ACT使用不能
「しかもわたしが考えている以上に、織田とうまくはいってなさそうだから、頼れるアテが無い、と。松平に組するわたしが言うのもおかしいけど、津田さんや白鷺さんは、そんなに信用できない?」
「そういう疑問が出てくるということは、松平の一族は、酒井さんとしてはオススメできない、と?」
酒井さんは無言で彼女がつけているマスケラを指差した。
「こんなマスケラをつけているわたしの立ち居振る舞いと、周囲の反応で、君としてはいくつかの推測が出来ているんじゃない?」
「推測の答え合わせは、してもいいですか?」
「しない方が良い。少なくとも、自分の身を守れるくらいの力をつけるまでは。そうしないと、色々、巻き込んでしまう」
……この会話でいくつかの推測が浮かんだが、俺自身の状況は悪いままか。
「さて、じゃあ早速、身を守る第一歩をはじめて貰おうかな。このヘルメットの左側頭部についているスイッチをオンにして」
重苦しい空気を変えるように手を一つ打ち鳴らした酒井さんは、机の上に置かれていたヘルメットを、こちらへポイっと投げてきた。
両手で受け取ったヘルメットのスイッチをオンにしてから被り、バイザーを下ろして、椅子に座る。
バイザーに映る液晶画面には、俺自身がどこにいるのかを緯度、経度で記された情報が記されている。英語で緯度、経度が書かれ、あとは0から9までの数字のみで書かれている。
「OBのスイッチを入れて、生体コードをうなじに接続して。生体コードをうなじに接触すれば、そのままうなじに溶け込むような感じで接続されるから」
言われた通り、OBに接続された生体コードをうなじに接触させるが、バイザーには『OB:OFF』の文字が記されたまま。
「あの、『OB:OFF』って書かれていますが、どうやれば生体コードを繋げるんですか?」
「珍しいな、故障か。普通は、生体コードをうなじに接触させるだけで、自動的に接続されるんだけど―ちょっとあたしのOB使って」
酒井さんが肩にかけていた鞄から、小型と言うには少々大きい、ノートPCそっくりなOBを出す。
小さく目礼を返してから、酒井さんのOBから生体コードを俺のうなじに接続……出来ない?
「バイザーには『OB:OFF』と書かれていますが、生体コードはどうなっています?」
問いかけに、返答は無い。
酒井さんは無言で俺から生体コードを奪うと、彼女自身のうなじにコードの先端を押し当て―先月に白鷺さんが病院でやって見せた、コードがうなじに溶け込んでいくような、あまり見ていて良い気分にはならない光景が目に入った。
バイザーには、『OB:ON』と書かれていたが、酒井さんがコードをうなじから抜くと、すぐさま『OB:OFF』に切り替わる。
彼女はそのまま俺の後ろに回り込み、うなじの辺りに何かが押し当てられている感触が伝わってきた。
しかし、バイザーの表示は『OB:OFF』のままだ。
故障では、無い。
エアコンはついているはずなのに、腋の下を冷たい汗が流れていく。
酒井さんが一言も発さない状況から、現在の状況がかなり悪い、ということだけは、俺にも予想がついた。
……質問があるんだけど、と小さな声で酒井さんが切り出したのは、たっぷり三分は経ってからだった。
「転入試験を行った後で、頭を打ったり、怪我したことは、なかった?」
「つい最近まで、頭蓋骨骨折の治療のために、入院していましたよ」
マスケラのせいで顔色はわからないが、声の硬さで、動揺を必死に押し隠そうとしているのはわかる。
わかってしまうから、俺の身に、ACTを扱う上で重大な支障が生じている事が予想出来てしまった。
俺はどうにかいつも通りであるように、両肩を竦め、おどけているように装うが―顔色は大丈夫だろうか? 声は震えていないか?
マスケラの向こうから微かに見える口が開き、閉じて、また開き―三度ほど繰り返してから、酒井さんはどうにか言葉を絞り出した。
「啓一君は……ACTが、使えないかもしれない」




