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聖勇者の希望と絶望

 王都の宿泊所に戻ったレアは、ルシール、リズベットにどんな表情を浮かべたらいいか分からず会うのを恐れた。

 が。

 忙しかった。


「当日の配置はこのようになっており、ルシール様。リズベット様。レア様の位置は……」

(それどころじゃなかった!)


 なにも彼女たちを中心に世界が回っている訳ではなく、自由時間が終わった途端に明日のパーティーの打ち合わせが行われ、レアはそれに巻き込まれていた。


(色々あったから失念してたけど、そういえばまだ学生なんだよね……)


 王都騎士団の暴走から、予想外の婚姻騒動と立て続けに起こって感覚が麻痺していたレアだが、まず学院に通う学生である。

 泥沼で溺れ子を宿す未来の話は結構だが、目の前の行事を片付ける必要があった。


(リズベットはいつも通りだけど、ルシール様は多分同じことを思って苦笑してるかも)


 レアの予想は大当たり。無表情なリズベットはいつも通りだが、ルシールは少々自分に呆れているような雰囲気を醸し出していた。


(きっちりやらないとね!)


 学生の本分を思い出したレアが気合を入れ直す。

 王族も絡む行事で恥ずかしい姿を見せると、かなりの確率で結婚する旦那。すなわちケイにも恥をかかせてしまうだろう。

 そんなことは乙女心全開のレアは許容できないため、公爵家の娘に相応しい仕草で予定を確認する。


 恋を知り、明るい将来を望む心。そして友人達に対する負い目が作用したことで、ただでさえ凛々しい美しさを持っている女を飛躍させた。


(レ、レア……?)


 その覇気のようなものを感じた周囲の人間に加え、リズベットとルシールも目を見開く。

 神代において聖勇者は軍の先頭に立ち、あらゆる者の視線を背に受けて敵陣を突破したという。そこに至る覚醒の片鱗は、まだ足踏みしている女神、聖女の上に至り、あらゆる者の想定を少しずつ狂わせ始める。


「レア。少し話せるかしら?」

「どうしましたルシール様?」


 一通りの確認が終わった途端、ルシールがレアに話しかけると、フォスター公爵家の侍女たちが酷く警戒した様子を見せた。

 これでは内密の話は無理と判断するしかなく、他の生徒が周囲にいないことを確認したルシールは、オズボーンからの伝言を多少濁して伝えることにした。


「どうやら思ったよりも根が深いようなの。七徳のオズボーン司祭にも確信がある訳ではないようだけど最悪の場合、持っている権限を全部使うとおっしゃてて……もしもの時は大神殿に避難してほしいと……」

「っ⁉」


 ルシールの言葉にレアは酷く驚いた。

 戦闘を考慮している司祭の最大の権限は、一時的に王国の法を無視してでも悪魔を討伐できることだ。

 この権限は、行使した後に王国と光の灯教の両者が話し合い、行使が適切だったかの審理が行われて記録が保存されるが、王都で行使された前例はない。


「分かりました。ですが確約はできません」

「そうよね……」

「ちなみにこのお話、王国側には伝わっていますか?」

「クーノ枢機卿とお話しした際、連絡を送っていることを確認してるわ」

「……我が家に司祭が訪れた時には、そういった話がありませんでした」

「そう……なのね。でも確信はないようだから……」


 事実上断ったレアに疑念が渦巻く。

 訪れた時にこの件を伝えれば、まだ考慮する余地があった筈だ。それが無いということは、急遽ルシールとリズベットに入れ知恵したようにしか思えず、余計に怪しむしかない。


「ルシール様もお気を付けください」

「ええ……リズベットにも伝えておくわ」

「はい」


 レアは神殿が安全ではないと暗に伝えたが、ルシールの立場ではどうすることも出来ない。

 それが三人の定めなのだ。

 ………。

 燃やし尽くされるが。


 その日を終えたレアの意識が沈む。

 親愛なる友人達との溝と、明るい未来の両方を抱え、沈み込んでいく。

 そして思い出した。


「ああああ! いやあぁぁああ……! の、能天気に、こ、こんなに浮かれてっ!」


 精神世界で覚醒したレアが蹲ってもがき苦しむ。

 この場のレア視点ではケイはいつまで生きられるか分からないのに、将来への希望と不安を抱くなんて、愚かにもほどがある行為だ。


「そ、それにこの感情……!」


 レアが必死に歯を食いしばって耐えようとしているのは絶望ではなく、ケイへの愛情と希望だ。

 精神世界の彼女が現実に影響を与えたのだから、その逆も当然起こる。

 ケイに抱いた感情の始まりは精神世界の絶望だったのに、それが現実世界で抑えがたい愛情へと変化され、今戻って来ているのだ。


「ケ、ケイ君……! ケイ君……! 駄目なのに! 好きになる資格なんてないのに!」


 だがレアを助けるため精神を燃やし、八つ裂きにしている相手に呑気な愛情を抱けるはずもない。

 ないのに、現実で抱いた感情が強ければ強い程、今現在のレアが受ける影響は大きくなり、胸を掻きむしりたくなるような愛と希望(絶望)で悶え狂う。


「でもひょっとしてケイ君なら……そ、そんな訳ない! 魂を燃やしてるのに無事な筈が!」


 現実では破滅願望に囁かれているレアが、こちらでは希望に囁かれる。

 ケイはなんとか命を長らえる望みがあるから、将来のことについて肯定的なのではないか。自分と結婚してくれるのではないかという、あまりにも都合がいい希望だ。


 だがもし。万が一そうだとしても、魂への痛みは想像を絶するのは間違いない。

 事実、ピンピンしているケイだが、魂を燃やし裂いた痛みはそのまま感じているため、正気を保っている精神構造が異常なのだ。


「うっ。うううっ……!」


 聖勇者レアは蹂躙されたい望みと、愛されたい望みが溶け合いぐちゃぐちゃになっていた。

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