第34話 完ぺきな未来など必要ない
神はサイコロを振らない。
もし、この世の全ての事象を演算することができるなら、未来も予知出来る。
そんな感じの意味だが、AIはその可能性を秘めているのではないか。
無限に等しい試行回数。
有限な人と違い、寿命や時間制限とも無縁。
疲労も何もなく、電気とサーバーさえあればいい。
そのAIが現在を演算しつづけ、更に資源や人材の活用の最効率化をはかったらどうなるか。
無駄とは無縁の生活が待っているかも知れない。
現在の資源不足やらなんやらも改善するかも知れない。
理想的な未来とやらが出来上がるかも知れない。
だが、それだけでは、ただの先延ばしに過ぎないのではないかとも思う。
どれだけ資源を有効に活用したところで物質は有限。いずれ枯渇する。
そして、理想的な未来ということは、その未来以外あり得ないということであり、未来の選択肢がたった一つに絞られることも意味する。
終焉に向けて、ただ効率を求め、延命処置を施す。そんな未来に落ち着くのではないか?
だからこそ、自分は最高の未来、という表現をあえて否定する。
ランダム性のあるほどほどの生活。
時にはハズレを引きながらも、足掻く。
なんとかなると信じて諦めない心で戦い抜く。
また、手が打てるところは先読みして打っておく。例え演算結果が無駄であると判断したとしても、状況は変わるもの。
何が最善であるかなんてこの瞬間にも変わるし、もちろん人によっても違う。
利害の一致ができればまだいい方である。
絶望的な状況。
覆せない未来。
それを変えるのは偶然と人の意思であると思う。
今がよければいい。その考えもありだし、むしろ今この時を大切にしなければいけないと思う。
人生において時間は有限。
なら、なるべく楽しい時間は多い方がいい。
そのためにはしっかり働いて、趣味に使えるほどお金を稼ぐことが重要だし、他人に甘えすぎるのも考えもの。
頼り、頼られる存在。
どっちかだけが負担を強いられるのではなく、助け合って生きる。
人同士も、AI相手でさえ、そのスタンスが望ましいのではないかと自分は思う。
未来の創作者達が偶然この作品を見たとき、一体何を思うのだろうなあ。
願わくば少しでも楽しんでくれればいいな、と思う。




