本格行軍へ
本格行軍練習は王都行軍の後に行われる行事だ。
ただ、通常なら若干の間を感じる筈の日程で組まれているのだが、今回は王都が七徳司祭のせいでぐちゃぐちゃになり、事後処理が発生した。
そして大人が駆けずり回り、俺らが王都で暇している間に予定していた日に近づき、慌ただしく次の本格行軍練習が迫っているのだ。
なお日にちを変えようという意見も多少はあったらしいが、物事ってのは予定を変えると余計な費用が発生するし、誰も予定外の金を払いたくありません。つまりこの世界は現金に支配されている!
「ダリルはかなり忙しいな」
「本当にね」
そんな行事の当日。
さあ地獄の始まりだぞと言わんばかりに、気合を入れているダリルへ声をかける。
前線指揮官が想定されている男爵子爵連合から昇格を果たし、次期公爵家の当主になることが確定しているダリルは、今までのカリキュラムとは別の、軍全体を運用する側の教育を受けることになった。
しかし今までそんな教育を受けたことがないダリルは、かなりの詰め込みが確定しており、死ぬほど忙しくなる。
ただ父親が枢機卿で、妹が聖女のダリルを潰れるほどの状況に追いやると、その原因が物理的に潰されかねないので、周囲の環境はきちんとしたものだろう。
「グリーン公爵家の領地も通るしなあ」
ダリルがぽつりと呟く。
本格行軍の道中にはグリーン公爵家が存在していて、数日間だけ体を休め目的地にたどり着く予定だ。
元当主親子がしょっ引かれてえらいことになってるグリーン公爵家だが、ダリルの親父さんにマネーパワーで枢機卿の地位を与えられるほどに裕福で、家臣団も優秀な人間が揃っていた。
そこへダリルの親父さんが戻ってきたから統制を取り戻しているらしく、例年通り今回の行事での中継地点を果たせるようだ。
そんで俺は自由時間に、屋敷に招待されているからティータイムだ。
「いよっし。頑張ろうケイ君!」
「おう!」
ダリルが自分の頬を数度叩いて気合を入れている!
これが青春!
さて。
で、では、俺が一番心配している案件を片付けるか……。
「茶葉号ちゅわーーん! 今日も綺麗だねぇー!」
放牧地で気色の悪い。訂正。凛々しい俺の声が響く。
茶葉のように必要不可欠な存在……的な意味で茶葉号と名付けられたらしい、栗毛の馬を撫でまわす。
性別は女の子。少々小柄。学院所有の馬で一番温厚。
そんな茶葉号が、またコイツかよと言いたげな表情で俺を見ている気がする。
すいませんね茶葉号さん。流石に体幹がぐらぐら揺れることはなくなったので、勘弁してもらえませんか? ほら、なでなでしまくるのでここはひとつどうか。
茶葉号さんに見捨てられちゃったら僕、マジで乗せてくれる馬がいないんすよ。へへ。へへへ。
「いやあ、ちゃん付けなんてしてすいません。本格行軍は茶葉号さんに乗っていくんで、よろしくお願いしますね」
誠心誠意のお願いを込めて撫で続ける。
本格行軍の移動は徒歩ではなく馬のため、茶葉号さんに見捨てられたら洒落にならん。あ、俺って羞恥心感じるんだなって思うこと間違いなし。
「うん?」
なんすか茶葉号さん? あれ何とかしろって感じで俺の体を押すじゃないっすか。
いったいなにが……。
「……」
ちらちら。ちらちらー。っと、白馬に跨ったレアさんが俺の方を見ている。
す、すごい。
目力力、略して目力がどんどん上がっている。
一、十、百、千。ま。まだ上がっていく⁉
だが訓練仲間意識に接続することで、俺はレアさんがなにを考えているか分かる筈!
それはまるで根源や特異点のように複雑極まる集合的意識だが、今の俺なら出来る!
むむむむむ!
分かった!
私にもそれやってほしい?
……それってなんすか?
この訓練仲間意識、なんかエラーを吐き出してるな。エロー世界なだけあって。
「では茶葉号さん、失礼します」
さっと茶葉号さんに乗る。
のは願望。
えっほえっほとよじ登るようにしてなんとか跨り、別世界の住人になる。
小柄でもやっぱ馬に乗ったら視点が違うなー。世界が小さく感じるわ。
普通の馬の三倍はデカい、ロジャー兄上のバケモン馬に乗ったらどう見えるんだろう。興味はあるけど、ロジャー兄上以外が乗ったら殺すって目で訴えてくるから、おっかないんだよなあ。
ちなみに茶葉号さんの方も、グラグラ揺れたら殺すと言わんばかりの雰囲気を醸し出してる。
馬って怖い……。
「あ、そうだ。茶葉号さん。炎を纏った馬ってかっこいいと思いませんか? 茶葉号さんモデルなら、そりゃあ威厳溢れる姿になるんで、俺が絵師に金出して描かせますよ。へへへへ」
ここは茶葉号さんの機嫌を取っておこう。
狭間からの知識によるとロバとかラバに乗ってる人間の姿が、かっこいい馬に乗ってる絵に早変わりした事例もあるらしい。
なら俺が出世して絵に金を出せる立場になったら、茶葉号が炎を纏ってもいい筈だ。
「ひひん」
この嘶きは恐らく、気に入った。そうしてくれという返事に違いない。
多分、恐らく、きっと。
なら題材は決まりだ。炎を纏った馬とイケメンボーイのケイ君。これでいこう。
さあ、イケメンケイ君の学園生活第三章、本格行軍編。始まります。




