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ざまぁ確定王子に転生してしまった私(女)は、全力で婚約破棄パーティーから逃げることにしました。  作者: 逆立ちハムスター


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ああ、頭が割れるように痛い。

視界がぐらりと揺れ、青々と茂る王宮の庭園が、まるで水鏡に映った景色のように波打った。


「……っ」

思わず額を押さえると、そこにはゴツゴツとした、しかし手入れの行き届いた大きな手があった。私の手ではない。いや、私の手であって、私の手ではない!?


(なんだ、これ。痛っ、情報量が、多すぎる……!)

脳内に濁流のように流れ込んでくる二つの記憶。


一つは、結城奏ゆうきかなで。日本のどこにでもいる、少し乙女ゲームやウェブ小説が好きな、ごく普通の二十代後半のOL。毎日の満員電車に揺られ、上司の理不尽な要求を笑顔で受け流し、帰宅後にストロング系の缶チューハイを煽りながらイケメンが出てくるゲームをプレイするのが至福の時間、という平凡な人生の記憶。


そしてもう一つは……ゼクス・ヴァンドル・ランストレイル。


このランストレイル王国の輝かしき第一王子であり、傲慢で自己中心的な性格で周囲から密かに嫌悪されている、絵に描いたようなドクズ王子。王族としての特権を笠に着て、気に入らない者には容赦なく罰を下し、数々の醜聞を撒き散らしてきた青年の記憶。


(う、嘘でしょ……私、結城奏だ。でも、今は間違いなくゼクス王子……!)

激しい頭痛と共に、二つの異なる人格がパズルのピースのようにカチリとはまり込む。いや、はまり込んだというよりは、結城奏というOLの魂が、ゼクスという青年の肉体を完全に乗っ取ってしまったような感覚だった。


痛みが引いていくにつれ、周囲の状況がクリアに認識できるようになってきた。

豪華な金糸の刺繍が施された王族の衣装は、前世のスーツとは比べ物にならないほど重苦しい。しかし、鍛え上げられた男性の肉体はその重量を苦ともしていなかった。


視線を前に向ける。

そこには、白百合のように可憐な少女が、涙目で小刻みに震えていた。金糸のような淡いブロンドの髪、庇護欲をそそる華奢な肩。彼女の足元には、泥水で汚れた教科書やノートが散乱している。


(えーっと、彼女は……そう、男爵令嬢で、特待生としてこの魔法学園に入学してきたミアリス・ノア。光属性の希少な魔法適性を持つ、いわゆる『聖女』枠の女の子だ)


ゼクスの記憶が即座に彼女の個人情報を弾き出す。

そして私の背後には、ゼクスの取り巻きである見栄張りの貴族子息たちと令嬢が数名いる。皆、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて立っていた。


「さあ、殿下。このような身の程知らずの平民上がりには、相応の罰を与えてやりましょう」

取り巻きの一人、子爵家の三男坊が、媚びへつらうような声で私に囁きかける。


(ちょっと待って。一時停止させて。状況を整理させてよ)

私は大きく深呼吸をした。


ゼクスの記憶によれば、今は魔法学園の最終学年。あと三ヶ月もすれば、他国の王族や貴族たちを招いた盛大な卒業パーティーが控えている。

そして、この光景。傲慢な王子が、身分違いの特待生をいじめている真っ最中。恐らく取り巻きの令嬢が誘い出して、こっちが待ち構えてた説。


(これ、完全に『ざまぁ』されるパターンのやつじゃない!?)

OLとしての私のオタク知識が、けたたましく警報を鳴らした。

間違いない。ざまぁ確定王子だわ。


本来のゼクスなら、ここでミアリスを突き飛ばし、さらに苛烈ないじめを加担すべく行うのだろう。そして卒業パーティーの晴れ舞台で、別のイケメン(おそらく優秀な弟王子か、よく分からない隣国のなんとかと、彼女を慕う他の攻略対象たち)にその悪行を大々的に糾弾され、婚約者である公爵令嬢リヴィアからも、巻き添えを恐れて冷たく見放され、王位継承権を剥奪されて国外追放、あるいは幽閉……というバッドエンドが確定してしまうはず。


(冗談じゃない! なんで私がそんな目に遭わなきゃいけないのよ! やっと激務のOL生活から解放されたと思ったら、三ヶ月後に破滅確定とか笑えない!)


私は何故か振り上げかけていた右手を、空中でピタリと止めた。

ミアリスは「打たれる」と思い、きゅっと目を閉じている。その震える睫毛の長さや、透き通るような白い肌を見ていると、前世の「女」としての感性が大きく疼いた。


(こんな可愛い女の子をいじめるなんて、男として最低。いや、私は女だけど。ああ、もう頭痛い。それにしても、本当に守ってあげたくなるような可愛さね)


私は振り上げた手をゆっくりと下ろし、代わりに、散乱した教科書を拾い上げるためにしゃがみ込んだ。


「え……?」

取り巻きの一人が間抜けな声を漏らす。


私は教科書についた泥を丁寧に払い落とし、立ち上がってミアリスにそれを差し出した。

「……怪我はないか、ミアリス嬢」

できるだけ優しく、落ち着いたバリトンボイスを意識して声をかける。ゼクスの声帯は非常に優秀で、少しトーンを落とすだけで、耳元で甘く囁かれているような錯覚を起こさせる極上の美声だった。ああ、良い声ね♪


「で、殿下……!?」

ミアリスは信じられないものを見るような目で、私と、差し出された教科書を交互に見つめている。


「すまなかったね。私の取り巻きが、君に無礼を働いたようだ。彼らの非は私の非だ。心から謝罪しよう」

私はOL時代に培った、クレーム対応用の「完璧な誠意を見せる営業スマイル」を顔に貼り付けた。相手の目を見て、声のトーンを下げ、敵意がないことを全身で示す。

さらに、女心を知り尽くしている私だからこそわかる「こういう時、どうされたら一番安心するか、そしてどうされたら心に響くか」を無意識に実践してしまった。


私は空いている左手で、ミアリスの震える小さな手をそっと包み込んだ。

「こんな泥で汚れた手をさせてしまって申し訳ない。君のような美しい花に、泥は似合わないというのに」


懐から上質な絹のハンカチを取り出し、彼女の指先を優しく拭う。女友達がネイルを失敗して泣きついてきた時に慰めるような、完全に「気のいい女の先輩」のノリだったのだが、相手から見ればランストレイル王国第一王子の至近距離での微笑みである。


「あ、う、あの……っ!」

ボンッ、と音がしそうなほど、ミアリスの顔が耳まで真っ赤に染まった。彼女は私の手から教科書をひったくるように受け取ると、涙目なのか潤んでいるのかわからない瞳で私を見上げ、「しっ、失礼いたします!」と叫んで脱兎のごとく逃げ去ってしまった。


(あれ? なんか逃げられたけど……まあ、とりあえずいじめのフラグは折れたわよ!)


取り巻きたちは口をポカンと開けて、すっかり石化している。

「お前たち。今後一切、彼女に近づくことを禁ずる。もし破れば……わかっているな?」

私が冷ややかな視線で睨みつけると、彼らは弾かれたように「は、はいぃっ!」と悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「……一体、何の真似ですか。ゼクス殿下」

不意に、背後から低く、しかしよく通る声が響いた。

振り返ると、そこには一人の騎士が立っていた。


銀色の美しい装飾が施された近衛騎士の制服。長身で、鍛え上げられた広い肩幅。少し無造作に流した黒髪の下には、切れ長の鋭い瞳。鼻筋はスッと通り、薄い唇は不機嫌そうに引き結ばれている。腰に下げた長剣の柄に手を添える立ち姿は、一枚の絵画のように決まっていた。


(……っ!! ドストライク!!!)

私の心の中の「乙女センサー」が、過去最大級の警報を鳴らした。

近衛騎士団の若き副団長にして、私の専属護衛騎士でもある、ギデオンだ。

前世で私がプレイしていた乙女ゲームの「寡黙でストイックな護衛騎士ルート」のキャラクターそのものではないか。いや、それ以上に三次元の生身の破壊力は凄まじい。制服越しにもわかる筋肉の厚み、最高。


ゼクスの記憶によれば、ギデオンは傲慢な王子を内心では軽蔑しつつも、王家への忠義のためにのみ仕えているという複雑な立ち位置だった。


「ギデオン……!」

私は無意識のうちに、目をキラキラと輝かせて彼に歩み寄っていた。

「何か問題でも起きましたか? 先ほど、特待生の男爵令嬢が顔を真っ赤にして走り去っていくのが見えましたが……また、くだらない嫌がらせを?」

ひどく冷ややかな声。ああ、その氷のような目で見下ろされるのも悪くない。ゾクゾクする。

私はうっとりと彼を見上げ(ゼクスの身長も高いので、実際にはそこまで見上げるほどの差ではないのだが、心境的には完全に見上げている)、両手で彼のごつい右手をガシッと握りしめた。


「違うんだギデオン! 私は心を入れ替えたんだ! これからは誰も傷つけない、平和で愛に満ちた生き方をしようと思う。だから、君にもずっとそばで私を支えてほしい!」

女としての私の本音が、完全にダダ漏れである。


「はい?」

常に冷静沈着なはずのギデオンが、見たこともないほど間抜けな顔で固まった。

「い、いや、殿下……急に私の手を握って、何を……」

「ギデオンのその大きな手、剣ダコがあってすごく男らしくてかっこいいね。私、こういう無骨な手、大好きなんだ」

「……ッ!?」


私は彼の手を両手で包み込み、頬ずりせんばかりの勢いで撫で回した。前世で近所の大型犬を愛でていた時のテンションである。しかし、側から見れば「長身の美形王子が、自身の護衛騎士の手を握りしめて熱い視線を送っている」という、極めて異常かつ危険な光景だ。


ギデオンはゾッとしたように顔を引きつらせ、バッと手を振り払った。

「で、殿下!? 頭でも打たれたのですか!? お、お気が狂われたとしか思えません! すぐに医務室へ……いや、高位の治癒術師を呼びます!!」

「えー、冷たいなあ。照れ隠し? 顔赤いよ? そういう初心なところも可愛いじゃん」

私がニヤニヤと笑いかけながら一歩距離を詰めると、屈強な騎士であるはずのギデオンは、まるで恐ろしい化け物を見るような目で後ずさりした。

「ひっ……!」

彼は顔を青ざめさせ、本気で治癒術師を呼ぶために、軍馬のような全速力で走り去ってしまった。


(あれ? アプローチの仕方、間違えたかしら? まあいいわ、焦りは禁物。時間はまだ三ヶ月あるんだから)


一人残された庭園で、私は噴水の縁に腰を下ろし、水面に映る自分の顔をマジマジと見つめた。

プラチナブロンドの髪に、アメジストのような紫の瞳。非の打ち所がない、彫刻のように美しい顔立ち。

(うん。顔だけは本当にいいのよね、このクズ王子。でも、中身は私、結城奏なんだから)

私は両頬をパンッと叩いて気合いを入れた。

現状は最悪だ。三ヶ月後の卒業パーティーで、私がヒロインをいじめた罪で断罪される「ざまぁ」イベントが確定している。


本来の婚約者であるリヴィア公爵令嬢との関係も、これまでのゼクスの愚行のせいですでに冷え切っているはずだ。彼女は非常に優秀でプライドの高い女性だ。こんな愚鈍な王子など、さっさと見切りをつけたいと思っているに違いない。


(とにかく、全力で婚約破棄パーティーから逃げる! そのためには、卒業パーティーの前に自分からリヴィア様に婚約解消を申し出て、慰謝料を払い、王位継承権も放棄して、安全な田舎に引っ込むか……あるいは)

私は先ほど走り去ったギデオンの広く逞しい背中を思い出し、ふふっと口元を緩めた。


(イケメン騎士様を捕まえて、どこか遠くへ駆け落ちするのもアリね。いや、絶対そうするべきだわ)

男の体で男を口説くというハードルの高さは一旦棚に上げておく。


まずは、破滅フラグの完全なるへし折りだ。女心を完全に理解している私が、ヒロインも婚約者も、ついでに私の好みのドストライクであるイケメン騎士も、全員まとめて味方につけてみせる。


「さてと。まずはあの美しくも冷え切った婚約者、リヴィア様のご機嫌取りと、円満な婚約破棄の交渉から始めますか」

私は立ち上がり、重たい王族の外套を翻して、美しい王宮の廊下を歩き始めた。


「ざまぁ」確定王子に転生してしまった私(女)の、全力の逃走劇と、斜め上の恋愛事情が、今ここに幕を開けた。

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