スカイ・ラブ
7月7日の朝がやってきた。
今日はエリ・レナのライブの日である。
開催場所はリザーブの街と、今までで一番の近場であり、フォックスやノア、そしてルニスも今回は観に行く事となっていた。
朝食を終えて準備を整え、ルニスと共に家を出る。
レーナは昨夜は家に戻らず、会場で最後の調整をしている。
エリスもおそらく同じだと思われ、彼女達が持つプロ根性には、見習うべきものがあると思う私であった。
「先生発見!ハリーアーップ!フォックス先生達、もう待ってますよー!」
家を出るなりフェネルに見つかり、苦笑いを作って「はいよ」と答える。
3人で一緒に待って居れば良いのに、わざわざこちらに来るのだから難儀な性格の持ち主である。
「先生先生、見て下さいよコレ!中立マンファイナルバトルのシーズン2の新カードですよ!一昨日出たばっかなんですけど、姉さんが帰りに買ってきてくれたんですよ!」
右に並んでそう言って、フェネルが青色の袋を見せた。
袋の上には金色でフェネルの言った事が書かれてあり、それなりに関心をもった私は「ほーう」という言葉を返した。
「特別に先生に開けさせて上げますよ。驚きと感動を共有しなさいよ!」
「あ、ああ…」
フェネルが言って私が返す。
曲がってはいるが、おそらくは、こいつなりの親愛表現なのだろう。
「早く早く!」
と、急かしてくるので、「すまんな…」と感謝してから袋を破る。
「おぉ…」
最初に出て来たのはイケメン怪人のノーハンドというカードであった。
大概の事は女にやらせて、自分はあくまでノーハンドという奴だ。
生まれてこの方、一度も両手を使った事が無いという設定らしい。
中立マンピンクをメロメロにさせ、預金残高をゼロにさせたが、組織の金を横領してまで自分に尽くそうとした為に、ノーハンドはピンクに惚れてしまう。
その為に、アジトに捕らえたピンクを彼は助けてしまうのである。
生まれて初めて両手を使ったのは、ピンクを外に出す為であり、レバーを引いたその直後に彼は吐血して死亡するのだ(なぜか)。
「そうか…人の両手っていうのは…誰かを抱きしめる為にあるんだな…」
それが彼の最期の言葉で、それはしっかりと説明にも入っていた。
しかし、攻撃と防御が両方1という極めて使えないカードとなっていた。
「まぁ、基本ノーハンドですからね…」
「挙句レバーを引いただけで死ぬし」
横から見ていたルニスが言って、それに同意してフェネルが言った。
残りの9枚は全て戦闘員。
しかも、原作で出て来ていない、キョウコツやセツゲッカ等と言う厨二的な名前が多く、「終わったんじゃないかコレ…」という、終末感を匂わせていた。
「10枚併せて攻撃力10って、一体どういう事なんですかね…」
フェネルがボヤくが、その言葉には「さあな…」と返す他に無い。
「まぁ、運が悪かっただけだよ…」
と言う、ルニスのそれが正解だったのだろう。
それからもくだらない話をしつつ、30分後に街に辿り着く。
そして、フォックスとノアと合流し、馬車を借りてリザーブに向かった。
約4時間後にリザーブに到着し、私達はまず昼食を摂った。
その後に街の郊外に向かい、屋台が立ち並ぶ会場を見つけた。
屋台は林の間に出され、その先の広場にステージが見えている。
飲食目的のスタッフや、若干の一般人が見えたが、当日券販売は終わっているようで、会場の方には人は居なかった。
「見てみぃ、イアン。エリ・レナ人形じゃと。商魂たくましいとはこの事じゃな」
屋台の前で立ち止まり、顔を向けてフォックスが言う。
見ると、そこには言葉の通り、二人を模した人形があった。
頭身的には二頭身で、前回のライブの衣装を着ている。
しかし、スカートの下からはみ出た下着は、なぜか二人とも黒色だった。
「黒とか履いてるの見た事ないけど…」
「この間のショッピングで買っていましたよ。そろそろこういうのも必要かしら?と、悩んだ上での購入のようでした」
フェネルとノアがそれぞれに言う。
揃って大問題な発言であるが、どうやら全く分かってないらしい。
「でも、レーナさんは持ってないですね。大体は白で、水色が二枚か三枚だったかな?」
言わなくて良いのにルニスが続け、私が「なるほど…」と心で呟く。
「お客さん、これはパンツじゃなくて、スパッツという代物ですよ…何色かなんてわかんないし、かといって肌色じゃまずいでしょ?だからスパッツを履かせてる訳です。ほら、デザインも刺繍も無いでしょう?」
亭主が言って、スカートをめくったので、辺りに微妙な空気が流れる。
それは分かったが亭主の指が、人形の股間に触れていたからだ。
エリス人形はマイクを右手にそれを笑顔で甘受しており、その図が余計シュールに見えて、皆は言葉を失っていた。
「どうですか?おひとつ1200リーブルで?ライブが始まったら売り切れちゃいますよ?」
聞かれた為に「いや…」と言い、右手を振ってから歩き出す。
他の皆も興味が無いらしく、少し遅れてから私に続いた。
「ああ、すみません!まだ入場は…」
林の終わりで警備員に捕まる。
だが、関係者だという事を告げると、確認をしてから通してくれた。
会場にはやはり誰も居らず、数千の椅子が並べられているだけだった。
左手の方には何かを覆う、長く大きなシートが見えたが、そちらが目的では無かった為に、そのまま歩いてステージ横に向かった。
そこにある黄色いテントの中にレーナ達が居ると聞いたからだ。
黄色いテントの前について、幕を持ち上げて「すみませーん」と言う。
数秒が経つと女性スタッフが現れ、「あ、どうも」とまずは言った。
「お久しぶりです。レーナさんの先生ですね?どうぞどうぞ」
どうやら以前に会ったらしいが、失礼ながら覚えて居ない。
音響スタッフというカードが見えたので、今回はきちんと記憶しておいた。
テントの奥には10人程が居て、円状に置いた椅子に座って会議をしている最中だった。
邪魔しては悪いな、と思った私は、入口近くの椅子に座り、会議が終わるのを待つ事にした。
「また新しい女の子ですよ?ヒカリプロの新人ですかね?」
隣に座ったフェネルが言って、私の右腕の袖を引く。
それを見てから正面を見ると、確かに見慣れない女の子達が居た。
円の中心、即ち正面には、レーナとエリスが座っており、こちらから見るならレーナの右に3人揃って腰かけている。
髪の色は全員が水色で、メイクと髪型で個性を出しており、年齢はおそらく16、7と、かなり若い印象だった。
「断言は出来んがそうなんじゃないか?スタッフにしては若すぎるしな」
言うと、ルニスが「ですね」と同意する。
「若くて可愛い娘さんというのは、意外に沢山おるもんなんじゃな」
フォックスはそう続けた後に、「ノアちゃんもそうじゃぞ?」とノアの事も持ち上げた。
「良く分かりませんがありがとうございます」
直後の返事がそれだったので、フェネル以外の者が微笑む。
「ヒカリプロー!オー!!」
殆ど同時に会議が終了し、掛け声的なものがあがった。
「いや、お待たせ致しました。今日は少し手が込んでいるので、前準備を念入りにしておきたくて」
キーンがやってきて「ははは」と笑う。
その後ろにはレーナとエリス、そして先程の三人が見える。
「その人達もアイドルなんすか?」
と、彼女達を指さしてフェネルが聞くと、キーンは笑って「そうですよ」と言った。
「彼女達のユニット名はセイレーンと言います。その名の通りセイレーンと人間との間に生まれた子達で、その歌には魔力が篭る為に、ラブソングはしばらく控えて貰います。まぁ、自分達のステージが持てれば、そこは追々解禁して行きます」
それから続けて紹介すると、三人が「よろしくおねがいしまーす!」と、揃って大きく頭を下げた。
セイレーンの歌には魔力がある為、男の心を惑わせると言う。
そんな力を人のライブで使えば、ファンの横取りに繋がるかもしれない。
だからこそキーンは人のライブでは、彼女達にラブソングを歌わせないと言うのである。
正しい判断だと思うと同時に、どこから連れて来たと少々疑問する。
だが、元々は解放運動に参加していた男であるし、そういうツテがあるのだろうと聞かずに納得する事にした。
「今回は彼女達にエリ・レナライブのヘルプをしてもらいます。エリ・レナの持ち歌もひとつずつ増えたので、そこは期待をしておいてください」
言われた為に「ええ」と言う。
二人に向かって「大変だな」と言うと、エリスとレーナは「たはは…」と笑った。
「それからちょっと、先生だけ良いですか?」
これはキーンの質問だった。
「はぁ?」
と言って顔を向けると、「ちょっと」と言って出口に向かう。
「今の内に体を休めて置いて下さい。16時集合という事で解散」
それからそう言って外に出たので、レーナとエリスとセイレーン達が動いた。
レーナとエリスはここに居るようで、セイレーン達は外に出るらしい。
私は「何だ…?」と一言言ってから、キーンを追ってテントの外に出た。
「すみませんね」
キーンは出口の横に立っていた。
「良いですか?」
と言ってから、ステージの上へと私を誘う。
そして、誰も居ないステージの上に着き、そこでようやく足を止めた。
「先生ももうご存知だと思いますが、アーファブル大陸連盟、略してア連の話です」
それには「ええ」と言葉を返す。
ハッキリ言ってフォーリス達と、リーダーの事しか知らないが、全く知らない訳では無いので、その返事は嘘では無いはずだ。
「私も表向きはヒカリプロのマネですが、実際にはア連の一員ではあります。主に資金面と情報面で裏方から支えている存在ですがね」
その言葉には「そうですか」と言う。
別に興味が無い訳では無く、大体そうだと分かっていたからだ。
以前の戦争で組んでいた連中は、全員が関わっていると私は思う。
「あのセイレーンも実はそうです。歌というものは聞く者に、元気と活力を与えてくれます。これから起こるだろう騒乱で、多くの者が傷つくでしょう。そういう人達を励ます事が彼女達なりの戦い方なのです」
そちらの方には「なんと…」と返す。
深謀遠慮とまでは行かないが、それなりに深い考え方である。
能天気にアイドルを目指しているのかと思ったが、これは私の思い違いであった。
「そういう事なら頑張ってほしいですね…」
言うと、キーンは「ええ」と頷いた。
「リーダーは……彼女は、先生には何も言いませんが、協力して欲しいと思っていると思います。それがどういう形であれ、彼女の頑張りの源にはなるでしょう。これは強制では無くお願いなのですが、良かったら協力をしてあげて下さい」
それからそう言い、私の顔を見た後に「それだけです」と言って歩き出した。
「少し前までは迷っていましたが、私も戦う覚悟を決めました。協力になるかどうかは分かりませんが、やれるだけの事はやってみますよ」
言うと、キーンは立ち止まり、こちらを見てから「ありがとうございます」と言った。
「しかし、なぜ私等が彼女の頑張りの源になるのですか?戦場で大富豪をしただけの仲ですが?」
笑って聞くとキーンも笑い、
「知りませんでしたか?彼女は先生、あなたの事が好きなのですよ」
と、答えた後に足を動かした。
聞いた私は「なっ…」と言って、二の句が発せず硬直状態。
数十秒後に首を振り、「そんなまさか…」と、否定してから動いた。
人の心とは不思議なモノで、好きと知れれば気にはなるもの。
人伝に聞いた物とは言えど、若干の好意が芽生えてしまった事は、認めざるを得ない出来事だった。
19時がやってきてライブが始まった。
会場に集まったファンの数は3000人を超えているらしい。
私達はキーンの好意で、最前列の権利を貰い、横に一列に並ぶようにして、椅子から立って観覧していた。
「(一人頭6000リーブルとして、×3000で1800万リーブルか…芸能界が夢見られる訳だな…)」
そんな事を思っているのは、おそらくここでは私だけで、あのノアでさえ目を大きくして前座のセイレーンの歌を聞いて居た。
赤、青、黄色のステージ衣装に、目が眩むほどの多色の照明。
それらは目まぐるしくステージ上を移動し、幻想的な世界を作り出す。
そんな中で彼女達は、歌に踊りに全力を注いでいた。
歌のタイトルは「ポジティブに+(プラス)」で、彼女達の魔力のせいか、聞いて居るだけでテンションが上がって、前向きになれる曲であった。
「ほっほぅ!こいつは元気が出て来るわい!もう先は長くないと思うたが、まだ30年は生きられそうじゃ!!」
フォックスが言って杖を振る。
すっかりファンになったようで、「あの子の名前は!?」と、後ろの人に聞き、「多分サリナちゃんかな!?」と教えて貰って、即座にその名を大声で呼んでいた。
「僕、頑張って就活します!諦めてプーになっちゃったら、どうせ先生が面倒を見てくれるとか、甘ったれた考えはここで捨てます!」
「そんな事を考えていたのか…」
フェネルのカミングアウトに驚くも、捨てると言うのでそこは責めない。
輝く瞳になったフェネルは「セイレーンサイコー!」と、拳を突き上げた。
「(まぁしかし良い曲だな。私も稽古を継続して頑張ろう!)」
口には出さず密かに思い、心構えを新たにする。
セイレーンの歌は6分程で終わり、大歓声の中で一旦下がった。
「エリスちゃあああん!!」
「レーナちゃああん!!」
そこで、いよいよの真打ちが現れる。
左のステージ袖からはエリスが。
右からはレーナが現れて、セイレーンとすれ違うようにしてステージに上がる。
今日の衣装は学生服を模した、黒のブレザーのようなもので、星のマークがいくつもついた青のネクタイを首から下げていた。
二人がステージの中央で合流し、背中合わせでスタートを待つ。
「うっわァ……姉さんノリノリですよ……弟的にはドン引きですわぁ…」
先程までのテンションはどこへ。
フェネルはそれを細い目で見て、顔色をかなり曇らせていた。
「まぁ、お前一人が犠牲になれば、他の3000人は幸せだからな。良かったじゃないか。社会奉仕が出来て」
慰めのつもりでそう言うと、フェネルは「どういう理屈!?」と喚いた。
しかし、背後から「うるさい!」と怒鳴られて、「ひっ!」と言った後に静かになった。
「ウォォォ!!」
曲が流れて歓声が上がる。
最初の歌は「☆キラ☆メキ☆」らしく、二人は明るく早い曲に合わせた、軽快な動きで観客を魅了した。
「よう分からんがええ曲じゃな」
「ああ。私達には良く分からないがな」
フォックスが言って私が言った。
年寄り2人には分からないノリだが、会場の皆さんは盛り上がっている。
フェネルの向こうに立っているルニスは、合いの手のタイミングを見つけたようで、歌の合間に他の客達と合いの手を入れて喜んでいた。
二人の歌は5分程で終わり、セイレーンによるヒカリプロメドレーが始まる。
ヒカリちゃんやナナちゃん等の、所属アイドルの持ち歌を歌うのだ。
「何が良いかなー!!?」
セイレーンの内の一人が言って、会場の客達に質問を投げかけた。
「中立マンバーニングボンバーでお願いしまああああああす!!!」
直後の声はフェネルが発したもの。
子供のそれとは思えない大きさで、セイレーン達の心を捕らえた。
「もう逃げられんぞ!大人しくしろ!」
「くうっ…いくらだ?いくら出せば見逃す!?」
すぐにも始まるセイレーン達の寸劇。
私とフォックスは目を点にしたが、会場からは歓声が上がる。
「私を買収しようと言うのか!貴様!どこまでも腐った奴だな!」
「バカめ!油断をさせる為よ!この睡眠ガスを喰らうが良い!!」
全く以て謎の劇だが、会場の声は割れんばかりだ。
「しまった!?…こ、このままではこいつを逃してしまう…!誰か!誰か居ないのか!?」
何の役か不明であるが、セイレーンの一人が膝をつく。
一方の一人は高らかに笑い、「さらばだ愚かで無力な男よ!」等と言って、どこかにとんずらしようとしていた。
「まてええい!!」
そこに現れる三人目のセイレーン。
どうやら中立マンの立ち位置らしく、他の二人が「中立マン!?!」と驚く。
「俺は悪を見逃さん!かと言って正義も容認しない!……なぜならば俺は中立だからだ!!」
ジャラララーン!!
という音が鳴り、ギターベースに曲が始まる。
フェネルを含んだファン達は「うきょおおおおお!!」と、テンションMAXだった。
「(あの寸劇も練習したのかな…)」
そうだとしたらやはりプロである。
ノリノリにこそなれないモノの、感心しながら歌を聞いた。
メドレーはその後も40分程続き、15分の休憩の後、レーナのソロからライブは再開した。
曲名は「ずっと」。
衣装は変わり、背中に小さな翼が生えた、天使のような格好となっている。
曲としてはテンポの遅い、気持ちを込めたラブソングで、出だしこそファン達は騒いでいたが、やがては聞き入って静かになった。
歌の最中、レーナはやたらとこちらを見ていたような気がしたが、これは私の勘違いだと思って自分の心に秘めて置いた。
数分後には歌が終わり、今度はエリスが上から現れる。
レーナのものとは正反対の、小悪魔のような格好であり、「勘違いしないでよね!」という曲名通りの、8割はツンだが残り2割はデレた内容の恋の歌だった。
「死ねば良いのに!80年位してから!」
と言う、合間のセリフで何人かが失神し、担架で運ばれる結果となったが、エリスの歌も大盛況の内に無事に終わりを告げたようだった。
ここでまたまた休憩が入り、すぐにも会場に揺れが起こる。
「地震か!?」
と、何かを恐れて言うと、「あ、いや、違いますね」と、ルニスが言った。
では何だ?と、聞くまでも無く、揺れの正体はすぐに分かる。
観客達が騒ぎながら、左の方を見ていたのである。
視線の先を見てみると、例のシートが除けられていた。
そして、そこではいつか見た事がある、ヒカリちゃんゴーレムが動き出していたのだ。
「な、なんじゃあありゃあ!?」
「ヒカリプロの大型新人キタァ!?」
フォックスとフェネルがそれぞれ驚き、別の意味で私も驚く。
「(良くあんなものを持って来たな…というか、あの時壊れていなかったのか…)」
そう思う中でゴーレムは動き、ステージの横で手を伸ばして待機した。
それから数分後にライブは再開し、エリ・レナの新曲の「挫けずTry」が始まる。
二人の個性がそれぞれに生かされた、誰かを励ます応援歌だった。
衣装は前回のライブで使った、青と赤のフリフリの服だった。
ゴーレムが手を動かし、二人を乗せる。
それから観客達の頭上に動かし、途中で両手を左右に分けて、斬新な演出で観客達を楽しませた。
ラストはセイレーン達3人も加わり、エリ・レナの持ち歌の「☆キラ☆メキ☆」で〆る。
「今日はありがとうございましたーー!」
「みんな気を付けて帰ってねー!!」
レーナとエリスが皆に手を振る。
大興奮の中でライブは終わり、ステージを照らす照明が落とされた。
「アンコール!アンコール!」
それでもアンコールの声は続き、しばらくしてから照明が灯される。
そして、最後にもう一度だけ、挫けずTryが歌われる事になった。
「大変だな…疲れているだろうに…」
「ワシらなぞよりよっぽどプロじゃな…」
怠ければブン投げ、面倒ならばサボる。
そんな私とフォックスが言い、お互いに「ああ…」と頷き合った。
その日はリザーブの街に泊まり、翌朝、全員でプロウナタウンに戻った。
「レーナさんお疲れー」
「エリスちゃんもお疲れー」
業界用語で二人が別れ、私もフォックスと別れを告げる。
「いやはや、滅茶苦茶楽しかったわい。ええ冥土の土産が出来たわ」
「まだ30年は生きられるのでは?」
そう言ったフォックスはノアに突っ込まれ、「こいつはやられた」と大笑い。
他の全員も「ははは」と笑って、それぞれの我が家に足を動かした。
約30分後に我が家に着いて、とりあえずの形で自室に向かう。
「ああ、レーナ。今日は休むと良い。洗濯やなんかは私達がするから」
レーナが洗濯所に行こうとしていたので、それを制して私が言った。
「いえ、これがわたしの仕事ですから。先生達はいつも通りに、自分の仕事を優先して下さい」
が、レーナは「にこり」と笑って、それを固辞して洗濯所へと向かった。
先日までのアイドルが、一転して我が家の家政婦へと変貌。
「ファンが聞いたらキレるだろうな…」
と、呟いてからドアを開けた。
「あー…やはり我が家は落ち着くな……レーナも少し休めば良いのに…」
そう言いながらベッドに座る。
横になって窓の外を見ると、何者かが「じっ」とこちらを見ていた。
「ギャアアア!!?」
あまりの事に声を上げ、ベッドの上から落ちそうになる。
だが、見た事がある人物だったので、何とか恐怖を抑える事が出来た。
それはフォーリスの部下のセリムで、窓を開けて「どうした…?」と聞くと、彼女は「すみません…」とまずは謝罪した。
「玄関を何度も叩いたのですが、まるで反応が無かったもので…」
そして、そんな所に張り付いていた理由を、申し訳なさそうに教えてくれたのだ。
「そ、それは申し訳ない事をした…それで、一体どういう理由で?」
聞くと、セリムは顔を逸らした。
頬が若干赤くなっている気がする。
「その、顔を整形するのって…どれくらいお金がかかりますか…?」
突然そんな事を言い出したので、私は「は?」と、顔を突き出した。
「い、嫌なんです!こんな地味な顔は…!未だに皆からはセリヌとか呼ばれるし、もっと存在感が欲しいんです!きっと彫りの深い顔になれば存在感も出ると思うし、だからいっそ思い切って、アゴッケツの女になりたいんです!」
「アゴッケツ!?」
それはどうなの、と思う為に、私が驚きの声を上げる。
「そうじゃなくても「バッドベイビー…」とか、「グッボーイ」とかが似合う女に…!」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!そういうのは骨格から変えないと無理だ!私にはせいぜい目の大きさや、鼻や、口の形を変える事位しか出来ない!」
言うと、セリムは「そうですか…」と凹んだ。
そうしたいからには理由があると思い、私はその辺を質問してみた。
「えっと…その…」
すると、再び顔を逸らす。
頬はやはりうっすらと赤い。
「あー…とりあえず中に入ってもらおうか。なんだか長くなりそうだしな」
その言葉にはセリムは「はい」と言い、そのまま窓から侵入してきた。
「(玄関まで周らないのか…)」
と、思いはしたが、そこは黙って見逃しておく。
「まぁ、座って」
と、ベッドに座らせ、私は椅子に腰を下ろした。
「それで、なぜ地味では嫌なんだ?何か理由が出来たんだろう?」
聞いてもしばらくは黙って居たが、セリムは「ぽつぽつ」と話し出す。
「胸の奥がぽっぽってするんです…その人の近くにいると暖かいんです…私も一応女ですから、これが何かは分かっているつもりです…でも、きっと今のままじゃ、その人には絶対振り向いてもらえない……だからもっと綺麗になって、振り向かせてみたいと思ったんです」
大体の所は察して居たが、理由はやはり恋のようだ。
最近になってそうなったという事は、相手はフォーリスかハインであろう。
ガイツの可能性は…まぁ、無いな。
もしもそうなら綺麗になっても無駄となるので気の毒ではあるが…(ホモだから)
「なるほど。理由は良く分かった。だが、整形はおすすめできないな。例えば綺麗になったとして、それで態度を変えるような男に、君は愛情を感じられるのかな?」
両手を組んでそう言うと、セリムは小さく「いえ…」と言った。
「でも、一時的にでも好きになって貰えて、私の全てを奪ってくれるなら、その思い出を胸に一生生きるのも悪くないかもしれませんね…」
が、直後にはそう言って、一人で「ふへへ…」と気色悪く笑った。
それだけ好かれれば男としては本望だが、セリムの人生は気の毒ではある。
なので私は「いやいや」と否定し、「好かれるなら心を好きになって貰うべきだ」と、諭すような口調で言った。
「でも…私は根暗ですし、地味だし、趣味を持たない畜生です…こんな私の心のどこを好きになって貰えると言うんですか?」
「それはまぁ、優しさだとか、相手に対する心遣いとか、或いは話をして楽しいだとか、そういう所で好きになって貰えるんじゃないかな?」
聞かれた為にそう答える。
「先生は私と話して居て楽しいですか?」
直後にはそうも聞かれた為に、「つまらなくはないさ」と、正直に言う。
セリムは「ううううん…」と唸っていたが、やがては「分かりました…」と、小さく頷いた。
「整形は、やめます。とりあえず」
それから決意を言葉にして表明し、私の心を安心させた。
「ちなみに相手は誰なんだ?知っている相手なら協力も出来るが?」
それにはセリムはだいーーーーぶ黙り、蝉が「シャーシャーシャーシャー」と鳴き出した頃、ようやく重い口を開いた。
「た、隊長です…フォーリス隊長…」
やはりそうか。
すぐに思うが、「なるほど」と、素知らぬ言葉を返す。
「以前、先生を尾けた事があったのは、隊長と仲が良いと聞いたからです…何か趣味とかを聞こうと思って…」
「そう言えばあったな…そんな事が…」
その時には確か逃げられたはずだ。
どういう事かは分からなかったが、どうやらそういう事だったらしい。
だが、そういう事であれば、協力する事にやぶさかでは無い。
相手がガイツなら「やめとけ」と言うが、フォーリスならば人として、いや、鳥人間として素晴らしい男だ。
セリムの事も嫌いでは無いし、陰ながら力を貸そうではないか。
「ならばそうだな。早速だが、趣味やなんかを聞いてみたいから………健康診断、という事にでもして、フォーリスを医院に来させて貰えるか?」
我ながらなかなかの名案である。
この名目なら怪しくないし、世間話も普通に出来る。
実際に、健康診断を行いながら、色々聞き出せば良いだけだろう。
「わ、分かりました。私の事は言わないで下さいね」
それには「ああ」と言葉を返す。
セリムは「それじゃ」と一言言って、窓を開けて外に出て行った。
「(結局そこから出て行くんだな…専用の出入り口にされなければ良いが…)」
そう思って頭を掻いて、椅子から立って診察室に向かった。
フォーリスはそれから二日後の、朝の9時に医院を訪ねた。
開院までは一時間あるが、これはこれで丁度良く、ルニスには一人でやると言って、診察室に彼を通した。
「健康診断という事だが、本部からはそんな連絡は無かったぞ?」
言われた為に「いや」と言い、「これは私の勝手な押し付けだ」と、嘘をついて診断を始めた。
「では袖を捲って貰えるか?注射器はまさか怖くないよな?」
聞くと、「ああ」と言われた為に、注射器を刺して採血をする。
一応、それっぽく見せないと行けないので、それなりの事はするつもりである。
「今は好きな女性なんかは居るのかな?いや、お互いの事を知る為には色々と会話が必要だからな?」
注射器を置いて何気なく聞く。
フォーリスは怪訝な顔をしたが、少ししてから「いや」と答えた。
「では、好きな女性のタイプはどうなんだ?」
注射跡にガーゼを当てて、テープを貼りつつ聞いてみる。
「さぁな…まぁ、口があって、顔がある女なら大抵は大丈夫だ」
つまり、女なら誰でも良いのか…?
「いや、そういう抽象的なものでなくてだな…もっと具体的なものがあるだろう?」
そこは重要な所なので、更に突っ込んで質問をする。
「ううん…強いて言うなら阿吽の呼吸だな。あ、と言えば、うん、と言うような、息の合う女が好みなのかもしれん」
それには「なるほど」と言葉を返す。
それから「しばらく押さえて居てくれ」と言い、注射の後を押さえて貰う。
「次は上着を脱いで貰えるか?」
聴診器を取り出してフォーリスに頼む。
順番的には逆であったが、これは私の不手際である。
「脱ぎにくいな…」
そう言いながら、腕を庇いつつフォーリスが脱ぐ。
背中の翼が邪魔になって、それ以上脱ぐのは少しキツそうだ。
「いや、胸が出ればそこで構わんよ」
なので私はそう言って、フォーリスの脱衣を途中で止めた。
「ちなみに趣味は?」
これにはフォーリスは「特に無いな…」と答える。
「どうなんだろうな?」
「いや、私も似たようなものだ」
聞かれた為にそう言うと、安心したのか「そうか」と言った。
「異常は無いな。着て構わんよ」
聴診が終わり、服を戻させる。
「何かこう、これが分かって貰えるなら、一発でその人に惚れるような、強烈なフェチズムを抱えて居ないか?」
最後に聞くと、フォーリスは、悩んだ末に「あるな」と言った。
「それはどういう?」
と、突っ込んで聞くと、
「俺はMだ。いや、ドMだな」
と、真面目な顔で言ってきたのだ。
「矢を受けると興奮するし、不利な体勢がたまらなく気持ち良い。例えば朝イチでブン殴ってくるような女が居たら、即刻そいつの奴隷になるだろう。首輪をつけられての空の偵察等、想像するだけで(ピーーー)モノだ。これは強烈な何かと言えるか?」
言える。というか言えすぎる。
すぐに返せる言葉が見つからず、私は無言で汗を拭った。
「(なるほど…だから矢を受けていたのか…かわせなかったのではなく、わざとだったとは…)」
救いようのない真性のドMだ。
私のMさ等、足元にも及ばない。
キングオブドMと言って良いだろう。
「あー…貴重な情報をありがとう…診断は一応、以上で終わりだ。結果は近々持って行くよ」
何とか言って椅子を立つ。
フォーリスも「分かった」と言って立ち、「手数をかけた」と帰って行った。
この事をセリムに話すべきか否か。
私は昼まで迷ったが、決断する前にセリムに訪ねられ、なし崩し的に全てを話した。
「隊長にそんな趣味が…」
聞いたセリムは驚いていたが、「でもそれなら私にも…!」と明るい顔になった。
「私頑張って見ます!なんだかやれそうです!」
気合を入れてそう言って、窓から空へと舞い上がって行く。
「(やるって何を…まさか殴るのか…?)」
そうは思うがもはや手遅れ。
飛び去って行くセリムの背中を見送った後に窓を閉めた。
翌日の昼、15時頃に、私は屋上で休憩していた。
だいぶ暑くなってきたが、風がある為に今日は涼しく、ジュースを片手に縁に立って、屋上からの風景を満喫していた。
「(そういえばあれからはさっぱりだな…レーナが居る時には来ないのは、親父なりの理由があるんだろうか…)」
ルニスへの襲撃があった日以来、私の父は一度も来て居ない。
それは偶然の事かもしれないが、レーナが居る時には来た事が無いので、私は若干の疑問を持った。
襲撃者自体もあれからは来ず、我が家の周囲は平和そのもの。
それは、ありがたい事ではあるが、何とはなしに気が抜けて行く、理由になるべきものでもあった。
「ダハッ!?」
そんな時に、左手の方から、男の奇妙な声が聞こえた。
見ると、フォーリス達の小屋の中から、誰かが転がるようにして出て来ていた。
「ほら行くよ!このブタドリが!」
聞いた事のある声だった。
まさかと思って縁に近付く。
それから目を凝らして見ると、鎖に繋がれたフォーリスが見えた。
鎖の先にはそれを持ったボンテージ姿のセリムが立っており、反対側の左手で鞭を振るってフォーリスを叩く。
「あ!!」
叩かれたフォーリスが苦痛とも、喜びとも受け取れる声を出し、聞いたセリムが「うん!」と頷いて、阿吽の呼吸を完成させた。
そのすぐ後に二人は飛んで、私の方へと近付いて来る。
「こんにちは先生!見て下さいこれ!」
「やぁ。今日も良い天気だな」
滞空しつつセリムが言って、これと言われたフォーリスが言う。
その首には首輪がかけられているが、彼は至って普通である。
「あ、これ、プレイなんで、立場なんかは前のままです。私は隊長を尊敬しているし、その…好きでもありますから!」
言い訳をしてからセリムが照れる。
聞いたフォーリスは「オイオイ…」と言い、若干ながら照れ臭そうにしていた。
「ああ、まぁ、良かったな…お互いに幸せになれたようで…」
セリムが「はい!」と言い、フォーリスが「まぁな」と言う。
「じゃあ今日はこの辺で。行くわよブタ鳥!私のケツを嗅ぎな!」
その後にセリムが鎖を引っ張り、引っ張られたフォーリスが「ブヒィ!」と鳴いた。
そして二人は愛をまき散らし、空の偵察に出掛けて行った。
「まぁ、色々な形があるさ…私には到底理解出来んが……」
そう呟いてジュースを呷り、息を吐いてから出入り口に向かった。
愛の形は人それぞれ




