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ざまぁ確定王子に転生してしまった私(女)は、全力で婚約破棄パーティーから逃げることにしました。  作者: 逆立ちハムスター


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インスペクター(不正摘発官)就任から数日。

私に与えられた豪華な専用執務室は、さながら年末の税務署のような地獄絵図と化していた。


「ゼクス様。こちらの書類にサインをお願いいたしますわ」

「兄上、あちらの山は私が仕分けしておきました。処罰の重さでランク付けしています」

「殿下ぁ! お疲れですよねっ、肩揉みますね!」


(……どうしてこうなった)

執務机の前に座らされた私の目の前には、天井に届きそうなほどの書類の山が築かれていた。

その大半が、生徒たちから提出された『懺悔状ざんげじょう』と『自主申告書』である。


先日の「マクシミリアン粛清事件」が学園中に知れ渡った結果、生徒たちは「少しでも違反を隠していれば、インスペクターとその狂犬たちに物理的に消し炭にされる」という極度の恐怖に陥った。

その結果、「昨日の小テストで隣の席の答えを見ました」「花壇のチューリップを踏みました」「食堂のパンを二個持ち帰りました」という、小学生の学級会レベルの些細な罪状までもが、自己保身のために雪崩のように報告されてくるようになってしまったのだ。


「もう嫌だ……。私はハンコを押すだけの機械じゃない……」

前世の月末処理を思い出し、私の目は完全に死んでいた。

このままでは、スローライフどころか過労死まっしぐらである。中間管理職たるもの、自分がパンクする前に『適切な業務委託アウトソーシング』を行わなければならない!


(そうだ! 学園のトラブルに対処するなら、本来は『あそこ』の仕事じゃないか!)

私は弾かれたように顔を上げた。

「皆! この書類を持って、今すぐ生徒会室へ行くぞ!」


王立魔法学園生徒会。

そこには、乙女ゲーム『王立魔法学園の恋人たち』におけるもう一人の重要な攻略対象がいる。

生徒会長、シリル・ヴァン・アシュフォード侯爵令息。

銀縁眼鏡の奥に冷徹な知性を光らせる、規律とルールの鬼。『氷の貴公子』の異名を持つ彼は、ゲーム内でも傲慢なゼクスと度々衝突する、いわば天敵のような存在だ。


(シリルにインスペクターの権限ごと、この書類の山を丸投げしてやる! 彼なら「学園の規律は生徒会が守る!」とか言って、喜んで引き受けてくれるはず!)

完璧な計画だ。私は自らの閃きに感動すら覚えながら、四人の側近(過激派)を引き連れて生徒会室へと向かった。


────


バンッ!

「邪魔するよ、生徒会長!」

私が勢いよく生徒会室の扉を開けると、室内で書類仕事をしていた数名の役員たちが「ひぃっ、インスペクターだ!?」と悲鳴を上げて壁際に逃げた。


その中央にある豪奢なデスクで、ただ一人、銀色の髪の青年が静かに羽ペンを置いて立ち上がった。

「……これはこれは、ゼクス殿下。ノックもせずに押し入るとは、相変わらず礼儀というものを存じ上げないようだ」

シリル・ヴァン・アシュフォード。

彼は銀縁眼鏡を中指でクイッと押し上げ、私を冷ややかな視線で射抜いた。

「インスペクターの腕章を手に入れたからといって、この生徒会室で好き勝手ができると思わないことです。あなたのその野蛮な制圧手法、私は決して認めていない」


(おおっ、いいぞシリル! その調子だ!)

彼の予想通りの反発に、私は内心で拍手喝采を送った。

「ふっ、相変わらず堅苦しい男だな、シリル」

私は悪役っぽく不敵に笑い、四人に持たせていた『懺悔状の山』を、ドサドサドサッ!とシリルのデスクに投げ出した。


「なっ……これは、一体なんの嫌がらせですか?」

シリルが顔をしかめる。

「嫌がらせ? 違うな。これは『譲渡』だ」

私は肩をすくめ、最高に無責任な声で言い放った。

「私はインスペクターの仕事など、面倒でやっていられないんだよ。こんな些末な書類仕事に私の貴重な時間を割くなんて馬鹿げている。だから、規律が大好きな君たち生徒会に、この書類と権限をすべてくれてやろうと思ってね。せいぜい真面目に処理することだ。じゃあ、私は昼寝に戻るから」


言い切った!

「仕事をサボって他人に押し付ける最低のクズ王子」の完成だ。

さあ、シリルよ! 私を軽蔑し、「あなたのような無責任な者にインスペクターの資格はない! 生徒会がすべて引き受けます!」と宣言してくれ!


シリルが怒りで顔をプルプルと震わせ、口を開きかけた――その時だった。


「……随分と偉そうですね、シリル・ヴァン・アシュフォード」

私の背後から、室内の温度を一気に氷点下まで下げるような、リヴィアの冷酷な声が響いた。

「ゼクス様が、わざわざ無能なあなたたちに『手柄を立てる機会』を与えてくださったというのに。感謝の言葉もないのですか?」


「……兄上の海より深い慈悲が理解できないとは。生徒会も腐っていますね。丸ごと焼き払って、新しい組織を作り直しましょうか?」

ユリウスの杖から、パチパチと青白い火花が散る。


「シ、シリル先輩! 殿下は本当はご自分で全部やりたいのに、生徒会の皆さんを信頼して任せてくださってるんです! そんな態度は、あんまりですっ!」

ミアリスが、なぜか両手に『光の魔力で作った巨大なハンマー』を握りしめながら、涙目で抗議する。


「その首、切り落とされたくなければ殿下の御前で土下座せよ!!」

ギデオンが、生徒会室の絨毯の上で大剣をギラつかせながら咆哮した。


「「「…………ひぃぃっ!!!」」」

生徒会役員たちが、泡を吹いて次々と気絶していく。

(ちょっと待って!! なんでただの業務委託が、武力による敵対的買収(M&A)みたいになってるの!?)


「や、やめろ皆! 武力行使は禁止だと言っているだろう!」

私が慌てて止めに入るが、シリルは完全に四人の殺気に当てられ、顔面を蒼白にしていた。

しかし、さすがは生徒会長。彼は震える手でデスクの上の書類を手に取り、私を睨み返した。

「……権力の脅威で私を屈服させようという腹ですか、ゼクス殿下。ですが、私は屈しない。あなたがどれほど無茶苦茶な書類を押し付けてこようと――」


シリルはそう言いながら、手にした書類に視線を落とした。

そして、ピタッと動きを止めた。


「……な、なんだこれは?」

シリルの目が、驚愕に見開かれる。

「どうした、シリル?」

「この書類……。全校生徒からの懺悔状が、事案の『重大度』『緊急度』『管轄部門』ごとに、完璧に分類ナンバリングされている……。しかも、すべての書類に、過去の学園規則の判例に基づいた『推奨される対応策』の付箋が貼ってあるだと……!?」


(あっ)

私は変な汗をかいた。

昨夜、あまりにも書類の山がカオスだったため、私は無意識のうちに前世のOL時代に培った『超効率的ファイリング術』と『タスク管理術』をフル活用し、すべての書類を完璧なフォーマットで整理整頓してしまっていたのだ。


「……ゼクス殿下。あなたは、これを『面倒だから押し付けた』と?」

シリルが、震える声で私を見た。

「あ、うん。そうだよ。適当に丸投げしたんだ」

私が目を泳がせながら答えると、シリルの脳内で、またしても【致命的な勘違い】のプロセスが高速回転を始めた。


(馬鹿な。これが適当なわけがない。この分類、この的確な対応策の指示……! 私が生徒会総出で三日かけて作る資料よりも、はるかに緻密で完璧だ!)

シリルは書類を持つ手を震わせながら、私の姿を改めて見直した。

傲慢に見えるその態度の裏で、ゼクスはすでにすべての問題の『解答』を用意していたのだ。

(そうか……! 彼は権力を振りかざしに来たのではない! 机上の空論で規律を語る私に、実務としての『真の統治』のやり方を教えに来たのだ! 私の未熟さを指摘し、そして……この完璧なマニュアルを譲渡することで、生徒会を導こうとしてくださっている!)


「……ゼクス殿下。私は、己の不明を恥じるばかりです」

カチャン、と。

シリルは銀縁眼鏡を外し、私の前に深く、深く頭を下げた。


「え?」

「あなたはインスペクターとして、すでに学園の全てを掌握されていたのですね。それを『丸投げする』などと悪ぶって……私に、上に立つ者としての器を試された。……私の完全な敗北です」

「いや、敗北とかじゃなくて、本当に丸投げしたいだけで――」


「ゼクス殿下!!」

シリルは顔を上げ、かつてないほど熱烈な、尊敬に満ちた瞳で私を見つめた。

「このシリル・ヴァン・アシュフォード。あなたのその完璧な実務能力と、海よりも深い導きに、心より感服いたしました! 今後、生徒会はインスペクターであるゼクス殿下の『直属の実行部隊』として、あなたに忠誠を誓います!!」


(はあああああああああ!?)

生徒会長(攻略対象)まで陥落した。

しかも、生徒会という学園最大の実動組織が、丸ごと私の傘下ファンクラブに吸収されてしまったのだ。


「さすがはゼクス様。この氷の貴公子すら、一夜の書類仕事で心酔させるとは」

「シリル。兄上の足手まといになったら、即座に生徒会ごと消し飛ばすからそのつもりで」

「シリル先輩、これから一緒に殿下を支えていきましょうねっ!」

「新たな同志よ! 共に殿下の御盾とならん!」


リヴィア、ユリウス、ミアリス、ギデオンの四人が、新たに加わったシリルと固い握手(という名の強烈なマウントの取り合い)を交わしている。


「……」

私は、窓から見える平和な青空を見つめながら、静かに魂を口から吐き出しかけていた。

仕事を減らすためにアウトソーシングしたはずが、子会社を吸収合併してしまい、結果的に私の責任(マネジメント領域)は倍以上に膨れ上がってしまった。

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