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インスペクター室の人口密度が六人に増え、私のパーソナルスペースが完全に消滅してから数日後。
王立魔法学園は、年に一度のビッグイベント『創立記念学園祭』の準備で沸き立っていた。
「ゼクス殿下! 学園祭のメインイベントである『クラス対抗・演劇コンクール』ですが、我がクラスは満場一致で殿下を主役に推薦いたしました!」
生徒会長であるシリルが、インスペクター室のデスクにバンッ!と分厚い台本を叩きつけた。
「は? 主役? 私が?」
「はい! タイトルは『光の勇者と聖なる乙女』。殿下にはもちろん、魔王を討ち果たす光の勇者役をお願いいたします!」
周囲を見ると、親衛隊の面々が目をキラキラさせて私を見つめている。
「ゼクス様の勇者姿……ああ、想像しただけで失神しそうですわ♡」
「兄上のための舞台です。私が最高の衣装(防刃・耐火・魔法反射機能付き)を縫い上げましょう」
「殿下! 私、聖なる乙女役のオーディション、絶対に勝ち抜きますからねっ!」
「このギデオン、殿下の引き立て役として、憎き魔王役を全身全霊で演じさせていただきます!!」
「いやー、殿下が主役ならチケットは白金貨レベルで売れますね! ダフ屋の取り締まりは俺の商会に任せてください!」
(……嫌だ。絶対に嫌だ)
私は胃の辺りを押さえながら、心の中で全力の拒否権を発動した。
学園祭の演劇といえば、国王や高位貴族たちも観劇に訪れる超大舞台だ。そんなところで主役など演じて目立ってしまえば、私の『次期国王フラグ』がさらに強固なものになってしまう!
「シリル。私はインスペクターとして学園祭の警備(パトロールという名のサボり)があるから、演劇には出られな……」
「ご安心を! 警備は生徒会とルカの商会ネットワークで完璧に固めてあります! 殿下は安心して舞台の上で輝いてください!」
退路はすでに、優秀すぎる部下たちによって物理的に塞がれていた。
(……くっ。こうなったら、仕方ない)
私は台本をパラパラと捲りながら、ある『悪魔の計画』を思いついた。
(逆に考えるんだ。ここで国王や貴族たちの前で、前代未聞の『大根役者』かつ『最低最悪のクズ勇者』を演じて、舞台をメチャクチャにぶち壊してしまえばいい!)
「勇者とは名ばかりの、金と権力に汚い卑怯者」を舞台上でアドリブ全開で演じ切る。
そうすれば、観客は「なんて不快な劇だ!」「ゼクス王子には品格がない!」と大激怒し、私の評価はついに地に落ちるはずだ。
「……わかった。その主役、引き受けよう」
私が不敵な笑みを浮かべると、六人は「おおおっ!」と歓喜の声を上げた。
(ふふふ……見てろよ。学園祭当日、お前たちの期待を地の底まで叩き落としてやる!)
────
そして迎えた、学園祭当日。
学園の大講堂には、国王陛下をはじめとする王族、有力貴族、さらには他国の来賓までがズラリと席を埋め尽くしていた。
「――これより、第二学年Aクラスによる演劇『光の勇者と聖なる乙女』を開演いたします」
シリルの厳かなナレーションと共に、重厚な幕が上がる。
舞台の上には、見事な王宮のセット(ルカの商会が予算を注ぎ込んだ本物のアンティーク家具)が組まれ、私は煌びやかな勇者の衣装に身を包んで立っていた。
そして目の前には、黒い甲冑に身を包んだ恐ろしい魔王が、禍々しいオーラ(本物の殺気)を放って立ちはだかっている。
『グハハハ! 愚かな勇者よ! 我が魔王軍の前にひれ伏すか、それとも死を選ぶか!』
ギデオンが、鼓膜が破れそうなほどの凄まじい大声でセリフを叫んだ。(※気合いが入りすぎて素で怒鳴っている)
本来の台本なら、ここで私は剣を抜き、「愛する世界と乙女を守るため、お前を討つ!」とカッコよく見得を切る場面だ。
しかし、私はニヤリと笑い、腰の聖剣をガチャーン!と床に投げ捨てた。
観客席から「あっ」という小さな驚きの声が漏れる。
舞台袖で見ていたシリルやリヴィアたちも、「えっ? 台本と違う?」と目を丸くしているのが見えた。
私は魔王の前に進み出ると、躊躇なく両膝を突き、見事なまでの『ジャンピング土下座』をキメた。
「魔王様!! どうか命だけはお助けください!!」
『……えっ?』
突然の土下座に、魔王が完全に素のリアクションで固まる。
私は構わず、マイク代わりの風魔法を通じて、会場中に響き渡る声で叫んだ。
「世界? 乙女? 知ったことか! 私は痛いのも苦しいのも大嫌いなんだ! この国は半分……いや、全部あんたにやる! だから頼む、私に辺境の畑付き一軒家と、毎月の年金だけを保証してくれ! 私はただ、安全な田舎でスローライフがしたいだけなんだぁぁぁっ!!」
言い切った!
国を売り渡し、自分の保身と金だけを要求する、最低最悪のクズ勇者の誕生だ!
(さあ、観客よ! 怒れ! ブーイングの嵐を巻き起こして、私にトマトを投げつけるがいい!)
大講堂は、水を打ったような静寂に包まれた。
国王も、貴族たちも、誰もが目を見開き、息を呑んで舞台上の私を見つめている。
しかし、その静寂を破ったのは、目の前に立つ魔王だった。
彼はブルブルと肩を震わせ、大粒の涙をポロポロと流し始めたのだ。
「ギデオン……?(おい、泣くな! 劇が止まってるぞ!)」
私が小声でツッコミを入れると、ギデオンは突然、天を仰いで慟哭した。
『おおお……なんという事だ!! 自らの誇りも、名誉も、そして勇者としての栄光すらも泥に投げ捨て、ただ【一滴の血も流さずに民を救う】道を選ぼうというのか……!!』
(……はぁ!?)
ギデオンのそのアドリブ(壮大な勘違い)に、舞台袖のシリルが即座に反応した。
『――そう。勇者は知っていたのだ』
シリルの冷静かつドラマチックなナレーションが、会場に響き渡る。
『力で魔王を討てば、世界は救われるかもしれない。しかし、その過程でどれほどの民が血を流し、涙を流すことか。ならば……自らが【臆病者のクズ】という永遠の汚名を被ってでも、国を譲渡することで無血開城を成し遂げようとしたのである!』
「なっ……!?」
私は絶句した。
私のただのサボり宣言が、なぜか『究極の自己犠牲による平和主義』にすり替えられている!
さらに、舞台裏のルカが「今だ!」とばかりに、ありったけの特効魔法(光と花吹雪)をステージに炸裂させた。
キラキラと輝く光の粒子の中、土下座をする私の姿は、まるで聖者のように神々しくライトアップされてしまった。
『勇者様……! あなたのその深く、重い覚悟……!』
ヒロイン役のミアリスと、王女役のリヴィアが舞台に飛び出してきて、私の両脇にすがりついて泣き崩れる。
『兄上(勇者)の泥は、私が共に被りましょう!』
騎士役のユリウスまでもが、私の隣で美しい土下座をキメる。
『……見事だ、光の勇者よ。お前のその【真の強さ】の前に、我が魔王軍の負けだ。この世界は、お前のような優しき者が統べるべきだ!』
魔王が自ら首を差し出し、勝手にパタリと倒れて「浄化された演技」を始めた。
(待って、私、何もしてない!! 土下座して年金要求しただけなんだけど!?)
私がパニックに陥っていると――。
ブラボーーーーッ!!!
大講堂を揺るがすような、凄まじい拍手と大歓声が巻き起こった。
「なんという斬新で、深く、胸を打つ物語だ……!」
「武力による解決を否定し、己のプライドを捨てて平和を乞う……これこそが真の勇者!」
「ただの勧善懲悪ではない、前衛的かつ哲学的な演劇だ! スタンディングオベーションだ!!」
国王陛下までもが立ち上がり、ハンカチで目頭を押さえながら、私に向かって惜しみない拍手を送っている。
「ゼクスよ……お前の平和への強い願い、父の胸にしかと届いたぞ!!」
(届かないでえええええええっ!!!)
私は光り輝くステージの上で、ただ一人、顔面を蒼白にして絶望の淵に立っていた。
私の「クズ演技」は、親衛隊の恐るべきアドリブ力と解釈違いによって、『学園史に残る伝説の神劇』へと昇華されてしまったのだ。
「ゼクス様! 大成功ですわね!」
「殿下の演技、魂が震えました!」
幕が下りた後、六人の側近たちが私を胴上げしようと群がってくる。
私は、胃をキリキリと痛めながら、白目を剥いて意識を手放しそうになった。
私は「武力に頼らない平和の象徴(ノーベル平和賞クラス)」という、もはやスローライフとは対極にある巨大すぎる称号を背負わされてしまったのである。




