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妄信者にとって最悪の予想外

 時間を少々遡ろう。


(聖勇者と兄の仲はかなり悪かった。それは間違いない筈だが……流石に当主がいない間に身柄を譲る程の馬鹿ではなかったか。それよりなぜイライジャ・ウィンターの弟がフォスター公爵家にいた? まさか読まれた?)


 絶対にイライジャ・ウィンターとの揉め事を起こす訳にはいかない七徳の司祭、オズボーンは二つの計算違いに頭を痛めていた。


 一つは、レアの兄であるネイハムの持つ彼女への敵意が、想定よりかなり下回っていたこと。

 これに関してはかなり正確に把握していたのだが、流石の七徳でもレアが男爵家に嫁ぐなんていう、斜め上の事態を予想するのは不可能だ。


 そしてもう一つは、可能な限り関わりたくない男の弟が、フォスター公爵家を訪れたことだ。


(だがもう引き返すことなど不可能。やりきるしかない)


 その計算違いがあったとしても、もう止まることができないオズボーンは、予定を遂行するために突き進む。


(思わぬ拾い物だった)


 いい意味で期待を裏切ってくれた者もいる。

 グリーン公爵家の当主交代劇に暗殺疑惑を持ち続けていたオズボーンは、これを利用するため密かに調査を行ない、公爵家の正統を正そうとする老いた使用人と接触できた。

 この使用人は、ダリルに秘密を漏らした人物で、密かにオズボーンへ情報を渡し続け、悪魔契約がほぼ間違いないことも突き止めた執念の男だ。


(クーノ枢機卿を拘束後にあの若造(ダリル)を公爵家に戻し、幼稚な嫉妬心を刺激して突き放せば、聖女と人の関係を断てる)


 オズボーンは光の灯教の関係者として、ダリルの養子騒動に若干絡んでいたため、彼のことを知っていた。


 そして今現在、グリーン公爵家を支配している親子を排除した後、クーノ枢機卿を拘束。ダリルを公爵家に戻して嫉妬心を増大させ、公爵家の関係からリズベットを排除する。そしてリズベットの方には、生き別れた双子の兄が、途轍もなく彼女を憎んでいると。その原因になったのは父だと囁けば、絶望して人との関わりを断つだろう。


 だからこそオズボーンにとっては、老いた使用人の熱意と目的が非常に都合がよかったのだ。


(王都騎士団の方も聖勇者に対しては便利だったが……イライジャ・ウィンターにぶつかるとは)


 王都騎士団もオズボーンにとっての駒だ。

 七徳の権限を用いると、騎士団の幹部クラスを纏めて消し飛ばす証拠を握れたので、それをネタにして強請り、滋養強壮の薬を善意に見せかけて盛るだけでいいと頼んだ。


 後はもう薬を()()()が飲むまいが関係ない。

 その不祥事を利用してオズボーンが王都に入り、状況を利用するだけでいい。

 王都騎士団の上層部が、口実に使われたことを察して青褪めていようと、知ったことではなかった。王都に入り流れを微調整すれば、オズボーンの考えはほぼ成る。

 筈だった。


「こ、公爵邸に踏み入るなど、何を考えている⁉」

「私はきちんとした権限で行動している」


 グリーン公爵邸に事実上の強襲を仕掛けたたオズボーンは、怒鳴る人間たちを瞬く間に制圧し、執務室に踏み入る。


 この日のため老いた使用人は従順なふりをし続け、他の者達に疑いの目が向けられている中でも信頼を勝ち取った。そして確かに、悪魔契約に関する会話を盗み聞きしたため、なにもかも上手くいけば公爵家の血筋は正当性を取り戻すだろう。


 館の主たちがパーティーに出席している隙を突いたオズボーンは、老使用人の手引きで屋敷に侵入。

 基本的に悪魔契約書は契約者の付近に無いと効果を発揮しないため、屋敷の執務室が最も可能性が高いと判断して探索。

 現物を確認してから、これを持ち帰り今すぐ後妻と子を捕まえてほしいと思っている不満げな使用人を、一網打尽にする準備が必要だからと宥めて一度戻った。


 まだレアも手に入れたいオズボーンにすれば、穏便で手際がいい事態より、どさくさに紛れてなし崩し的に、彼女を引き込める混乱の方がよかったのだ。

 だからわざわざ、二回目の公爵邸訪問を乱暴にして周囲を混乱させ、一緒に避難しようと訴えるルシールとリズベットへの情で、レアが判断を誤るのを期待した。


 これに関しては希望的観測がかなり混ざっているのをオズボーンも自覚していたが、変につつきすぎてイライジャが介入してくることを恐れ、可能であるならばという方向性に代わっていた。


「間違いない。ダリル・ストーンの暗殺契約。契約者の名も確かにある。こちら(聖女)はやり遂げたが……」


 一応事前に見ていたものの、念のため悍ましい羊皮紙に記されたダリルの暗殺契約と、契約者として記されている後妻の名を確認したオズボーンは、聖女はこれで事実上片付いたと一応の満足を感じた。

 その直後……聖勇者の方はどうするか。という心の声は湧き上がる暇もなかった。


 事前の確認では行わなかった、悪魔契約書の封印措置を実行した途端、今はレアの周囲に意識を向けていた、九罪の化け物の横っ面を叩いてしまったのだ。


「っ⁉」


 本当に。心の底からオズボーンは驚愕した。

 それはまるで夜に太陽が現れるような、物理的にあり得ない現象だ。


「ば、馬鹿な⁉」


 契約書を用意して物質界に介入するような悪魔は、どれだけ多く見積もっても三罪が精々で、四つも離れている七徳オズボーンの手を弾き、出鱈目にエネルギーを発する可能性は完全にゼロだ。

 故にこそ、そもそも悪魔契約書を抑えきれないと、仮定することが無意味で無駄だった。


「あの親子、いったい何を仕出かした⁉」


 その非現実的な光景が続く。

 渾身の力で悪魔契約書を封じているオズボーンが、騒動の原因である後妻とその子に悪態を吐いても、現実は変わってくれない。


(ま、マズいぞ⁉)


 重ねて述べるがオズボーンは、単なる悪魔契約書に手古摺ることを想定しておらず、この後すぐ大神殿でクーノ枢機卿を拘束してリズベットを隔離するように、部下が動いている筈だった。


(いやまだ何とか修正はできる!)


 ただそれでも、挽回不可能な致命傷ではないため、予想外に驚愕を感じつつも絶望はしていなかった。


 ルシールとリズベットが自分の指示に従わないどころか、よりにもよってウィンター男爵邸に駆け込み、クーノ枢機卿を確保された上で、自分の計画を()()正確に伝えられている?

 それこそ、あり得ない。


 だからなんとか悪魔契約書を押さえつけるために歯を食いしばる。


 なおこの悪魔契約書、二時間以上も暴れ続けてオズボーンを疲労困憊にさせたのだが、形式はどんなに調べても単なる三罪の悪魔に関わるものでしかなかったため、ブチ切れているオリアが露見することは無かった。


「……は?」


 その後にオズボーンは、全ての予定が壊れ果てていることを知り、立ち尽くすことしか出来なかった。

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