兵士から見た坊ちゃん
(やった当たりだ!)
二十代半ばの男。短い赤毛でブラウン瞳。少々童顔ながらも体格はがっちりしている兵士、ランドンは心の中で喝采を上げる。
ケイ・ウィンターが指揮する部隊の中で最年少の彼は、先輩達からこの行事の面倒臭さを嫌というほど聞かされていた。
曰く、貴族を甘やかさないようにというお達しはあるが、あくまで建て前である。
曰く、外れの貴族は我儘で気が安らぐ時が無い。
曰く、雨が降ったら泥除けの足場になるくらいのつもりで参加しろ。
などなど、様々な心構えも伝授されていた。
勿論基本的に、貴族は人を使う側の教育を受けているが、効率を無視して雰囲気を悪くする人間はどこにもでいるため、この行事も結局は担当者次第……という言葉が当てはまる。
そしてランドンの場合は当たりだった。
「脱落者前提の強行軍ではなく、今回はあくまでも通常のものだ。それ故に私が知りたいのはやせ我慢の限界ではなく、効率を前提にした休憩になる。私への教育の一環として、鎧と武装を帯びた兵が必要な余裕を持った休憩タイミングを教えてほしい」
ベテランの先輩から、ウィンター家は意思疎通に難があったものの、嫌なことはなかったと教えられていたランドンは、わざわざ休憩に言及した貴族の坊ちゃんを、早くも好み始めていた。
「諸君の故郷、ガルシア伯爵領は美しい湖が有名で周囲も羨むと聞いた。それに精悍な兵までいるのだから、素晴らしい土地だな」
ついでに貴族の坊ちゃんは、ほっと一息つけるタイミングでランドン達を称賛する。
地元に対して愛着を感じたことがないランドンだが、褒められると悪い気はせず、ああ、自分達と故郷はいいところなんだなと自尊心をくすぐられた。
「警戒と観察は怠るなよ。学生行事とはいえ女神様、聖女様、聖勇者様が本隊を率いているんだ。先行隊の我々が怠けた姿を人々に見せると、忽ち本隊も侮られる」
「はっ!」
ただ坊ちゃんは一匙のプレッシャーを垂らすのが上手く、ランドン達はだらだらと意味なく進まず、周囲から見られているという認識を持ち、きっちりと先行隊としての役目を果たす。
「意見具申があります」
「うむ」
「このタイミングでの小休憩が適切かと思います」
「分かった。見晴らしのいい場所で小休憩をしよう。意見、感謝する」
坊ちゃんが前言を翻すことはなく、素直にベテラン兵士の意見を聞き届けた。
経験が浅いランドンから見たらその程度の話だったが、冷静に部隊全体を把握していたケイは、そろそろ小休憩が必要だと判断していたのに、敢えて黙っていた。
それは、最初の言葉がきちんと受け止められているか。意見もされない程に自分が委縮を招いていないか。あるいは単に兵士達が、発言を押し付け合うのではないか。このような要素を確認していたのだ。
妙にコミュニケーション力が高く、変に気が利いているケイは他者との共感性が高い。それは変人に分類される兄二人と接したことで磨かれた、細かな観察力を基盤とするもので、偶に変な解釈をするが、このような場面ではかなりの精度を誇る。
そのため相手の顔も見ずに軍全体を指揮する将としての適性は未知数だが、このような少人数を指揮する能力は非常に高かった。
それから休憩を取って暫く歩き続けたランドン達は、野営の予定地に到着して一日を終える……ことはなかった。
「川か……総員傾聴! 付近の村で聞き込みだ。この時期の雨量と増水した時の水位。また、急速に増水した事例が無いか。注意するべき動植物についても尋ねる」
「はっ!」
坊ちゃんの声でランドン達は背筋を伸ばす。
甘いのではない。きつ過ぎる訳でもない。生徒の自主性に任せる部分が多々ある、本格行軍練習に忠実なのだ。
ケイとて定期的に行われている行事で、大人が用意した野営地に不備があるとは思っていない。ただそれはそれとして、本番を想定したものなのだから、やるべきことはきっちりやる必要があった。
(楽は出来そうにないけど、これはこれでいいか)
行事前は出鱈目な命令に振り回されることを覚悟していたランドンは、目的が明確な命令に従う。
彼らにとって最悪なのは、意義と意味が見いだせない命令で徒労を感じ、精神がすり減らされることだ。
それに比べたら、予定に無い行動でも理由があるなら納得して行動できた。
(いろいろ考えて行動できる三男坊か。養子先はすぐ見つかるだろうな)
そのためランドンは、坊ちゃんがどこか適当な養子先を見つけることができるだろうと考えた。
ウィンター男爵家の特殊性と、その坊ちゃんの異常な人脈を知らないなら無理もない話だ。
「お疲れケイ君」
「お疲れ様ですケイさん」
「そっちこそ本隊の指揮、お疲れ!」
(えっ⁉ 公爵家の関係者がなんで男爵家の三男坊に⁉)
本隊が先行隊に合流したタイミングで、ランドンの隊にあまり覇気を感じない青年がやってきた。
通常なら同じ男爵家の友人が訪ねて来ただろうと思ったが、その隣に青年と髪、瞳の色が同じながらも、驚くほどに美しい少女がいるし、何より公爵家の付き添いを想定している兵士がいたため、ランドンは酷く驚いた。
「あ、そうだ。ダリル、先行部隊からの定時連絡が無い場合の想定をしておいてくれ。教官殿なら、情報が潰された状態で本隊がどう動くのか知りたいから、お前はここで茶でも飲んでろ。とか言ってきそう」
「うん。分かった」
ランドンが驚いている間でも、青年たちは話を進めていく。
そのすぐ傍で、最近は毎日顔を見ていた男とようやく会えて、安堵している少女の気持ちを察していたのは兄だけだった。




