イアンの決意
その日、6月23日はラッドとメルンの結婚式だった。
私とレーナは正装に着替え、朝早くに出発して準備を手伝った。
参列者の数は60人程で、村に教会が無かった為に、広場で式が行われる事になった。
ステージが作られ、テーブルが置かれて、その上にはささやかな料理が並んでいる。
そんな中で二人の結婚式は、静かに問題無く進行しており、現在はジョゼッタの祝福の歌をステージの上でにこやかに聞いて居た。
歌の名前は知らないが、心に染み入る良い歌である。
テーブルの一画に陣取った私は、飲み物を片手にその歌を聞き、隣のレーナは食事の手を止めて、ジョゼッタを見ながら静かに聞いて居た。
「おぉー…」
歌が終わり拍手が巻き起こる。
私とレーナもそれに加わり、「うまいな」「うまいですね」と、ジョゼッタの歌を称えた。
「(しかし、脚は治らないか…まだ小さいのに可哀想だな…)」
照れた様子のジョゼッタが、脚を引き摺ってステージから降りる。
それを見た私はそう思ったが、現在の医療技術ではどうする事も出来ない事だ。
「それでは友人代表のイアン・フォードレードさんの祝辞の言葉です。同氏はプロウナタウンで医者をしており、新郎と新婦の出会いを作った、恋のキューピッドとなる存在だったとか。皆様、盛大な拍手をもって同氏の登場を迎えて下さい」
進行役の男が言って、私が「なっ!?」と、驚きの声を出す。
理由はひとつ。聞いて無いから。
そんな事は聞いて無いので、何も準備をしてきていないのだ。
だが、会場には盛大な拍手が巻き起こり、「どうぞー!」と男が登場を急かしてくる。
「どうしたんですか先生?」
と、レーナが不思議な顔をしたので、「(聞いて無いんだ!)」と、言ってから動いた。
「(こういう時は何を言えば良いんだ…こんな事は一度もやった事は無いぞ…)」
考えながら前に行き、ステージに上がって壇の後ろに立つ。
そこから見ての左背後にラッドとメルンは座っており、二人して「にこにこにこにこ」しながら私の祝辞を待ち構えていた。
「(伝えて無い事が分かってないな…全くお気楽な新郎新婦だ…)」
「ちらり」と見た後にそう思う。
「どうぞー」と、再び言われた為に、とりあえず「あー…」と言葉を発した。
「本日はその…お日柄も良く…お二人のその…心のように?雲一つない、清々しい晴天であります」
何を言っているんだ…と、思いつつ、出て来る言葉を適当に紡ぐ。
空には実際雲があるし、何人かはそれを見て不思議そうにしていたが、それに構わず言葉を続けた。
「おー…二人の出会いは今から多分…半年くらい前でしたかね…?結婚相手を探しているという新婦のメルンさんの訪問がきっかけです。彼女はそのサ…」
サキュバスでして、と、言いかけてギリギリの所でそれを飲み込む。
「…-ビス業についていた女性で」
と、強引に言葉を変えて置いたが、これには本人が疑問していた。
「心遣いが細やかな人でした…一方の新郎のラッドさんは、心根の優しい素晴らしい男性で、とある患者のワクチンを作る際に、出会った事により交友が始まりました。…お互いに出会いを求めていたので、紹介させて頂いたのですが、こうして無事にゴール出来た事を友人としても嬉しく思います……これからは夜が…あぁいや!…これからの生活は大変でしょうが、ジョゼッタと居候と協力をして、四人六脚で頑張って行って下さい」
何とか言い終えて息をつく。
ラッドとメルンが拍手をした後に、会場からも拍手が上がる。
「四人なら八脚になるんじゃないか?」
と言う、疑問の声が上がっていたが、これはガスパルの0本があるので、私が間違えた訳では無かった。
「なかなか素晴らしい祝辞でしたよ?」
テーブルに戻り、レーナに言われる。
「よしてくれ」と、笑って返すと、レーナもそれに笑って応えた。
「それではウェディングブーケの投げ渡しです。受け取りを希望される女性の皆さんは、ステージ前に集合してください」
直後の声でレーナが固まる。
「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってきますね…」
等と、見え見えの嘘をついて行くので、苦笑いを作って「ああ…」と答えた。
「(やっぱり女の子か。オカルトじみているが、ああいうものには興味があるんだな…)」
そういうものは信じない私だが、信じている人の否定もしない。
故に、黙ってレーナを見送り、フォークに刺したパインを食べた。
「どうもどうもお久しぶりです」
右から誰かの声が聞こえた。
顔を向けると40くらいの、品の良い紳士がそこに立っていた。
私達と同様に正装だが、両手には白い手袋をつけており、右手に黒い杖を持って、左手をその上に乗せていた。
髪の毛は黒で、オールバック。
口の上には二本の髭があり、男性の渋さをいや増しにしている。
「どうも…初めまして」
久しぶりと言われたが、こんな濃いキャラに知り合いは無い。
誰かがイメチェンをしたにしても、下地に覚えがあるはずである。
その為に敢えてそう言うと、聞いた男性は「ふふふ」と笑った。
「いやはや、やはり覚えて居ませんか」
そんな事を言われた為に、「人違いでは無いですか?」と、言葉を返す。
しかし、男性は首を振り、「間違いではないですよ」と私に言った。
「あなたとは砂漠でお会いしました。尤もあなたの方からは、私の姿は見えなかったでしょうがね」
言われた為に考える。
砂漠と言うとラーシャスや、マジェロと行ったあの時以外に無く、そこで出会った人物を頭の中で思い出して見た。
「(名前は忘れたがキノコの人か…?)」
そうは思うが面影が見られない。
年齢的には近いのだろうが、こんなに渋くは無かったはずだ。
順を追って思い出し、ある人物に辿り着く。
「!?」
気付いた時には男性も、「思い出しましたか」と言って笑った。
そう、この男性の姿はともかく、あの時私は声は聞いて居た。
砂漠の斜塔でラーシャスが、炎を吐きつけていた人物である。
何事かを言って姿を消したが、正体等は全くの不明で、あれ以来一度も聞かなかったので、その声すらも忘れかけていたのだ。
「改めてどうも。私の名前はバグダル・アブディクルと申します。立場の紹介は不要でしょうから、そこは省かせて頂きますよ」
男性、バグダルがそう言って、その場で軽く頭を下げる。
「まさか、アブディクル帝国の…!?」
と、興奮した声を発してしまったが、誰かがブーケを受け取った事と重なり、周囲の歓声に掻き消された。
「あなたには少し忠告をしに来ました。医者は医者としての本分を果たし、余計な事には首を突っ込まぬよう。ヴォジャノーイの件、鉱山の件、あれらは私の指図によるもので、当然、目的があっての事です。妨害をされれば腹が立つし、実害があるのなら考えなくてはなりません。近々、西では戦が起こるでしょう。これにどういう形であれ、あなたが関わってくると言うなら、私はそれなりの手段をもって、あなたに報復をせざるを得なくなる。これでも私は平和主義でね。余計な争いはしたくないのです。ご理解が得られる事を願っていますよ」
その間にバグダルは言い、背中を向けて歩き出した。
前方の通りには馬車が停められており、そこにはいつか目にした事がある、茶髪の少女が待ち構えていた。
少女はバグダルと合流した後に、扉を開けてバグダルを乗せ、そして、自身もそれに続いて、こちらを見てから扉を閉めた。
「(妨害する気など無かった、と言っても、きっと言い訳にはならんのだろうな…どちらにしても目を付けられた事は事実。今後は行動に気を配るべきか…)」
そう思っているとレーナが戻り、「どうしたんですか?」と質問してきた。
「いや、ブーケは取れたかな?」
真実を隠して質問すると、レーナは「いいえ…」と苦笑いする。
だが、直後に「いえ!?」と気付き、行っていた事を全否定した。
その後の夜の打ち上げパーティーでも、私はバグダルの言った事を考え、いまいち盛り上がる事が出来なかった。
「ど~したの師匠~!暗い顔してぇ~?ああ、アレ?羨ましくなっちゃった?わたしも恋人がほしぃぃん!!みたいなぁ?だったらオイラが出して上げるよ!バインバインのムッチンムッチンを!」
酔った様子のガスパルに絡まれ、「出せるのか?」と、私が訊ねる。
別に期待はしておらず、会話の一環としての返事であったが、ガスパルは「残念ん!」とまずは一声。
「流石に生き物はだせませぇーん!」
それから続けて「たはぁ!!」と言って、私の頭を「ぺしぺし」叩いた。
「(気楽で良いな…)」
と、少々呆れ、気付かれないように息を吐く。
「何かあったんですか?」
と、レーナに聞かれたが、そこでも私は「いや」と返した。
言った所でどうにもならないし、余計な心配をかけるだけだからだ。
レーナは何かを察したのだろう、「そうですか…」と、浮かない返事だが、それが何かは分かるはずが無く、場に相応しい顔へと戻った。
打ち上げはその夜の21時頃まで続き、新郎と新婦は宿屋に向かった。
自宅では無く宿屋な所が、言わずもがなの目的を語っているが、大人な私達は何も言わず、彼らの早足な背中を見送った。
そして、それから30分後程に、私とレーナは会場を後にし、自宅へ戻る為にゲートへと向かった。
こちら側のゲートを通り、リーンの待って居る森へと辿り着く。
かなり大きな地震が起きたのは、その直後の事である。
立って居られず古木に手をつき、倒れかかったレーナを支える。
リーンは古木に両手をついて、不安そうな顔で森を見ていた。
時間にするなら30秒程で、大きな揺れはようやく収まる。
「大きかったな…」
と、私が言って、リーンとレーナが「そうですね…」と、声を揃えて言葉を返した。
「(こんな事は久しぶりだが、何かの前触れでなければ良いがな…)」
先のバグダルの言葉を思い、何やら不吉な気持ちを抱く。
だが、考えていても仕方が無いので、我が家への道を進み出した。
翌日の昼にラーシャスがやって来た。
やって来たと言っても竜形態でなく、人間の女性の恰好でである。
どうやら入口が分からなかったらしく、患者として待合室で待っており、ルニスが普通に名前を呼んで、びっくりした後に気付いた訳だった。
「そちらの方から訪ねてくるとはな。しかもそんな恰好で…」
言うと、ラーシャスは「ふふふ」と笑った。
「もう一度家を壊して欲しいなら、本来の姿でお邪魔するが?」
そして、続けてそんな冗談を言うので、「勘弁してくれ」と返して笑った。
「えーと…どういった症状ですか…?」
カルテを持ってルニスが聞くので、それには「ああ…」と、とりあえず一言。
「いや、彼は患者では無いんだ。多分、客だな。そうだろう?」
それからルニスに言って聞くと、ラーシャスは「うむ」と返事を発した。
「という訳で少し外させて貰うよ。休憩時間の前倒しという事でな」
「わっかりましたー」
ルニスに言って返事を貰う。
それから私とラーシャスは、廊下を通って応接間へ向かった。
「どうしたんだ?初めての事だが」
言いながら、私が奥へと座る。
ラーシャスはそこでは何も言わず、私の正面のソファーに座った。
「昨夜の地震に異常を感じてな。砂漠地帯に翼を伸ばした」
直後の言葉がそれだったので、訳が分からず「ん?」と言う。
「砂漠の斜塔だが、覚えて居るか?あれの全容が露わになっていた。私の記憶にも無いものだが、アレはおそらくとんでもない物だ。行動が制限されるというのかな……あそこの近くでは意識が薄くなり、思うように体が動かせん。一応、破壊を試みたが、マジェロが邪魔をしてそうも出来なかった。どういう目的で現れたものかは知らんが、ろくな使い方はしていないようだ。ここにはその事の報告と言うか、注意を喚起して貰いたくてやって来た」
砂漠の斜塔は覚えて居るが、ラーシャスの言う事は良く分からない。
全容が現れたと言う事もそうだが、行動の制限やら、マジェロの邪魔やら、分からない事は山ほどである。
「マジェロが邪魔とは…?」
とりあえず、一番気になった事を聞くと、ラーシャスはまずは「うむ」と唸った。
「近付いた私を攻撃してきたのだ。会話は出来んし、攻撃もやめん。いよいよになったので一度引いたが、それでも奴は塔から離れなかった。高い確率で操られていると思うが、理由も、操者も全くの不明だ」
それから言って、「どういう事だ…」と、私を更に疑問させた。
「ともかく、この事を広げてくれるか。砂漠地帯には近寄るなとな。何が起ころうとしているのかは知らんが、危険に自ら近寄る事もあるまい」
その言葉には「ああ…」と言い、少しの間考え込んだ。
「実はな…」
それからラーシャスに昨日の事を話す。
奴との出会い、そして会話、自分でそうとは言わなかったが、アブディクル帝国の王であろう事等。
その上で今後は容赦をしないと、脅しをかけて来た事等を、順番を追ってラーシャスに話した。
「ふむ…なるほどな…ならばそやつの仕業と見て良いか」
ラーシャスはそう言って顔を逸らした。
「どうやらお前は巻き込めんらしい。先程の話は忘れてくれ」
そして、直後にそう言って、ソファーから腰を上げるのである。
「なぜだ?」と、こちらから問うまでも無く、それが、バグダルに対しての妨害になってしまうかもしれないからで、それを察したラーシャスは、この件から私を引かせようとしたのだ。
「いや!それは出来ない!」
と、ズバッと言えたら恰好が良かったろう。
私であってもそんな男なら、「やだ!カッコイイ!」とときめいたかもしれない。
だが、私は基本的にはチキンで腹黒い男である。
自身と、レーナやルニスの事を思い、ラーシャスに「すまんな…」と詫びを入れるのだ。
「気にするな。人間には色々としがらみもあろう」
「ふっ」と笑ってラーシャスは言い、その足でそのまま帰って行った。
これで良いのかと思いはするが、こうする以外に安全な道は無い。
「情けないな…」
と、一人で呟き、右手を額の上に乗せて、ソファーの背もたれに頭を置いた。
それから4日後にはフォーリスがやって来て、西での事件を話してくれた。
砂漠地帯の北にある、トルケ共和国が攻められたと言うのだ。
攻めたのは勿論アブディクル帝国で、二日程前に両軍は衝突。
トルケ共和国はそれに惨敗し、無条件の降伏を受け入れたと言う。
現在は首都に兵を置かれて、敗戦処理の最中らしく、名のある者は徴兵されて、兵として南下をさせられているらしい。
「兵の殆どは魔物だそうだ。以前の戦争の時とは違い、死を恐れずに立ち向かってくると言う。各国の連携が取れていない今は、はっきり言って脅威と言えるな」
「確かに…」
困窮した顔でフォーリスが言い、同じような顔で私が頷く。
「もしや砂漠の斜塔のせいか」と、本当は言いたい所であるが、反抗の意思を見せない為には、黙っておく事が賢明で、そう思うが故に自分に対し、私は異常に情けなさを感じた。
「何か知っているのか…?」
顔色を察してフォーリスが聞くが、それには「いや…」と嘘をつく。
フォーリスは「そうか」と返しはしたが、嘘を見抜いている風ではあった。
その日の午後にはある患者が来て、アブディクル帝国の噂を聞いてくる。
これにも私は「さぁ…」と言って、知らないフリをしてなんとか乗り切った。
翌日には、アブディクル帝国軍に加わりたいと言う患者が現れ、本来ならば止める所だが、私は「気を付けて…」としか言葉を送れない。
「(本当に良いのかこんな事で……間違った事をしているのは、私では無くてあちらではないのか…)」
自室に篭り、頭を押さえ、私は一人で一晩中悩んだ。
嘘をつく事も、知らないフリをするのも、死地に患者を送るというのも、全てに嫌気がさして来たのだ。
反抗すれば我が家ばかりか、ルニスとレーナを失うかもしれない。
だが、間違っているものを見過ごして、知らないフリをするのはもう嫌だった。
朝になって、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでくる。
蝉達がみんみんと鳴き始め、私は朝が来た事を知る。
「とりあえず、顔でも洗ってくるか…」
考えを少し整理する為に、立ち上がって部屋を出る。
そして、トイレの中に入って、洗面台の蛇口を押した。
「ふぅぅ…」
顔を洗って一息をつく。
鏡を見ると酷い顔だった。
寝て居ないというだけでは無く、ストレスがモロに出た顔であり、「これではいかんな…」と、顔を拭いて、両目を押さえつつトイレを後にした。
「おはようございます。何が駄目なんですか?」
折も折、レーナと鉢合い、先の言葉の意味を聞かれる。
「ああ、おはよう…いや、別に何でも…」
と、それを誤魔化して切り抜けようとしたが、レーナは私の腕を掴んだ。
「先生、本当の事を言って下さい。何か一人で悩んでますよね?この間の結婚式から絶対に様子がおかしいですよ?」
真剣な顔でそう言って、私の両目を「じっ」と見つめる。
罪悪感から顔を逸らすと、レーナはそちらに「ばっ」と移動した。
「戦い以外では役に立ちませんが、わたしだって力になりたいんです。だから先生、話して下さい」
それは懇願と言えるものだった。
質問ならば嘘はつけるが、懇願に対しては嘘はつけない。
出来る事は断るか、それとも受け入れるかのひとつにふたつだ。
「…うーん」
考え、しばらく悩んだ結果、私は「わかった…」と懇願を受け入れた。
戦い以外でもあてにしているが、余計な心配はかけたくなかった。
だから黙っていた物だったが、ここに至っては仕方が無いだろう。
自室に招き、座って貰って、ここまでの成り行きを一気に話した。
「そんな事が…」
と、レーナは驚き、その上で「だったら」と言葉を続けた。
「間違っている事には立ち向かいましょう!先生も、医院も、ルニスさんも守ります!わたしが必ず守って見せますから!」
全く以て立場が逆だが、私はレーナがカッコイイと思った。
この人になら抱かれても良いと、またまた逆にときめく始末だ。
ともあれ、レーナの言葉を聞いて、私の心もようやく決まった。
無力であろうがチキンであろうが、脅迫に屈するヘタレは消えた。
ダメ元でも少し稽古をしよう。
今より少しでも強くなれば、その分レーナのサポートが出来る。
そう思った私はレーナに頼み、空き時間に稽古をつけてもらう事となった。
その日の内から稽古は始まった。
見るよりも教われ、教わるよりも慣れろ、が、ワレンシュタイン家のやり方らしく、戦いに関してはドシロウトだというのに、私はいきなり試合をさせられた。
相手はレーナで、当然ながら、木刀はひとかすりもしなかったが、試合の度にアドバイスを受けて、私は少しずつ理解して行った。
夜は夜で魔法の勉強をし、どちらかと言うとこちらの方が、私に向いているという事が分かる。
母が魔女で父が魔族なら、これは当然の帰結なのかもしれず、その素質を伸ばす為に、私は必死で勉強に取り組んだ。
「俺、アブディクル帝国軍に加わろうと思うんですけど、先生はどう思いますか?」
診察中にコボルドに聞かれれば、「やめた方が良いですね」と率直に言い、
「最近有名なあの国だけど、魔物の解放を目指してるって言うじゃない?それが本当なら私達も協力した方が良いのかしら?」
と言う、ダークエルフの女性には、「私個人は嘘だと思います。色々と怪しい事をしているようですよ」と、正直な所を伝えて置いた。
これが反抗や妨害と言うなら、勝手にそう思うがいいさ。
来るなら来い、やってやる。
と、強気な姿勢で毎日を過ごした。
「(意外に何も仕掛けて来ないな…案外、家なんかは分かってないのか…?)」
練習試合が終わった後に、汗を拭いて私が思う。
6月が終わり、7月になったが、バグダルは何も仕掛けては来ず、或いはそういう事なのかもしれないと私は少し油断をし始めていた。
「あの、こんな時にあれなんですけど、明日からライブの練習があるんです。夜には帰ってくるようにするので、練習に行っても構いませんか?」
それは、レーナの口から発された7月1日の夜の質問で、前々から決まっていた事でもあるので、私はそれを「勿論だ」と言って受けた。
「こんな時にすみません…」
若干の不安があるのであろう、レーナは申し訳なさげであったが、油断をしていた私は笑い、「多分大丈夫だろう」とそれに返した。
そして翌日。
朝早くからレーナはライブの練習に行き、残された私は暇を見つけては、体力作りや勉強に励んだ。
「なんか最近やる気ですよねー…一体全体どうしちゃったんですか?」
「別に?運動の快感に目覚めただけだよ!」
歯磨きをしながらのルニスに聞かれて、素振りをしながら私が答える。
聞いたルニスは「ほへー…」と言って、うがいをする為にシンクに向かった。
レーナは兎も角ルニスには本当の事を話しても仕方無く、余計な心配をかけない為には嘘をつくしか道は無かった。
「おいおい、そんなんじゃゴブリンも倒せねぇぞ?」
不意に、男の声が聞こえた。
方向的には屋根の上なので、私は慌てて上を見上げる。
すると、誰かが目の前に「すとり」と飛び降りてきたのである。
「なっ…あんたか…」
それは私の父親だった。
ポケットの中に両手を突っ込み、「にやにや」と笑ってこちらを見ている。
「あんたはねぇだろ父親によ~…せめて「親父か」位は言ってくれよな?」
「そんな事が言える立場だと…?」
言われた為にそう返す。
父は「おっとォ?」と笑った後に、「まぁいいや」とその件を終わらせた。
「あれ!?先生、その人誰ですか!?ちょっとちょっとイケメンじゃないですか~!?」
聞いてきたのはルニスであった。
輝く表情で聞いて来ており、聞かれた私は「しまった!」と思う。
「どうも。イアンの父親です。初めまして美しいお嬢さん」
勝手な事を言うなと思うが、こうなってしまってはもう遅い。
「本当ですか!?お父さん居たんですか!?」
と、聞いてくるルニスに、仕方が無しに「ああ…」と答えた。
「うっわ!全然似てな…あ、いや!先生も先生でカッコ良いですよ!でもお父さんには年齢相応の渋さがあるって言うんですかね!?」
ルニスが言って「あはは!」と笑う。
100%誤魔化しであり、私の心に木枯らしが吹く。
褒められた父は「いやぁ」と言って、頭に手を当てて「にたにた」としていた。
「それで、一体何をしに来たんだ?自己紹介をしに来たという訳ではあるまい?」
むくれた顔でそう聞くと、父は「まぁな」とまずは言った。
「あのお嬢さんが居ない間は、俺が稽古をつけてやろうかと思ってな。不肖の息子の教育を今更ながらにしようって訳だ。なんと責任感に溢れている事か」
それから言って、両手を広げ、わざとらしく首を振る。
「どういうつもりだ…?おちょくっているのか…?」
信じられずにそう言うと、顔を逸らして口を閉ざす。
僅かに見える右目の下には「きらり」と光る何かが見えた。
「ちょ、ちょっと先生、言い過ぎじゃないですか…?」
と、ルニスが横から言ってきたので、ちょっとばかりの罪悪感が芽生える。
「ほ、本気なのか…?」
仕方なしに態度を変えて、少々穏やかな口調で聞いてみる。
「俺はいつだって本気だぜぇ~?」
すると、父は満面の笑みで、即座にそう返してきたのだ。
「あ、ああ…そういう事なら…少し力を貸して貰おうか…」
こいつ、絶対ウソ泣きだったな…と思いつつ、そういう事ならと協力を依頼する。
この事により朝昼は父、夜はレーナの指導を受ける事になり、短期間で効率的に私は確実に強くなって行った。
「(しかし、本当に何も来ないな…それ所では無いと言う事なのか…?いや、それならそれでありがたいんだが…)」
それから数日が過ぎた後にも、バグダルは何も仕掛けては来ず、7月の5日になった頃には、私の事には構っていられないのだと、勝手に判断するようになっていた。
その日の夕方。
買い物に行った帰り道で、配達人から手紙を受ける。
直後に刃を突きつけられた私は、自分の考えが甘かった事を、その場になって知るのである。
「なんだ…全然弱いじゃん…こんな奴すぐに殺れるのに、バグダル様はどうして甘やかすんだろう」
配達人の男が言って、喉に突き付けた刃を引いた。
どうやら今はやる気は無いようで、「悪かったね」等と謝ってくる。
「どういう事なんだ…?」
と、訝しんで聞くと、男は「別に?」と言葉を返した。
「あんたがどれくらい凄い奴なのか、試してやろうと思っただけさ」
そして、更に言葉を続け、帽子の下で両目を歪めた。
見た目の年齢は17、8程。
見えている部分の髪は黒だが、中心部分には金色が混ざっているようにも見受けられる。
身長は165㎝位か、平均よりも少し低く、華奢な体と相まって、一見では少女と見えなくも無かった。
「それ、バグダル様からの手紙だから。怖くないなら読むと良いよ」
そんな事を言われた為に、手紙を右手に顔を顰める。
「ほら、ほら、読んでよ?」
と、急かされた為に紙袋を置いて、封を破って中を見てみた。
『私の願いは届かなかったようなので、宣言通りに報復に出ました。
このような結果になってしまって、非常に残念に思いますよ。』
僅か二行の文章だった。
嫌な予感に顔を上げると、男が「にやり」と笑って見せる。
「何をしたんだ!?」
と、質問すると、「別に?」と言って右手を見せて来た。
その手はべっとりと鮮血に濡れている。
「運が悪かったなぁ、あの女。留守番なんてしてなけりゃあねぇ~」
続けて言って、その手を舐めたので、私の中の何かが切れた。
「貴様ァ!ルニスに何をしたんだ!!」
掴みかかるも「ひらり」とかわされ、すれ違い様に蹴りを入れられる。
その事によって私はつんのめり、固い地面に顎をぶつけた。
「何?やるの?やる気なの?だったらほら、貸してあげるよ」
私の横に剣が投げられる。
何も言わずに右手に握り、立ち上がり様に斬りかかった。
「どうなんだろう?自衛の為なら殺しちゃっても怒られないかなぁ?」
あっさりとかわされて「あはは」と笑われる。
続け様に炎を撃ったが、目前で現れた黒い膜に防がれた。
「ルニスに!一体!何をしたんだアァァ!!!」
一度、二度、三度と斬るが、それらの全ては紙一重で避けられ、四度目で剣を振り上げた時に、私の喉は男に掴まれた。
そして、そのまま持ち上げられて、徐々に力を入れられて行く。
「があああっ!!!」
このままやられてたまるかと、剣を振って頬を切る。
すると、男は「クソが…!」と言って、腕に一気に力を込めた。
きっと、今までの私であったなら、ここの時点で諦めていた。
だが、もしもこの男がルニスを殺していたとしたら、このままおめおめとやられる事は、ルニスに対して申し訳が無かった。
それ故に私は最後まで諦めず、剣を離して右手を突き出したのだ。
「ああああ!!!!」
そして、全力を右手に注ぎ、魔力の球を何発もぶつける。
帽子が吹き飛び、白煙が上がる。
男は十数発を受けた後に、私を掴んでいた右手を離した。
「こんなものではまだ終わらんぞ!!!」
着地と同時にパンチを繰り出す。
狙いの場所は奴の顔面だ。
「なっ…」
が、これはあっさりと、男の左手で「ぱしん」と止められた。
「ま、半魔にしては上出来だったかな…」
恐怖を感じて一歩を下がる。
そうでもしないと止められた右手が、男の左手に潰されるような気がした。
「まぁ、今日は見逃してあげるよ。バグダル様に怒られても嫌だしね」
白煙が引いて、顔が現れる。
かすり傷すら無かった為に、私は「ごくり」と息を飲んだ。
「そうそう。誰かをどうしたって話だけど、そいつなら俺が殺しちゃった。悔しいね?無力だね?だったら復讐でもしてみたら?あはははは!」
「待て!それは本当の事なのか!」
男は最後にそう言って、私の言葉を無視して消え去った。
「くっ!!」
男の言葉が信じられず、私は即座に我が家に走る。
「ルニス!!!ルニスー!!」
やがて到着して玄関を開け、診察室へのドアを開けた。
「な…んてことだ…」
ルニスはそこで診察台にうつ伏し、背中から大量に出血していた。
近寄り、体を起こして見ると、胸を貫かれたという事が分かり、「かっ」と開いている両目を見れば、すでに絶命している事も分かった。
「私のせいだ…私のせいなんだ…すまない…ルニス…許してくれ…」
罪の重さに耐えきれず、その場で私は膝をついた。
自然、ルニスの体も下がり、頭と腿が床につく。
「さぞや痛かったろう…苦しかったろう…絶対に…絶対に仇は取るからな…」
ルニスの両目を泣きながら閉じてやる。
そこで、私はこの場に相応しくない「ククク…」という笑い声を耳に入れた。
方向的にはキッチンに繋がるドアの向こうから聞こえた気がする。
「だ、誰だ!!」
と、思い切って声をかけると、向こうからドアが開けられた。
現れたのはルニスと父だった。
父の方は「ははは」と笑い、ルニスの方は感動している。
「ぼ、僕の為に泣いてくれるなんて…先生、すごい感激です!」
そんな事を言われたが、私はパニックで何も言えない。
「それなぁ、俺が魔法で作った、言わばフェイクのルニスちゃんなんだよ。血の匂いがしねえだろ?医者なら気付けよイアン先生~!」
こちらは父で、言った後には額を押さえて「ぎゃはは」と笑う。
直後には抱えていたルニスが消えて、私は「ぽかーん」とする事になり、それを見た父は「なんだその間抜け面は!」と指さした上で更に笑った。
「なんか急にお父さんが来て、危ないから隠れてろって言ってくれたんです。それで言う通りにしたんですけど、エライ結果になっちゃいましたね…」
「そうだったのか…」
ルニスの説明で成り行きを理解し、私はやっと一息をつく。
実際に、あいつはルニスを殺しに来たが、それが偽物だとは見抜けずに、殺したつもりになっていた訳だ。
認めたくはないが、こればっかりは、父のお蔭だと思う他に無い。
「あー…すまんな。迷惑をかけた…」
やむを得ないので礼を言うと、「あ?」と、わざとらしく耳に手を当てる。
「助かった、と言っているんだ…」
改めて言うと、「はいはい」と言い、満足そうな顔を見せた。
「今回の事では先生の気持ちが、本当に痛い程分かりましたよ…僕、先生の為なら多分死ねます…!」
「多分…!?」
ルニスが言って私が返す。
聞いたルニスが「多分…」と言ったので、「多分でも死ぬな…」と釘を刺しておく。
「にしてもお前、あいつを凌いだのか?稽古の結果が出てるじゃねーか?」
「いや…怒られるのが嫌だと言って、向こうの方から引いたからな。次はそうはいかんだろうさ」
父の言葉に私が答える。
聞いた父は「なら」と言い、「これからはもっと頑張るんだな」と、背中を向けて歩き出した。
向かう先はキッチンの裏庭に続く裏口のようだ。
「帰るのか?」
と聞くと、「その辺にな」と言うので、それには「そうか」と短く答えた。
「助かりましたー!ありがとうございましたー!」
ルニスのお礼に「おう」と言い、父はその辺に帰って行った。
「(せめて親父と呼んでくれ、か…それ位の事はしてやっても良いかもな…)」
その背を見送った私は思い、次回からの父の呼び名を決めた。
ちなみにイアンのおやっさんは、イメージ的には藤原啓〇さんです。
青〇クの父さんとか、くれ〇んしんちゃんのひろしですな。




