13.水瀬のペンダント
水瀬の気持ちは複雑だった。
冬哉は真面目でしっかりしていて、礼儀正しく、祖父からも気に入られている。仕事も早く、丁寧だ。時に水瀬の体調も心配してくれる。
そしてある時から昴までもが来てくれるようになった。初恋の人がずっとそばにいて家のことを手伝ってくれている。今まで夢見ていたことだ。大好きな人と一緒にいられる、こんなに嬉しいことある?と、心から喜んだ。
だが、ある時、気づいてしまった。昴のことが好きだったはずなのに、なぜか毎日心待ちにしているのは、冬哉が来ることだった。気づけばいつも目で追っているのは冬哉だし、冬哉に優しくされるとドキドキしてしまう。私ったら昴先生が望み薄だからって、すぐに冬哉先生に乗り換えたって事?と自分の事がわからなくなっていた。
昴は、2人の様子を見て、明らかに両思いなのになと、思っていた。相変わらず察しの良い男だ。冬哉は水瀬を守りたいがために気持ちを抑えている。水瀬は自分の気持ちに気付いたばかりのようだ。どうにか2人が一緒に幸せになって欲しいんだけどな、と思った。
ある日、水瀬が工房で溶けたガラスを扱ったあと、暑さから上着を脱いだことがあった。その時、小さな袋がペンダントのようにして首にかかっていることに気づいた。冬哉はお守りかな?と思ってその時は深く追跡しなかった。
その後、キッチンの床に水瀬のそのペンダントが落ちている事があった。冬哉は水瀬が忘れたのかな?とそのペンダントを持って水瀬を探した。
「水瀬?これ、落としたか?」
と水瀬に伝えると、水瀬は、
「あれ?本当だ。いつのまに。」
と冬哉から受け取った。紐が切れていた。
「あー、これ切れたんだ。古いからなぁ。」
と、切れたところで結び直した。
「お守り?」
と冬哉が尋ねると、
「ああ、これ?これね、不思議なやつなの。」
と袋から中身を取り出して見せてくれた。
それは、ガラス玉だった。ピンクと緑と青色のグラデーション。とんぼ玉だろうか。
「綺麗でしょ?」
「ああ、とても綺麗だね。」
冬哉はそれをみて不思議な気持ちになった。どこかで見たことがあるような懐かしい気持ち。初めて水瀬の家でガラス工芸を見た時よりも遥かに強い心の揺れだ。
「これね、私が生まれた時に、手に握っていたんだって。お医者さまも家族もみんな驚いてた。母さんのお腹にいる時には画像にも映ってなかったのよ。」
「手に?ありえない。」
「だよね。でも、本当なの。」
冬哉はその不思議な話に納得いかない顔をしている。
「ドクターだもんね、非科学的すぎておかしいでしょ?」
と水瀬が笑う。冬哉は、
「見てもいい?」
と水瀬からとんぼ玉を受け取った。冬哉の手は震えていた。そして、よくわからない感情が湧き上がり、涙ぐむ。
「冬哉先生、どうかした?」
水瀬は不思議に思い、顔を覗き込む。だが冬哉は、パッと顔を背けながら、とんぼ玉を水瀬に返した。
「なんでもない。それにしても、グラデーションの出し方が難しそうだよね。」
と誤魔化した。水瀬は、ふうん、と言いながら袋にガラスを戻し首にかけた。
この工房に来てから、冬哉は不思議な縁というものを感じていた。ガラス、水瀬のこと。今、こんなにも心を震わせるものと出会えている。そして水瀬のペンダントをみて、また、冬哉の気持ちはますます水瀬が気になるようになった。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。水瀬はただの患者だったのに。
工房で働く水瀬を遠巻きにみる。
ああ、好きだ、水瀬のことが。
冬哉は気持ちを抑えられない程、水瀬のことを愛しているのだと自覚し始めた。だが、自分のようなよくわからない生き物が、誰かを愛していいのか?彼女を巻き込んでしまうのでは?傷つけてしまうのでは?様々に不安が押し寄せる。だが、
「冬哉先生?」
と笑顔で振り向く水瀬の笑顔に、冬哉の不安にひしめく心は、穏やかにほどけるのだった。




