富すれば鈍する
「あの馬鹿共、まさかこの緊急時に出てこないつもりか⁉」
「どこにもいねえじゃねえか!」
「普段から自慢してるくせにこれだ!」
「絶対娼館だぞ!」
夜中をとっくに過ぎているのに、松明を片手に王都を走り回っている近衛兵と通常の衛兵が、あちこちで悪態を吐いていた。
その原因は王都守護の役目を誇りに思い、いつしかそれが特権意識にすり替わっていた王都騎士団の大半が、七徳の公爵家強襲騒ぎと、その後に発生した大神殿での睨み合いに全く出てこず、無能を曝け出しているからだ。
悲しいかな。初代の王都騎士団なら即座に鎧を着こみ、王城へ終結して大神殿とオズボーンを牽制しただろうに、それを成し遂げたのは現代の王都騎士団が野蛮と軽んじる近衛だ。
(あいつら絶対終わっただろ! 三称号に小細工したから七徳が来る原因を作って、挙句の果てに王都守護の任を果たせてねえときた!)
王都騎士団の高慢さにうんざりしていた近衛の一人が、願望ではなく客観的な視点を持つ。
オズボーンが行ったグリーン公爵邸への強襲は、きちんとした権限に基づいた行動だし、証拠である悪魔契約書も出てきた。
だが根回しも無く公爵邸へ踏み込んだのは戦争手前になる大事で、その原因の一端を担っている王都騎士団はかなり危険な立場に追いやられた。
更にここで王都守護の任を果たすため、あちこちを駆け回っているなら救いもあったが、末端から中堅は娼館にいたせいで初動が遅れた上に、どうしていいか分からず右往左往。上層部は政治的危機を感じて裏工作に集中する有り様だ。
この行動は王都騎士団の存在理由を自ら否定するものだし、上層部の訪問を受けた貴族達は端的に言うとキレた。
「先祖からの長い付き合いではありませんか!」
「脅そうとしても無駄だ! 教会と近衛の七徳が臨戦態勢なんだぞ⁉ 王都で事実上の戦争が勃発しかけてる今、王都騎士団を庇えば共謀して七徳を招き入れたのかと言われるだろうが! お前達がばらしても私の首で済むが、庇えば下手しなくても我が家は完全にお取り潰しだ!」
暗に汚職に関することをバラすぞと伝える騎士団の幹部級だったが、脅されている貴族はそれを上回る恐怖があった。
根回しを全くしていないオズボーンの行動で光の灯教と王国は、戦争をしていないだけ。といった有様だ。
そしてオズボーンはことあるごとに王都騎士団のやらかしを盾にした上に、この騒動で騎士団が碌に動いていないときたものだ。
実はオズボーンと騎士団の上層部が共謀をしているのではと、貴族の多くが疑い始めている今、これを庇えば冗談抜きに、代々守り続けてきた家の破滅が待ち受けていた。
「で、ではどうすれば⁉」
「せめて騎士を纏めて王都を守る姿勢を示せばマシだろうよ!」
「あ、集まりが……」
「祖よ! 統一王よ! どうか目をお瞑りくだされ!」
この期に及んでどうすればいいか分かっていない幹部に、脅されている筈の貴族は絶望のあまり先祖に恥さらしを見るなと訴えた。
統一戦争から数百年以上、名誉と武勇は特権と言う麻薬で腐りに腐って腐り果て、もうあとは灰にするしかない段階に行き着いた。
特に中堅のベンジャミンは愚かだった。
「ふん。いい気味だ」
ベンジャミンは生き残るために奔走している上層部の醜態を鼻で笑う。
切り捨てられたことを自覚している彼にすれば、騎士団の老人達は滑稽そのもので、老いたのに潔く去らないから無様を晒していると思っていた。
だがとことん、当事者意識に欠けている男でもあった。
「いたぞベンジャミンだ!」
「大人しくしろ!」
「な、なにっ⁉」
貴族街でベンジャミンを見つけた近衛兵が、彼を拘束するために駆けた。
滋養強壮の飲料で七徳が介入する余地を与えてしまった彼は、今現在の王国にとって悪い意味で最重要人物と化しており、王太子から捕縛の命令が出ていた。
「無礼者め!」
近衛兵を野蛮とみなしているベンジャミンは、複数人の集団に耐えがたい嫌悪と悪寒を感じ、とにかく逃げなければと本能に従う。
結果的に巡り合わせの悪い大惨事を引き起こす。
「匿っていただきたい!」
碌に確認をせず駆け込んだ館は……よりにもよってフォスター公爵邸だったのだ。
「は?」
「こやつは王宮から捕縛の命令が出ております! 立ち入りの許可を頂きたい!」
「耳を貸す必要はありません!」
「何をいうか!」
父が血反吐を吐きそうな勢いで王城を駆け回っているため、館の責任者になっている長男ネイハムは、近衛に追われている王都騎士団の一員が逃げ込んできた事態に、一瞬だけポカンとしてしまう。
そして貴族家の屋敷に踏み入る権限が無い近衛とベンジャミンが言い争うが、きちんと愚か者の顔を知っている女がここにいた。
「兄様、この男が私たちに一服盛ろうとした例の王都騎士です」
「っ! 当家の敷地に許可なき者が立ち入らないでもらいたい! 近衛の方々は遠慮なさらずお役目を成し遂げられよ!」
騒ぎを聞き外に出たレアがネイハムに耳打ちすると、彼は状況を正確に理解して大声を出す。
「ま、待たれよ! あの時は事情が⁉」
流石のベンジャミンも家を間違えたと思ったが、ここで近衛に捕まれば何をされるか分かったものではないため、縋りつく様に近づいた。
しかし当主代理が出て行けと宣言しているのに、公爵家が管理する敷地をずかずかと踏み入ったのだから、遠慮をする必要が全くない。
「かっ⁉」
ベンジャミンは顎に走った指先に気が付けなかった。
下位とは言え六徳、聖勇者レアの細くしなやかな指がベンジャミンの顎を揺らし、彼の体はがくりと地面に倒れ伏す。
「……お役目ご苦労様です」
狂おしい愛に焦がれている女は、汚物を見下ろして近衛兵に引き渡した。
腐り果てている騎士と、聖勇者では存在の格が違うのだ。
その数十分後、誰もが驚く一報が貴族街と王城に齎される。
「オズボーン司祭自害! 教会と王国の戦争は望まず! 騒動の責任を取るとのこと!」
オズボーンの死という形で、事態は終結に向かっていく。
…………………
……………
……………
………………
………
………
……………
「はあ……」
くたびれた中年が王都近くの森を歩く。
その足取りは非常に重く、なにもかも上手くいかなかったことが容易に想像できる雰囲気だ。
「どうしたものか」
それなりに勝算があると思った博打に挑んで失敗した男は、次はどうすればいいのかを考えようとして。
パン。
パン。
パン。
気の抜けた拍手の音で臨戦態勢になった。
先程までの疲れ切った雰囲気は何処へやら。僅かに腰を屈め、いつでも動けるような姿勢は猛獣のようで、しなやかさと強靭さを併せ持つ。
「脈絡はない。余韻もない。一度事を始めると嵐を纏った稲妻の如く駆け、無駄だと見切りをつけたら突然、溶けた闇のように消える。なるほど。陰謀家とはかくあるべしだが、唐突過ぎて物書きとしては二流だ。合理と物語は時として相反するな」
ただ、原因がすぐに見つかった。
再び拍手の音が響く。
「王都騎士団とグリーン公爵家を利用して、輝く剣と真摯な祈りを引き込み王国への不信を植え付ける。更には信頼を勝ち取った上で、仕上げとして王国の手による謀殺で命を落としたふりをする。中々に面白いシナリオだった。信じていた司祭が謀殺されたとあれば、最早彼女たちは後戻りをするまい。無駄になったが。そっくりな遺体を準備するのには随分苦労したことだろうが、予定と違いちんけな逃走劇に使われて、泣いているかもしれないね」
いつからいたのか。
倒木に座っている優男。
金の髪は腰まで長く、細められた瞼からはかろうじて青い瞳が輝いていた。
「結果は王都騎士団の事実上壊滅。グリーン公爵家の陰謀を暴いた。教会内過激派の炙り出し。陰謀家を辞めて掃除を専門にした方がいいと思える、実に素晴らしい仕事ぶりだった」
そんな男が、中年の仕事ぶりを称賛するかのように拍手していたのだ。
「しかし、未来で交わす家の絆を妄信の徒が遮ろうとするなら、これを取り除く必要がある」
「何を言っている!」
中年、オズボーンの叫びで、優男が立ち上がる。
光の灯の最も後ろ暗い部署が極秘で推定した徳級は八。もしくはひょっとすると……。
九。
本来の分岐ならば他者と関わらず自領から出てくるはずがない男。
「これ以上、将来的な弟夫婦にちょっかいをかけられたら困る。ここで死ね。と言っている」
【選択の剪定者】イライジャ・ウィンターが権能に等しい力を行使した。




