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ざまぁ確定王子に転生してしまった私(女)は、全力で婚約破棄パーティーから逃げることにしました。  作者: 逆立ちハムスター


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「待ってよギデオン〜! お願いだから話を聞いて!」

「来ないでくださいッ! 私の貞操と命と胃粘膜が危ないんですッ!!」


王立魔法学園の豪奢な廊下を、屈強な近衛騎士が血相を変えて逃げ惑い、その後ろを眉目秀麗な第一王子が全速力で追いかける光景。

すれ違う生徒たちは皆、壁に張り付いてその異常な光景を唖然と見送っていた。

(くっ、さすがは騎士団のホープ! 足が速い!)

前世の結城奏だった頃なら、数十メートル走っただけで息切れしていただろう。しかし今の私は、ゼクス・ヴァンドル・ランストレイル。日々鍛錬を重ねた若き王子の肉体は、どれだけ走っても息一つ乱れない。最高!

私は廊下の角を曲がったところで、ついにギデオンの背中を捉えた。

「捕まえたっ!」

「ひぃっ!?」

私は彼の背中にあるマントをガシッと掴み、そのままの勢いで彼を壁際へと押し込んだ。


ドンッ!!


学園の石造りの壁に、私の右手が勢いよく叩きつけられる。

前世で漫画やドラマで幾度となく見た、伝統と格式の『壁ドン』である。

長身のギデオンを逃がさないよう、私は彼の顔のすぐ横に手をつき、退路を完全に塞いだ。ゼクスとギデオンの身長はほぼ同じくらいだが、壁に押し付けられたことでギデオンは少し身を縮ませており、結果的に私が彼を見下ろすような形になっている。

「ぜ、ゼクス、殿下……っ」

ギデオンの顔は、かつてないほど蒼白だった。切れ長の鋭い瞳は恐怖で見開かれ、カタカタと震える唇からはヒュッ、ヒュッと浅い呼吸が漏れている。

(うわぁ……間近で見ると本当に顔がいいな、この騎士。怯えてる顔も庇護欲をそそるというか、ちょっとゾクゾクしちゃう)

OLとしての腐った妄想が暴走しそうになるのを必死に抑え込み、私は努めて真剣な表情を作った。

「ギデオン。逃げないで私の話をちゃんと聞いてほしい」

「は、はい……っ。ですが、その、顔が近すぎます……っ! 息がかかる距離です!」

「これくらい近くないと、誰かに聞かれるかもしれないからね」

私は声を潜め、彼に顔を寄せて囁いた。

事実、私が彼に提案しようとしているのは、王国の根幹を揺るがすような重大な機密事項(という名の、私の盛大な逃亡計画)なのだ。

「ギデオン。私は、このまま王になるつもりはない」

「……え?」

ギデオンの瞳が、驚きに丸く見開かれた。

「私は、リヴィア様との婚約を解消し、王位継承権を放棄して、この国を出ようと思っている」

「なっ……!? 殿下、何を馬鹿なことを! あなたは第一王子なのですよ!?」

「本気だ。私は王の器じゃない(ガチ)。ユリウスの方がずっと優秀だし、彼が国を治めるべきだ。私は……そうだな、どこか空気の綺麗な辺境の地で、畑でも耕しながら静かに暮らしたい」

そこまで一気に語り、私はギデオンの目を見つめ返した。

「でも、私一人では心許ない。だからギデオン……君に、私の専属護衛として一緒についてきてほしいんだ。君のその剣の腕と、誠実な人柄を……私は誰よりも買っている」

(どうだ! 完璧なスカウト文句!)

前世のヘッドハンティング会社も真っ青の、情熱的なオファーである。

「私と一緒に田舎へ行って、一緒に暮らしてほしい」という意味を込めた、渾身のプロポーズ(雇用契約)だった。


しかし。

ギデオンの顔から、さらにスーッと血の気が引いていくのが見えた。

「で、殿下は……本気で、仰っているのですか?」

「もちろんだ。君が必要なんだよ、ギデオン」

「私の、ために……? 私という一介の騎士を手に入れるために、王位も、公爵令嬢という素晴らしい婚約者も、すべてを投げ打つと……そういうことですか!?」

(ん?)

何かがおかしい。彼の解釈が、世界の解釈が、明後日の方向へフルスロットルで駆け抜けている気がする。

「い、いや、君のためというか、私自身の平和なスローライフのために……」

「国を捨てるほどの、狂気的な愛……ッ! 私が逃げようとしたから、力ずくでも私を幽閉するおつもりなのですね!? 田舎に引きこもり、私に首輪をつけて一生飼い殺しにする気だ!」

「違う違う違う!! なんでそう猟奇的な展開になるの!?」

私は慌てて壁ドンの腕を下ろそうとしたが、パニックに陥ったギデオンは、私の両肩をガシッと掴んで激しく揺さぶった。

「目を覚ましてください殿下! 男同士など、ましてや王族と騎士など、絶対に許されるはずがありません! それに、あのリヴィア様やユリウス殿下が、私を許すはずがない! 確実に私の命が狙われます!」

(あ、それはそうかも。あの二人、完全にギデオンをロックオンしてたし)

「お願いですから、私に構わないでください! 私はノーマルです! うわぁぁぁ!!」

屈強な大男が、ついに半泣きになって私の拘束を振りほどき、廊下の彼方へと走り去ってしまった。

「あーあ……逃げられちゃった」

私は呆然とその背中を見送った。

どうやら、私の「男色家アピール」は完全に裏目に出ているらしい。ギデオンからの好感度はストップ安を更新し続け、もはや恐怖の対象としてしか見られていない。

(まあいいわ。まだ時間はたっぷりある。まずは彼を安心させるところから始めなきゃね)


その時、学園中にけたたましい鐘の音が鳴り響いた。

全生徒への中庭への集合の合図だ。


────


中庭には、全学年の生徒たちが整列していた。

演壇の上に立つのは、長い白髭を蓄えた学園長だ。彼は魔法拡声器(マイクのような魔導具)を手に取り、咳払いを一つした。

「えー、諸君。本日は、我が学園の伝統行事である『魔獣討伐・野営演習』についての告知を行う」

その言葉に、生徒たちの間にざわめきが広がった。

ゼクスの記憶が、即座にその行事の詳細を引っ張り出してくる。

『魔獣討伐・野営演習』。それは卒業を控えた最終学年の生徒たちが、学園所有の広大な魔の森に入り、三日間のサバイバル生活を送りながら魔物を討伐するという、超ハードな体育祭のようなものだ。異世界怖っ。しかし!

(乙女ゲー定番の『お泊まりイベント』!)

前世の記憶とゼクスの記憶がリンクし、私は内心で舌打ちをした。

この手の野営演習は、必ず何らかのトラブル(強力な魔物の乱入や、ヒロインの遭難)が起きるのがお約束だ。本来のシナリオなら、ゼクスは安全な後方に陣取り、他の生徒を盾にして自分だけ助かろうとするというクズっぷりを披露し、さらに株を下げるイベントである。

「演習は、五人一組のパーティーで行う! 各自、魔法科と騎士科のバランスを考え、一週間以内にチームを編成し、名簿を提出するように!」

学園長の宣言と共に、生徒たちは一斉に周囲を見渡し、チームメイトの勧誘合戦を始めた。

(五人一組か……。ここは目立たないモブ生徒たちに混ざって、三日間テントで寝たふりをしてやり過ごすのが一番安全ね)

私は誰の目にもつかないよう、そーっと気配を消して中庭の端へと移動しようとした。


「ゼクス様」

背筋が凍るような、甘く冷たい声。

振り向くと、そこには完璧な淑女の笑みを浮かべたリヴィアが立っていた。

「当然、わたくしたちは同じパーティーですわよね? 婚約者同士、過酷な森の中で助け合い、愛を深め合う……素晴らしい演習になりそうですわ」

彼女の瞳の奥には、「断るという選択肢はありませんわよ」という強烈な圧が込められている。

「あ、えっと、リヴィア。君は公爵令嬢だし、もっと安全な後方支援のチームに入った方が……」

「兄上」

今度は反対側から、ユリウスが歩み寄ってきた。

「兄上の背中は、この私が守ります。昨日の手合わせで、兄上の実力はよく理解しました。ですが、森では何が起こるかわかりません。優秀な魔法使いである私がそばにいれば、百人力でしょう」

ユリウスは完全に「頼れる弟」の顔をしているが、そのアメジストの瞳は、隣に立つリヴィアを威嚇するように睨みつけていた。

「……ユリウス殿下。あなた、自分の学年のチームがあるでしょう? なぜわざわざ上級生の演習に混ざろうとなさるの?」

「特例として学園長から許可をもらいました。次期国王たる兄上の身の安全を確保するのは、王族としての私の義務ですから」

バチバチバチッ。

再び、氷の令嬢とブラコン弟の間で火花が散る。

(ヤバいヤバい、すでにパーティーの空気が最悪なんだけど!)

「あ、あの……っ!」

そこへ、もはやお約束のタイミングで、特待生のミアリスが小走りで駆け寄ってきた。

「ゼクス殿下……っ。もし、もし良ければ、私も殿下のパーティーに……っ。私、光魔法で治癒ができますし、野営の時の炊事や洗濯も得意です! 殿下のお役に立ちたいんです!」

顔を真っ赤にして必死に懇願するヒロイン。

その瞬間、リヴィアとユリウスの視線が、スッと冷たく細められた。

『またこの泥棒猫が……』

『兄上にすり寄る羽虫め……』

二人の殺気が、物理的な重さを持ってミアリスにのしかかる。ミアリスは「ひっ」と肩をすくめたが、それでも私を見つめる瞳には、健気な決意が宿っていた。

(……これ、私が断ったら、あとでこの二人からミアリスちゃんがどんな陰湿な嫌がらせを受けるか分かったもんじゃないわね)

私は激しい胃痛を覚えながら、深々とため息をついた。

「……わかった。リヴィア、ユリウス、ミアリス嬢。この四人でパーティーを組もう」

私の承諾に、三人はそれぞれ全く別の理由で(愛への執着、兄弟愛、憧れ)目を輝かせた。


「あの、殿下」

そこへ、恐る恐る近づいてきたのは、先ほど私から逃亡したはずの近衛騎士ギデオンだった。

「私……殿下の専属護衛として、必然的に五人目のメンバーとして同行しなければならないのですが……」

ギデオンの顔は、死刑宣告を受けた囚人のように絶望に染まっていた。

無理もない。

彼が近づいてきた瞬間、リヴィア、ユリウス、ミアリスの三人が、一斉に彼に向かって地獄の底から響くような怨嗟の視線を向けたのだから。

『……なぜこの男がゼクス様のそばに……』

『兄上の純潔を狙う、不届きな騎士め……』

『殿下の優しさに甘える、生意気な人……!』

三方向からの特大の殺気を浴び、ギデオンは胃のあたりをギュッと押さえてうずくまった。

「うぅ……胃が、胃に穴が開きそうです……。なぜ私がこんな目に……」


かくして。

ヤンデレ婚約者、激重ブラコン弟、ガチ恋ヒロイン、そして胃痛持ちの標的ターゲット騎士という、地獄のような人間関係のロイヤル・ストレート・フラッシュが完成してしまった。

(どうしてこうなった……。スローライフどころか、演習中にギデオンが暗殺される未来しか見えないんだけど!?)


私は頭を抱えながら、一週間後の野営演習に向けて、必死に「チーム内での殺人事件を未然に防ぐための管理職マニュアル」を脳内で検索し始めていた。

卒業パーティーまで、あと八十日……たぶん。

破滅フラグの形が、斜め上の方向へ盛大にねじ曲がっていくのを感じながら。

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