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底なしの愚か者

(腹立たしい!)


 王都騎士団のベンジャミンは怒りに燃えていた。


(王家め!光の灯教め! 無能な上め! あの小僧め!)


 その原因は非常に多い。

 滋養強壮の薬を盛ろうとしたことは彼の独断ではなく、王都騎士団上層部の決定だった。

 そして本来なら、騎士団は様々な権力と強い繋がりを持つため、バレても多少は揉めるだろうが、三称号の女達に気を遣ったと言えばそれで押し通せた。

 それだけ王都騎士団の力は、ベンジャミンの自惚れではなく事実として強大なのだ。


 しかし光の灯教の高位司祭から、七徳が王都に派遣されるという報告が齎され全てが変わった。


(王都に光の灯教の七徳だと⁉ 正気ではない!)


 光の灯教に所属している七徳。戦略的存在が王都入りして、王国側が準戦時体制を敷いたのだから、王都騎士団は面子を潰された。


 普段の王国なら断固拒否する事態だが、お前のところの王都騎士団がやらかしたから信用できるわけがない。成立は王家が深く関与し、王都守護を任とする最精鋭中の最精鋭が、三称号に不埒な真似をしようとしたのだから、こちらも相応の行動が必要になった。

 と言われたら、王国としても反論し難いのだ。


 しかも、いくら騎士団が光の灯教とも強い利益関係があるとはいえ総意を操れる訳ではなく、この動きを止めることが出来なかったし、何より想定もしていなかった。

 王都に七徳を派遣するのははっきり言って狂気に近く、光の灯教が王国にほぼ宣戦を布告したに等しい事態なのである。


 悲しいかな。

 光の灯教の上層部が神の件で過剰、過敏になっていることを知っていれば、騎士団ももう少し慎重になったかもしれない。


(それに王太子め!)


 ベンジャミンの次の怒りは王太子ゲオルグにも向かう。

 光の灯教にも深く食い込んでいる王都騎士団だが、形式上の所属は王国側であり、騎士団の失態はそのまま王国の失態にもなるため、王太子がここまでの事態を引き起こした彼らを叱責するのは当然だった。


(役立たずの老人共も、碌な考えを持たずに実行したに違いない! なにが形だけの処罰だ! 処罰は処罰だろうが!)


 ベンジャミンは身内への憎悪も募らせる。


 話がどんどん膨らんだことで、王都騎士団も無視をすることが出来なくなった。

 あくまでベンジャミンを含めた一部の騎士が、三称号への善意から行動したものの、結果的には不信を招く結果になって申し訳ない。と宣言。

 ベンジャミンは上司から、形だけの処罰。一時的な降格だからと言われたものの、現状でそれを信じる者がいれば馬鹿だろう。


(そもそも何をしたかったのだ⁉)


 ベンジャミンの中で怒りに匹敵する疑問が渦巻いた。

 愚かな話だが、全能感に冷や水を浴びせられたベンジャミンは、王都騎士団上層部が三称号にちょっかいをかけて何をしたかったのか、正確には理解できていなかった。


 ルシール、リズベット、レアが自分に惚れて当然。光の灯教と公爵家の権威を利用するのも夢ではないと考えた、底なしの自惚れ者が今更そう思っても、もう遅いとしか表現できないが。


(あの小僧めえええええ!)


 その渦巻く疑念は怒りで覆われ、最も憎い存在に行き着く。

 彼の中での全ての始まり。あの小僧ことケイ・ウィンターだ。


 戦闘とは無縁になり権勢を誇るようになった王都騎士団は、物理的にどれだけ強くても、社会という強大過ぎる力には太刀打ちできないと考える。

 そのためウィンター家への評価も、所詮は田舎貴族で政治的に自分たちが負ける筈がないというものになる。


 だからこそベンジャミン個人も、兄が王太子に気に入られていようと、三男の冷や飯食い如きが自分に逆らい、凋落の原因なったことを許せず、可能ならばすぐさま首を切り飛ばしたかった。


「あの女を出せ!」


 さて、そんなベンジャミンはどこで大声を出しているのだろう。

 実に単純でよくある話。

 落ち目の男が女と酒に溺れ、その両方を堪能できる馴染みの高級娼館にやってきているのだ。


 そして呼んだ女の水準は王都騎士団がよく利用する場所だけあり非常に高いが、若干ながらレアに似ていた。

 どうもこのベンジャミンは、三称号の中では最も気高い凛々しさを持つレアに心を奪われているようだ。

 彼女が惚れて当たり前だと思っていた男が、無意識に求めているのは人間の面白さを表している。

 そのレアが心底憎む小僧の行動に一喜一憂し、甘い泥沼でもがいていることを知れば、脳が爆散するかもしれないが。


「はい直ちに」


 娼館の従業員たちは、また面倒な奴が来たと思い心の中で顔を顰めた。

 確かに金払いをケチらず、度々豪遊する王都騎士団は重要な客なのだが、一つ一つの動作に傲慢さが滲んでいるため、接客していて楽しい存在ではなかった。

 それが荒れているベンジャミンならば尚更である。


 日頃の行いというものは大事だ。

 王都で傲慢に振舞っている王都騎士団は、打算から何かの間違いだろうと言ってくれる者はいても、心の底から潔白を信じてくれる者がいない。


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