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騒乱の犠牲

途中に地図を載せています。

魔物の力を弱める範囲の地図です。

流用な点はご容赦下さい…


イグニス国が占領された。

砂漠地帯の東に面する、無法地帯も占拠されたらしい。


現在、アブディクル帝国は、北と西からカーレント国に侵攻し、無法地帯の東に位置するディザン王国への侵攻も匂わせているそうだ。


ラーズ公国とディザン王国は、カーレント国の同盟国だが、先の襲撃事件及び、橋の破壊等で身動きが取れず、カーレント国からの援軍要請を断らざるを得なかった。


それはつまりカーレント国の戦う前からの敗北を意味し、かの国が占領された後には、騒乱の火の手が自国に向けて広がる事をも意味していた。


「だが、それでも出せないものは出せない、か。随分と念入りな計画だったんだな…」


我が家の屋上。


そこには私と、教えてくれたフォーリスが居り、言った後に汗を拭うとフォーリスが「ああ」という言葉を返した。


7月もついに中盤に入り、今や暑さは最高潮だ。


蝉は五月蠅く、陽射しは暑すぎ、挙句の果てに風一つない。


しかし、誰かに聞かれない為には、この場所を選ぶしか無かったのである。


「聞いた話だが先生は、この国の王達と面識があるらしいな?それが本当なら近い内に、取り次ぎを頼みたいとリーダーが言っていた」


聞かれた為に「ああ」と返す。


「正確には王では無く王女様だがな。まぁ、頼めば会ってくれるだろう。しかし、会ってどうするんだ?」


その言葉にはフォーリスは「会談だ」とまずは言った。


「人間と魔物の共闘の為のな。ある意味で今はチャンスなんだろう。こういう時でなければ無理な話だしな」


それから続けてそう言ったので、「確かにな…」と私も納得をした。

普段であれば無理な話だが、現状ならば可能性はある。

私が国の指導者であれば、正直助かったと思うかもしれない。


後は国民の反応だが、目の前に脅威が迫って居れば、藁にも縋る思いとやらで、受け入れる可能性は大いにあるだろう。


全てが彼女の計画だったなら…

等と思ってゾっとするが、彼女に限ってそれは無いと、首を振って「分かった」と伝えた。


「しかし、本当の事だったとはな。バグダルが先生を遠ざけておこうとしたのは、そういう所に理由があるんだろうな」


良く分からないので「は?」と言う。


すると、フォーリスは「いや」と笑い、「それではその事を伝えに行くよ」と、翼を羽ばたかせて舞い上がった。


「どういう意味なんだ?」


しつこく聞くと「分からないか?」と返される。


「人間と魔物の架け橋になる先生の存在が恐ろしいんだよ。言い換えるなら影響力だな。言葉と存在の強さというものだ。バグダルはそういう部分を恐れて、先生を遠ざけて置こうとしたのさ」


それから言って、飛び去ったので、私は一人で「はぁ…」と言った。


「(そんな大層なものではないだろ…)」


そうは思うが、客観的に見るなら、そういった存在は確かに厄介だ。

その気になれば嘘や出まかせを皆に吹き込む事が出来るし、私の場合は人間だけでなく、魔物にもそれを行う事が出来る。


挙句に生意気にも国の王女や、組織のリーダーに知り合いが居る訳なのだから、相手にしてみれば確かにこれは迷惑な奴なのかもしれなかった。


「(となるとまた、来るのかもしれんな…)」


それに気付いた私は思う。

刺客が再び来るかもしれないと。


だが、それを恐れる事は最早しないと決めていたので、「よし!」と気合を入れ直してから、二階に続く階段へと向かった。




その日の15時に我が家を出発し、私はゲートのリーンを訪ねた。

と言ってもそれが目的では無く、本当の目的はラーシャスに会う為だ。


いつもであれば挨拶をして、場所を伝えて開いて貰う。

それだけの手続きでしばらく来ていたが、今日のリーンは様子が違った。


どこか取り乱した様子で立っており、私を見るなり「先生!」と言って、走り寄って抱き付いてきたのだ。


「おおおおふっ!!!ど、どうしたんですかいきなり!!?」


露出が多いリーンの衣装では、胸の感触が丸わかりで、喜ばしい事だが困惑もある為に私は全身を「ぷるぷる」と震わせた。


「姉妹達と連絡が取れなくなったんです!全員では無いのですが、沢山の子達と…こんな事は今までに無かったから、私、どうしたら良いか分からなくて…」


私の胸に頭を埋め、リーンはそのままで体を揺らした。

どうやら泣いているようなので、どうして良いかで少々悩む。


「あー…そうですね…少し落ち着いて考えましょう」


結果としてはそう言って、リーンの体をゆっくりと押す。

抱き締めたい気持ちは正直あった。

さぞや心地よく良い匂いがするだろう。


だが、それをするとお互いに、良くない事になると分かる。

私としては裏切り行為だし、リーンとしては「なんで抱いたの!?」と、後になって疑問もするだろう。


故に私は性欲に耐え、断腸の思いでそうしたのである。


押されたリーンは「すみません…」と言って、涙を拭って少し離れた。

それから「どういう事なんでしょうか…?」と、改めて状況を質問してきたのだ。


正直言って私にも分からないので、そこは「うーん…」という唸りだけを返す。


「連絡が取れないという事は、ゲートを開く事も出来ないのですか?」


と、思いついた事を逆に聞くと、リーンは「いえ」と答えを返した。


「ゲート自体は開けます。ただ、あちらがどういう状態か分からないので、戻って来られる保証はありません。話して無かったと思いますが、私がゲートを開けるのは、この古木だけと決まっているんです。だからもし、あちら側で何かの異常があったのだとしたら…」


一方通行で帰れなくなる。


いや、歩けば良いだけの話だが、相応の日数がかかるという訳だ。

そこまでを話したリーンは黙り、沈んだ表情で頭を俯けた。

「俺が行ってやンよ!」と言えたら良いが、チキンの私にはそれは言えない。


行ったは良いが誰も居らず、何かの危険が待って居たら。

前より強くなったとは言え、打ち破れる保証はどこにも無い。


ドリアード達には世話になっているし、出来る事なら力になりたい。

だが、もう少し情報が無ければ、突入する事には躊躇いがあった。


「具体的にはどれくらいの数ですか?それが分からなければ場所でも良いですが」

「数は…多分20くらいです…場所はエラルナ方面と、コルト方面の二か所です」


聞いては見たが場所が不明だ。

今までに一度も聞いた事が無い。


その為に顔を顰めていると、リーンは「あっ」と小さく鳴いた。


「すみません。私達の呼び方でした。人間達の呼び方で言うなら、トルケ共和国とイグニス国です」


それから地名を言い直してくれたので、私は「ああ」と納得できる。


しかし、直後に「んん!?」と、言い、両方の眉毛を斜めにさせた。

その二か国をアブディクル帝国が押さえている現状に気が付いたのだ。

偶然にしては出来過ぎているので、私は殆ど確信をする。


おそらくバグダルはゲートを知っている。


その為にゲートを封鎖したか、或いはそれを利用しようとして、断られた為に封鎖をしたのだ。


ドリアードの安否。


これは不明だが、バグダルが理論を知っているのなら、殺しはしないと私は思う。


今はどこかに捕らえて置いて、後になって説得をする。

でなければゲートを失ってしまうし、それは実に多大な損失だ。

私のような者でも分かるのだから、王という者が分からないはずは無いだろう。


「おそらく、ドリアード達は無事だと思います。あくまでもおそらくですが。この際はアブディクル帝国の国王が、馬鹿では無い事を祈りましょう」


結論としてそう言うと、リーンは「えっ…?」と目を瞬かせた。

話が一気に飛躍したので、理解の範疇を越えたのだろう。


「カーレント方面はまだ大丈夫ですか?ラーシャスの洞窟の近くが良いのですが」


それを置いてそう聞くと、リーンは「はい」と言葉を返す。


「それではお願いしても良いですか。大丈夫。多分、皆、無事ですよ」


保障は無いが、確率は高い。

計算高いあの男なら、きっとドリアードは生かしているはずだ。

ある意味での妙な信頼を持ち、私はリーンにそう言った。


「分かりました…先生のお言葉を信じます」


聞いたリーンはそう言って、カーレントへのゲートを開いてくれた。


「大丈夫」


最後にもう一度そう言って、ゲートの中へと足を踏み入れる。


「うおっ!?」


直後に大きな揺れを感じ、転げるようにしてゲートに入った。




「なに!なに!なにこれええええ!!!」


向かった先ではドリアードが騒いでいた。

誰かに襲われているという訳では無く、大きな揺れが続いているのだ。

意識がはっきりした私は屈み、揺れが収まるのを無言で待って居た。


「いやあああ!こんなの無理いい!大きすぎるぅぅぅぅん!!」


ドリアードのそんな悲鳴を聞いて、なんだか少し興奮をする。

だが、やがては揺れが収まり、彼女は「ふぅぅぅぅ…」と息を吐いた。


「いやはや、本当に大きかったですね…」


その言葉には彼女は驚き、気付くなり「ひっ!」と悲鳴を上げた。


「い、いつから…!?」


と、質問されたので、「殆ど最初から…」と正直に言う。

すると、ドリアードは「イヤア!」と言って、顔を押さえて枝へと飛んだ。

覗き見するつもりは無かったのだが、彼女には少し悪い事をしたらしい。


「驚かせてしまってすみませんでした!」


一応謝って古木を後にし、ラーシャスの住んでいる洞窟に向かう。


「どうした!!」


と、大きな声を出したのは、ラーシャスが洞窟から出て来て居た為だった。

人間形態では無く本来の姿で、どこかに行こうとして翼を上げており、私の声に気付いた後には、翼を下げて「そちらこそどうした」と聞いて来た。


「特に大きな理由は無いが、少し話がしたいと思ってな」


そう言いながらに近付いて行く。

ラーシャスは体を地面に伏せて、「ほう」と言ってその場に落ち着いた。


「大陸の中央に異変を感じたぞ。斜塔の時と同じ感覚だ。見る間に力が衰えて行く。アレにはどうやら我々の力を制限する効果があるらしいな」


直後の言葉がそれだったので、訳が分からず「ん?」と言う。


しかし、すぐにも内容を理解し、「何!?」と、驚いた顔を返した。


「半魔のお前には影響が少ないか…それは武器となりえるかもしれんな…ちなみに私の力だが、もはや先刻の半分以下だ。斜塔と同じ程の影響があるのなら、3分の1程に落ち着くだろうな」


流石は長生きしているせいか、異常事態の中でも涼しい顔だ。

いや、或いは焦っているのかもしれないが、その顔はいつもと変わらないように見える。


「という事はつまり、大陸の中央…無法地帯か、あそこに何か出て来たという事か?」

「多分な。それを見に行こうとしていたのだが、これは見に行く必要も無いな。間違いなく同じものだ。予想通りの所に落ち着いた」


私が聞いてラーシャスが答える。

3分の1程の力になってしまったのか、最後に「ふぅ…」と息を吐いた。


「これで西部と中央が覆われた。もし、これと同じような物が、大陸の東部にも出てきたとしたら」


大陸全土がその効果に覆われ、魔物達の力が3分の1程になる。

だが、その先の事は分からないのか、ラーシャスもそこで言葉を止めた。


「確か、アブディクル帝国の先陣は、魔物達が殆どと言う話だったな?だとしたら、こんな事をして何になる?自分達にとっても不利なだけだろう?」


その言葉にはラーシャスは「同じ条件ならな」と、意味深な事を言った。


「或いはあちらだけが全力を出せるなら、これほど優位な話はあるまい。反抗する魔物の討伐等は、いとも容易き事であろうよ」


それから続けてそう言ったので、「そうなのか?」と、質問をした。


「さぁな。私の推測に過ぎん。そうだとしたら合点がいく。ただ、それだけの話だな」

「なるほどな…まぁ、確かに。そう考えると納得は行く」


ラーシャスの返答にそう答え、口に手を当てて小さく頷く。


「ひょっとしてやる気になったのか?」


等と聞かれたので、「ああ」と微笑みを見せて置いた。


「それは重畳。そういう事ならば、早速お前に頼むとしよう」


直後の言葉には「何を?」と返す。

ラーシャスはそれに答えずに、その身を人間のサイズに変えた。


そして、例の女性の姿になり、「紹介してくれ」と切り出したのである。

今度のそれには「誰を…?」と返し、困惑した顔で返答を待つ。


「名前は知らんが、あるのだろう?奴らに反抗する魔物の組織が」


どうやらア連の話のようだ。

その存在は知っていたが、名前までは知らなかったらしい。


「あるにはあるし、知っているが、紹介したとしてどうするつもりだ?」

「どうもこうも、居場所にさせてもらう。こうなってはここには居れんからな。マジェロのようになってはたまらんし、操られて人間を殺すのも御免だ。となると居場所はそこしかあるまい。何、いざとなったら力を貸してやる。良いからさっさと「分かった」と言え」


その質問にはそう答え、ラーシャスは「さらり」と髪をかきあげた。

こうして見るとただの美女で、上から目線もむしろ心地良い。


すぐにも「分かった」と、言葉を返し、ラーシャスから満足げな笑みを頂いた。


「あー、だが、その前に、コッドの村に寄って行きたいんだ。ゲートが使えなくなる可能性があってな。その事をコッドに伝えておきたい。戦争の事も知らないだろうし、本人がもし希望するなら、プロウナタウンに連れて帰りたいんだ」


その後に言うと、ラーシャスは「良かろう」と言って同行を承知した。

コッドは多分、逃げないだろうが、伝える事は伝えておきたい。


それが備えにも繋がるだろうし、私の心の安定にもなるからだ。

あの時伝えて居れば…なんて、後悔するのは嫌なのである。


「すまんな。では、早速行くか」


ラーシャスに言って歩き出す。


「うむ…そこにはうまい酒はあるかな?」


そう言って後ろに続いたラーシャスには、「さぁな」と苦笑いして先を急いだ。


「ん…?」


しばらく歩いて何かを見つけた。


どうやら人間の子供のようだ。


年齢はおそらく7~8才で、性別としては男の子。

近くにはコッドの村があるので、おそらくそこの住民だと思われる。

道の縁に立ち尽くし、森の中を「じっ」と見ており、私達の姿に気付いた後に、「あっ」と言って近寄って来た。


「犬が寝てるの。助けて上げて」


謎の言葉に眉根を下げる。


「犬な」


と、ラーシャスが「ぽつり」と言ったので、そのままの顔で後ろを向いた。


「怪我してるの。死んじゃうよ。おじちゃんでもお姉ちゃんでも良いから助けてよ」


私はおじちゃんでラーシャスはお姉ちゃん。

実際にはおじちゃんとおばあちゃんだが、外見上ではそう見えるのだろう。


「助けてやるのかおじちゃんよ?」

「うるさいぞ、お姉ちゃん…」


返した後に顔を向け、「それはどこに?」と少年に聞く。


「あそこ」


と言われたので顔を向けると、森の中に銀色が見えた。


大きさとしては1m半程。

割と大きい犬…では無くて、どうやら狼のようである。

腹と足から出血しており、こちらを見ながら低く唸っていた。


「なるほど、犬、な」


ラーシャスの言葉の意味が分かり、ここで少し苦笑いする。


「助けて上げてよ!」


と、少年に急かされたので、おっかなびっくりで森に踏み入った。

狼は尚も唸っていたが、ラーシャスを見ると静かになった。

どうやら強さの差が分かるのか、その辺りは流石の本能と言えた。


「珍しいものだ。こんな所で見るとはな」

「狼なんてそこら中に居るだろう?それともカーレントでは珍しいのか?」


ラーシャスが言い、私が返す。

そう言いながらにも袖を裂き、狼の体の血を拭う。


「裂傷だな…剣、いや、斧のようなものか…?」


割と深い傷である。

しかし、当たり所が良かったのだろう、致命傷には至って居ない。


「生憎薬は持って居ないんでな。後は自力で回復してくれ」


服の袖を更に裂き、それらを傷口に巻き付けてやる。


「助かったの?犬?」


言いながら、少年が近寄ってくる。


「犬じゃないが、まぁ、そうだな」

「良かった!犬!良かったな!」


笑って言うと少年も笑い、狼の頭を強引に撫でた。

命の恩人だと分かっているのか、嫌がっては居るが狼は逃げず、少年が頭を撫で飽きるまで、黙ってそれに耐え抜いていた。


「じゃ、ありがとうおじちゃん、お姉ちゃん!」


少年が言って立ち去ると、狼も「ウォゥ」と吠えて消えた。


「本当に珍しい事があるものだ」


と言う、ラーシャスを疑問の目で見た後に、私は再び村を目指した。


挿絵(By みてみん)




それからおよそ20分後に、私達は目的の場所へと着いた。

コッドの家は以前の場所に無く、村の中央付近になっており、知らない女性に出迎えられたので、私は直後は間違いかと思った。


「あっ…イアン先生ですね。夫がお世話になっております」


が、女性が頭を下げた為に、間違いでは無いという事が分かり、夫という単語を聞いた為に、結婚した事を察したのである。


女性の年齢は25~6才。

髪は薄い金髪で、温和な印象を受ける人物だ。


「ああ…いや、突然お邪魔してすみません。結婚していたとは知りませんでした」


正直に言うと女性は笑った。

ラーシャスも後ろで「フフフ…」と笑っている。

大丈夫かそんなので?とでも思ったのだろう。


「すみません、そういう人なんですよね、あの人は。私、ミランダと申します。以後、よろしくお願いします」


ミランダが言って頭を下げる。


「こちらこそ」


と言って頭を下げると、夫のコッドが姿を見せた。


「どうした?一体何をやっている?」


それはこちらのセリフであったが、とりあえずの形で「いや…」と返す。


「まぁ入れ」


とぶっきらぼうに言われ、ラーシャスを後ろにそれに続いた。


ミランダはその後にドアを閉めて続き、途中で追い越してどこかへ向かった。


「また、違う女だな」


と、コッドに「ぼそり」と言われた為に、「いや、これは違うんだ」と、一応の言い訳をしておいた。


「二兎を追う者は一兎も得ず。最終的には誰も居なくなるぞ」


そんな言い訳には聞く耳を持たず、コッドが言ってドアを開ける。

そこは外観からは想像できない程の、割としっかりした執務室だった。


「みょ、妙な部屋だな…?応接室じゃないのか?」


聞くと、コッドは「いや」と言う。


「今の俺の立場からするなら、ここが応接室みたいなものだ」


そんな事を言って入るので、私とラーシャスも中に踏み入った。


「言って無かったが村長になった。それと、あいつと結婚をした」


ここで!?と、正直思わなくはないが、コッドがいきなりの告白をする。


どちらも驚く事ではあったが、「そうか…」という一言をまずは返す。


「村長の方は兎も角として、結婚した方は教えて欲しかったな。結婚式なんかはもうやったのか?」


それには「いや」と言って椅子に座る。

右手で着席を勧めて来たので、体を横に向けてソファーに座った。


右手にコッド、正面にラーシャスと言う絵面である。


どこかに消えたミランダは、ここで左のドアから現れ、テーブルの上にハーブティーとお茶菓子を置いて戻って行った。


「してやれば良いのに」


それから言うとコッドは俯き、「苦手なんだ」と、一言を言う。

何が?と質問するまでも無く「騒がしい事が」だという事が分かり、私は微妙な顔をして「うーん…」と長めの息を吐いた。


「お前が苦手でも女の方はどうだ?結婚式というものは、人間の女には大事なものだろう。人生を共有して行くのであれば、そういう妥協も必要だと思うがな」


今まで黙って居たラーシャスが言い、ハーブティーを「ずずず」とすする。

聞いたコッドは素性を訊ねず、それには「確かにな」と短く答えた。


「まぁ、子供が生まれるまでには、その辺りの事も決着をつけよう」


続けた言葉で私が噴き出す。

やることはもうやっているらしい。


「いつの間にか誰も彼もが、お前を抜いてゴールしているな?スタート地点でこそリードをしていたが、後ろにはもう誰も居ないのではないか?」


コップを置いてラーシャスが言う。

返せる言葉が無かった為に、私は「くっ」と顔を逸らした。


「(だがまだフェネルの奴が居る!)」


そう思ったが、恥ずかしくなり、直後には「アホか!」と自分に突っ込む。


「それで、今日は何をしに来た?」


会話が途切れた隙を突き、コッドが横から聞いてきた。


「ああ…」


と言ってから理由を話すと、コッドは「なるほど」と、小さく頷いた。


「ありがたい話だが断らせて貰おう。俺にはこの街を捨てる事は出来ん」


分かっていたので「だろうな…」と言う。


「だが、死に急ぐなよ」


と、念の為に言うと、「分かっているさ」とコッドは微笑んだ。


「村長!大変だ!」


誰かが叫んだのはその時の事。


しばらくしてからミランダに連れられ、叫んだ男が執務室にやってきた。

年齢はおそらく40くらいの、麦わら帽子をかぶった男だ。


「エライ事になった!魔物だよ魔物!こんな一杯の魔物が空に!」


どうやら相当焦っているらしい。

私達に構わず話を切り出し、両手を広げて「こんな」を表現する。


「どこだ?」


聞いたコッドが立ち上がり、男が「こっちだ!」と走り出す。


「すまんな。ゆっくりとは行かなくなった。今の内に村から立ち去ってくれ」


動きながらにコッドは言って、男を追って走って行った。


「奴らにしては少し早いな…?」


顔を顰めてラーシャスに聞く。


「斥候かもしれんな。そうだとすると、どの道、近々戦になるだろう」


返って来た言葉がそれだったので、一応の返事として「そうか…」と言った。


「どうする?このままここに残るのか?最悪、私は敵になるかもしれんぞ?」


これには即座に「いや」と返す。

目的はすでに達成した訳で、ここからの事はコッド達次第だ。


勿論、そこには心配はあるが、私には私の大事なものと、やるべき事が残されている。


ア連のリーダーの取り次ぎをする事、ラーシャスをリーダーに紹介する事。


他にもまぁ、色々あるが、それらの事はここに居ては決して出来ない事柄である。


故に、私は「戻ろう」と言って、ソファーから「すっ」と立ち上がるのだ。


「斥候ならば戦いにはなるまい。それに、街道からは外れている村だ。侵攻対象にはならんだろうさ」


ラーシャスが言って腰を上げる。

その言葉には「そうだな」と答えて、コッドの家の玄関に向かった。


外の喧騒が聞こえて来たのはその直後の事だった。

玄関を開けて右を見ると、村の破壊が始まっていた。


家が壊され、人が吹き飛び、道には死体が転がっている。

地上にはゴブリンやオーク達が居り、空には多くの飛竜が飛んでいる。

そこからは炎が吐きつけられて、家や人を焼いていた。


コッドは右の通りの上で、斧を片手に奮戦しており、逃げ惑う人々に声をかけて村の外へと避難させていた。


「どういう事だ!?侵攻対象ではないのだろう?!」


動揺の為にラーシャスを責める。

バカな事を言ったと思ったが、ラーシャスは「すまんな。予測が外れた」と、申し訳なさそうな顔をした。


「兎に角コッドを助けよう!あのままではいくら強いとはいえ…ッ!!?」


言う間にも目の前に一匹のガーゴイルが降り立ってきた。

直後に「カカカ!」と笑いつつ、鉤爪を振り上げて襲い掛かってくる。


「カッ!?」


が、これはラーシャスのケンカキックによって防がれ、ガーゴイルは少し吹っ飛んだ後に、壁にめり込んで活動を停止した。


「俺の事は良い!!ミランダを頼む!!!!」


その音によって気付いたのだろう、大声を出してコッドが言った。

その言葉には「分かった!!!」と答え、私は再び中へと入る。

ラーシャスはその間にも魔法を撃って、空中の飛竜を叩き落としていた。


「ミランダさん!!どこです!!ミランダさーん!!」

「はい!?」


叫んで探すと声が返り、やがては二階からミランダが現れる。


「きゃああ!?」


直後に背後のガラスが割れて、一匹のゴブリンがミランダを襲う。


「ゴブゥゥ!?」


だが、これには魔法が間に合い、危うい所でミランダは助かる。


「あ、ありがとうございます…助かりました」

「その言葉はまだ早いかもしれません…とにかく外へ。驚かないように」


ミランダの礼を適当に受け、その手を引いて外へと向かった。


「無事だったか」


と、ラーシャスが言うので、それには「ああ」とまずは答える。


玄関の前には6体程のガーゴイルと飛竜が墜落しており、3分の1の力になったとは言え、ラーシャスの強さには目を見張るものがあった。


「あ、あなた!?あなたァァー!?」


ミランダが叫び、通りの方を見た。

コッドは無事に健在していたが、疲労はもはや明らかだ。


肩で息をし、振り向きもせず、ひたすらに敵を薙ぎ払っており、ついにはオークの槍を受けて、その場で大きくたたらを踏んだ。


「ブブゥ!!?」


だが、直後にはオークを切り倒し、腹を押さえて尚も戦う。

そして、一瞬の隙に振り向き、ミランダに向かって「逃げろ!!」と言った。


建物が倒れ、視界が狭まる。


やがては炎がそこから舞い上がり、コッドは殆ど見えなくなった。


魔物の数は一向に減らず、ついにはオーガが姿を現した。


その数は3体。


コッドの正面に見え、少しずつこちらに迫って来ている。


「どうすれば良い…」


運命を左右する決断を前にして、私は迷い、立ち尽くしていた。




「私が行こう。お前はこの娘を連れて逃げろ」


迷っているとラーシャスが言った。

ミランダは首を振り、「いや…いや…」と繰り返している。


愛する者が死ぬかもしれない。

それは当然嫌ではあろう。

私が右手を離したならば、ミランダはきっと駆け寄って行くはずだ。

気持ちは分かるし、私でもそうする。


だが、コッドに頼まれて承知した以上、この手は決して離せない。

私がコッドの立場であれば、愛する者には生きて欲しいからだ。


「…救えるのなら救ってやってくれ!彼女を安全な所に置いたら、私もすぐに戻って来る!」


考えた末にそう言って、私はコッドをラーシャスに任せた。


「約束は出来んが、努力はしよう」


そして、ラーシャスの言葉を聞いて、ミランダを引っ張って走り出した。


「いやああ!離してえ!!コッドが!コッドがぁぁ!」


泣き喚いているミランダを連れ、私はひたすら森へと駆けた。

とりあえずゲートの近くに入れば、今は安全だと考えたのだ。


爆音が轟き、咆哮が聞こえる。


ラーシャスが本来の姿に戻ったのである。


「(これなら大丈夫!コッドは助かる!)」


自分に言い聞かせて更に走り、ようやく森の入口に着く。

右手の草木が揺れたのはその時で、警戒の為に私は止まった。


「なんだ…驚かせてくれる…」


現れたのは狼だった。

服の切れ端が巻いてある所を見ると、どうやら先程の狼らしい。

安堵の息を吐いてから、それを無視して右足を動かす。


「あの子はどうした?逃げられたのか?」


直後に聞こえた声に驚き、私とミランダは足を止めた。

男のものとも女のものとも、区別がつかない独特の声だ。


「まさかお前が…?」


聞くと、狼はこちらを見上げた。

どうやら彼が発したものらしい。

まさかの事に目を見開くと、「どうなんだ?」と言って質問を続けた。


「喋れるのか…?という事は魔物か?」

「そんな事はどうでも良い。先程の少年は助かったのかと聞いて居る」


こちらの質問を無視した上で、狼は尚も質問してくる。


「さぁな…正直分からんよ…」


正直に言うと「そうか…」と言って、細い顔を村へと向けた。


「あいつらは俺を追ってきた。村が襲われたのは俺のせいだ」


それからそう言い、道に歩み出て、村へと向かって狼は駆け出した。

見る間に体が大きくなって、それに比して速度が上がる。


そして、5m程の体になった後に、放たれた矢のように宙に飛んだ。

狼の体はすぐに見えなくなり、辺りに驚きと静寂だけが残る。


「い、いかん!とにかく今は逃げる事だった!」


状況を思い出した私は動き、ミランダをゲートの近くまで導いた。

それから走り、村に戻ると、戦いはすでに終結していた。


しかし、巨大な竜と狼は、横たわったコッドを見下ろしていたのだ。




コッドは死んではいなかったが、もはや助からない状態だった。

私は急いで道を引き返し、ミランダを連れて村へと戻った。

最期の瞬間にはどうにか間に合い、ミランダはその場で膝をつく。


「すまなかったな…俺の我儘で…お前の結婚式を…やってやれなくて…」


コッドの左手がミランダに伸びる。

顔を向ける力は無いのか、その目は高く天空を見ていた。


「良いよ…そんな事…気にしてないから…」


その手を取ってミランダが泣く。

私はそれを見るのが辛くて、顔を背けて地面を見つめた。


「先生…」


だが、コッドに名前を呼ばれてしまい、やむを得ずに顔を戻す。


「あそこで…あのまま残って居たら…俺は幸せを知らずに死んだ…例えば何十年生きたとしてもだ……だから、俺は後悔していない……充実した人生だったと思っている…ミランダにも出会え、家庭が持てた……これは例えようがなく幸せな事だ……あんたも早く……その事に気付くと良い……」


その言葉には「ああ…」と返す。

この期に及んで誤魔化せないし、死ぬな、と言うのももはや未練だ。

コッドもそれが分かるのだろう、にやりと笑って両目を閉じた。


「今日は…寒いな……」


コッドは最期にそう言って、左手をミランダの膝へと落とした。


奴隷として生き、バーサーカーとして生きた男の幸せな寝顔がそこにはあった。




私達はコッドを失ったが、多くの命を助けられた。

その中には例の少年も居り、それを知った狼は喜んだ。


「何者なんだ?」


私が聞くと、その正体はラーシャスが教えてくれた。


「これはフェンリルだ。魔狼(まろう)とも呼ばれているな。実力的にはマジェロと同等の、狼の神とも呼ばれている者だ。イグニスに居を構えていると聞いたが、差し詰め奴らへの協力を拒み、その為に巣を追われたのだろう」


これがラーシャスの憶測からの言で、フェンリルもそれを否定しなかった。


「力が弱って居なければ、あんな奴らはどうとでも出来た。だが、この国に逃げてきたのは失敗だったと言わざるを得ない……あれは本当に気に食わん奴らだ」


だが、コッドの件で思う所があるのか、フェンリルはそこには憤りを見せていた。


「良ければプロウナタウンに来ますか?住む場所や仕事はなんとかしますので」


友との約束を果たす為に、私がミランダに向かって聞いた。


「いえ、私はここに残ります」


しかし、ミランダは迷いを見せず、すぐにもそう返してきたのだ。


「夫の遺志を受け継ぎたいんです。お腹の中のこの子の為にも。あなたのお父さんが作った村よ、って、誇りにさせてやりたいんです」


続けて言ったその言葉には「わかりました」と言う他に無い。

頑張って下さい、なんて野暮だし、頼まれたくせにブン投げにも近い。

かと言って「それは駄目だ」等と言う権利は、おそらく誰にも無いだろう。


「…また、必ず訪ねて来ます。だからどうか無事で居て下さい」


故に私はそう言って、また来る事をミランダに誓った。

しばらくは訪ねて来れないかもしれないが、今はここに留まる事は出来ない。


やる事をやって、済ませた後には必ずこの村を訪ねようと思う。


「(どうかそれまで天国の友よ、ミランダと子供を守ってやってくれ)」


コッドが眠る村を後にし、私達はゲートがある森へと向かった。


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