女達の立場
「思ったよりもずっと話の分かる男だったな。そしてお前も、思ったよりずっと前のめりだ」
ケイが去った直後のフォスター家で、ネイハムが顎を擦りながらレアに呟く。
彼が推し進めている計画は、常にケイ・ウィンターという男の能力と、レアの相性に左右されるため、大きな懸念事項だった。
しかし光りの灯教の司祭が相手でもきちんと気を利かせることが出来て、公爵家が所有する屋敷の中だろうが物怖じしない姿は、予想を遥かに上回る誤算だった。
それに加え、レアがこの縁談に前のめりになっていることを確認できたのも、ネイハムにとっては嬉しい予想外だ。
(私の方も兄さんに言いたいことがあるんだけど……)
一方、レアは困惑の感情が強い。
基本的に彼女が持つ兄への印象は、ひたすら不機嫌。この一言に尽きる。
しかし、レアが家を離れることが現実的な路線となりつつある今、多少のコミュニケーションが取れるまでに変化していた。
「今戻った!」
「お仕事中に申し訳ありません父上」
「いやいい! 様子を見るに七徳の司祭は帰ったのだな⁉」
「はい。間違いありません」
そんな兄妹の父、ハロルドが血相を変えて戻ってきた。
現役の公爵からしても光の灯教。それも七徳の司祭がレアの所属で揉め事を起こし、王国の顔に泥を塗るのは予想外だったらしい。
「例のウィンター家の三男が手紙を届けに来た際、気を利かせてくれました」
「な、なに?」
「とは言っても、司祭はどうもイライジャ・ウィンターの名に反応しておりましたが」
「イライジャ・ウィンター? どんな反応だった」
「さて……私には警戒。いえ、怯えているようにも見えました。父上は両者の関係をなにかご存じですか?」
「分からん。話せないからとぼけている訳ではないぞ。学院時代の噂を聞くことがあったが半信半疑だし……」
「噂とは?」
「一番有名なのは兄ロジャー・ウィンターに、十回挑めば一回は勝てると言ったことがあるらしい」
「なんとっ⁉」
「ただ話が難解過ぎることでも有名だから、果たしてその言葉が正しく広まっているのかは分からん。というか、イライジャ・ウィンターに纏わる話はどれもフワフワし過ぎている。しかし……七徳が怯えた? 噂は本当だったか? いやそれより、これで手を引けばいいがいったいどこまでやる気なのか……とりあえずこの件は、私の方から抗議をしておく」
「お願いします」
ハロルド、ネイハム親子が貴族としての会話を繰り広げて考え込むが、教会側の常識知らずの行ないに出来ることは限られている。
それについ最近、王都騎士団がやらかしたばかりのため、お前のとこが馬鹿をやったから保護のため動かざるを得なかったと言われれば、語尾が弱くなるしかない。
「それでウィンター家の三男はどうだ?」
「中々好感が持てました。疑っていますね父上? ですが、素直に見どころのある男だと思いましたよ。司祭が兄の名に慄いていると判断した途端、レアと騒いでいることで謝罪をするから、屋敷に入れて欲しいと気を利かせてくれました」
「ふん。なら手紙の返答をするときになにかを持って行かせるがいい」
「はい。そのように」
ついケイのことを尋ねてしまったハロルドは、ウィンター家とレアを結び付けようとしている息子が、悪く言うはずがないと途中で思い至った。
しかし意外なことに、ハロルドが見たところネイハムはかなり率直な感想を口にしているように思えたが、この計画自体にはまだ納得していないため鼻を鳴らす。
「レアはどうします? とりあえず我が家で過ごさせるという選択もあるにはありますが……」
「分かっている。明日からは王城での行事だ。自由時間以外で別行動を取らせるとあまりよく見えん」
「はい」
「では預けるしかない。レア、妙なことになっているが、きちんとした行動を取れ。女神、聖女が教会の意向に従うだろうが惑わされるなよ。いいな?」
「はいお父様」
顔を顰めているネイハムにハロルドが頷く。
万全を期すならハロルドがいる公爵邸にレアを留めるべきだ。しかしハロルドは王城での仕事が忙しくいつまでもいられないし、公爵家の娘で聖勇者の称号を持つレアが、王家が関わる行事で別の行動をするのは政治的によくない。
(ルシール様……リズベット……)
敬愛するルシール、友人であるリズベットと共になら、どこまでも堕ちていけるレアは、心に鋭い痛みが走る。
レアが見たところ、この二人は自覚がないままケイの傍に近寄っていた。だが予想外の展開を経てレアと二人の道は遠ざかり始め、彼女だけが甘い底なし沼を歩けている。
それがどこまでも、レアの罪悪感を刺激してしまうのだ。
◆
一方、もう引き戻せないところに堕ちている聖勇者と違い、神に縋れるリズベットとルシールは、公爵家の想定通りの動きに巻き込まれていた。
「他家のことを口にするのは愚かな行為ですが……聖勇者様はお兄様と仲がよろしくないとお聞きしたので、こちらに来ていただければと思いました。しかしどうも……」
枢機卿、クーノが多忙な隙に、フォスター公爵家で揉めていた司祭こと七徳のオズボーンは、本心からの困惑をルシールとリズベットに告げていた。
彼の都合上、女神、聖女、聖勇者の三人が纏まっているのが望ましい。そしてレアとネイハムの中の悪さを把握していたオズボーンは、二人の親がいない時に話をすれば、それほど揉めることは無いと考えた。
しかしその予想は想像以上に外れ、あと数時間もすればとんでもない苦情が飛び込んでくるだろう。
「流石に私も体が二つありませんので、学院の行事や宿泊所では可能な限りお三方が纏まっていただきたいです。そしてその際、よろしければ聖勇者様のご都合を伺っていただけませんか?」
「それは大丈夫ですが、レアに接触したのでしょうか?」
「はい。枢機卿に窘められましたが、状況はかなり悪いのですよ。内密ですが悪魔が関わっている可能性すらあります」
「それほどまでに根が深いのですか?」
「はい」
囁くようなオズボーンに、ルシールはレアの所属の件をつついたのかと、咎めるような声音を出したが、思った以上に状況が悪いことを知って酷く驚いた。
王国騎士団が自分本位な暴走をしているだけなら、まだ政治的な問題で片をつけることが出来た。
しかし悪魔が関与しているなら、七徳の力が王都で振るわれる可能性だってある。
「最悪の場合、対悪魔の特権を使うかもしれませんので、何か起これば必ずこの大神殿に逃げ込んでください」
「っ⁉」
顔をしかめたオズボーンにリズベットが慄いて目を見開く。
古来から悪魔と対峙し続けてきた光の灯教には、対悪魔に限定された大きな権限を持ち、場合によっては王国の法すら無視する力がある。
だがそんなものを気軽に使える筈はなく、持ち出されるのは強大な悪魔が絡んでいるケースだけだ。
「不確かな情報によるものですので、あまり大きな声では言えませんが、聖勇者様にはそういう可能性があるから、お二人と一緒に大神殿に避難していただきたいとお伝えください」
「わかりました」
「はい。ですがこの件、父にお伝えしても構いませんか?」
「勿論です。それはもうきつく叱られましたが、聖勇者様に接触したこと、悪魔のこと、両方をお伝えしております。念のためにご確認ください」
今からの面倒事を察して疲れている様なオズボーンに、リズベットが念のための確認を取る。
そして、オズボーンも一点だけ確認を取りたかった。
「ところで、聖勇者様とウィンター家の者。恐らく三男には、なにか繋がりがありますか?」
「え? 一緒に訓練をする仲ですけれど……繋がりと言われたら……リズベット、知っているかしら?」
「いえ。心当たりはないです」
「そうですか……いや、お時間を取らせて申し訳ありません。この私がいる限り、悪魔の魔の手から必ずお守りしますので、どうかご安心ください」
「はあ」
急に問われたルシールとリズベットは困惑して首を傾げる。
そして知らないと答えたが……。
(レアがケイさんに惹かれているなんて言えない)
少なくともルシールは、レアの私的な感情を口にしなかった。
「ではご確認のため……枢機卿は今どこだったかな……」
確認のためクーノを見つけようとしているオズボーンも、正直に言われたら心底困惑しただろう。
彼が持っている常識も、いくらウィンター家の一員とは言え、公爵家の娘が男爵の三男に懸想するなんて、ありえないと否定してしまうに違いない。
「おおっと気が早い」
ルシール、リズベット共に部屋を出て、王都大神殿を少々歩いたオズボーンは、予定よりかなり早い来客を見て苦笑しそうになる。
リズベットは直接の面識が無かったものの、クーノがここにいれば酷く驚いただろう。
それはクーノの実家で長く勤めている老いた使用人だった。




