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第二章完 教会騒動2

 かつて光の灯教は一つの山を囲うように超巨大な大神殿を作り上げ、物質界を照らす理を守り、悪魔の襲撃を退けるための本拠地にした。

 その本拠地、総本山は人の歴史そのものであり、統一戦争では王国に協力し、稀に起こる魔界の侵攻に対しては、率先して戦闘司祭を派遣してきた。

 ……今現在は揺れていたが。


(どう考えても……無理筋だ)


 光の灯教を束ねる教皇、ヴァレリアンが心の中で嘆息した。


 七十歳はとっくに過ぎ、八十近い小柄な男性教皇の短い白髪と髭は艶を失い、緑に輝いている筈の瞳は疲労の色が濃く、深い皺の一つ一つに苦悩が滲んでいた。


「男爵家と聖女との婚姻など不可能だ! 頼むから冷静になってくれ! いったいなにがあるというのだ⁉」

「ロジャー・ウィンターをこちらに引き込む必要がある!」

「もう何年も前に、王太子との絆に割り込むのは無理だと判断しただろう! なのにいきなり三男坊との婚姻などと! 私とは四十年近い付き合いの筈だ! それでも言えぬのか⁉」

「イライジャ・ウィンターだって、最低でも中立に出来るんだ!」

「セヴラン! 話を聞け!」


 殆ど哀願するように一人の枢機卿が訴えると、それを振り払うように強く主張する別の枢機卿の叫びが響く。


 明らかに逸脱しているロジャー、イライジャ兄弟を光の灯教に引き入れる計画は、策定段階のものならいくらでもある。

 だがその度に、劇薬になりかねない二人の取り扱いをどうするかで揉め、うやむやになるのが常だった。


 それなのにいきなり、兄弟二人を大人しくさせるために、末弟のケイとリズベットを婚姻させるのだと主張し始めた一派がいるのだから、教会内で大騒動が起こるのも当然だ。


「だいたい、今はオズボーンの件を処理をすることで忙しい!」

「こちらも急を要する! 同時に進めよう!」


 反対派が正論を述べても取り付く島もない。

 多くの推測通り、オズボーンが王都で起こした事件は枢機卿達も寝耳に水で、王国との戦争を回避するために、全てのリソースを向ける必要があるのにこれだ。


 しかし反対派は知らなかった。

 この無理筋でもまだギリギリの妥協案なのだと。


 ◆


「我々とて無茶なのは分かっている!」

「ああ……女神を王国の貴族に送るなど不可能だ……」


 議論というより叫び合いがいったん終わると、婚姻を推し進めようとしている派閥の枢機卿が、今にも泣きだしそうな顔で愚痴を言い合う。

 そして彼らの妥協とは、女神ルシールではなく聖女リズベットをケイに差し出すことだ。


「はあ……」

「猊下……」


 場に混ざっている教皇ヴァレリアンも溜息を吐いた。


(言えたらどれだけ楽になるか……)


 実はこのヴァレリアンも、ケイとリズベットの婚姻を推し進める必要がある立場だが、あまりにも反対意見が多すぎるため、表立っての行動が出来なくなっていた。

 そして……教皇と異常な主張する一派はある秘密があった。

 陳腐な言い方をすると、決して表に出せない秘密を抱えているという秘密が。


「明白な反対派以外はどうなっている?」

「知人や友人を泣き落として、お前がそこまで言うならと……消極的な納得はしてもらっておりますが……」

「苦労を掛ける」

「猊下……聖女でもこの騒ぎなのです。女神はとてもではありませんが……」

「ああ。分かっている」


 尋ねたヴァレリアンも、尋ねられた枢機卿達も情けない顔になってしまった。

 穏健派や協調派閥として積み重ねてきた実績と信頼を全て使い潰し、恥も外聞もない説得でなんとかごり押ししようとしているが、聖女でこの騒ぎだ。

 本来はルシールを送りたいといえば、即座に彼らは排除されかねない。


 七十を過ぎた老人ばかりが十人程度。

 全員が重い足取りで、総本山にある秘密の石階段を降りていく。


 随分と狭く、薄暗い。

 石階段は何処までも続き、まるで地獄に続いている様な錯覚を齎してしまう。


 彼らが父から受け継いだ秘密。

 その父も、その父の父も。

 気の遠くなるような代を重ねて継承されたものだ。


 ヴァレリアンも、枢機卿達も、最初に見せられた時は心底の恐怖を感じて、へたり込んでしまった。


 大神殿の最も深く昏いところにそれはあった。


 巨大な洞窟を覆うように肉が蠢き、天井からは一軒家に匹敵する大きさの心臓のようにも……子宮にも見える赤黒い物体がぶら下がっている。


 それには全く同じ形をした顔のようなものがいくつもあった。

 目がいくつもあった。

 口がいくつもあった。

 鼻もあった。


 しかし耳は無かった。


「偉大なる者よどうかお許しください! お望みを果たすには時が必要です!」


 ヴァレリアンが叫ぶも聞き届けられることはない。


「ウィンター……ケイ・ウィンター……女神と結ばせよ……子を成せ……女神を送れ……」

「ウィンター……ケイ・ウィンター……女神と結ばせよ……子を成せ……女神を送れ……」

「ウィンター……ケイ・ウィンター……女神と結ばせよ……子を成せ……女神を送れ……」


 多数の口が一斉に話し始め、この騒動の直接の原因が身動ぎする。


『あんれー? 七徳の司祭様じゃないっすか。こんなとこでどうしたんすか?』

『ウィンターの⁉』

『ういっす! ケイ・ウィンターです!』


「ウィンター……ケイ・ウィンター……女神と結ばせよ……子を成せ……女神を送れ……」


 最早かつてあった理性はない。感情は無い。

 ただ、捉えた情報だけを頼りに動く物体だった。


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