教会騒動1
この胃痛持ちのギャグ枠世界の救世主、九徳イライジャ兄上と概念の押し付け合いをちゃんと成立させられる、九罪の化け物ですからね(*'ω'*)(勝てるとは言ってない)
騒動の原因の一つとなったグリーン公爵家の後妻とその子は、決定的な証拠が見つかったことで捕縛された。
悪魔契約書は定命が好き勝手記載できる単なる紙のものとは違い、自身の真の名前と血を用いて契約しなければならない。
そのためきっちりと契約した悪魔は、そこらの悪徳商人よりも信頼が置けるのだが、現物が発見されたら言い逃れが出来ない証拠と化すため、取り扱いには非常に注意が必要な代物だ。
「はふううう……」
そんなグリーン公爵家の次期当主、ダリル・グリーン大きな溜息を吐いた。
(し、死ぬほど忙しいや)
今にも白目を剥きそうなダリルは、王家の意向で公爵家の籍に戻され、関係各所へのあいさつ回りを行ない続けていた。
面識のない後妻とその子のやらかしとは言え、グリーン公爵家の当主が関わっていた悪魔騒動のお詫びも兼ねた挨拶は、父であるクーノ枢機卿、妹のリズベットも当然加わっていた。
そのお陰で彼一人に重圧がかからず、本来の分岐であり得た必要以上のストレスは感じていなかったが、それでも大きな疲労があった。
(父さん? 父様? うーん……とにかく、ウィンター男爵家に頭を下げてくれる人でよかった)
ダリルは父の呼び方について悩みながら安堵する。
その中でも特に重要だったのは、クーノの拘束阻止、リズベットの保護を行なったウィンター男爵家だ。
金でクーノを枢機卿まで押し上げられる、公爵家の中でも最上級に位置するグリーン家と、外様の男爵家であるウィンター家には天と地の差がある。
だが枢機卿の中では例外的にまともなクーノは、非常に丁寧なお礼を行ない、ダリル、リズベットと共に頭を下げた。
これはかなり珍しい事柄で、通常の枢機卿なら男爵家に謝罪をするのはまずなく、余程のことがあったとしても非公式な内密の場でしか行わない。
ダリルとしては流石にこれだけ世話になって、父が非公式な場でのお礼を……などと言えば突っかからざるを得なかったが、幸いにもそういうことは全くなかった。
「お疲れでしょう。すぐにお茶を準備いたします」
「ありがとう」
ダリルの運命を加速させた、老使用人が労わるような表情を見せながらも軽い足取りで歩く。
この老使用人にすれば、正しい血統を害した後妻とその子がいなくなり、ダリルが戻ってきて、クーノの籍も戻ってきた今は、事あるごとに神に真剣な感謝を捧げられる状況だ。
(凄く一途な人なんだけど……知らないところで暴走しそう……)
ただ、そのダリルから見ると扱いに困る人間だ。
先代の死に嘆き、騒動を決定付ける動きをした老使用人の忠義はあっぱれと言える。
そして、先代当主の子を謀殺ではなく自然死として片付けた王国に、不信感があったからこそオズボーンと協力したのも、事情と言えば事情だろう。
(僕の考えを言ったら手段を問わず阻止してきそうなんだよねえ……)
しかしダリルとしては、老使用人の行動力は厄介な事態を引き起こしかねない。
密かに企んでいるリズベットとケイの婚姻計画を知れば、栄えある公爵家の血に連なるリズベット様が男爵家に⁉ と騒ぎ、これを妨害しようとするのが目に見えているのだ。
(リズベットさ……ん? リズベット……? にとってもいい話になる。絶対ケイ君に惚れてる)
ダリルは老使用人が提供してくれたお茶を飲みながら、妹と周囲の環境について考える。
彼は妹のリズベットが、かなりケイを意識していることを見抜いており、行き着くところまで行き着けば、即座に心の底から祝福出来た。
いや、見抜いているというか、騒動中もリズベットを見ていた彼からするとバレバレだった。
(最近は上の空でボーっとしているのに、ケイ君の名前をそれとなく口にしたら、面白いくらい露骨に反応するもの)
父であるクーノは、騒動に巻き込まれたリズベットが上の空なため疲れているのではと思っていたが、ダリルに言わせれば全く違う。
鈍い反応。妙に熱を帯びた溜息。更には誰かを探すように彷徨う視線。
それは体調が悪いのではなく、恋で心が焦がれている乙女の反応だ。
「ダリル様……その……」
「はい?」
思考に耽っていたダリルは、戸惑っている様な老使用人の声で我に返る。
「サミュエル枢機卿がダリル様との面会をご希望でして……」
「へ?」
そして思わぬ内容に素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「確か総本山からの……」
「はい。総本山からダリル様への伝言があると譲らず……」
告げられた名は、緊急事態に陥っている王都の大神殿を纏めるため、急遽派遣された枢機卿だ。
そんな人物が屋敷にやって来て、しかもダリルに用があるなど、怪しんでくださいと言っている様なものだ。
「父上はなんと?」
「それがクーノ様が尋ねられても、やはりダリル様への直接の伝言だと……」
「……分かりました。お会いします」
「どうかお気を付けください」
更に外様とはいえ一応は同格の筈の枢機卿、クーノにも内容を語らないのだから、いっそ追い返しても許されるような事態だ。
「お待たせしました」
「お、おお! 君がクーノ君の息子さんか!」
応接室の前では総本山から送られてきた司祭が固め、その中にいたでっぷりとしたサミュエル枢機卿にダリルは挨拶をした。
「ご用件はなんでしょうか?」
「それが……それがだね……いや、私も酷く困惑してて……何と切り出せばいいか……」
どう考えてもサミュエルは忙しい筈だから、単刀直入に切り出したダリルだったが様子がおかしい。
七十は容易く超えているのに不健康な肥満体なため、何かの拍子ですぐに患いそうなサミュエルは、禿げあがった頭を拭く様に撫で、心底困惑したような表情を浮かべる。
「その……だねえ。そのー……ケイ・ウィンターという人物に心当たりはあるかね?」
「ケ、ケイ君ですか? 親友だと思っていますけど、彼がどうしました?」
「おおお! それは幸先が……いいのだろうか……わ、私にはわからん……」
サミュエルを無理矢理例えるなら、今まで右だと思っていたのが左で、上だと思っていたのが下だったことに気が付いてしまい、自分の信じていたもの全てが怪しく感じている人間のような状況だ。
視線は定まらずに汗は噴き出て、落ち着きがなく体を小刻みに揺らしている。
それは恐怖ではなく、本当に心の底からの困惑からくるものだ。
「あー……一部の人間がだね? 一部だよ? ケイ・ウィンターと妹君であるリズベット嬢との婚姻を考えていて……いや、何を言っているのだろうと思ったね? 私も正直なところ、全く意味が分からないし、反対している者が圧倒的に多数なのだが……」
「えっ⁉」
サミュエルの言葉にダリルは絶句した。
それはダリルにとっては福音に等しいものだが、納得は不可能だ。
「驚くのも無理はない……これを主張している一派はかなり穏健で、よっぽどのことがない限りは協調を優先してくれるんだ。だから我々から見ると借りはあっても貸しが無くてだね……頼むから冷静になってくれと訴えているんだが、強く主張し続けられると段々と断りにくくなってくるというか……それに……」
「そういう方たちでも話せない、切羽詰まっているなにかがあると?」
「うーむ……恐らく。一応、私が間を取り持つから落ち着いてくれと言い残し、他の者達も説得を続けてくれている筈だが、正直なところ勢いが強すぎて抑えられるか自信がない。猊下も板挟みで身動きが出来なくなってるし……」
「それで僕はどうしたらいいのですか?」
「止めきれなかった最悪の場合、クーノ君を説得できそうかな? 私の立場では彼が、男爵家の三男との婚姻は無理筋だろうと絶叫したら、仰る通りだと頷くしかなくてだね。いや、本当に……」
適度に腐敗しているものの仕事はこなすタイプのサミュエルは、この世の終わりだと言いたげな表情でうなだれる。
現在の総本山は地殻変動の真っただ中で、普段は枢機卿内の利害調整をしてくれる中立派が、大声でリズベットとケイの婚姻を主張しているのだ。
だがいくらなんでも、教会に所属しているリズベットを、男爵家三男のケイに送ることなど無理筋で、サミュエルたちも必死に説得をしていたが、色々と借りを作り過ぎているせいで語尾が弱くなってしまう。
だから最悪の場合、クーノとリズベットが強い罪悪感を抱いているであろう、ダリルを介して説得する必要がある程度に、サミュエルたちは追い詰められていた。
「確約はできませんが、お困りのようですので多少のお力添えなら」
「本当かね! これは喜ばし……くない……」
本来なら前のめりで同意したいダリルだが、変に乗り気な姿勢を見せると、あくまで最悪の場合を想定しているサミュエルを警戒させると判断し、敢えて遠回しな返答に止めた。
権力闘争を勝ち抜いてきたサミュエルも、普段なら企みを秘めたダリルに違和感を抱いたかもしれないが、今の彼はそれ以上の厄介ごとに翻弄されているため、全く余裕が無かった。
「はああああ……どうしよう……彼らが思いとどまってほしい……」
念のための保険を用意しているつもりのサミュエルだったが、斜め上を爆走している暴走機関に燃料を与え、その妹の無意識な望みを叶えているつもりも全く無かった。
『し、信じていいのか⁉ 都合がよすぎるけど、いったいどうなってる⁉ 僕は騙されないぞ!』
なおどこかの空間でも、通じている裏切り者の枢機卿からこの情報を得た九罪の怪物が、右往左往していた。




