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学園の地下格納庫で『超重装甲・魔導殲滅陸上戦艦』をお披露目されてから数日。
私の心労はピークに達し、もはやミアリス特製の胃薬をフリスクのような感覚でボリボリと噛み砕く毎日を送っていた。
「ゼクス殿下、本日の王都の空模様は快晴。クーデターには絶好の……おっと、殿下の美学に反しますね。パトロールには絶好の日和です」
シリルが、未だに武力革命を諦めきれないような熱い視線を向けてくる。
(ダメだ。このままじゃ、卒業パーティーで断罪される前に、私がテロリストの首謀者として歴史に名を残してしまう……!)
物理的な逃走ルート(戦艦)が封じられた今、残された手段はただ一つ。
『王宮の権威を揺るがすほどの、超特大の国際的スキャンダル』を起こし、国王を激怒させて私を国外追放(という名目のスローライフ)に処してもらうことだ。
そんな折、私にとって渡りに船とも言える情報が舞い込んできた。
「シリル。今日、隣国の『ヴァルハルト帝国』から平和使節団が来ているというのは本当か?」
「はい。使節団とは名ばかりの、野蛮な連中です。我が国に対して理不尽な関税の引き下げや、領土の割譲を要求してきているようで、国王陛下も頭を悩ませておられます」
(キタキタキタァ!! これだ!!)
ヴァルハルト帝国は、軍事力で周辺国を威圧する武闘派国家だ。
その恐ろしい使節団の前に私が乗り込み、王族としてのプライドをかなぐり捨てて『完全降伏』を宣言し、こちらの領土を勝手に譲渡してしまえばいい!
「王太子が勝手に領土を敵国に売り渡した」となれば、いかに親衛隊たちが私を庇おうとも、国家反逆罪で一発アウトだ。
私はシリルから渡されていた『絶望の荒野(魔王の跡地)』の権利書を懐に忍ばせ、親衛隊たちをインスペクター室に置き去りにして、単身で王城の迎賓館へと向かった。
────
迎賓館の重厚な扉を開けると、そこにはピリついた空気が充満していた。
円卓の向こう側には、顔に無数の傷跡を持つ熊のような巨漢――ヴァルハルト帝国の全権大使、バルザック将軍がふんぞり返っている。
対する我が国の文官たちは、彼の放つすさまじい威圧感に青ざめ、完全に委縮していた。
「……ほう? 小僧、会議の途中に割り込むとはいい度胸だな。貴様が噂のゼクス王子か」
バルザック将軍が、獲物を狙う猛獣のような目で私を睨みつける。
(うわぁ、めっちゃ怖い! 前世でクレーム対応した反社の人より怖い!)
私は震える膝を必死に抑えながら、あえて『最高に舐め腐った態度』で円卓に近づき、懐から一枚の羊皮紙を取り出して、バンッ!とテーブルに叩きつけた。
「ふん。野蛮な帝国の使者殿。要求は領土の割譲だったな? いいだろう、くれてやる」
「……なんだと?」
バルザック将軍が眉をひそめる。我が国の文官たちも「で、殿下!? 何を勝手なことを!」とパニックに陥った。
「これは『絶望の荒野』の権利書だ! くれてやるから、とっとと国に帰れ! そして二度と、私の安眠を脅かすな!」
言い放った!
さあ、この「平和な眠りのために国を売るクズ王子」に怒れ!
「なんだこの使い物にならない不毛な土地は!」と激怒して、外交問題に発展させてくれ!
バルザック将軍は権利書を手に取り、その内容を読み……ピタリと動きを止めた。
「……貴様。我々を愚弄しているのか?」
将軍の声が、地を這うような低い音圧に変わる。
「『絶望の荒野』だと? かつて魔王が封印され、今なお致死量の瘴気が吹き荒れる不可侵領域ではないか! 草木一本生えない死の土地を譲渡するなど……我々帝国軍に『そこで瘴気に飲まれて死ね』と言っているに等しいぞ!!」
バンッ!!と、バルザック将軍が円卓を叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
(よし! 狙い通り激怒した! ここでダメ押しだ!)
私は素早く一歩後退し、学園祭で培った完璧なフォームで、床に両膝と額をこすりつける『ジャンピング土下座』を敢行した。
「ヒィィッ!! お許しください!! 怒らないでください!! 私はただ、面倒な戦争とかしたくないだけで……命だけは、命だけはお助けを!!」
大声で命乞いをする王太子。
王族の尊厳など微塵もない、あまりにも無様な姿。
我が国の文官たちが「ああっ、我が国の威信が……!」と顔を覆う。
(完璧だ……! これで私は「敵国に土下座して命乞いをした最低の臆病者」として廃嫡確定だ!)
「……小僧。貴様、ふざけているのか? その奇妙な姿勢はなんだ」
バルザック将軍が剣の柄に手をかけ、私を見下ろした。
まさに一触即発。私が「国賊」として断罪される、輝かしいスローライフへの扉が開こうとした――その時である。
ドガァァァァァァンッ!!
迎賓館の壁が、凄まじい轟音と共に外側から物理的に粉砕された。
もうもうと立ち込める土煙の中から、冷酷な殺気を纏った六人の狂信者(親衛隊)が、完全に戦闘態勢で姿を現した。
「……ゼクス様に剣を向けるとは。その首、氷像にして永遠に飾って差し上げますわ」
リヴィアが、室内を一瞬で氷点下に変える。
「兄上の『慈悲』を無下にする愚か者め。帝国ごと灰にしてやろうか」
ユリウスの杖の先端で、極大の雷球がバチバチと音を立てる。
「ゼ、ゼクス殿下が土下座を!? 万死!! 帝国の豚どもは万死に値する!!」
ギデオンが、呪われた魔剣を引き抜いて咆哮する。
(お前たちィ!! なんで壁を壊して入ってくるの!? 大人しく待ってろって言ったよね!?)
突如現れた『理不尽な暴力の化身たち(レベルカンスト勢)』に、バルザック将軍と帝国の護衛たちが青ざめて後ずさる。
「ま、待て! お前たち、手出しは無用だ!!」
私は慌てて土下座の姿勢から顔を上げ、叫んだ。
「私は平和的な交渉をしているんだ! 彼らには荒野を開拓してもらうんだから!」
私の必死の叫びを聞いた瞬間、生徒会長シリルが、銀縁眼鏡を指で押し上げながら、深々とため息をついた。
「……なるほど。そういうことでしたか、ゼクス殿下」
「え?」
シリルは瓦礫を踏み越えて進み出ると、恐れおののくバルザック将軍に向かって、冷たく言い放った。
「バルザック大使。あなたは殿下の『恐るべき最後通牒』に気づいていないようだ。殿下が提示された『絶望の荒野』……あそこにはすでに、我が軍の【超重装甲・魔導殲滅陸上戦艦】が配備され、瘴気の浄化を完了させているのですよ」
(してない!! 学園の地下に隠しっぱなしだよ!!)
「なっ……魔の荒野を、浄化だと……!? そんな超兵器が存在するわけが……!」
「信じるか信じないかはあなた次第です」
シリルは冷笑を浮かべた。
「殿下は、あえて『無防備な土下座』という究極の屈辱的姿勢をとることで、あなた方の『器』を試されたのです。圧倒的な武力(戦艦)を持ちながら、武力に訴えず、あなた方に荒野の【共同開発権】という名の『エサ』を与えに来た。……もし、ここで殿下を斬っていれば、帝国は明日にも戦艦の主砲で地図から消滅していたでしょうね」
「――ッ!!!」
バルザック将軍の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
(将軍の脳内:なんだと!? この王子、ただの臆病者ではない! 一切の殺気を消して土下座をしながら、いつでも私の命を奪える状況を作っていたというのか! なんという異常な精神力! そして、魔王の瘴気すら消し飛ばす兵器……! 帝国軍が束になっても勝てん!!)
「ゼクス殿下のこの無防備な姿勢は、すなわち『我が国の懐に入れ』という絶対者の余裕! 理解したなら、その権利書を受け取り、永遠の忠誠を誓いなさい!」
リヴィアが氷の扇を突きつけて追い打ちをかける。
「ひっ……!」
歴戦の猛将であるはずのバルザック将軍は、ガクガクと膝を震わせ、ついに手にした権利書を握りしめたまま、その場に崩れ落ちた。
そして、私(土下座中)に向かって、自らも額を床に擦りつける『ジャンピング土下座』を繰り出したのだ。
「ゼ、ゼクス殿下……! 我々の無知をお許しください!! 『絶望の荒野』の共同開発、謹んでお受けいたします! ヴァルハルト帝国は今後、ゼクス殿下の威光の下、我が国の軍事力をすべて殿下の盾として捧げることを誓います!!」
(えええええええええええっ!?)
会議室の文官たちが、狂喜乱舞して立ち上がった。
「おおお……! 一滴の血も流さず、あの好戦的な帝国を事実上の『属国』にしてしまった!!」
「自ら泥を被り、土下座によって相手のプライドを満たしつつ、実利をすべて奪い取る……! これぞ、神業の『土下座外交』!!」
「ゼクス殿下万歳!! 次期国王はゼクス殿下しかあり得ない!!」
ワーッ!!と、壊れた壁の向こう側から、騒ぎを聞きつけた王城の近衛兵たちまでが拍手喝采を送り始めた。
「さあ、殿下! 面を上げてください! 我らの完全勝利です!」
親衛隊たちが、感極まった顔で私を抱え起こす。
私は、崩壊した迎賓館の壁から差し込む夕日を浴びながら、完全に虚無の表情を浮かべていた。
スキャンダルを起こして国外追放されるはずが、敵国の将軍を屈服させ、あろうことか隣国まで自分のファンクラブ(属国)に取り込んでしまった。
私の『次期国王フラグ』は、もはや国内にとどまらず、大陸統一という未知の領域へと足を踏み入れようとしていた。
卒業パーティーまで、あと二十日。
私の胃は、ついに痛みを通り越して『無の境地』へと至り始めていた。




