やっぱり陰謀ったら陰謀
物質界とも、精神世界とも言い難い奇妙な空間に、霧のような超越者が揺らめいていた。
『酷い……酷すぎる。僕がなにしたって言うんだ……』
ケイがこの場にいれば、バケモンが泣いちゃった。と表現してくれるだろう。
定命が自分の領域に紛れ込んだら、ゲラゲラと笑って玩具にする悪党、九罪の怪物であるオリアは悲嘆に暮れていた。
何をしたと言ったところで日頃の行いが悪いからとしか表現できないのだが、オリアしたら定命を玩具にした程度でこんな目にあうのは理不尽なんてものじゃなかった。
『ふつー、七徳程度にやる気出すか? 七徳だぞ? 僕ですらぷちっと潰せるのに、化け物がやる気出す必要なんてどこにもないだろ……どうしてこんな目に……』
やる気があまりないイライジャとなら、勝負をある程度ながらも成立させられる怪物オリアは、自身を遥かに上回る怪物の中の怪物ケイが、七徳オズボーン程度に完全顕現を果たそうとするところを目撃してしまい、それはもう酷く憂いていた。
ケイが慎重に立ち回るならオリアとしても、あ、この化け物は理性があって慎重に立ち回るタイプなんだなと、少しは心に余裕が持てただろう。
だが現実は、たかが七徳相手に完全顕現を果たそうとする馬鹿であり、どう爆発するか全くわからない劇物だ。
こうなると物質界への影響を全く考えていない可能性が出てくるため、世界を玩具にはしたいが壊れて欲しくないオリアは、気が休まる時がなくなってしまった。
『もうあの女達を手籠めにして精神世界に帰れよ。聖勇者とかはいつでもどうぞみたいな感じになってるんだからさー』
光の灯教に保管されている古い聖典には、定命とは決して相容れない巨悪と書かれているオリアが、ブツブツ愚痴を呟いていると知れば、司祭たちはどんな顔をするだろうか。
しかしオリアは真剣に世界の存続を祈っており、このタイミングでのみ述べると、腐敗している司祭たちよりもよっぽど世の役に立っていた。
『ちょっと遊び過ぎたから手が足りないんだよぉ……』
情けない声を漏らすオリアに涙を流す機能があれば、滝のように流していただろう。
度々物質界、魔界の魔王にちょっかいをかけて騒動を起こしているオリアは、高名な者達にとって不俱戴天の仇扱いだ。
そのため全く信用がなく、二層や三層の魔王に接触したらその瞬間に殺し合いが始まる関係だ。
『それにやっぱ伝えるのは無理だわ……定命は馬鹿だし魔王連中は脳筋だから絶対に始末する考えになる』
以前にも思ったことをオリアは再び呟いた。
調べれば調べるほどケイの物質界の肉体は脆弱の一言で、オリアから見たら並みの定命と変わらない。
そのため直接、無限の炎を見ていない者達は、オリアがどんなに止めても勝手に判断して、物質界にいるケイを始末して精神世界との関わりを断とうとするだろう。
これで物質界の端末が死に、無限の炎が精神世界で揺らめくだけならいい。だが最悪を軽く通り越した最悪を引き当てた場合、物質界での死をきっかけにして、炎が世界に流出しようとするだろう。
『ちくしょおおおおおおおおお! 昆虫と真剣におままごとしてる奴の考えとか分からねえよおおおおおおおおおおお!』
オリアの絶叫が響く。
九罪まで至ったオリアでも、格下は別種の下等生物にしか思えない。
それがオリアでも計測不可能な炎ともなれば、見えるもの全てが微生物に過ぎない筈だ。
つまりオリアからするとケイは、微生物と真剣にごっこ遊びをしている理解不能な化け物で、なにが正解なのかさっぱり分からなかった。
『落ち着け僕……とりあえず、聖勇者はなんとかなった。聖女もよく分からないけど、いい感じに話が進んでる。問題は女神だ』
悲嘆と絶叫を繰り返すだけではなく、落ち着けるのがオリアの強みであり、そして苦労を背負い続ける続ける弱点だ。
事実上レアが片付き、リズベットが妙なことになっているがいい方向性に転がっている現状、残されているのはルシールだけだと思考に耽る。
『極端に情報が無い……僕と繋がっている枢機卿すらも詳しい話を知らないなんて、そんなことがあり得るのか? 明らかに怪しい。教皇の隠し子……醜聞を恐れて隠してるけど、女神の称号を持ったせいで表に出てきた? ちょっと弱いな。どうにかあの化け物に近づける理由を作らないといけないのに、情報が全くない……』
ただこのルシール、オリアでは詳しく調べきることが出来ず、利用できるような伝手や関係を見いだせなかった。
『本格的な行軍練習に班があれば、化け物と女神を一緒に出来るかな……無理をすればいけそうな気がする。ついでに聖勇者と聖女もぶち込んで……フォスター家とグリーン家にちょっかいをかける奴がいないか見張って……行軍練習じゃ現地の貴族に兵を借りての演習もあるんだったな。兵の質とかその貴族の性格も確認が必要だ。天気……そう、天気も大事だ。大雨はアクシデントが起きやすくなる。例年の気象情報も事前に入手しないと。ぬううううあああああああああああああああああ! もういやだああああああああああああ!』
あ、また泣いた。と言ってくれるケイはここにいない。
『全部が終わったら引きこもろう……なにもしたくない……物質界に関わりたくねえ……』
どうして自分がこんな目に。
そんな自問自答を繰り返すオリアは、世界のために今日も暗躍するのだった。




