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長き戦いの決着

すみません、エラく長くなりました…

PCでゆっくりと読んで下さいまし…!


戦いはすでに決着しており、荒地の尖塔も破壊されていた。

フェンリルが途中で口にしたので、破壊された事は分かっていたが、奇襲部隊とケンタウロス、そして、エルフの援軍に、相当の被害が出ていた事は、辿り着くまでは分からなかった事だった。


両軍の死傷者は600人以上。


戦場は死体で埋め尽くされている。

過半数は敵軍のものだが、ケンタウロスやエルフの遺体も見られ、奇襲部隊に至っては6割以上が戦死という、悲惨極まりない結果となっていた。


「ああ、良かった…助かったんですね」


私達の姿に気付き、アリウが言って近付いてくる。


「ええ。お蔭様で」


それに応えてフェンリルから降り、前方に作られている人垣に気付いた。


「ご迷惑をおかけしました…肝心な時にすみません…」


これはレーナで、降りた後にはアリウに向かって頭も下げる。

下げられたアリウは微笑みながら「とんでもない。無事で何よりでした」と、レーナの無事を喜んでくれた。


「あれは??」


二人のやりとりが終わった事を見て、人垣についてアリウに聞いてみる。

アリウはまずは「ああ」と言い、「例の少女を捕虜にしたのです」と、人垣の理由を教えてくれた。


それから3人で近くに向かい、人垣をかき分けて先へと向かう。


「あ、無事だったんですね。良かったです」


とは、クラスの言葉で、礼を言うと「いえいえ」と言い、フェンリルの元へと近付いて行った。

そして何かを話しかけ、フェンリルも何かを返している。


「(仲が良いんだな…)」


と、不思議に思ったが、あまり気にせず顔を戻した。


人垣の先には例の少女が拘束されて座り込んでいた。

人間の姿に戻っているが、破れた服はそのままで、観衆の前で全裸である。


しかし、両腕で隠すようにして、なんとか見せないようにはしている。


「あ、先生、無事だったんだ?レーナさんは大丈夫?」


言って、レイドが出迎えてくれ、他の2人もこちらを見て来る。

それには「なんとか」と言葉を返し、肝心な時に抜けた事を詫びた。


「良いって良いって。大事なものは誰にだってあるさ。これを失ったら駄目だってものがね」


レイドが言って「ははは」と笑う。

マキシマムとセーラも「そうだな(ね)」と言って、レイドと同様に微笑んでいた。


「皆さんにもご迷惑をおかけしました…!」


一歩を進み、前に出て、レーナと共に頭を下げる。

しばらくの間そうした後に、後ろに振り返って少女に向かった。


「見てんじゃねーよ、エロ親父が…」


顔を逸らして少女が言った。


「いや…」


そういうつもりは無かったので、着ていた白衣を羽織らせてやる。

少女は「あ…」と小さく言ったが、それ以上の事は何も言わず、私も礼等期待して居なかったので、立ち上がった後にレイド達に向かった。


「これで一応、作戦は終了だ。後は古代竜の到着待ちだが…」


腕を組んでマキシマムが言う。

隣のセーラは「そうね」と言って、戦場を見た後に空を見上げた。


「兎に角、合流地点に向かおう。ここに居るのは自殺行為だ」


これはレイドで、他の者も迷う事無くそれに頷いた。


「あ、あの、さ…」


話しかけたのはミトであった。

言われたレイドが「ん?」と言う。


「あ、あたしもその…ついて行って良いかな…?もうあっちには戻れないし…」


果たして本当にそれだけなのか、頬を染めながらミトが言う。


「だいじょーぶだいじょーぶ、目撃者なんて殆ど死んでるし、裏切った事なんてバレっこないって!」


が、返された言葉がそれだったので、「あ、うん…」と、ミトは残念そうな顔をした。


「(ここは私がひと肌脱ぐか…)」


見て居られないのでため息をつき、「万が一という事もある」と、私がミトに助け舟を出す。

レーナも雰囲気で察したのだろう、「そうですね」と、それに同調してきた。


「彼女を巻き込んだのはそもそもレイドだ。責任はきちんと取らないといけないな?」


二人で言うと、レイドは「ええ…」と言い、「じゃあついてくる…?」と渋々に聞く。

聞かれたミトは「良いって言うならそうしたい…かな…」と、素直に言えずに紅潮していた。


「(不器用な人だな…)」


そう思いつつ、「ニヤニヤ」しながら二人を見守る。


「では、私達はそろそろ…」


と、ケンタウロス達が言ってきたので、慌てて表情をまともなものにした。

生き残った人数は150人程か。

200人位は居たと思うが、彼らも相当頑張ってくれたらしい。


「助かりました。本当に」


私が言って頭を下げて、レイド、マキシマム、セーラと続く。

そのすぐ後に奇襲部隊の全員が彼らに頭を下げた。


「それでは…」


ケンタウロス達が礼を返し、私達の前からまばらに立ち去る。

その際にギュネスの遺体を担いだが、私達はそれを黙って見送った。


「私達も一旦失礼します。物資を補給した後にア連の本隊と合流しますよ」


ケンタウロス達が去った後に、アリウが私に言って来た。

権限は無いが、大丈夫だと思うので、それには「是非」と一言で答える。


「分かりました」


アリウは言って、仲間と共に近くの林に消えて行った。


「そんじゃ行きますか」


レイドが言って移動を開始する。

生き残った者はそれに従い、予め決められていた合流地点に向かった。




それから2時間程が経った後に、私達はドリアードの森に着いていた。

合流地点はここでは無いが、食料や医療物資等をここに置いて居たからである。


少し遅めの昼食を摂りつつ、私とレーナで治療をして回る。

非常食片手の作業であったが、不思議にそれで充実しており、誰かの役に立てているという事が、直接認識出来て心地良かった。


「(私の本業はやはりこちらだな…随分と慣れない事をしたが、それももう、潮時だろう)」


包帯を巻きながら私は思う。

曲りなりにも戦に参加し、バグダルに反抗して塔も壊した。

幸いにも生き残る事が出来たし、作戦自体もこれで終わる。


ならばもう無理はせず、本来の役割に戻っても誰にも文句は言われないのではないか。

私のせいで親父が死んで、レーナも命を失いかけた。


それでも尚、最後の最後まで、戦いを続けて行くという事は、私にはもはや出来そうにない。


「(殆ど言い訳になってしまうが、私はやはり戦いには向かない。ここからの事は彼らに任せて、自分に出来る事に専念するさ…)」


そう考えながら包帯を切り、心の中で「だが」と続ける。


「(ティーエとリーダーの言葉通りなら、暫くは戦いは収まるだろう。情勢は随分変わってしまったが、平和が訪れるのは喜ばしい事だな)」


そして、そう思った後に、患者に向かって「これで大丈夫です」と伝えた。


大陸の過半数は未だにアブディクル帝国の下にある。

ルニスの故郷の旧カーレントも、帝国に支配をされたままだ。

これからの事がどうなるのか、それは私には分からない事だが、兎にも角にも戦が終われば、喜ぶ者が多いと言うのは私にも分かる事ではあった。


「先生、ちょっと良いですか?」


そんな事を思っていると、レーナが声をかけてきた。


「うん?」


と言って振り向くと、「ちょっと…」と、何かを口ごもる。

不思議に思いながらついて行くと、古木の正面に連れて行かれた。


そこにはレイドやマキシマム等の、所謂、幹部連中が居た。

何やら暗い顔で佇んでいたので、少々嫌な予感を覚える。


「ああ、先生、マズい事になった」


口を開いたのはレイドであった。

その言葉によってマキシマムとセーラが私達の姿に気付く。


「マズイ事とは?」


と、質問すると、レイドはまずは唇を噛んだ。


「本隊が割とヤバイ事になってる。無法地帯ここと、旧南ディザンからの西と南からの攻撃で。連中、兵を退いたんじゃなく、退いたように見せかけただけだったらしい。最初からこうなる事を予測していて、本隊を潰す事が目的だったんだ」


それから言って、拳を作り、自身の左手に叩きつけた。


「私達に出来る事は二つだけ。ひとつはこのままここに居る事。もうひとつはこの人数で特攻を仕掛けて、奴らの後方を少しでも脅かすと言う事よ。勿論、この場合は全滅は必至。でも、本隊がやられたら、アブディクル帝国の大陸支配は、もう成ったと同じだわ」


こちらはセーラで、マキシマムはそれを聞いた後に舌打ちをした。


「兎に角、あまり時間が無いから、この後には皆にも聞こうと思う。その前に先生とレーナさんの意見を聞こうと思って来て貰ったんだ」


レイドに言われ「ああ…」と言う。

戦いは終わったと思っていただけに、私の衝撃はそれなりに大きい。


出来れば、このままここに居たいが、それではマズイという事も分かるので、何とも言えずに固まっていた。


「レーナさんは?」


私の事は一先ず置いて、レイドが飛ばしてレーナに聞いた。


「ここに残るのが良いと思います。皆さんの診察を終えたばかりですが、とても戦える状況ではありません」


本来ならば私の意見だ。

直後に私は恥ずかしくなり、顔を背けて地面を眺める。


「一理どころか真理だね。お医者さんが言うなら間違いなさそうだ」


悔しそうにレイドが言った。

本当はまだまだ見習いなんだ、と、言いたい私が存在したが、それを言うと惨めすぎるので、言わずに堪えて飲み込んでおく。


「となると待機か…気が気じゃねえな…」


言って、マキシマムが地面に座る。

セーラも古木の根に座り、「はぁ」と小さくため息をつく。


「(古木の根…古木…ゲートか…)」


私の中に何かが閃く。

というか、現状では「チカチカ」と瞬き、閃くか消えるかのどっちつかずとなっている。


「ど、どうしたんですか先生…?」


口に手を当てて考えていると、それに気付いたレーナが聞いて来た。


「いや…」


と、一言だけを言い、顔を顰めて更に考える。


「おい、パンツ見えてるぞ」


と、マキシマムがセーラに言った為に、慌てて「何!?」と視線を向けた。

色は赤。

落ち着いた髪の色とは反して、何とも情熱的な色である。


「さりげなく言え!」

「あおっチ!?」


言ったマキシマムはセーラに蹴られ、横倒れになって地面に転がった。


「えーと…ずっと見てたってコトですか…?」


これはレーナで、訝し気な目で私の事を「じとり」と睨む。


「ち、違う違う!!考え事をしていたんだ!その時にたまたま…」


と、言いかけて、瞬きが「ピコーン!」と閃きに変わる。


「そうだ!」


と、叫ぶとレーナは「ヒッ!?」と言い、残りの者は私を見て来た。


「ゲートだ!逆に、開いて貰うんだ!」


言うと、全員が「はぁ?」と言う。


「いや、だから向こうから、逆にゲートを開いて貰うんだ。幸い、レイドは空を飛べるし、一人であれば警戒網にもかかり難いだろう」


噛み砕いて話すとレイドが「ああ」と言い、レーナが「なるほど」と更に言った。


「元のゲートの森まで行って、ここのゲートを開いて貰えば良いのか。やるね先生、逆転の発想だ!」


レイドが言って親指を立てる。

セーラも「ああ」と納得したが、マキシマムは「は?」と疑問顔だった。


「それじゃ早速行って来るよ。全力で飛ばせば1時間半か、2時間位で到着出来るかな?とにかく誰かは見張っててくれ」


そう言った後にレイドは飛び立ち、東の空へと飛んで行った。


「待って居る間に大富豪でもするかい?今度も私の圧勝だけど?」


セーラのそれには「いや」と言い、冗談だと分かるので微笑んで置く。


「ま、あの子も混ぜないと妬いちゃうかな。あんたとの大富豪、楽しみにしてたから……」


その後に言ったセーラの言葉には、私は何も返せなかった。


「…私とレーナで伝えて来よう。二人はここで見張って居てくれ」


暫く経ってからそう言うと、二人は揃って「ええ(ああ)」と返した。


それから私とレーナは戻り、帰還する方法が変わった事、状況が不利に動いている事等を、待機している全員に話した。


返される反応は様々だったが、皆はまず、無事に戻れる事を心から安堵しているようだった。


私もまた、向こうに戻れればなんとかなると考えていたが、これが甘い考えだったと言う事を後になって知る事になるのだ。




古木のゲートが開いたのは、実際には2時間とちょっとの後だった。

見張りをしていたセーラはその時、メイクの手直しを丁度しており、突然の事に驚いた為に口裂け女のようになった。


が、それでも「開いた!開いたよ!」と言い回り、皆を驚愕させたのである(主にメイクで)。


兎にも角にもゲートを抜けて、私達は順々に北ディザンへと帰還した。

ドリアードは合計で3回頑張り、3回目にはフェンリル用にかなり大きなゲートを開いた。


そして出て来た犬並のフェンリルに、皆は「ん???」と目を小さくするのだ。


おそらくフェンリルなりの気遣いだったのだろうが、事前の相談が無かった為に、お互いの気遣いがすれ違ってしまったのだろう。


ともあれ、これで全員が帰還し、主だった者がドリアードに礼を言った。


「あの…あちら側の姉妹の様子は…」


と言う、彼女の質問には皆が黙り、ついてきたミトが成り行きを話すと、「そうですか…」と言って顔を俯けた。


「大丈夫…きっと無事ですよ。言い方は悪いがバグダルは、あなた達の価値を良く知っています。少なくとも私であれば、危害を加えるような事は決してしないでしょう」


一応言うと、不安気に笑ったが、彼女は何も口にはしなかった。


「さて、問題はこれからどうするか、だけど…」


これはレイドが発した言葉で、全員がそちらに顔を向ける。


「現状、本隊を二分割して西と南に当ててるみたい。どっちかって言うと南が不利かな。だからもし、行くとしたら南の援護が適当だろうね」

「行ける奴だけ行けば良い。動けねぇ奴は無理するこたぁねぇ。立派に仕事を果たした後なんだ。恥じるべき何物もありゃあしねぇよ」


レイドが言って、マキシマムが続ける。

その言葉にはセーラが頷き、負傷者達に顔を向けた。


生き残った者は15人程。

その内の半分は私達だ。


残る数人も重傷を負っており、戦う事は不可能である。

つまり、行くとしたら私達だけで援護に向かわねばならない訳だ。


「(レイドやセーラ達なら兎も角、私が行く意味は殆ど無いな…)」


思っていると、捕虜の少女が、唐突に「くふふ」と笑い出した。

白衣を着たままで地面に座り、不敵な笑顔でこちらを見ている。

その手は当然拘束されており、そこから伸びるロープは一応、兵士の一人が「がっちり」と持っていた。


「…何がそんなにおかしいのかな?」


レイドが聞くと、「別に」と返す。


「ノーテンキな奴らだな、と思ってさ」


しかし、続けてそう言って、私達の顔を顰めさせた。


「どういう事なんだ…?」


私が聞くと、地面を眺める。

どうやら何かを考えているらしい。


「何か知って居るなら教えてくれないか?」


続けて聞くと、少女は顔を上げ、「教えて欲しい?」と、私に聞いてきた。


「ああ…」


と素直に返答すると、少女は「だったら教えてあげる」と言って、衝撃的な事を話してくれるのだ。


「今、あんたらの本隊だっけ。それって西と南から同時に攻撃されてるのよね?これにもし北が加わったら、袋の鼠って言う奴じゃないかしら?って言うか、時間が経てば分かる事だから、ここでブッチャケて教えてあげる。あんたらの本拠地、ラーズ公国だけど。もうとっくに落とされてるから」


それには全員が口を開け、言葉にならない言葉を発した。


「い、一体どこから…?」


と、クラスが聞くと、「海からに決まってるでしょ」と少女は返答。

旧トルケ共和国から続く海路から侵攻した事を暗に示した。


「油断してたか…海路があったんだ…あの距離を航行してくるとは思わなかった…」


レイドが言って舌打ちをする。

マキシマムは「クソ!」と大きく言って、古木を叩きかけてドリアードに止められた。


私とレーナは無言で俯き、皆の心配をひたすらにしていた。


兵士では無いし、騎士でも無いから、特別狙われるという事は無いだろうが、戦いに巻き込まれていないかどうかが、とにかく心配で仕方が無かった。


「で、そろそろ準備が整って南に進軍を開始するって訳。3方面から攻められて、あんた達の無謀な挑戦は終わり。バグダルのおっさんも障害が無くなって、ホクホク顔でご帰還って事よ」


少女が言って皆が黙る。

私は少女の言葉の中に、疑問を見つけて眉根を下げた。


「ホクホク顔でご帰還…という事は、バグダルはもしかしてラーズ公国に来ているのか?」


聞くと、少女は「そうよ」と言った。


「ラーズ公国に居るのか!!?」


と、大声で言うと、「そ、そうよ…」と少し驚いて返す。


「そうだとしたらむしろチャンスよ。バグダルさえなんとかすれば、統制を失って兵は瓦解する。ううん、もう、ここからの逆転にはそれしか手段は無いと思うわ」


これはセーラで、マキシマム以外が、大小それぞれの頷きを返す。


「だが待て、そいつぁ本当の事か?こいつはさっきまで敵だったんだ。攪乱させようってハラじゃねぇのか?」


言ったのはマキシマムで、それに対しては、私がまず「いや」と言った。


「どちらにしろこちらは不利だった訳だし、別に話さなくても良かった事だ。時間が経てば分かるとも言ったし、そうならなければ自分の立場が、危うくなる事も分かっているだろう。だから私は彼女を信じて、親切としてこれを受け取ろうと思う。…少しばかり言い方に問題があったと言うだけの事さ」


続けて言うと、マキシマムも「そりゃあそうだが…」と納得はしてくれた。


「実際どうする?バグダルを倒す。こいつで殆ど解決するが、本隊が今、ヤバイってのも事実だ。俺としては半分半分、せめて俺かセーラ位は援護に行った方が良いと思うがな…」


その言葉には「そりゃあそうだな」と、レイドが賛同の意思を見せた。


「兎に角俺達が無事な事をルーミアなり王女に伝えないとマズイ。じゃないと、俺達を助ける為にいつまでもあそこに張り付く事になっちゃう。無事だと分かれば自由に動けるし、そこから打開策が生まれるかもしれない。だからここで早急に決めよう。バグダルに向かう組と援護に向かう組を」


レイドの提案に皆が頷く。

その後に迅速に話し合い、2つの組が決定された。


セーラとマキシマムは南に向かい、戦線を支えつつ応対を待つ。


レイドとフェンリルとミトは西に行き、成り行きをリーダーに話した後に、北へと向かう事となり、私とレーナ、そしてクラスは、ゲートを使って先に侵入し、北への攻撃に合わせたどさくさで、後方からバグダルを狙うと言う事になった。


「支所の連中に話を通せば、何十人かは集まると思う。後はこちらからの合図を待って、ギリギリまでどこかに身を潜めてて」


レイドが言って空中に飛ぶ。

ミトはフェンリルの背中に乗って、レイドの後を追って行った。


「じゃあな!生き残ったらまた会おう!」


マキシマムが虎になり、ウインクをしたセーラがその背に飛び乗る。


「重くなったな!太ったんじゃねぇのか!?」


と言う、マキシマムは頭を「ポカリ」と叩かれ、「ぐっ」と小さな呻きを発した。


「私達も行こうか」


私が言って、レーナとクラスが無言で頷く。


「プロウナタウンの森で良いですか?」


と、聞いてくるドリアードに「ええ」と答え、ゲートが開くまでの時間を待った。


「ちょっと」


少女に呼ばれ「ん?」と言う。


「何で信じたの?バカなの?」


と、呆れた顔で見つめられたので、「バカは無いだろう…」と困り顔で返した。


「バカでしょバカ。絶対にバカ。情報は一応ホントだけど、私、この後逃げるつもりだったし」


そう言って、少女は両手を見せた。

拘束具は地面に落ちており、その手には何の障害も無い。


「なっ!?」


ロープを持っていた兵士が驚き、私も驚いて、一歩を下がる。


「だけどその間抜け面を見てたら、何か逃げるのが馬鹿らしくなって来た…こんな悪女を信じたあんたが気の毒って言うか、可哀想でさ…」


言った後に少女は立って、右手を自身の左肩に当てた。


「この服のお礼……って訳じゃないけど、少しだけあんた達に協力してあげるよ。ホント、一回だけの少しだけ…だから、こっちの事は任せて置いて」


そして、私にそう言った後に、不器用な笑顔を作って見せたのだ。

私はそれに苦笑いで応え、


「そ、それは助かるが構わないのか…?バグダルの怒りは相当だと思うが…?」


と言った。

少女はそれに「別に」と答え、


「あいつ、人の親切とかがわかんない奴だから、そろそろ限界だと思ってたのよね」


と、更に言って「ふっ」と笑った。


「そういう事なら、是非にも頼む。皆を助けてやってくれ」


その言葉には少女は「分かった」と言い、戦場に向かって歩き出した。


「あ、私はフミル。あんたの名前は?」


途中で止まり、フミルが聞いてくる。


「イアン・フォードレードだ」


それにはフルネームで答えを返すと、「そっか」と言って歩いて行った。


「先生、ゲートは開いてますよ…」


レーナの言葉に「ああ!」と言う。

なんだか少し怒っているので、理由は分からないが「すまん!」と謝った。


謝られたレーナは「いえ…」と一言。

それ以上言わずにゲートに入る。


「やっちゃいましたねー」


と、クラスが言って、レーナの後ろに続いて消えた。


「どういう事ですか?」


ドリアードに聞くも、彼女は「さぁ…?」と疑問の表情。

答えが分からない私は続き、ゲートの中に足を踏み入れた。


いつものように意識が薄れ、数秒後には別の場所に立っている。


「動くな!!」


と、直後に槍を突き付けられ、私は茫然とその槍を眺めた。




古木の周囲には数十人の人間達が立っていた。

皆、赤色の鎧で武装し、槍を突き付けて包囲をしている。


先にこちらにやってきていたレーナとクラスは両手を上げており、今現在は武器を取られて、納得の行かない顔で彼らを見ていた。


「おい!両手を上げろ!」


誰かの言葉に両手を上げる。


すぐにも一人が近付いて来て、私の下げていた剣を奪った。


「私達はトルケ共和国…いえ、旧トルケ共和国でロイヤルガード(近衛)をしていた者です。バグダル陛下のご命令により、あなた達を待って居ました。どうぞ、抵抗せず私達に従い、陛下の下までご同行下さいますよう」


兵士の中の一人が言った。

兜のせいで顔は見えないが、声から察するに割と年長だ。


理解が出来ず、黙って居ると、その男が「ご返答は?」と更に聞いて来た。


「バグダルはここに来る事を…?」


どうにか言うと、男は考え、


「ここ、と特定はしていなかったのでしょう。各地に我々を散らせております。来る事自体は予測をしていたと、小官は推測しておりますが」


と、一応の答えを教えてくれた。


「(たいしたものだ…)」


言葉にはせずそう思う。

或いは疑り深いだけかもしれないが、この徹底ぶりは称賛に値する。


「して、答えは?」


男の言葉には「従います」と言う。

実際、こんな状況ではそうする以外に道は無い。


レーナもクラスも黙って居たが、そうするしか無いと思っていたはずだ。


「それでは申し訳ないが、緊縛させて頂く」


男が言って、「おい」と言う。


「はっ!」


それには兵士の数人が応え、私達の体をロープで縛った。


「ここに居たドリアードはどうしたのですか?」


その質問には男は「さぁ」と言い、「小官達が着いた頃には、ここには誰も居ませんでした」と、本心らしい言葉を続けた。


「(誰かに捕まったのか、それとも逃げたのか…後者である事を祈りたいが…)」


思った直後にロープを引っ張られ、私達は彼らに連行される。


向かった先はラーズ公国の首都であるはずのイルムライドで、壮絶な戦いがあったばかりの陰惨な光景を目に入れながら、私達は王宮へと連れられたのである。




「久方ぶりの対面だ。どういう形であれ、健勝は何より」


バグダルは玉座についていた。

本来ならばこの国の王か、王女が座る場所である。

そこで足を組んで座っており、両指を合わせて回しながら、私達の事を見下ろしてきた。


周囲の兵はロイヤルガードと言う、赤い鎧の面々で、バグダルのすぐ横には虚ろな表情のマジェロが茫然とつっ立っていた。

これは確実に操られており、私達の事に気付く様子は無い。


「これには苦労させられたよ」


視線に気付いたバグダルが言い、笑いながらにマジェロの腕を持つ。

そして、マジェロに背中を向けさせて、そこに貼られた符を見せるのだ。


枚数としては10枚以上。

「びっしり」と背中に貼られてある。


それを見たレーナが「酷い…」と言ったが、バグダルはそれにも満足そうだった。


「正攻法が通じなかったのでね。こういう手段を取らせて貰った。何、きちんと餌はやっている。ワームでは無く、色々とだが」


言ったバグダルが「ククク」と笑う。

別命が無い為かマジェロは動かず、背中を見せたままである。


僅かの親交があっただけだが、それには私は憐れみを通り越し、バグダルに対する怒りすら感じた。


「もはや最後の一手は打った。後は結果を待つだけだ。時間潰しという訳では無いが、良いタイミングで来た君達と、色々と話がしたくてね。付き合ってくれるとありがたいのだが?」


そんな私の気持ちに気付かず、「にやにや」しながらバグダルが言った。

正直、その顔を殴ってやりたいが、この状況ではそうもできない。

良い機会だ、と、考えを変え、私は色々と聞いてみる事にする。


「聞いて良いのなら色々と聞きたいが」


言うと、バグダルは「どうぞ」と返す。

わざとらしく右手を見せて、紳士的な対応である。


「では、なぜ戦争を始めた?まず第一にそれを聞きたい」


私の言葉に「良いだろう」と返し、バグダルは玉座に深々とつく。

それから「飲み物を」と、兵士に伝え、それを待つ間に話し出した。


「戦争を始める少し前まで、私はただの研究者だった。と言うよりは一族が研究してきたモノを、強制的に受け継がされただけだ。それが君達も知っているコレにもついている魔物の符と言うモノだ。まだまだ改良の余地はあるが、私の代で一応の完成を見た。だからその力の程が知りたくて、戦争という手段に出ただけの事だ」


暫くの間は呆気にとられた。

それでは幼い子供と同じだ。


いや、大人にも居るかもしれないが、良い剣が手に入ったからといって、辻斬りをする大人はそう居ない。


「それでは…力を試したかっただけですか…?」


クラスがようやく聞いたそれが、私とレーナの考えでもある。


聞かれたバグダルは「それでは何か?」と、首を傾げて不思議そうにしており、心底、本当に試したいから、戦争を起こしたという事が決定的になったのである。


「そんな事で沢山の人が…先生のお父さんだって、そんな事に巻き込まれて…」


レーナが言って床を見る。

次の瞬間には飛びかかって行きそうだったので、「レーナ」と言って気を鎮めさせた。


「他には何か?」


親指を回してバグダルが聞いてくる。


「ア連に…いや、先年の戦争に力を貸したという噂は?」


これにはバグダルは「ああ」と言い、「そういう事もあったかな」と続ける。


「半魔とやらがどこまで出来るのか、後学の為に見て置きたくてね。世間知らずのお姫様にしては、良く頑張った方だと私は思うよ」


それから言って、「ははは」と笑うので、私は思わず立ち上がりかけた。


「おい!大人しくしろ!」


が、兵士に押さえつけられ、強制的に元に戻される。

それを見たバグダルが「他には?」と言ったので、少し考えてからドリアードの事を聞いた。


「あれは素晴らしい移動手段だ。心配しなくても殺しはしない。今はある機関に監禁拘束し、紳士的な説得を続けている所だ」


いやらしく笑ってバグダルが言う。

その笑いには寒気を覚え、ドリアード達の現状に不安する。

レーナとクラスも察したのだろう、その顔には明らかに怒りが現れて居た。


「他にはあるかな?無ければ私からの質問になるが」


あるにはあるが多すぎて、どこから聞けば良いのかが分からない。

迷っているとバグダルは「ない」と判断したのであろう、自分の質問を投げかけて来た。


「今からでも遅くない。いや、今だからこそ君達に聞こう。私に力を貸すつもりは無いかな?」


それには即座に「誰が!」と返す。

レーナとクラスも「お断りします」と、それぞれの速度で言葉を返した。

聞いたバグダルは「そうか」と一声。


「全てを聞いてしまった以上、服従か死かしか選択肢は無い。時間はまだある。考えたまえ」


続けて言って右手を動かし、私達を兵士に連行させた。

私達は城の地下牢に連れられ、三人別々に牢に入れられる。


それから半日から1日が経ち、私達が流石に諦めかけた頃、思わぬ助っ人が地下牢に姿を現して来たのである。




「おい、飯だぞ」


牢の前には兵士が立っていた。

一切れのパンとスープが乗ったトレーを両手に持っている。


「どうも…」


と返すとそれを置き、中へと入れて去って行った。

兵士は同様にそれを持ち、レーナとクラスの牢にも向かう。

それらを置いた後に「ん?」と言ったので、私は牢屋の外を見た。


「ニャァ~」


そこには一匹の三毛猫が居た。

兵士を見上げて「じっ」と見ている。


この瞬間に私は「まさか!?」と、スプーンを落としてそれを凝視した。


「おいおい、迷子か?出口はあっちだぞ?」


兵士が言ってその場に屈む。

猫はその隙に後ろに回り、「ウニャア!!」と叫んで宙に飛んだ。


「ケットシーファイナルダイナマイトキック!!!」


そして、ケットシーへと姿を変えて、兵士の後頭部を空中から狙う。


「いて…」


が、さしたるダメージは無く、兵士は少し揺れただけだった。


「あ、あれ、おかしいニャァ…」


ケットシー、つまりウルが怯み、汗を拭って一歩を下がる。


「なんだ貴様?!奴らの仲間か!?」


そこで兵士も異常に気付き、剣を引き抜いてウルに向かった。


「剣での勝負かニャァ!負けないニャよ!」


剣を抜いてそれを受け、巧みに回して兵士の剣を取る。


「何だコイツ!?」


と、兵士が驚き、


「何だ?!」

「どうした?!」


と、兵士が増えて来た。


その数10人。


一匹のウルには流石に勝ち目が無い数である。


「アウッ!!無理っ!無理ニャア!!」


あっという間にウルは押しきられ、兵士の一人に「むんず」と掴まれる。


「暴力反対!服従のポーズ♡こんニャにも無抵抗なニャンコはいニャいニャァ♡」


と、武器を離して言い訳したが、ウルは兵士に掴まれたまま、一方的にボコられていった。


「あっ!?」

「こいつ!?」


が、その隙にウルは兵士から、牢屋の鍵を「スチャッ」と奪う。


「肉を切らせて骨を断つ!ワガハイの犠牲を無駄にするなだニャァア!!」


そして、そう言ってその鍵をレーナの牢に投げたのである。

レーナはそれを足で持ち、蹴り上げた後に両手で持った。

それから素早く牢屋を開けて、ウルの救助に向かって行った。


「わぷっ!?」

「つええ!?」


10人ばかりの兵士達は、レーナによって瞬時に倒され、私とクラスの牢屋も開けられて、拘束具は剣で破壊された。


「無事だったようで何よりだニャァ…」


青あざだらけのウルが言い、私達が「ありがとう…」と、引きつつ感謝する。


「騎士団長と副長も捕まってるニャァ。助けて協力をお願いするニャァ」


これには「ああ」とすぐに言い、ウルの先導で牢屋を進む。


「おぉ!イアン殿!」

「なんと…」


二人は横隣の牢に入れられ、床を見つめて放心していた。

だが、私達の姿に気付き、ウォードとジークは立ち上がったのである。


「申し訳ない…不甲斐ない限りだ…」


騎士団長のウォードが言って、牢屋の檻に頭をぶつける。

一方のジークも「申し訳ない」とは言ったが、流石に頭はぶつけなかった。


「我々がここを抜け出した事を知れば、立ち上がる騎士も多く居りましょう。反撃のチャンスは今ですぞ!」


牢から出て来たウォードが言って、ジークが「ですね」とそれに同意する。

私達もこれに便乗する事にして、二人と共に地上を目指した。


「なっ!?」


出口の兵士は一瞬で倒され、ウォードとジークに剣が回る。

やがて地上に出て来た後に、右手の王宮を目指して走った。


「援軍を呼んでくるだニャァ!」


これはウルで、聞くより早く、姿を変えて街へと走る。


「脱走だ!!脱走だぞー!!!」


直後には赤鎧の兵士に気付かれ、敵が「わらわら」と姿を見せて来た。


「ラーズ公国の騎士達よ!国の興亡はこの一戦にあり!まだ戦いには負けてはいないッ!我が元に集い、底力を見せよ!!」


ウォードが叫び、敵に切りかかる。


「団長につづけぇぇえ!!」


と、ジークが言って、どこからか少しずつ味方が現れて来た。


「イアン殿は先に行ってくれ!我々もすぐに後ろに続く!元近衛の実力の程、しかと拝見させて頂きますぞぉ!!」


敵を斬り、蹴り飛ばしつつ、ウォードが私に言って来た。

100%コネでした!とは、言えない状況だったので、それには「はぁ」と短く返す。


「行きましょう先生!」


レーナの言葉に「ああ」と言う。

ここまで来たらもうやるしかない。


私は改めて覚悟を決めて、レーナとクラスと共に走った。




入口に立っていた兵士を倒し、玉座の間に乗り込んだ時、バグダルは窓の付近に立って、宮内の喧騒を眺めていた。


護衛の者はマジェロ一人。

後方に立って「ぼうっ」としている。

バグダルは私達の侵入に気付き、「恐ろしいものだ」とまずは言った。


「力とは純粋な力だけでは無い。影響力というものも指す。その点では君はとても恐ろしい。私が警戒したのはそこなのだ」


そう言いながら数歩を歩き、玉座の前で立ち止まる。


「それで、答えは変わらないのかね?」


その言葉には「変わる訳がない…」と言う。

レーナもクラスもそれに頷き、バグダルは「そうか」と短く答えた。


「ならば、血を流し合おう。時にそれは会話より有効だ」


そして、右手に杖を召喚し、マジェロに向かって「やれ」と言った。

言われたマジェロの両目が光り、咆哮を上げて飛んでくる。


「先生は後ろに!」


と、レーナが飛び出し、躊躇した後に剣を振った。

当然、そんな攻撃は当たらず、マジェロは屈んでそれをかわす。


それから右下から鉤爪を繰り出し、かわしたレーナのドレスを裂いた。


「彼は彼女が気に入ったらしい。私達は私達で盛り上がろうか!」


バグダルが言って雷撃を放つ。

川の濁流のようなそれが、枝分かれをしながら飛びついてくる。


「くっ!!」


柱に隠れてなんとかかわし、カウンターで火球を生み出す。

それらはバグダルの脇を過ぎ、ラーズ公国のタペストリーを燃やした。


「実に愉快!なんたる皮肉!」


続く攻撃は真空の鎌。

私が隠れていた柱が切れて、物音をたてながら崩れ去って行く。


「うおおおお!」


そこでクラスがバグダルに到達し、飛びかかりざまに斬りかかったが、これはバグダルの障壁に防がれて、壁に吹き飛ばされる結果となった。


その隙に連続して魔法を放つも、それらは全て障壁に防がれる。


「はっはっはっ!」


一瞬後には杖を振り上げ、バグダルは床に地走りを作り出した。


「どわっ!!」


危うい所でそれを避け、避けた拍子に後ろに転ぶ。

そこに繰り出された炎の球は、レーナが遠方から相殺してくれた。


「きゃあっ!」


その為、レーナは一瞬無防備になり、マジェロの攻撃を受けて吹き飛ぶ。


しかし、吹き飛んだ先の壁を蹴り、マジェロの頭上から雷撃を放った。


マジェロはそれをまともに受けて、直後には右膝を床につけたが、そのすぐ後に跳躍し、レーナの喉を「がしり」と掴んだ。


そして、そのまま天井に直撃し、レーナと共に更に上昇。

崩れ落ちて来た残骸の中に、レーナの体を叩きつけた。


その衝撃で床が落ち、レーナとマジェロが階下に落ちる。


「レーナ!!」


と、私が叫んだ直後に、バグダルの魔力にクラスが捕まった。


「ぐああああっ!!」


杖を振り、クラスの体を上下の壁に叩きつける。

やがて、それに飽きたのだろう、バグダルは「ぽい」とクラスを投げ捨てた。


「がはっ!」


壁にぶつかり、剣を落とす。

クラスはそのまま「ぐったり」として、指先すらも動かさなくなった。


その時にはマジェロも戻って来ており、「フシュゥゥ…」と言いながら私を見ていた。


「ここまでかな?」


と、バグダルが言い、バグダルの後方の壁が吹き飛んだ。


「ラーシャス!!」


現れたのはラーシャスだった。

竜形態で姿を現し、王宮の外からの攻撃である。


「なっ!?」


気付いたバグダルを右手に掴み、高温のブレスを一気に吐きつける。

しかし、バグダルは障壁で耐え、「マジェロ!」と、攻撃の命令をした。


マジェロは直後に身を輝かせ、竜形態になりながらラーシャスに飛びつく。


その事によりラーシャスは、バグダルを捉えていた右手を離した。

二人はそのまま中庭に落ち、建物を壊しながらの死闘を始める。


「思わぬイレギュラーだ。ひやっとはしたがね」


バグダルはそれを一瞥した後に、私の方へと顔を向けた。

レーナが這いあがって来たのはその時で、クラスが剣を握ったのもその時。


「助けにきたニャァ!!」


と、ウルが現れて「…お邪魔しました」と言って去ったのも、その直後の出来事だった。


「先生…一斉に攻撃をしかけましょう…わたしがクラスさんに合わせます…先生はその後に続いて下さい…」


レーナの声に「ああ」と言う。

「大丈夫か?」という続く言葉にはレーナは何も返さなかった。


「さて、そろそろ仕舞いと行くかな?」


杖を構えてバグダルが言う。

その先には暗黒の輝きが生まれる。


「はあああああっ!!」


バグダルの右からクラスが走り、


「やあああっ!!」


前方からレーナが走る。


「うおおおおっ!!」


それに遅れて右前方から、私が魔法を撃ちつつ走った。


「それが最後の足掻きかねぇぇぇ!」


バグダルが杖を振り、暗黒の波がクラスを襲う。


「クソッ…ロニア…っ!!!」


クラスの剣は直後に折れて、膝を折って前のめりに倒れた。


バグダルは続き、反対の手で魔力の塊を連続して放出。

半円を描いて走るレーナを追うようにしてそれを打ち付けた。


だが、レーナは全てをかわし、最後に飛んでバグダルを強襲。

両手で剣を「がっちり」と持ち、体重を乗せて障壁に突き刺した。


「レディがそんな事をしてはいけないな…それともなにかね、見せたいのか

ね?」


バグダルが「ふはは」と笑う。


角度的にはスカートの下なので、レーナの下着が見えているのだろう。

その時には私もバグダルに到達し、横合いから障壁に剣を突き刺す。


だが、それでも奴の障壁にはヒビ一つ入って居なかった。


「…仲良くあの世に行きたまえ。これが私の最後の手向けだよ」


真顔になってバグダルが言う。

そのすぐ後に障壁が広がり、私とレーナの体を呑み込んだ。




「ぐああああっ!!」

「ああああっ…!!」


凄まじい力で体が押される。

宛ら水圧に潰されるように、目が飛び出るような感覚になる。


体中が「メキメキ」と鳴り、握って居られずに剣を落とす。

倒れる事も、立つ事も出来ず、バグダルの魔法に翻弄されて、その中で悶える事しか出来なかった。


「もう駄目だ…」


そう思った時、体に不意に自由が戻る。


「ぐあっ!!」


落ちて来たレーナが体に当たり、折り重なるようにして二人で倒れた。


どういう事だと周囲を見ると、ラーシャスとマジェロがバグダルを掴んでいた。

それは障壁越しではあるが、二人がかりで「がっちり」とバグダルの体を捉えていたのだ。


「ど、どういう事だ!?マジェロ!どうした!?」

「どういう事だもクソもあるかよ…!随分とオモチャにしてくれたな…!この借りはきっちりと返してもらうぜ!!」


バグダルが言って、マジェロが返す。


「良かった…うまく行った…」


と、レーナが言ったので、先の、レーナとの戦いで、何かがあったのだと私は察した。


「生きているか先生!そいつを使え!」


頭上から声がして、何かが「ガラン」とこの場に落ちる。

落ちて来たものは我が家にあるはずの、ガルガンチュアのプロトタイプだ。


見上げると、傷だらけのフォーリスが飛んでおり、部下と共に王宮周辺の制空権を確保していた。


北への侵攻がうまく行ったのか、それとも独断の行動なのか。


その辺りの事は分からなかったが、私は最後の気力を振り絞り、レーナを避けてガルガンチュアを握った。


「やれ!私達の事は気にするな!!」

「そんなんじゃ俺達は死にはしねぇ!」


ラーシャスが言い、マジェロが続く。

バグダルは少し怯えた顔で、「冗談はよしたまえ…」と私に言った。


「冗談ではあるか…お前のやってきた事が、冗談で済まされる事だと思うのかぁぁあ!!」


そう答え、走り出す。


「よせ!やめろ!」


と、バグダルは言ったが、それに構わずガルガンチュアを突き刺した。


「うああああああああ!!!」


力の限りにねじ込んで、気合の声でスイッチを押す。

噴煙を吐き出したガルガンチュアは、「メキメキ」と音を立てて進んで行った。


「ひっ…!!?」


障壁が割れ、バグダルの顔が、下から一瞬照らされる。


直後にはそこから大爆発が起き、バグダルは王宮の外へと吹き飛んだ。

爆風により私は吹き飛び、柱に強く体をぶつける。


「フ…フフフ…」


ラーシャスが笑ってずり落ちて行き、


「腹減ったなぁ…」


マジェロも遅れて下に落ちる。


痛みの為に動けない私は、小さな声で二人の名を呼んだ。




それから2日後。


私とレーナは、王宮の一室で患者を診ていた。


以前の名をバグダルと言う、記憶を失った患者である。


バグダルは命は取り留めたのだが、落下の際に頭を打った。

そのせいかなんなのかははっきりしないが、記憶を失ってしまったのである。


ア連とラーズ公国の兵士には「殺せ」という声が多かったらしい。

私も親父を失った身として、それは大いに理解が出来る。


だが、ア連のリーダーとティーエはそれを良しとはしなかった。

彼を「バグダルとして」利用して、こちらに有利な条件で停戦しようと考えたのだ。


ここで彼を殺しても、大陸の騒乱はすぐには収まらない。

ならば、彼に適当な事を吹き込み、戦争はしないと誓わせるなりして、国を返上してもらった方が解決への早道と踏んだ訳である。


元、バグダルの彼は承知し、不平等な条約にも抵抗せずサインした。


北ディザンの返上、無法地帯の譲渡。

ラーズ公国とア連に対しての軍事行動の永遠の放棄。


大陸の殆どを支配していた国が、どう言う訳かの超弱腰だ。


だが、これにサインをしたという事は、本当に記憶が無い証拠であり、彼には今後も監視がつくが、本当の記憶が戻らない限りは余生を送っていける事だろう。


兎にも角にもこの事により、大陸には平和が戻って来たのだ。


「おい、酒は無いのか酒は。少しで良いから飲ませてくれ」


これはもう一人の患者であるラーシャスが発したものである。


「ワーム食わせろワーム!俺はもう治ってんだよ!!」


こちらはマジェロ。

二人とも全身包帯巻きの状態だ。


「ははは…」


それを見て笑うクラスも同様で、そのすぐ後には顔を歪めた。


ちなみにマジェロはレーナの魔法で、(壁に飛ばされた後の)背中の符を焼かれたらしく、ラーシャスとの戦闘でそれが剥がれて元の人格を取り戻せたらしい。


あれが無ければ全滅だったのだから、まさにレーナの機転と言えよう。


「まぁ、もう少しじっとしていろ。じきに我が家にも帰れるようになるさ」


二人に言って、自身も思う。

じきに我が家に帰れるようになると。

長い長い戦いだったが、ようやくそれは終わりを告げたのだと。

今は懐かしいあの生活に戻れる日はもうすぐそこなのだと。


だが、その前に私には済ませておかねばならない事がある。

それは、まぁ、所謂ところの……告白、というものであった。


これにて長き戦いも決着。

後はほんわかと最終回に向かいます。

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