もあったので、『家族』と言うべきか迷いましたが……あの状況で『家族』と言っても、秦さんの警戒心は呼び起こせないでしょうし」白鷺さんはやや躊躇っているのか、一度言葉を切り……俺を正面から見つめた。「理由はわかりませんが、秦さんはご両親を……その言動から判断すると、全く信用していないように見えましたので」


 …………なるほど、ね。


「なんだって、俺の警戒心を呼び起こそうと思ったんだ?」


 白鷺さんは目を閉じて一つ息をつき、ゆっくりと続ける。


「秦さんの『恋人』になるよう、書類で通知を受けたのは秦さんもご存知のはずですが、それには恐らく、織田の上層部が絡んでいます。と言うのも、秦さんが事故にあった、という報告を受けて私は秦さんと出会ったあの病院に向かいましたが、色々と違和感を覚えました」


「違和感」短く繰り返し、先を促す。


「はい。まず、お医者さんが私に、秦さんとの面会を許可したことです。私は秦さんの肉親ではありませんし、血縁の関係もありません。そんな私に、頭蓋骨を骨折して、重傷を負った秦さんの病室まで通しますか? それも、病院に運び込まれた当日にです」


 ……改めて他者の口から聞かされると、かなりおかしい。


「それから、秦さんは特定異性交際法の存在を知りませんでした。中等部の段階で誰でも習う法律なのに、です。ましてや、自身のパートナーがランダムで選ばれる訳ですからこれを忘れてしまう、というのは、あまり考えられません。

 それでもこれだけなら、錯乱の可能性も、僅かではありますが有り得ます。

 しかし、自分自身を鏡で見て呆然とする、というのはどういう状況下に陥ればそうなるのか……秦さんは過去か、未来の、しかし『正化』とは違う時間軸からやってきた人間ではないかと、私は推測しました。

 そうであれば、重要な法律がわからないことも、ご自身の顔を鏡で見て呆然とするのも、説明ができます。

 ただ……この仮定が正しければ、秦さんは『奇跡』の行使者、あるいは『奇跡』の行使ができなくとも、実体験している被験者ということになります。

 これが、誰かに洩れてしまったら、秦さんは『封殺対象』と認定されるでしょう」

「ふうさつ、たいしょう?」

「生きながら頭蓋を切り開かれ、薬品や各種機械で無理矢理延命されつつ、脳をいじくりまわされる続けるモルモットを想像してくれれば、大きくは間違っていません」


 あんまりな表現に、つい渋面を浮かべてしまう。


「だから、周囲の人間を警戒してもらうべく、自身の情報をもらさぬよう、私は怪しい言動をとり続けました……本来ならその場で警告出来れば良かったのですが、病室で盗聴されていた場合、取り返しのつかない状況になる可能性がありましたので」


「全部、偶然という可能性は考えなかったのかい? 俺はただ単に錯乱しているだけで、お医者さんは単純に君に気を遣っただけ、というのは?」


「それであれば、秦さんの身に危険は無いので問題ありません。ですが私自身、何者かに監視されている可能性が濃厚です。現に、私の部屋や衣服には盗聴器がいくつも仕掛けられています」


 私が『封殺対象』になりえるとは思えませんが、と白鷺さんは無表情で付け足した。

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