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裏方

「戦争は絶対に避ける必要がある。互いの問題は棚上げだ」


 夜に大抵の人間が一度起きて、水を飲んでまた寝ようと思うような時間になっても、王城は篝火で明るく照らされ、使用人や近衛、貴族が忙しなく走り回っている。

 そんな中、王太子ゲオルグは部下に指示を出しながら、少なくとも現時点で問題は解決しないだろうと達観していた。


(総本山の意向がどれだけ反映されているかによって問題の度合いは変わるが……ここまで七徳がやるのは向こうも想定していない筈だ)


 ゲオルグもオズボーンの動きが、三称号を引き込む計画なのだろうと思っていた。しかしその過程は過激も過激で、総本山の大部分が寝耳に水だったのは間違いないとも思っていた。


「緊急につきご容赦ください」


 そんなゲオルグの執務室に、ふらりと優男が入ってきた。

 誰かに招かれたわけではない。

 駆けまわっている衛兵も気が付いていない。

 王城で目を血走らせている、裏方の暗部組織すらすり抜けられた。


「逃げていたオズボーンを始末しました」

「ふう……礼を言う。やはり偽の死体だったか」


 見つからない。誰も執務室にいない運命を辿りやってきた優男。イライジャの端的な報告に、ゲオルグは懸念が片付きほっとした。

 ゲオルグは三称号を手に入れるために暗躍したオズボーンが、王国と光の灯教の戦争を回避するために自害したとは考えていなかった。

 しかしそのことに疑いを持てる者は、オズボーンが責任を取って自害したことにしなければ、本当に戦争になりかねないことにも気が付いてしまう。


 これもまたオズボーンの謀略と言えるのかもしれない。

 オズボーンの方も疑いを持つ者はいると分かっていたが、変に騒いでオズボーンを見つけると、今度は光の灯教が彼を匿い、また謀略を仕掛けるのではという疑いが王国に渦巻き、やはり戦争に近づいてしまう。


 そうならないようにするためには、生きている七徳のオズボーンを秘密裏に始末できる凄腕中の凄腕が必要だった。


 それを成し遂げたイライジャにゲオルグは、ロジャーの弟なのだからそれくらいはするのだろうと、全く深く考えない。

 それだけこの王太子にとって。そしてイライジャ、ケイ兄弟にとってもロジャー・ウィンターという存在は別格なのだ。


「念のための確認だが」

「知っているのは殿下と私だけです」

「うむ。ならばオズボーンは責任を取って自害。これが公式の声明になる」


 ゲオルグの問いにイライジャが短く告げる。

 オズボーンの死体を完全に処理し切ったイライジャが見たところ、これから国を背負うゲオルグには、光の灯教が完全に一枚岩ではないことと、七徳司祭が暗躍する可能性が無いことを告げた方が上手くいくのだ。


 そしてこの両者、ロジャー・ウィンターを介して付き合いがそこそこあり、緊急時にイライジャが王城に忍び込んでも問題ない間柄だった。


「しかし……」

「緊張緩和が必要ですな」

「ああ」


 今にも溜息を吐きそうなゲオルグが、イライジャに頷いた。

 王都騎士団が一服を盛ろうとしたのがやらかしなら、オズボーンが王家にすら事前通告せず公爵家に強襲したのは、ほぼほぼ宣戦布告だ。

 確かに悪魔契約書という証拠は出てきたが、政治的には全く別問題なのである。


 この、戦争をしていないだけの状況を何とかするため、緊張を即座に緩和する必要があった。


「クーノ枢機卿の価値が高まったな」


 ゲオルグの独り言は、単に事実を確認したものだ。

 現役の枢機卿で、今現在は無理矢理グリーン公爵家に戻されているクーノは、教会と王国の両方に籍がある最上級の存在だ。


 今回の悪魔騒動はグリーン公爵家にとって大打撃だったが、枢機卿と聖女の本家かつ、緊張状態の二大勢力を橋渡し役が期待できるため、このまま存続するだろう。


「お前の弟に聖女も娶ってもらって、聖勇者と一緒に教会領にもあいさつ回りをしてもらえないか?」

「ははははは」


 面倒事で頭を使い過ぎているゲオルグが冗談を口にすると、思わずイライジャは素の笑い声をあげてしまう。

 確かに王国に籍がある聖勇者レアと、教会に籍がある聖女リズベットが各地を回れば、次代の象徴として機能するだろう。

 だがどうしてもウィンター家を引き込みたいゲオルグと、レアを追い出したいネイハムの都合が重なって実現しつつあるレアとの婚姻に対し、光の灯教にはそんなものが無い。


 男爵家三男坊と、聖女を結婚させてくれないかと王国が教会に頼めば、それこそ戦争が勃発するだろう。


「まあ、我が弟は私の予測を容易く上回りますから、無いとは言いませんよ」

「はは。そうか」


 イライジャの言葉は、単に冗談を冗談で返したようにしか聞こえないし、実際ゲオルグもそう受け取った。

 だがである。


 運命を選択するイライジャにとって、因果や宿命に縛られていない疑いのある弟は天敵に等しく、目の前にあった筈の選択が宇宙の彼方に消え去ったのは一度や二度ではないし、予想外の角度で衝突してきたのも多々ある。

 なんなら単純な能力相性で考えると、兄であるロジャーよりもケイの方がよっぽど悪く、フォスター公爵家からの婚姻要請で噴き出したのもこのためだ。


 それに鼻水垂らしてた頃のケイに無敵に近い筈の能力が突破され、木剣で向う脛を思いっきり叩かれ、床を転がったこともある。

 イライジャには不意打ちが事実上不可能なため、選択や運命をすり抜けて突然発生した激痛は、殊更に効果があった。


 ついでに止まらないお喋りにも巻き込まれ、イライジャは大きく人間側に傾くことになったので、人生はなにがあるか分からないという言葉を、運命の選択者は実感していた。


 どうも光の灯教が、リズベットとケイの婚姻を目論み始めていることに気が付き、意味が分からん。いや、運命に縛られていないのは、教会から見ればやはりそうなのか? と呟く、数日前の密かなやり取りだった。

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