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ざまぁ確定王子に転生してしまった私(女)は、全力で婚約破棄パーティーから逃げることにしました。  作者: 逆立ちハムスター


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王宮の渡り廊下を歩きながら、私は前世と今世の身体の圧倒的な違いに感動していた。

(すごい! 足が痛くない! ヒールがない靴ってこんなに歩きやすいのね!)


前世の結城奏だった頃は、営業先に赴くために毎日七センチのパンプスを履き、夕方には足がパンパンに浮腫んで泣きそうになっていたものだ。しかし今はどうだ。上質な革で作られたフラットなブーツは足に吸い付くように馴染み、どれだけ歩いても疲労感ゼロ。おまけに歩幅が広いから、移動スピードが格段に速い。


(男の身体、最高。しかもイケメンで高身長、筋肉質。これで中身がオッサンじゃなくて私なんだから、もう無敵じゃない? まあ、余計な物が付いてるの鬱陶しいけど)


先ほど護衛騎士のギデオンを盛大にからかって(いや、本気で口説きにいって)逃げられた余韻を反芻し、ニヤニヤとだらしない笑みを浮かべそうになるのを必死に堪える。

いけない、いけない。今は重要なミッションの途中なのだ。


向かう先は、王宮内にある『白薔薇のサロン』。

王族や高位貴族だけが使用を許されるらしい、その豪奢な部屋で、私の――いや、ゼクス王子の婚約者であるリヴィア・エル・カスティナ公爵令嬢が待っているはずだ。


ゼクスの記憶を辿れば、本来の彼はリヴィアをひどく疎んじていた。

公爵家の長女として完璧な教育を受けた彼女は、常に冷静沈着で隙がなく、正論でゼクスの素行不良を諫めてくる。


傲慢なゼクスにとって、彼女は「口うるさい小姑」のような存在だったのだ。だからこそ、彼は自分を無条件に甘やかして肯定してくれる特待生のミアリス(ヒロイン)に惹かれ(力で屈服させる)そして勢い余って、リヴィアを公衆の面前で捨て去るという愚行に走る。


(……改めて振り返っても、ゼクスって本当にどうしようもないクズ男ね)

そんな男の尻拭いをさせられる私の身にもなってほしい。いや……私なんだけど、なんか納得いかない。


卒業パーティーでの「ざまぁ」イベント――とどのつまり、私の悪行が暴露され、婚約破棄を突きつけられ、王位継承権を剥奪される公開処刑――を回避するための最も確実な方法は、『パーティーの前に、こちらから円満に婚約を解消しておくこと』だ。


加害者である私から身を引き、彼女に十分な慰謝料(王室の財産からこっそり捻出する)を支払い、自由になっていただく。これなら彼女の顔に泥を塗ることもなく、私は「責任をとって王位継承権を放棄した元王子」として、辺境の田舎町あたりで悠々自適なスローライフ(あわよくばイケメン騎士と同棲)を送れるはず。完璧な計画である。


サロンの重厚な扉の前に立つと、控えのメイドが恭しく一礼して扉を開けた。

「ゼクス殿下、お成りです」

足を踏み入れた室内は、むせ返るような薔薇の香りと、張り詰めた冷気に満ちていた。


円卓の向こう側に、一人の少女が背筋をピンと伸ばして座っている。

リヴィア・エル・カスティナ。

月の光を紡いだような銀色の長い髪に、氷のように冷たく澄んだ薄青の瞳。陶器のように白い肌には一切のくすみもなく、凛とした美しさはまさに「氷の令嬢」という二つ名にふさわしい。


「ご機嫌麗しゅう存じます、ゼクス殿下」

彼女は立ち上がり、ドレスの裾をつまんで完璧なカーテシー(挨拶)を披露した。その所作には一ミリの狂いもないが、瞳の奥には明らかな警戒と、隠しきれない疲労の色が見えた。


(うわぁ……)

私は彼女の姿を見た瞬間、OLとしての防衛本能と共感性が一気に刺激された。

彼女が着ているのは、流行の最先端をいく美しい青のドレスだ。しかし、そのウエストは信じられないほど細く締め上げられている。あれは絶対に、肋骨が悲鳴を上げるレベルのコルセットだ。おまけに、結い上げられた髪には重そうな宝石の髪飾りがいくつも刺さっており、首や肩への負担は想像を絶する。


(あんなの、半日着てるだけで肩こりと酸欠で死ぬわ。おまけにあの冷たい目……今までゼクスがどれだけ彼女に冷遇とモラハラを繰り返してきたか、一目でわかる。酷いわね。同情しちゃう)

女として、彼女の隠された苦労が痛いほど理解できてしまった。


「……殿下? いかがなさいましたか?」

私が無言で立ち尽くしているため、リヴィアが怪訝そうに眉をひそめる。

「あら……。あっ、ンンッ! いや、すまない。あまりの美しさに目を奪われていた(イケボ)」

「……はい?」

「座ったままで構わないよ、リヴィア。今日は私から君を呼び出したのだ。楽にしてほしい」


私がそう言って微笑みかけると、リヴィアは完全に虚を突かれた顔をした。無理もない。これまでのゼクスなら、「なぜ私が出向くまでお茶の用意をしていない!」「その地味なドレスはなんだ!」と難癖をつけるのがお決まりのパターンだったのだから。


私は彼女の向かいの席に座る前に、スッと手を挙げて侍女たちに指示を出した。

「窓を少し開けて換気をしてくれ。香炉の香りが強すぎる。それから、紅茶ではなく、温かいカモミールとローズヒップのブレンドティーを(私が飲みたいだけ)。蜂蜜を少し添えて。お茶菓子は、バターたっぷりの焼き菓子ではなく、フルーツのゼリーか冷たいムースをお願いしま……いや頼む」

侍女たちが目を丸くして慌てて動き出す。


私はリヴィアの向かいに座ると、ふわりと微笑みかけた。

「少し、顔色が優れないように見えたからね。コルセットも、今日はいつもよりきつく締めているんじゃないか? ここは女同……いや私と君だけだ。少し緩めて、なんなら外して、深く呼吸をするといい。……ああ、その新しいリップの控えめな色合い、君の透き通るような肌にとてもよく似合っているよ。目元のシャドウのぼかし方も絶妙だ」メイク上手ね。


「え……? あ、っ……!?」

氷の令嬢の顔が、みるみるうちに沸騰したように赤く染まった。

彼女は信じられないものを見るような目で私を見つめ、パクリと口を開閉させた。


それもそのはずである。

男性は往々にして、女性がどれだけ時間をかけてベースメイクを作り込み、自分に似合う色を研究しているかに気づかない。「すっぴんが好き」などとのたまう男に限って、ナチュラルメイクの労力を知らないのだ。

しかし、中身がアラサーOLである私は違う。「同性の努力」には、的確かつ最大級の賛辞を贈るのがマナーである。加えて、「あなたの体調を気遣っていますよ」というアピール。これが効かない女性はいない。


「で、殿下……? 本日は、一体どのような風の吹き回しで……」

リヴィアの冷たかった声が、動揺で震えている。

運ばれてきたハーブティーのカップを、私はそっと彼女の前に押しやった。

「リヴィア。今日君を呼んだのは他でもない。私と君の『婚約』について、真面目な話をしたいからだ」

ビクッ、と彼女の肩が跳ねた。


彼女の瞳に、再び警戒の色が戻る。きっと「ついにあの特待生ミアリスのために、私を捨てる気だわ」と察したのだろう。

ご名答。半分正解で、半分不正解。

「今まで、私は君に対して本当に不誠実だった。君の才能に嫉妬し、君の献身を当たり前のように扱い、ひどい態度をとり続けてきた。……君を、深く傷つけた」

私は立ち上がり、彼女の前まで歩み寄ると、その場に片膝をついた。

王族が他者の前で膝を折るなどあり得ないことだ。室内に控えていた侍女たちがヒッと短い悲鳴を上げる。


「で、殿下!? 何をお戯れを……お立ちください!」

「いや、聞いてほしいリヴィア。私は愚かだった。君のような素晴らしい女性を、私の狭い鳥籠に閉じ込めておく権利などない。君はもっと自由に、君の能力を活かせる場所で、君を心から愛する男と結ばれるべきだ」

私は彼女の手をとり、その甲に唇を落とすフリをして(実際にキスはしない。セクハラになりたくないから)、熱のこもった瞳で彼女を見上げた。

「だから、私との婚約を白紙に戻してほしい。もちろん、有責はすべて私にある。カスティナ公爵家には莫大な慰謝料を支払うし、私は責任をとって王位継承権を放棄し、この国を出るつもりだ」

完璧だ。

私の言葉に嘘偽りはない。彼女を解放し、私は自由になり、お互いハッピーエンド。

さあ、リヴィア。喜んでこの申し出を受け入れてくれ!


しかし。

数秒の沈黙の後、私の頭上から降ってきたのは、歓喜の声でも承諾の言葉でもなかった。

「……殿下。あなたは、私を試しておられるのですか?」

「えっ?」そうきた……。


見上げると、リヴィアの瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちていた。

「わ、泣かせちゃった!? ごめん、違うの、本当に本心からなのよ……!」

「んん!? はっ! 嘘です! 今まで私のことなど見向きもせず、いつもいつも冷たい目をしておられたのに……。急に私の体調を気遣い、化粧の苦労を褒め、挙げ句の果てには私を『素晴らしい女性』だなんて……そんな甘い言葉で私を油断させ、公爵家を陥れる罠に違いありません! それに変な喋り!」

「違う違う! 罠じゃないから! 純粋な自己保身……じゃなくて、君への贖罪なんだから!」

「それに王位継承権を放棄するですって? そんなこと、私が許すとでもお思いですか!」


(……あれ?)

私は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

リヴィアの様子がおかしい。彼女は泣きながらも、私の手を両手でギュッと力強く握り返してきたのだ。

「私を自由にすると仰いましたね。……今まで、ただの一度も私を『一人の人間』として見てくれなかったあなたが、初めて私の努力に気づいてくださった。私の負担を理解してくださった。……それなのに、今更私を手放すなど、あまりにも身勝手です!」

「え、あ、はい。身勝手ですね、ごめんなさい……ん?」

「婚約破棄など、絶対に認めません! あなたが心を入れ替えたというのなら、私が隣で厳しく指導して差し上げます。王位継承権の放棄? 言語道断です。私があなたを、立派な王にしてみせます!」


彼女の瞳には、かつての冷たい光は消え失せ、代わりに何か熱烈な、重たい執着のような炎が宿っていた。


(待って待って待って。違うの。そういうことじゃないの!)

私は心の中で絶叫した。

同性としての共感と気遣いが、完全に裏目に出ている。「私の苦労を理解してくれた唯一の男性」という、とんでもない激重感情のスイッチを押してしまったらしい。


「リ、リヴィア、落ち着いて。君にはもっとふさわしい人が……」

「あなた以上に私のリップの色の変化に気づける男性が、この国にいるとお思いですか!?」

「そ、それは……(そりゃ男は、お世辞以外で気づかないだろうけども)……」


バンッ!!!


その時、サロンの扉が乱暴に開け放たれた。

「ゼクス殿下!! 高位治癒術師の先生をお連れしました!! すぐにお怪我の具合を……っと、な、何をされているのですか!?」

息を切らして駆け込んできたのは、先ほど私から逃げ出したはずの護衛騎士ギデオンだった。その後ろには、大きな杖を持った白髭の老人が立っている。

ギデオンは、床に片膝をつき、涙を流す美しい婚約者の手を両手で握りしめている私の姿を見て、完全にフリーズした。


「……ギ、ギデオン?」

私はゆっくりと立ち上がり、彼の方を振り返った。

その瞬間、私の頭の中で別の回路がカチリと切り替わった。

(そうだわ。このややこしい状況を打開するには、私が『そっちの気』があることをアピールして、リヴィア様から愛想を尽かされればいいんだ!)


私はリヴィアに背を向け、ツカツカとギデオンの元へ歩み寄った。

「遅いじゃないか、ギデオン。待ちくたびれたよ」

「で、殿下……? その、リヴィア様が泣いておられますが、一体……」

「ああ、彼女には今、別れ話をしていたところなんだ。なぜって? 決まっているだろう」

私はギデオンの広い胸板にトン、と手を当て、至近距離から熱っぽい視線を送って上目遣いになった。ゼクスの美貌と高低差を活かした、必殺のポーズだ。

「私が本当に愛しているのは……君のその、逞しい大胸筋だってことに気づいてしまったからさ」

「――ッッ!?」

ギデオンはヒュッと息を呑み、バチーン! と背後の壁に頭を激突するほどの勢いで飛び退いた。顔は真っ青、いや、土気色を超えて白蝋のように変色している。

「ひ、ひぃぃっ! 医者よ! やはり殿下のご乱心です! 悪魔の所業! 脳に致命的な呪いが……!」

「ふふっ、逃げないでよ、ギデオン。その乱れた前髪もセクシーだね」

「くるなァァァッ!!!」

ギデオンは老治癒術師を盾にするようにして、本気で怯えきっている。

よしよし、完璧だ。これでリヴィア様も「私の婚約者は男色家で頭がおかしくなった」と理解して、百年の恋も冷めるように婚約破棄を叩きつけてくれるはず――


「……なるほど。そういうことでしたか」

背後から、地を這うような低い、そして恐ろしく冷ややかな声が聞こえた。

振り返ると、リヴィアが氷の微笑を浮かべて立っていた。先ほどまでの感動の涙はどこへやら、彼女の背後には吹雪のようなオーラが渦巻いている。

「わたくしという婚約者がいながら、まさか近衛騎士に懸想しておいでだったとは。……殿下の女性に対する細やかなお気遣いも、なるほど、そちらの『ご趣味』ゆえでしたか」

「あ、いや、えっと……少し、落ち着こう」

「許しません」

リヴィアは扇をバチッと開き、口元を隠して目を細めた。

「わたくしのプライドにかけて、殿下のその性癖、必ずや叩き直して差し上げます。殿下を立派な『男』にし、わたくしに惚れ直させてみせましょう。……覚悟なさってくださいませ、ゼクス殿下。そして、泥棒猫のギデオン卿?」

「へっ!? わ、私!?」

ギデオンが素頓狂な声を上げる。


リヴィアの視線は、完全にギデオンを『恋敵ライバル』として認識し、殺意すら孕んでいた。

「わたくしは逃げませんわ。卒業パーティーまでの三ヶ月、徹底的に殿下をわたくし色に染め上げてご覧に入れます!」


宣言と共に、リヴィアは優雅に踵を返し、嵐のようにサロンを去っていった。

残されたのは、怯えきった大型犬のように震える屈強な騎士ギデオンと、居眠りしている老治癒術師。


そして……。

(どうしてこうなった……!?)

円満な婚約破棄のつもりが、なぜかヤンデレ化した婚約者と、貞操の危機を感じて怯える推し騎士の三角関係(?)に発展してしまった。

前途多難どころではない三ヶ月が、今、絶望的な幕を開けてしまったのである。

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