初恋聖女
グリーン公爵邸のパーティー会場はやはり、靄のような人間が集まっていた。
『はふ……』
艶やかで熱を帯びた息が吐き出される。
変声されていたため注目を浴びなかったが、もし普段の声なら秘め事に期待する乙女のようだと思われ、周囲からの視線を集めただろう。
『……』
その乙女、リズベットはこの時間になると不安……更には期待で胸を高鳴らせる。
来てくれるだろうか。
きっと気付いてくれる。
そんな思いが心を駆け巡る。
『本当に凄いおもてなしを受けて恐縮です』
『いえそんな……』
気付いてくれた。
覚えのある口調、足取り、更にはグリーン公爵家に縁があると確信している言葉は、ダリルかリズベットにしか向けられないだろう。
ケイは百発百中でリズベットを見抜き、今日もまた近寄ったのだ。
(聖女でなければ沢山お話して……)
リズベットの脳裏にあってはならない考えと妄想が浮かぶ。
聖女という肩書さえなければ、このような魔道具に頼らず普通に話を出来て、顔だってきちんと見えただろう。
しかし信仰心を第一に生きてきたリズベットが、自らの立場が煩わしいと思うのは明らかに変性で、彼女はどう考えても女を選んでいる。
『大丈夫ですよ』
『え?』
『貴方は貴方です。俺が保証します。そして俺と貴方の繋がりも切れません』
『あ……』
声をかけたケイはリズベットがなにを考えたのか分からない。
だがどうも自己が揺らいでいる様な気がしたので、全てをひっくるめたリズベットという女を肯定した。
『でも私……』
『兄と同じくらい頑張り屋さんの努力家で優しい人ですね』
『っ………!』
思わずリズベットは自分を卑下した逃避しかけた。
ルシールには女性らしさで遠く及ばず、凛々しいレアには勝てっこない。そんな感情を口にしかけ、ケイの言葉で真っ赤になる。
(す……好き……大好き……け、け、結婚したい……!)
もうリズベットは自分を偽れなかった。
誰かの隣にいて、誰かに抱かれて、誰かの子を抱くのではない。
ケイの隣にいて、ケイに抱かれて、ケイの子を抱きたいのだ。
だがそれには大きな壁がいくつもある。
奇妙な伝統を終えたリズベットは、公爵邸の部屋で人を待つ。
(レアがどんな反応をするのか分からない……)
ソファに座ったリズベットの小さな背を恐怖が這いまわった。
もしレアとケイが婚姻をしていても、ダリルはなんとか調整すると言った。しかしリズベットからすれば、親友を邪魔しているようにしか思えず、本来なら身を引く必要がある。
(で、でも少しでもチャンスがあるなら……!)
それでもリズベットは心で燃え盛っている感情を鎮火できない。
無意識に抑圧し続けてきた人間らしさが爆発した結果、もう成人しているのに言葉通り初めての恋、初恋を経験したのだ。
もうケイしか見えていない一途で初心な乙女は、僅かな可能性を信じて暴走する。
その姿は兄であるダリルにそっくりだ。
「リズベット、入っていい?」
「はい」
「それで、どうしたの?」
「レアは……その……ひょっとして……ケイさんと婚約してます?」
だからレアが入ってくると、言葉はつっかえながらも単刀直入に尋ねた。
「へっ⁉」
「じ、じ、実は、教会が私とケイさんに結婚してほしいらしくて……でもレアがしているなら……でも、でも、私はケイさんと結婚したいです……!」
「えっ⁉」
これにはレアも驚いた。
全員が仲良く堕ちればいいと思っていても、現実に起こる可能性は限りなくゼロだった。
その筈なのにまさかの方面から介入があり、驚愕が落ち着いたレアの心は歓喜で包まれる。
「えーっと……そういう話で進めてるけど……あ。勘違いしないでね。私はケイ君的にアリならリズベットと一緒に嫁げばいいと思ってる」
「そ、そうなんですか?」
「うん。ケイ君の子供のことで相談し合えたらいいなーとか妄想してた」
「子供……相談……きゅー……」
「はいはい落ち着いてねー。でも教会が?」
「は、はい。兄様はケイさんのお兄さんを引き入れたいのではないかと」
「はは。私と一緒だ」
「そうなのですか?」
「王太子殿下がケイ君のお兄さんをどうしても引き込みたいらしくて、間接的に私がウィンター家と王家を結ぶことになったんだ。いやあしかし、教会もそう思ってるんだね。ロジャーさん、どれくらい凄いのやら」
レアにすれば、ケイが許容できるならリズベットも合わせて、幸せな人生を送りたいと考えていたため、話を切り出した聖女を困惑させる。
本来あり得た分岐では、真っ先に堕ちたレアがリズベット堕落のきっかけになり得た。
しかし全てが壊れ果てている運命の中ではレアはなにもしておらず、あくまでケイ次第と言いつつリズベットを歓迎する。
「じゃあ上手くいった場合、私が妊娠してる時はケイ君と挨拶回りよろしく。逆の時は私が頑張るからローテーションね」
「はわっ⁉ はわわわわわわわっ⁉」
なおレアの言う通り上手くいった場合、彼女にとってかなり重要な案件が片付くので、先にその予定を告げてリズベットを大いに慌てさせる。
狂い、汚辱に塗れた筈の友情は、妙な形になり桃色を纏っていたが、ギリギリ本来の輝きを宿していた。
「ダリル。縁談の探りが十件ほどあった」
「これは大変だ……」
なお兄ダリルも割と人生の墓場へ一直線だったが、リズベットからの報告を聞き、父の説得を行なうことにした。




