失ってはならないもの
九月の終盤に差し掛かった頃、アブディクル帝国に動きが見られた。
かつての南ディザンを放棄し、本国へと兵を退き始めたのだ。
明らかに不審な行動だったが、旧ディザン王国の家臣達は、千載一遇のチャンスと判断。
ア連のリーダーとティーエに具申し、南ディザンの解放を願い出た。
民意的にも、士気的にも、これを無視する事は出来ず、二人は彼らの願いを受諾し、南ディザンを解放する為の、作戦と準備に入ったのである。
私が会議に呼ばれたのは、そんなある日の午後の事。
場所は旧ディザンの首都である、レンデホルツの王宮だった。
会議の間にはラーシャスの他、ティーエとリーダーの姿が見られ、顔に仮面こそつけているが、以前の戦争でも幹部であった、半人半魔の4人も見えた。
その中には当然キーンも入っており、彼は「どうも」と言ってきたが、半分天使の青年に突かれて「初めまして…」と言葉を変えた。
「ああ…どうも…初めまして…」
言うと、彼らは全員苦笑し、その上で各々が「初めまして」と言ってくる。
「初めまして…」
一応、それに答えていると、キーンを突いた本人が、「面倒だよね」等と口にし、聞いたキーンは「じゃあなんで突いた!?」と言わんばかりの顔で青年を見た。
「挨拶が終わったら座って下さいな。お呼びした理由をお話しますわ」
これはティーエが言ったもので、言った後に丸テーブルの14時辺りに立ち上がった。
挨拶自体は終わっていたので、「はぁ」と返して椅子につく。
大体19時辺りに座り、4人の幹部がそこから右に、順々に腰を下ろして行った。
彼らの一番右がリーダーで、私の左がラーシャスである。
それらを私が確認した頃、「よろしいかしら?」とティーエは聞いて来た。
「ええ。お願いします」
言うと、ティーエは頷いた後に、テーブルに手をついて話し出した。
「まず、先に言って置きますと、南ディザンは解放致しません。というか、するだけの兵力がありません。無理に支配地を拡大してしまっては、兵力の分散に繋がるだけです。アブディクル帝国にそこを突かれれば、あっという間に壊滅でしょう。なので、次の作戦は、ディザン王国の旧臣及び、国民達に南ディザンを取り戻すように見せかける作戦となります」
その言葉には何とも言えず、私はただ、目を大きくした。
道義上どうかと思うが、現実問題そうなるとは分かる。
だが、これがラーシャスなら兎も角、国の王女が言ったものならば、重臣でも無く騎士でも無い私には「そうですね」とも、「それはちょっと」とも、口出しする権利はそもそも無かった。
「そして、その作戦の一方で、荒地の尖塔破壊作戦を実施します。こちら側にはティッシュ係……じゃない…イアンさんにもご協力していただく予定です」
ティーエは慌てて言い直したが、そこの部分には全員が「ティッシュ係…?」と疑問をしていた。
「…言い間違いですわ。お気になさらず」
ティーエが言って、皆を黙らせる。
「ご協力していただけるかしら?」
その後に顔を向けて聞いてきたので、「それは無論です」と言う言葉を返す。
「助かりますわ」
ティーエが言って「にこり」と微笑む。
「実質上、この作戦が、現時点で最後の作戦となります。塔を破壊し、不利を消した後には国力の再生に努めます。そもそもが防衛作戦であった事を思えば、これは仕方が無い事なんですの」
表情を変えてティーエが言って、聞いたリーダーと幹部達が頷く。
ラーズ公国を死守する事が元々の作戦であったのだから、確かにティーエの言う事は、私の頭でも理解は出来た。
「無論、この事は口外なさらずに。ディザン王国の旧臣の方々は、アブディクル帝国の本土まで攻め込めと仰って来ている現状ですので」
これには呆れた数人が、「はぁー…」と言って首を振る。
私もそれに同感である。
私であっても無理だと分かるのに、故国を踏み躙られた屈辱だろうか、彼らは判断力が低下しているらしい。
だが、だからと言って「無理でしょ…」と言えば、士気や民意に関わる訳なので、結果としては彼らには黙って居るしか無いという訳だ。
「それでは以降はお願いいたします」
ティーエが言って、席に着く。
代わりに立ったのはア連のリーダーで、ここからは作戦の説明が始まった。
「先に王女が話してくれましたが、南進作戦は本気ではありません。荒地の尖塔の破壊こそが、今作戦の本当の狙いです。その為には第一に、無法地帯に駐留している敵をこちらに引き摺り出す必要があります」
リーダーはそう言って指揮棒を取り出した。
その上でキーンに地図を広げて貰い、指揮棒を伸ばしてレンデホルツ(ここ)を指さす。
「まず、ほぼ、全兵力を以て、南ディザンの解放を目指します。勿論、これは陽動ですが、アブディクル帝国軍には進軍と映るでしょう。そうなると無法地帯に駐留している敵が攻めて来る可能性が非常に高いです」
それから南に棒を動かし、無法地帯からここに動かした。
「我々はこれを確認した後に、兵を退いてここで迎撃。その隙に空中から部隊を送り込み、後方の塔を破壊します」
首都から動いた指揮棒は、ファンドの村の手前で停止。
そこで半円を描いた後に、一直線に塔へと飛んだ。
「アブディクル帝国が兵を退いた理由は、おそらく南進を誘発する為です。私達はそれにかかったフリをして、逆にあちらをおびき出す訳です。無論、敵が南進にかからず、兵を進めて来ない事もあり得ます。その時には作戦は無駄になりますが、何らかの理由をこじつけて撤退するのが良いでしょう」
指揮棒を縮めてリーダーが座る。
「何か質問は?」
と、ティーエが言ったので、私はおずおずと右手を上げた。
「何ですの?」
許可を得た上で「その…」と言う。
「空中から部隊を送り込むと言う事ですが、具体的にはどのようにして…?」
聞くと、ラーシャスが「ふふふ」と笑った。
「今回は私も参加する。つまり、私の背中に乗るのだ」
それから答えを出してくれたので、「そうか…」と返して苦笑いをする。
「(だったら大丈夫だな)」
と、安心していると、リーダーが「ですが」と声を発した。
何かと思って顔を向けると、開けていた口を一旦閉ざす。
「…前回の戦いでの死傷者が多く、今回の作戦の参加人数が少なめです。作戦行動はより迅速に、確実に行う必要があります。もし、それに失敗した時は、最悪、全滅の可能性もあるでしょう」
それから改めてそう言って、仮面の奥の両目を瞑った。
「要するに超ヤベーってコトさ」
半分天使の青年が言い、半分メデューサの女性が叩く。
「だが、俺達もついて行く。心配するな。なんとかなるさ」
これはワータイガーの男の言葉で、一応それには「ですね…」と返した。
「良いですか?」
これはキーンで、右手を上げて、二人に発言の許可を求める。
「どうぞ」
と言ったのはティーエであり、リーダーも別に不満は無さそうだ。
「空中からの突入と言うのは、私には少々危険な気がします。彼らはイグニス国を押さえ、飛竜を大量に擁しています。国境にそれを配備している可能性は、していない可能性より高いと思われます。ラーシャス氏本人は兎も角として、その背に乗る者には脅威と言えるでしょう。ここの部分をもう一度、検討するべきかと私は思います」
その言葉には全員が黙る。
他の者達の理由は不明だが、私個人は「良く言うな…」と、キーンの度胸にビビっていたからだ。
「確かに…一理ありますわね」
しかし、そこには一理があった為に、少し経ってからティーエが言った。
「ひとたび知られれば格好の的、か…」
続くリーダーもそう言って、口に手を当てて考え込んだ。
「そういうオッサンには良い案あんの?」
「いいえ?」
半分天使の青年が言い、キーンが「さらり」と答えを返す。
聞いた青年は「言うだけかよ」と、若干呆れているようだった。
「だったら下から行きゃ良いじゃねぇか。木から山に、山から谷によ?そんなこたぁ誰でも出来るだろ?」
これはワータイガーの男の言葉で、それには半分メデューサの女性が「そんな事出来るのはあんただけでしょ…」と、抗議をした上でジト目で見ていた。
結局の所、この日の会議では、それに代わる良案は出ず、取り敢えずそこは保留としておいて、作戦自体は決定された。
「何か良い案が浮かんだら、私か王女に伝えて下さい。その際はくれぐれも周囲の目には気を付けて」
最終的にはリーダーのその言葉で解散となり、帰ろうとした私はラーシャスに捕まり、酒場へと連行されるのである。
私とレーナはラーシャスに付き合い、街の酒場でジュースを飲んでいた。
真昼間という時間ゆえに、他の客の姿は見えず、本来は開店準備中なのだろう、マスターは一人で床磨きをしていた。
ラーシャス曰く、「行きつけの店」らしいが、来た瞬間はマスターは困惑し、「準備中だよ…」とまずは言った。
だが、ラーシャスが「困ったな」と言うと、「ラーちゃんの我儘にも困ったもんだ♡」と言い、店を開いてくれたのである。
正体を知ればさぞや驚き、そして、絶望するとは思うが、私とレーナはそれを言わず、マスターの夢を守る事にした。
現在、私達は店のど真ん中に居座り、ラーシャスの飲食を放置して話している。
ラーシャスが右手、正面がレーナと言うような構図である。
成り行きを聞いたレーナは「うーん…」と言い、少しの間考え込んだ。
それから「ゲートは開くんですよね?」と聞き、私の「おそらく」と言う返事を聞いた後に、自分の考えを話し出した。
「ゲート自体が開くのでしたら、使わせてもらったらどうでしょうか?つまり、空中からでは無くて、ゲートを使った奇襲作戦です。どこから出てくるか分からないのに、兵を置いて居るとは思えませんし、例えば置いて居たとしても、そんなに大部隊では無いかなと思います。ゲート通過後にこれを排除して、本隊の作戦開始まで待って居れば、空から突入するよりも隠密性は高まるのでは無いでしょうか?」
確かにそうだ。
と、私は思うが、賛同できない理由があった。
ドリアードゲートのそういう利用法は、私がずっと懸念していた事だからだ。
言い換えれば、そういう利用法をさせない為に、人間達には隠して来た訳で、今までの考えをここで曲げて、そういう利用法をするという事に、抵抗があったと言う訳である。
「駄目ですかね…?」
考えていると、レーナが言って、若干悲しげな表情をした。
「そんな事ないさ!」と言ってあげたいが、こればっかりはすぐには言えない。
とりあえずの形で「そうだな…」と言い、考えるという事を継続させる。
「問題はドリアードがどう取るかだな。軍事利用はやめてくれと言うか、それとも仲間を助ける為なら、喜んで力を貸すと言うか。こればっかりは奴らで無ければ、想像する事自体が無駄だ。ましてや、その利用法について悩む事等は奴らの知能への挑戦だな」
ラーシャスが言ってスルメに噛みつく。
ドリアードにはドリアードの考え方があるはずだ。
そこに誰かの思考を挟むのは、彼女達の考え方を意に介さないのと同様だと言うのだ。
「まぁ…確かにその通りだな…」
そうだと思った私が言って、ラーシャスが笑って口を動かす。
「聞くだけ聞きに行って見ますか?」
と、レーナが言ったので、「ああ」と返した。
「という事で行って来ようと思うが、ラーシャスはどうする?ついてくるか?」
それからラーシャスに顔を向ける。
直後には「いや」と言う言葉が返り、「そうか」と言う言葉を返答とした。
「マスターと風呂に入らねばならん」
その言葉には「ぴたり」と止まる。
レーナも目を大きくしている。
「ど、どういう事だ…?」
と、何とか聞くと、ラーシャスは詳細を話してくれた。
「今は金を持って居ないと言ったら、ならば体で払えと言われてな。良く分からんままで言いなりになったら、奴に風呂に連れて行かれた。それから体の洗い合いだ。こう、お互いの体を密着させてな。股間がやたら痒いと言うので、そこだけは念入りに洗わされている。以来、代金はそういう事となった。奴も喜んでくれているらしいし、私もただ酒が飲めて嬉しい。ギブアンドテイクと言うものだな?」
「それは……」
マスターへのギブがハンパ無い。
そんなギブアンドテイクであれば、私であっても大喜びだ。
それは、開店準備中であっても、嬉々としてラーシャスを迎え入れるだろう。
どう言うべきか迷ったが、ラーシャスもこれで幸せそうで、曲がりなりにも成り立っているのなら、口出しするべきでは無いかとも思う。
「(ラーシャスの正体を知って居れば、そんな取引もしないのだろうが…)」
思いながらにラーシャスを見る。
「マスター、すまんがもう一杯貰えるか?」
すると、ラーシャスはマスターを呼び、新たな酒を持って来させた。
「こっちの子も期待して良いの?ジュース一杯しか飲んでないけど?」
レーナを見ながらマスターが言い、「ちゃんと払います!」とレーナがキレた。
「ま、まいど」
とは言ったが、マスターはどこか不満そうではあった。
「念の為に聞くが、嫌では無いんだな?」
それにはラーシャスは「何が?」と答える。
聞いた私は「いや…」と言い、代金を払って酒場を後にした。
「ラーシャスもあれで世間知らずだな…相手のマスターもまさか自分が、古代竜を相手にしている等とは、夢にも思っていないだろうが…」
店を出てからそう言うと、レーナが「ですね…」と言葉を返す。
「でも、もし、そういうコト抜きで好きになっていたら、マスターさんも気の毒ではありますね…ラーシャスさんってそういう事にはものすっっっごく鈍い気がしますし…」
続けたそれには「ああ」と言い、「そもそも恋愛感情なんて無いんじゃないか?」と、憶測の範囲内での言葉を続けた。
「どうなんですかね…でもそうだとしたら、人生の半分は損してますよね」
「ああ、だが、それを言ったら、おそらく同じ事を言われるだろうな。酒の味を知らないお前達は人生の半分を損しているぞ、とな」
レーナが言って、私が答える。
それには二人で「ははは」と笑い、その後にも話をしながら歩いた。
それから3時間後にゲートに到着し、ゲートのドリアードに事情を話す。
「そういう事なら協力させて下さい。でも、私の力では一度に送れるのは6人位が限りです。後は少し経ってからになりますが、それでも良かったらお願いします」
ドリアードはそう言って、協力の意を示してくれた。
しかし、そこには限りがあるようなので、答えは保留にして街へと戻る。
会議の結果、空中からの突入は、ゲートを使うという事に変わり、まずは6人が敵地に潜入し、安全を確保するという事になる。
そして、後にラーシャスが、空中から突入するように見せかけた二段構えの作戦となったのだ。
敵は当然ラーシャスを警戒し、多くの兵をこちらに回すだろう。
その隙に潜入していた奇襲部隊が、塔を破壊すると言う訳だ。
囮となっていたラーシャスは、力を取り戻して敵を打ち破る。
その後に奇襲部隊と合流し、帰還するという流れである。
作戦はそれから五日後の、10月1日に発動された。
殆どの兵が南に向かい、首都をがら空きにしたのである。
だが、これはバグダルが仕掛けた、巧妙かつ卑劣な罠であった。
それが分かるのはもう少し後の事だが、この時の私達はそれを知らず、意気揚々と出撃して行った。
レンデホルツを出る前に、私達はドワーフのホルグと会っていた。
例の、塔の破壊装置であるガルガンチュアを受け取る為だ。
しかし、ホルグは今回はもう一つ別のものを持参していた。
「ほれ、先生さんにもうひとつプレゼントじゃ」
渡されたものは白衣であった。
「今これを渡されても…」
と、言いながらにも受け取ると、少々の重さに腕が下がり、私は驚きの声を発した。
「内側にミスリル糸をびっしり縫い付けとる。少々の攻撃では切り傷ひとつつかん。ただ、打撃には効果は無いで、そこはしっかりと注意をしておけ」
言われた為に「はぁ…」と言う。
着てみると、そこそこ重かったが、移動に不自由が出る程では無い。
それに何より「しっくり」と来る。
これはもう病気のようなものだが、長年付き合ってきた代物だけに、心が不思議に安心するのだ。
「これできちっとした結果が得られれば、普通の服にも応用して行く。先生さんが生きて帰れば、ワシの懐もホックホクという訳よ!」
私を叩いてホルグが笑う。
純粋な好意では無かったようなので、私は「アハハ…」と苦笑いをする。
「ただ、ちょっと目立つよねぇ。っても逆に医院じゃ使えないけど」
言ったのは半分天使の青年。
聞いたホルグは「ンな事ぁ無い!まさかの時には必要になるとも!」と、ホルグブランドの確立に必死だ。
「ちょっと、括り付けを手伝って貰えませんか!?」
とは、フェンリルにガルガンチュアを括り付けているクラスが発した言葉であった。
先行するメンバーは結局は、余裕を見て5人と言う事になり、私とレーナ、クラスにフェンリル、そして、半分天使の青年が偵察役として選出されていた。
後に、半分メデューサの女性と、ワータイガーの男を含む、数十人が続くらしいが、これはドリアードの回復待ちなので、正確な時間は予測できない。
私達の最初の任務は、ゲートの向こうの安全の確保で、それが成った後には待機し、後続を待つ事と決められていた。
「まぁ、頑張って来い。これに勝てれば、しばらくの間は平和にもなるさ」
「ええ、それでは行ってきます」
ホルグが言って、私が答える。
その後に全員がそれぞれ挨拶し、レンデホルツの街を後にした。
3時間程を平和に歩き、ゲートについて開いて貰う。
体の大きいフェンリルが居る為、そのゲートはかなり大きめである。
「どういう状況か分かりません。気をつけて」
ドリアードの言葉に皆が頷く。
「わたしが行きます。先生は後ろに」
最初にゲートに入ろうとしたが、レーナに制されて後ろに回された。
剣を抜いてレーナが入り、姿を消してクラスが続く。
「あ、そうそう、ルーミアが居ない所では、知らないフリはしなくていいよ。分かってるのにメンドクサイでしょ?」
そして、半分天使の青年、レイドが言って後に続いた。
フェンリルは無言でゲートに入り、私もようやく最後に続く。
いつもの調子で意識が薄くなり、回復した時には喧騒が聞こえた。
古木の周りでは魔物達と、レーナ達がすでに戦っていたのだ。
その数はおよそで30ばかり。
大多数がゴブリンだったが、中にはダークエルフの姿も見えた。
言えば、エルフの悪者版だが、絶対の悪という訳では無い。
基本的には人間と同様、あくまで中立の存在である。
おそらく彼らなりの考えの上で、バグダルの味方をしているのだろう。
兎にも角にも武器を持ち、その上で私は魔法を放った。
何だかんだでこちらの方が得意だし、乱戦に飛び込むのは危険だからだ。
「!?」
そうしていると矢が飛んできて、目前の所でそれは落ちた。
レーナが飛んで、回転切りをして、飛んで来た矢を叩き落としたからだ。
「助かった!!」
と言うとレーナは頷き、屈んだままで敵を斬った。
フェンリルが駆け抜けた場所の敵は、順々にばたばたと倒れて行った。
クラスは地味だが敵を斬り、レイドは空中から魔法を放つ。
残る敵は7人程度。
ダークエルフの一人が逃げ出した事を機に、残りの敵が逃走し始めた。
「逃がしゃしないって!!」
レイドが言って低空で飛ぶ。
ゴブリンの一匹を背後から斬り、ダークエルフの一人を飛び越え、眼前に着地して剣を突きつけた。
残る敵もクラスとレーナ、そして、フェンリルに駆逐され、レイドが剣を突き付けているダークエルフの女だけが、最後の生き残りとなったようだった。
「色々と聞きたい事があるんでね。恨みがあるって訳じゃないし、答えてくれれば後で解放するよ」
それを聞いたダークエルフは、剣を落として両手を上げた。
すぐさまクラスとレーナが動き、その辺りのモノで彼女を縛る。
「さて、それじゃ尋問タイムだ。正直に話してくれるなら、別に何もしないからさ」
そう言った後に彼女を連れて、レイドは古木の近くに戻った。
他の者達もそれに続き、後続を待つ為にも近くで待機する。
「じゃあ最初の質問だ。なぜ、ここで待ち伏せを?」
これには女性は「命令された」と言い、聞いたレイドが「誰に」と返す。
「そこで死んでいる男だ。そいつがこの隊の隊長だった」
女性は言って、顎先で倒れているダークエルフの男を指した。
「あっちゃぁ…」と言う声が聞こえてきそうだが、レイドはその顔を作っただけに留める。
「なら、目的は?」
それには女性は「知らない」と言い、「そいつなら知っていたかもな」と、レイドの残念感を増幅させた。
「あー…参ったな…何も知らないんじゃん…」
剣を収めてレイドがボヤく。
「だったら殺すか?」
と、女性が言ったが、「いや、約束は守るよ」と言葉を返した。
「ここに居たドリアードはどうしたんだ?」
これは私が発した質問で、女性はそれにも「知らない」と言った。
「どこかに連れて行かれたよ。黒いローブの連中に」
だが、続けてそう言ったので、「黒いローブ…?」と、顔を顰めた。
「連絡係みたいなものさ。多分、あれは人間だろうね」
それも質問だと思ったのだろう、女性はそう言って教えてくれる。
黒いローブ、人間、とくれば、思い当たるものは一つしか無いが、確証と言えるものが無かった為に、私は呼称は出さなかった。
「塔の警備はどうなんですか?」
これはクラスが飛ばした質問で、聞いた女性は「塔?」と疑問し、その後に「いや、誰も居ないと思うけど…」と言う、私達にとっての衝撃的事実を話した。
「罠…じゃないよな?嘘とも言うけど」
「そう見えたんならそう取ると良い。でも、あたしは嘘はついてない」
レイドが言って女性が答える。
「誰も居ないならチャンスですけど…」
と、レーナが言った事により、私達は無言で考え込んだ。
「確かめる方法がひとつある」
口を開いたのはフェンリルだった。
独特の声に皆が驚く。
私はその声を知っていたので、「どんな方法だ?」と普通に聞いた。
「そいつを連れて行けば良い。俺の背中に縛りつけてでもな。嘘なら当然拒絶するし、真実であるなら抵抗しないだろう」
その言葉には全員が、それはそうだと納得をする。
その上で見ると、女性は「良いよ」と、自身に溢れた表情だった。
腹黒い私はこれを見ても、それすら罠かと警戒したが、皆がそれを信じたようなので、余計な口出しはしないで置いた。
「で?あんたの名前は?あんたもあんたって呼ばれたくないだろう?」
レイドに言われ、「まあね…」と答える。
その後に女性は「ミト」と名乗り、フェンリルの背中に乗せられる事になった。
それから1時間程を待ち、後続の部隊の殆どが揃う。
この時にはレイドが偵察から戻っており、アブディクル軍の殆どが、東進を開始した事を告げた。
「よし行くか!」
ワータイガーの男改め、マキシマムが拳を左手に打ち付ける。
「奇襲なんだから目立つ事はやめてよ…」
と、メデューサの血が流れる女性、セーラに言われて「分かってらあ」と返した。
「…ねぇ、あの人達なんで仮面なの?」
これはフェンリルの上に居るミトが私に聞いたもので、1から話すと長くなるので、「まぁ、色々と」とだけ短く答えた。
「色々と…ね…変わってるわ」
聞いたミトは一言言って、ため息を吐いてレイドを見ていた。
その目が何となく笑っていたので、私は「おやおや?」と感じたのである。
人の事なら良く分かる、恋の芽生えのアイビーム。
それが確かなものかは不明だが、私は一人で「にやにや」と笑った。
荒地の尖塔の近くには、ミトが言ったように誰も居なかった。
遠目であるので確かとは言えないが、頭上のレイドが何も言わないので、少なくとも現状では見えていないのだろう。
「なんだぁ?これじゃ出て来た意味がねぇな…張り切ってた分肩透かしだ」
マキシマムが言うが、誰も答えない。
まだ、どうなるかが分からない為に、迂闊な事は言わないで居るのだ。
「こんな事ならアレだな。本隊に残って、こっちにゃレイドだけ来させりゃ良かったな」
「名前を出さない!ブツブツ言わない!私はあんたの母親か!」
あまりのうるささにセーラがキレる。
怒られたマキシマムは「わっり」と言って、その後は黙って歩き出した。
40人程の奇襲部隊は、警戒しつつ荒地を進む。
そして、普通に射程距離に入り、呆気にとられて立ち止まるのだ。
「あー…どうします?普通に撃てますが…?」
フェンリルを背に私が言った。
クラスはガルガンチュアを下ろすか否かで、その脇に立って返事を待って居る。
「そりゃあ撃てるんなら撃つべきだろう…なぁ?」
自信が無いのかマキシマムは、言葉の後にセーラを伺う。
伺われたセーラも「そりゃあそうだけど…」と、どこか納得が行かない様子だ。
「ちょっとちょっと!何やってんの!?チャンスをみすみす棒に振るなって!」
これは頭上のレイドの言葉で、「なんかあったらあいつの責任で」と、ようやくマキシマムは許可を出した。
「と、いう事なんで、お願いします」
呆れつつそう言うと、クラスが「はい」と作業を進める。
フェンリルが屈み、ミトが下りる。
「あ、ミトさんは解放で。ご協力ありがとうございましたー」
そこへレイドが降りて来て、ミトの縛めを背後から解いた。
「どうするつもり?こんなもので…?」
手を振りながらミトが聞く。
それにはレイドは「ははっ」と笑い
「興味があるなら見て行けば?」
と、塔を見ながら返事をしていた。
「ぐっ…結構重いですねこれ…」
「ああ、手伝いましょう」
クラスが言って、私が近寄る。
それから角度を作って支え、後はボタンを押すだけとなった。
「なっ…!?」
「きゃっ!?」
地面が大きく揺れ出したのは、その直後の事である。
立って居られず手を離し、ガルガンチュアが地面に落ちる。
そのすぐ後には地面がめくれ、何者かが次々と現れて来た。
その大きさは一体が、7~8メートルはあると言うもの。
全身が荒地の土に包まれる、アースゴーレムと呼ばれる魔物であった。
おそらく数は50以上おり、私達を完全に包囲する形で、こちらの事を見下ろしている。
「ちっ…やっぱり罠か…!」
レイドが言って剣を抜く。
「ち、違う…あたしは騙すつもりは…!」
ミトが言うが、それはもう、意味をなさない言葉であった。
誰もが武器を抜き放ち、それを無視して敵へと向かう。
「ハッハー!やっぱこう来ないとなぁ!!」
そう言ったのはマキシマムで、直後には上半身を虎へと変えた。
塔の上から誰かが飛んで、一体のゴーレムに乗ったのはその時。
「呆気なさ過ぎて笑えないんですけど。あんたらの頭は飾りか何か?」
私達の事を見下して、そう言った後に「はん」と笑う。
それは、いつか鉱山で見たミニスカートの少女であった。
「こんなんじゃあれは必要無いか。って言っても、もう来ちゃったみたいだけど」
そう言いながら遠くを眺める。
そこには土煙を発して迫る、多くの兵の姿が見えた。
ざっと見でもそれは1000人は居り、私達は今更に、完全に罠に落ちた事を知った。
「あたしは違う!ダークエルフだ!こいつらの味方をしていた訳じゃない!」
ミトが言って、一歩を歩く。
だが、少女は「だから?」と言って、「かんけーねーし、勝手にヤレよ」と、ミトを見離して塔へと飛んだ。
ゴーレム達が動き出し、攻撃を仕掛けて来たのは直後。
背後からの援軍も、着々とこちらに迫って来ている。
「先生はガルガンチュアを!」
クラスが言って前に出る。
レーナもクラスの横に立ち、ゴーレム達の接近を防いだ。
「駄目だ、生き物じゃないから石化は通じない…キーンが居ればこんな奴ら、逆に操ってやれるんだけど…!」
代わりに私の横に立ち、魔法を放ってセーラが言った。
私はそれに答えずに、彼女と共に魔法を放つ。
セーラのそれは破壊に至るが、私の魔法は足止め程度。
強くなったとは言えこの程度かと、私は内心で舌打ちをした。
「あんたそれ、使わないの!?」
聞いてきたのはミトだった。
私の剣が気になるようだ。
構えてはいるが使っては居ないので、それには短く「ああ!」と答える。
「だったら貸して!あたしも戦うわ!」
すると、ミトは剣を取り、私達の敵に立ち向かって行った。
どうやら少女のあの態度に、自身の方針を転向させたらしい。
とは言え、こちらは圧倒的に不利。
奴らの援軍も間近に迫り、「ここまでか…」と、私は覚悟を決めた。
敵の援軍約1000に、矢の雨が降り注いだのはその時の事。
「何だあれは!?」
と、誰かが言った方を見ると、多数の騎馬兵が駆け寄って来ていた。
それは良く見ると騎馬兵では無く、弓を構えたケンタウロス達で、走りながらも矢を撃ちつけて、敵兵の前進をそこで食い止めた。
矢の雨は更に降り注ぎ、敵の右翼を一気に崩す。
今度のそれは私達の右方向から撃たれたもので、林の木々の枝の上には、数百人のエルフが見えた。
「大丈夫ですか先生!今更ですが、私達も戦いに加わります!」
現れたのはなんとアリウで、言った直後にも攻撃を回避し、ゴーレムの眉間に矢を撃ちつけた。
「なぜここに!!」
魔法を撃ちながら質問すると、アリウは「コッドが!」とまずは言った。
それからゴーレムの腕に乗り、頭に飛び乗って上から貫く。
そして、地面に着地して、
「コッドが死んだと聞きました。一度は共に戦った仲。私ももはや黙って居られません!」
と、矢を放ちながらそう言った。
私は殆ど泣きそうになり、「ありがとう…!」と答えて魔法を撃つ。
思わぬ援軍に敵は瓦解し、味方は大いに奮い立った。
ゴーレム達は次々に倒され、敵の援軍も翻弄されている。
このまま行ける!と、思っていたが、ここで少女が戦場に戻る。
「バグダルのおっさんもテキトーばっか。こんな奴らが来るなんて言ってなかったし…」
そう言いながら鞭を振り、こちらの兵士の頭を飛ばす。
そして、斬りかかって来た兵士の剣を避け、その兵士の体を「どんっ」と押した。
「うわぁあああ!!?」
押された兵士はゴーレムに潰され、その足元に血が滲む。
それを見た少女は「モッロ」と言って、鞭を収めて体を光らせた。
色は紫で、直後には、少女の足元から何かが出て来る。
パッと見は蛇、しかしながら、一本一本が5mはある長大な無数の触手であった。
腰には巨大な犬の顔があり、そこから上は少女のままだ。
が、衣服は破れ切っており、豊かな胸はむき出しになっている。
おそらく、少女はスキュラと言う魔物であったのだと予測され、敵である事を思い出させるように、すぐにもこちらに攻撃してきた。
ゴーレムの合間を抜けた触手が、幾人かの者を口に捕らえる。
「ぐああああっ!!!!?」
捕らわれた者は抵抗したが、「バキバキ」と全身を折られた上で、飲み込まれる事となってしまった。
「先生!危ない!!」
アリウが言って私の背を押す。
直後にそこに触手が通り、アリウはそれに飛び乗った。
そして、続けざまに矢を放ち、触手を「びくり」と痙攣させる。
「おっしゃこいやー!!!」
と、マキシマムが言い、私の目の前を通り過ぎて行った。
どうやらゴーレムの殆どが片付き、いよいよの大詰めにかかったらしい。
今はスキュラはクラスにフェンリル、それに加えて空中のレイド、挙句にマキシマムの参戦により、かなりの苦戦を強いられていた。
レーナも今は3匹のゴーレムと、互角以上の戦いをしている。
「(流石のメンツだ…出る幕は無いな…)」
と、思いながらに魔法を撃った時、私の眼前を矢が通り過ぎた。
方向は右。
塔から見るなら、私達がやってきた方角だ。
つまり、奴らの援軍の誰かが、こちらに向かって矢を放ったのだ。
警戒して見るが、それらしき者は無く、援護をしようと右手を伸ばす。
「れっ!!?」
直後にレーナが飛び込んで来て、私を体ごと背後に倒した。
「い、いきなりどうした!?」
頭を押さえてそう言うと、「すみません…」とレーナは謝罪した。
後ろを見ると3体の内、1体はすでに倒されている。
残りの2体はアリウとセーラで、なんとか足止めをしているようだ。
「お、おいレーナ…?」
不思議に思い、レーナの肩を持つ。
その手に「ぬるり」という感覚が伝わり、私は慌てて右手を開いた。
「なっ…」
血が「べっとり」とついていた。
肩を見ると出血している。
と言うよりは肩から背中にかけて、大きな裂傷が走っていたのだ。
「やられたのか!!?」
聞くと、レーナは「アハハ…」と笑った。
「ちょっと、かすっちゃったみたいです…」
それから言って、私を抱きしめ、直後に左肩に矢を受けた。
「うっ…くうっ!!!?」
声に出さずレーナが耐える。
撃った方向に目をやると、ケンタウロスの男が見えた。
「あいつは…!!」
やはり私は狙われていた。
先程の矢は偶然では無かった。
そいつ、ギュネスを目にした事で、私はレーナが私を庇い、矢を受けた事を確信したのだ。
「許さん!!貴様!!絶対に許さんぞ!!!」
立ち上がり、すぐに魔法を放つ。
ギュネスはこちらに気付いて舌打ちし、乱戦の中に姿を消した。
「卑怯者め!それでも誇り高いケンタウロスか!!!姿を現せ!私と勝負しろ!!」
そう言いながら進んで行くと、後方でアリウが「先生!」と言った。
それにも止まらず魔法を放ち、ギュネスを探して両目を動かす。
「先生!!レーナさんが!!」
と、もう一度言われ、私はようやく我に返った。
レーナは未だうつ伏せたままで、痛みに耐えて痙攣している。
だが、それだけでは無いようで、顔色をどんどん悪くして行った。
「多分、毒です。それも強力な……このままではレーナさんは…」
レーナを見ながらアリウが言ってくる。
私は何を言っているのか、直後は全く理解出来なかった。
「冗談だろう…」
何とか言うが、レーナは何も答えてくれない。
アリウも無言でレーナを見つめ、私には何も言ってくれなかった。
「二か所も…矢を受けているのが、はっきり言って致命的です…いくらレーナさんがダンピールとは言え…」
「ちょっと!一人じゃ支え切れないよ!どっちでも良いから手伝っておくれよ!!」
アリウはそこまでを私に言って、セーラの援護に向かって行った。
親父を失い、今ここで、今度はレーナを失おうとしている。
冗談では無い。と、心底思う。
いくら戦争とは言え、これではあんまりだ。
レーナを失ってまで勝利したとして、私にとって何の意味がある?
虚しい何十年、何百年を過ごして、また新しい恋を見つけろと言うのか。
「冗談では無い……!」
言葉に出して言う。
そんな未来など欲しくは無い。
私はレーナや、皆と笑って過ごせる毎日が欲しいだけなのだ。
今から向かっても無駄かもしれない。
医者としての私は間に合わないと言っている。
だが、人と魔物としての私は決して、諦めてはいけないと私に言っていた。
「必ず助ける!死なないでくれ!!」
レーナを起こし、背中に担ぐ。
周囲の敵は掃討されていた為に、私もレーナもその時点では無事だった。
「!!?」
だが、またも矢が飛ばされてきて、私の怒りは頂点に達した。
「いい加減にしろおッ…!!」
そう言うと、ギュネスはようやく姿を現した。
「お前らのせいで滅茶苦茶だ…ケンタウロスを率いるのは、この俺であるべきだったんだ…お前らのせいで…お前らのせいで…」
両目の下にはクマがあり、頬は大きく扱けていた。
病人のような表情で、「お前らのせいで」と繰り返している。
ギュネスはそのままゆっくりと構え、微笑みながらに矢を番えた。
「あっ…」
しかし、直後には背中に矢を受け、続けざまに数十本の矢を、体に連発して受ける事となった。
「へへへ…へへへへ…」
笑いながらギュネスは倒れた。
背後には数人のケンタウロスが立ち、ギュネスの死に様を哀れそうに見ていた。
「バカな男です…欲に目が眩んで、ケンタウロスの誇りを忘れてしまった…」
現れたのは30前後の、見覚えのあるケンタウロスだった。
いつか、私が治療した事がある、ケンタウロスの子供の父親らしい。
だが、今の私には何も言えず、レーナを救う為に一歩を進んだ。
「…もしや毒ですか?」
聞かれた為に「ええ」とは返す。
「ですが、一番近い村でも…」
そこまでを言ってケンタウロスは黙る。
おそらく間に合わないと思ったのだろうが、口にするのは憚られたのだ。
「……或いは神秘の森であれば、ユニコーンであれば治せるかもしれません」
耳にした私が顔を向ける。
「例え、全身に毒が回っても、あの者であれば治療が出来ます。滅多な事ではそうしませんが、あの者は先生に借りがあります。頼めば嫌とは言わないでしょう」
それが本当の事であれば、私はそれにすがりたい。
自分の命と引き換えでも良い、何としてでもレーナを救いたい。
だが、ここからでは間に合わないと言う現実が、私の心を絶望させていた。
ここから神秘の森まで行くには、ケンタウロスの足でも3時間はかかるだろう。
レーナはもって40分から50分。
一時間も経てば確実に、命を落としてしまうと思う。
まだ、近くの村の方が助かる可能性が高いのである。
「(もう沢山だ!私の為に誰かが死ぬのは!!)」
どこに行くのか自分でも分からない。
だが、私は足を動かし、目前の戦場に向かって行った。
「乗れ」
という声が聞こえたのはその時。
振り向くと、フェンリルとアリウが立っており、
「事情は話しました!行って下さい!」
と、アリウが私に言ってくれた。
フェンリルはもはや何も言わず、その身を屈めて待ってくれている。
「すまない…!!本当にありがとう…!」
私は急ぎ、フェンリルに近付き、レーナを抱えてその背に乗った。
「振り落されるなよ」
フェンリルの言葉に「頼む!」と返す。
直後に彼は疾風のように飛び、並み居る敵を吹き飛ばして走った。
私はレーナに覆いかぶさるようにして捕まり、一秒、一分の短さを呪った。
フェンリルが全力で走ってくれたお陰で、神秘の森には40分で着けた。
ユニコーンは「どおおっ!?」と驚いて、怪しげな本を地面に落としたが、訪ねて来た者を理解した後に、後ろ足で隠して近付いて来た。
「おやおや、これは懐かしいお顔だ。今日は一体どうされたのですか?」
フェンリルから降りて事情を話すと、ユニコーンは「良いですよ」と軽く言った。
そして、角をレーナにつけて、柔らかな光で包んだのである。
「いやはや、やはり処女は良い…この匂い、この感触、数百年の穢れが消えます」
そう言いながら胸をまさぐるので、一応「おい」と言って置く。
「一番の穢れはソイツじゃないか」
と言う、フェンリルはなかなかのものだと思う。
「もう大丈夫でしょう。言って置きますが、これは本当に特別な事です。あなたには借りがあるからこそ、こうした事をお忘れなく」
「あ、ああ、それは勿論、それで、レーナは助かるのか?」
恩着せがましくユニコーンが言い、聞いた私が質問をする。
「勿論。すぐに目を覚ますでしょう」
返って来た言葉がそれだったので、ここで初めて「ありがとう…」と言った。
そして、ユニコーンの言葉の通り、レーナがすぐに目を覚ます。
「良かった…!」
「あっ…」
嬉しさのあまり抱き付いてしまい、レーナを困惑させてしまう。
「い、いや、すまなかった…!そんな、変な気持ちじゃないんだ!これ以上大事なものを失いたく無くて、失わなかった事への嬉しさからだな…!!」
離れた上で言い訳すると、レーナは「嬉しいです…」と小さく言った。
その上で「すみませんでした」と、謝罪するので、「それは私の言葉だ」と返した。
「立てるか?」
聞くと、レーナは「はい」と言う。
右手を貸して立ち上がらせて、今度はフェンリルに礼を言った。
「礼ならあのエルフに言ってやれ。俺の分まで引き受けると言っていた。俺は楽が出来た分、逆にお前達に感謝したいくらいだ」
フェンリルが笑い、私達も微笑む。
「あの…」
と、ユニコーンに声をかけられ、3人揃ってそちらを向いた。
「そろそろ、よろしいですかね…?私、興奮の真っ最中でして、邪魔をされては色々とね…?」
何やら腰を揺さぶり出したので、「色々」を察して「ああ…」と言う。
「邪魔をしたな…本当にありがとう」
と、続けて言うと返答もせず、鼻息を荒くして本を読みだした。
神秘の森の聖なる俗物。
ユニコーンに今回は感謝して、私達は改めて戦場に向かった。
人間でも馬でもお構いなし!




