16.水瀬の看病
冬哉は実家に着いた途端、昴からの連絡を受け驚いた。荷物を置きエルへの挨拶もそこそこに自宅を飛び出した。すぐに水瀬の家に向かう。エルが、その様子を見て何事かと冬哉の後を追った。
工房に着くとすぐに水瀬の診察をした。発熱で脱水状態、風邪か?と聴診していると、手の包帯に気付く。包帯を解くまでもなく、腕の方まで赤く炎症している。蜂窩織炎か。包帯を解くと手のひらの傷は案外深く、細菌感染していると思われた。
「師匠、これはいつからですか?」
と尋ねるも、祖父ははっきりと時期はわからないと行った。そんなに日が経っていないならと、すぐに普段から持ち歩いている往診セットで点滴を始めた。また傷の手当てもきちんと行った。喘息の方はそこまで酷くないようだが念の為酸素の準備を、と昴へ連絡した。
するとエルが、
「ここに通っていたのか。」
と呟いた。いつの間に!と冬哉は驚いた。自宅からついてきて水瀬の家にまで上がりこんでいた。冬哉が休暇を取っていた時に何処へ行っていたのか、エルはずっと気になっていたのだった。そして冬哉の後ろをついて構わず家に入る姿に、祖父は医師の仲間かと思い不審にも思わなかった。
「エル!なんでだよ。なんでいるんだ。」
「いや、あまりの形相で出ていくから何かあったのかと思ってな。」
冬哉は、はぁ〜とため息をつく。
「あんたさんは、お山の農家さんだろう。」
祖父はエルの存在を知っていたようだ。
「え、知ってるんですか?」
冬哉は恐る恐る尋ねると、
「そりゃあ、知っているさ。誰かしらよそから移り住んでくるとね、一時的に噂になる。何者か、どんな人かとね。あんたさんはあまり外でお見かけしないから話すのは初めてだね。」
と祖父は初めまして、と挨拶をする。エルは、
「ああ、すみません。ご挨拶が遅れまして。」
と、挨拶を返した。
「農家さん所の珊瑚さんはよく集会所にも顔を出してもらって、集落の手伝いなんかもしてもらってる。そうか。冬哉先生は珊瑚さんの息子さんやったか。皆が、珊瑚さんとこに、背の高い大きなお人がいるって噂しとったが、本当に大きなお人だね。」
祖父は穏やかに話す。エルの容貌に違和感はあるのだろうが、執着して尋ねることはしなかった。
「私は、海外からついてきたので。少し冬哉たちとは違うんです。」
エルが淡々と話す。そうかい、と祖父も返す。冬哉はヒヤヒヤしていたが、
「う…ん…」
と水瀬の意識が戻り始めたことでその空気は打ち破られた。
「水瀬。わかるか?」
冬哉が声をかける。水瀬は、あれ、幻覚?と目を擦りながら冬哉を見つめる。
「冬哉先生、だ。どうしたの?仕事は?」
「今、ここでしてるよ。どうしたんだ、こんなに熱を出して。」
と医師らしく問診すると、手のひらの怪我のことを話し始めた。いつもより自分がぼーっとしていた事は隠して話していた。すると祖父が、
「毎日、冬哉先生に会えんで、ぼやーっとしていたから怪我なんぞするんだ。」
と冬哉へ伝える。冬哉は思わず嬉しさから顔が綻ぶ。
「冬哉。体調が悪いお嬢さん相手にニヤニヤしてはいけない。」
とエルが揶揄う。冬哉が、エルに言い返そうとしたが、祖父と2人してじゃあと部屋を出ていった。
「冬哉先生、会いたかった…。」
水瀬は冬哉を見つめている。まだ熱のせいでぼんやりしているんだろう、冬哉はそんな水瀬の様子にドキドキしてしまった。
エルは、部屋を出ながら冬哉の最近の様子を思い出し、少し心配した。そして隙間から部屋を覗く。すると、祖父が野暮ですよ、とエルを居間へ促した。
冬哉は水瀬の様子が落ち着いたので、一旦自宅へ戻ることにした。水瀬の部屋を出る時、水瀬の頬をそっと撫でた。
「会えてよかった、水瀬。」
と呟く。水瀬が少し微笑んだ気がした。
居間へいくとエルが祖父と何やら話し込んでいた。冬哉の様子を聞いていたらしい。
「エル、帰るよ。」
と不満げにいうと、
「冬哉先生、帰られるんですか?できたらずっといてもらいたい。私もこんな年寄りですからねえ。」
と引き留める。気持ちはわかるが、このままそばにいたら、良からぬことを考えてしまいそうだ。冬哉は、
「いえ、点滴の補充もしたいので病院へ行って取ってきます。抗生物質とか、傷の薬とか、他にも用意しておきたいし。」
と気持ちはずっと一緒にいたかったが、水瀬宅を後にした。そして、帰るとエルからの説教があるに違いないと、気が重かった。




