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漆黒の先のうっすらとしたブルー


久しぶりにバイトをしていた。

ヴィンスの家業の手伝いである。


寄付金は今でもちょくちょくあったが、危機的財政なのは変わりなく、少しでもお金を稼ごうとして、ヴィンスの元を訪ねた訳だ。


突然の訪問に驚いていたが、ヴィンスは笑顔で迎えてくれた。


そして、以前と変わらぬ条件でバイトをさせてくれたのだった。

そろそろ気温が上がって来た為に、作業は前より厳しかった。


だが、お金の為だと自分に言い聞かせ、なんとか4時間を耐えきった。


掬い棒を荷台に乗せて、ヴィンスの隣の席に座る。

それから荷馬車を発車させて、私達は少々の世間話をした。


「お疲れ様でした、イアン先生。結構ニオイがキツかったと思いますけど、頑張っていただけて助かりました」


手綱を操りつつ、ヴィンスが言ってくる。


「いや、頑張りはともかくとして、確かにニオイがキツくなっていて、作業にだいぶ手間取りました」


言うと、ヴィンスは「ハハハ」と笑った。

それから「でも」と言ってから、その後に更に言葉を続けた。


「夏になるともっとキツくなりますよ。その分給料は上がりますから、良かったらまた手伝って下さいね」


そんな事を言われた為に、「考えておきます」と、苦笑いで言う。


「そう言えば、ハニルさんとはどうなんですか?」


それから何気なく質問すると、ヴィンスは若干頬を赤らめた。


「い、いやぁ…実は、正式に付き合う事になりました。先生にも報告しようと思ってたんですが、なかなか会えるタイミングが無くって」


言われた為に「いやいや」と言う。

それから「それはめでたい」と言って、二人の仲の進展を祝った。


「(なんだか周りでドンドンくっつくな…気付けば一人は私だけ、なんて、洒落にならない事にはならんでくれよ…)」


そう考えて不安になるが、忘れる為に首を振る。


荷馬車はやがてダインの家に着き、私とヴィンスは地面に降りた。


「おう、週一。久しぶりだな」


と、ダインが声をかけてきたので、「お久しぶりです」と挨拶を返した。


週一。


週に一回という意味だが、私個人は認めていない。


なんだか人の名前な気がするし、名前で言うなら私はイアンだ。

しかし、それで定着しているので、反抗の意思を見せないだけだった。


「どうも大変な事になったらしいな。こいつは今日の分だ。とっておきな」


渋い声でそう言って、ダインが右手で給料袋を差し出す。


「どうもすみません」


頭を下げて、手を拭いて、それから私はそれを受けた。

入っていたのは金貨が2枚。


「少し多いですよ…?」


と、わざわざ言うと、ダインは「いいから」と、右手を振った。


「ちょっとしたお見舞金です。そういう事言うの恥ずかしがる人なんで」

「ちっ…」


ヴィンスが言って、ダインが舌打ちする。

少々照れている所を見ると、ヴィンスの言った通りなのだろう。


「ありがとうございます。助かります」


私のお礼に返した言葉は、ぶっきらぼうな「あー」と言うもの。

すぐにも家に逃げようとしたが、何かを思い出して足を止めた。


「週一。おめぇ金が欲しいか?」


振り向きざまの質問だった。

戸惑いながら「それはまぁ」と言うと、ダインは「そうか」と一言言った。


「ある鉱山から連絡があってな。医者と鉱夫を探してるんだとよ。期間は2週間で給料は80万だ。つってもこれは医者の話で、鉱夫の方は13万だったかな…別にどっちでも構やしねえが、やる気があるなら紹介してやるぞ?」


それからそう言い、タバコを取り出して、火を点けながらに返事を待った。


給料的には確かに凄まじい。


だが、2週間と言うのは少し痛い。


何かする事があるのかと聞かれれば、答えは実は「いや…」である。

別にする事は無いのであるが、正直に、率直に、ぶっちゃけて言うなら、レーナ達と会えないのが寂しい訳だ。


子供かお前は!と言われそうだが、2週間は何気に長い。


場所が場所だけに自由も無いだろうし、おそらく殆ど缶詰だろう。

そんな中で女っ気無く、誰にも会えずに過ごすと言うのは、少々キツイと思わないだろうか?


私はそんな事を思った為に、ダインの誘いに乗れないで居たのだ。


「あー」


タバコを吸いつつ、一言を発す。


「別に嫌なら構わねぇんだ。単純に聞いてみただけだからな。こっちじゃそんな奴は見つからなかったって断りの手紙を出しておくワ」


そして、煙を吐きながら、ダインは「くるり」と背中を向けた。


「あ…」


なんだか急に勿体無い気がし始める。


80万とは金貨が80枚。


先程手にした金貨は二枚だ。


これの40倍が入ると思うと、猛烈に勿体無い気がし始めた。


「(は、80万か…それだけあれば家の建て直しの費用になるな…それどころかしばらく食べて行くだけの生活費にもなる訳だ…少々の我慢は必要な所か…)」


ほんの一瞬でそう考える。

直後には「ちょっ…!」と腕を伸ばして、ダインを「ん?」と振り返らせた。


「そのお話、受けさせていただきます。準備に少し時間がかかるので、二日ほど待っていただけますか?」


言うと、ダインは「ああ」と言った。


「じゃあ手紙だけ先に出しとくぞ?五日以内に着くって事で良いな?」


それからそう質問されたので、それには「ええ」と答えて置いた。


「あと住所な。今、持ってきてやっから」


ダインが言って家へと入る。

そして、20秒後には再び現れ、住所を書いた紙をくれた。


「ありがとうございます」


ダインに向かって礼を言い、ヴィンスには一時の別れを告げる。

それから彼らの家を離れ、街へと続く道を歩いた。


「(少し早まったかな…)」


と、直後に思う。


だが、もはや後の祭りだ。


覚悟を決めて行く事にして、「やるぞ!」と叫んで気合を入れた。


「な、何する気だよ!?やらしい事だか!?」


洗濯物を干していた中年の女性が体を隠す。

私は「いや…」と言葉を返し、「何もしないです」と、敢えて言った。




街中で、偶然フレイムを見つけた。

いつもの赤い道着を着込み、ゴミ箱を「ガサガサ」と漁っており、気付いた私が声をかけると、フレイムはまずは「ぎゃあっ?!」と驚いた。


「な、なんだ先生殿か…あまり驚かせるものでは無いぞ」


そんな事を言って息を吐くので、どういう事かと質問してみる。

すると、フレイムは「いや…」と言って、「すぅ…」と顔を逸らしたのである。


「まぁ、話したくないなら構わんが…」


言って、話を切り上げようとすると、「待ってくだされ!」と引き止めて来る。

どうして欲しいのか分からないので、しかめっ面で言葉を待った。


「実はその、金が無いのだ…ただの10えんすら持って居ない…だからその、食う物が無くてだな…」


言い辛そうに話し出す。

私は「はぁ…」と言った上で、まさかを予測して眉毛を動かした。


「いや、働いていないという訳では無い!給料が差し押さえられてしまったのだ。悪辣なあの自警団共にな…故に、それがし等は10鉛も持たずに、こうして街中を彷徨っているという訳だ…」

「あー…要するに、食べ物を探していたと?」


聞くと、フレイムは「その通りだ!」と答えた。

両腕を組んで「流石だな」と言っている。

誰でも分かる事だと思ったが、私は「いや…」と謙遜して言った。


「あー…大変だろうが頑張ってくれ。私もこれから出稼ぎだ」


これはつまり「金は無いよ。だから貸せないよ」と言う無言のアピールだ。

しかし、フレイムは「そうかー」と頷いて、「少し金を貸してくれないか?」と、普通に言ってきたのである。


あまりの事に転びかけたが、なんとか耐えて体を向ける。


「いや、だから私もキツいんだ。だから出稼ぎをする訳でだな…」


それからそう説明すると、フレイムは「なるほど!」と手を叩いて納得した。


「ならばそれがしも出稼ぎとやらに行こう!ヒョウセツとのゴミ箱争いも、ここの所激しくなってきていたからな…少し離れるのは丁度良いだろう」


まず第一に「何やってるの…?」


そして第二に「子供達はどうする?」だ。


前者は心の中に留め、後者の質問を向けてみる。

フレイムは「ああ」と言った後に、「ヒョウセツに任せる」と、本業をブン投げた。


「だが、鉱山の仕事はキツイぞ?私は医者としてそこに行くが、君は間違いなく鉱夫にされるだろう。自由は少なく、作業は過酷だ。何時間眠れるのかも分かって居ない。もう少し考えた方が良いと思うが…」


ハッキリ言って連れて行きたく無いので、神妙な顔でそう言って見る。

フレイムの返答は「構わん!」というもの。


「正直、飯が食えれば良いのだ…」


と、切実な願いを直後に加えた。

それでも尚「駄目だ」という事は、私は流石に出来なかった。


「分かった……では、明後日の朝9時頃に、私の家の前に居てくれ。合流した後に一緒に行こう」


やむを得ずにそう言って、フレイムに感謝されるのである。


私はこの後にゲートを使い、ナイトメアに乗って城へと戻った。

そして、レーナに事情を話し、しばらく留守にする事を告げたのだった。


「ええ二週間もですか!?そんないきなり…」


驚いてくれたのは嬉しかった。


「そうですか」


で、終わらされたら、私は結構凹んでいただろう。


「だがまぁ、給料が凄まじいからな。これを乗り切れば家が建て直せる。そうしたらまた、みんなで楽しくやろう」


言って、肩に右手を置くと、レーナは「は、はい!」と明るく返した。

どうやら喜んでくれているようなので、私も素直に嬉しく思う。


「じゃあ何日かしたら差し入れを持って行きますね。体に気を付けて頑張って下さい」


その気遣いには「ああ」と言い、準備の為に部屋へと向かった。

あちらにも設備はあるのだろうが、一応それなりの準備はしておく。


そして、二日後の朝の7時に、レーナにゲートまで送ってもらった。


「それじゃまた何日か後に。本当に、体には気を付けて下さいね…」


馬車の上からレーナが言って、私がそれに「分かった」と返す。

それからレーナに背中を向けて、右手を上げてゲートに向かった。




我が家は随分建て直されていた。

基礎の部分は既に終わり、一階部分の壁が出来ている。

裏庭に行くとテントがあったので、話を聞く為に中を訪ねた。


訪ねた直後に「あれ?」と思う。


どういう訳かテントの中にはドワーフが4人寝転がっていたのだ。


「うー…」


と、呻いて腹を掻き、誰かが「ブッ」と屁をこいた。

酒臭いわ硫黄臭いわ、挙句にどこかイカ臭いわで、テントの中は散々である。


私はテントの幕を戻して、外の空気を思い切り吸った。


そんな時に、ホルグが起きてきて、テントの中から姿を現した。


「お、先生さんか。どうじゃ?随分出来上がってきたろうが?この調子ならあと2週間もすりゃ、完成した家が見せられると思うぞ」


家を見ながらホルグが話す。

それには「早いですね」と一言言って、その後にドワーフの事を聞いた。


「ああ、アレな。ワシの友人じゃ。心配するな。人件費は必要無い。やる事が無い暇な連中で、どうせじゃからと手伝わせとるだけよ」


道理で酒やらイカ臭い訳だ。

昼は兎も角、夜の方はテントの中で大盛り上がりなのだろう。


「そうですか」


聞いたからには返事が必要。

納得した上でそう言うと、ホルグは「すたすた」と森へと歩いた。


それからチャックを「じーーー」と下げて、何も言わずに放尿を開始する。

私が遠慮して目を逸らした時に、家の正面から声が聞こえた。


「先生どのぉー!まだおられんのかぁー!それがしだ!フレイムだ!炎のフレイムだ!」


どうやらフレイムが来たようである。


「なんちゅう通り名じゃ」


と、ホルグが呆れたが、その点は私も同意見だ。


「では、今日はこれで。二週間ばかり来れなくなるので、再会は完成後、という事になりますね?」


聞くと、ホルグは「まかせろ」と言った。

後は私が頑張ってくるだけだ。

完成するのを楽しみにしながら、私は最後に頭を下げた。


そして、家の正面に行き、待って居たフレイムと合流をする。


「良く分からんので作業着を着て来た。庶民の森の制服だがな」

フレイムなりの準備らしいが、例えるならばバーテンダーだ。

道着の方がまだマシだったが、面倒なので「そうか」と返した。


「というか、返さなくて良いものなのか?制服なんかは店の資産だろう?」


歩きながらそう聞くと、フレイムは「良いんだ」とはっきり言った。

どういう事かと顔を顰めると、


「拒否をされたのだ。入店自体を」


と、激しく納得が行く言葉を続けた。


私が店長ならまぁそうである。

正直、声すら聞きたくないだろう。


庶民の森の店長に同情し、「なるほどな…」と小さく声を発した。




鉱山の名前はロイツと言って、位置はカーレント国の東にあった。

以前に訪ねたカルドの街から、5時間ばかりを歩いた場所だが、ゲートを使った私達は1時間程度を歩いただけだった。


「ああ、連絡は届いてますよ。イアン・フォードレードさんですね。そちらは助手…か何かですか?」


聞いてきたのは検問所の男性だ。

そこを誤魔化すと後が面倒なので、鉱夫希望だと男性に伝えた。


「あー…そうですか。まだ募集してるか分からないので、ついでにボスに聞いて下さい。ボスの部屋は鉱山の中なので、中で誰かに聞いてくれますか?」


それには「分かりました」と素直に答える。

ボス、という部分に疑問はしたが、そういう呼び名だと納得しておく。


「ではどうぞー」


男性が言って、何かを操作した。

直後に木製の棒が上がり、私とフレイムは中へと踏み入った。


山の周囲には何も無く、建物と言えるものは検問所しか無い。

宿舎の類はおそらくはだが、鉱山の中に作っているのだろう。


もしもそうなら空気は悪く、衛生的にも最悪である。

感染症等が発生したら、あっという間に全員が道連れだ。


「(これは思ったより過酷かもしれんな…)」


そうは思ったが口にせず、鉱山に続く坂道を上がった。


「先生殿。店が無いぞ?折角働いて稼いでも、金を使う所が無いではないか」


祭りにでも来ているつもりなのか、暢気な事をフレイムが聞いてくる。


「いや、実家なんかに送っているんだろう…それか、カルドの街まで行くのかもしれないが…まぁ、その辺りは先輩方や友達が出来たら聞いてみてくれ」


実際の所は私も初めてで、ここでどう過ごせば良いのかを知らない。

だが、状況から考えるなら、以上の2つが妥当だと思った。


フレイムはそれで納得したのか、「ほう…」と小さく言った後に、「まぁ、食えればそれで良いか…」と本来の目的を思い出した。


「おい、なんだお前らは?」


鉱山の入口には兵士が立っていた。

おそらくはだが私兵と思われる、武具を持った男性である。


事情を話すと「なるほど」と言って、ボスの部屋へと案内してくれた。

入口から入って右に行き、階段を上った先で止まる。


「ここだ。失礼の無いようにな」


そこで見えた扉の前で、男性はそう言って戻って行った。


扉の色は赤色で、周囲の壁には石膏が塗ってある。

扉には呼び輪がかかっていたので、それを叩いて訪問を知らせた。


「おう、入れ」


野太い声が中から聞こえる。

一応「失礼します」と言って、フレイムと共に中へと入った。


「なっ…!?」


第一印象は驚きだった。


男、おそらくボスという人物が、左手に女性を抱いていたからだ。

机についてタバコをふかし、「にやにや」としながらこちらを見ている。

女性の方は「やだ~」と言って、唇を尖らせてこちらを見ていた。


年齢は男が40前後。女性の方が27~8か。


男の方は「でっぷり」していたが、女性の方はそれなりに綺麗だ。


部屋の中は割と明るく、思った以上に奥が広い。

銀で作られた食器や飾りが所狭しと飾られており、男自身の服や指にも煌びやかな宝石が飾られていた。


「はっはっはっ、これはえらい所を見られましたな。てっきり部下かと思いました」


男が笑い、女性を退かせる。

女性は「もう!」と拗ねた後に、奥に見えるベッドに向かった。


「寝るのか?まだ太陽は高いぞ?」


余計な事を言ったフレイムに、男が一瞬顔を顰める。


「あぁ…こちらは鉱夫希望です」


一応言うと、男は納得し、「大歓迎ですよ?」と両手を広げた。


「遅れましたが私はボスの…ああ、鉱山長みたいなものですが、それのモールと言う者です。ここでは私がルールですので、私の言う事には従って下さい。お金が欲しければ従う事。これは組織の絶対条件です。まず、これに納得していただけますか?」


どうやら私にも言っているらしいので、抵抗はあるが「はぁ…」と返す。

一方のフレイムは「応!」と言って、モールを再び顰めっ面にさせた。


「それでは契約書を書いて頂きましょう。何、先ほど私が言った言葉を、理解して頂けたかを確認するだけのものです。不審に思われたなら読んで頂いても結構」


モールが言って紙を出してくる。

少し近付いてそれを受け取り、一応それに目を通して見た。


私「          」は、雇主「 モール・パウンゼント 」と「      」間の契約を結びます。

上記雇主の指示に従い、作業を実行して行く事を誓います。

給金「        」は契約終了時、または毎月15日に雇主本人から支払われるものとする。

度重なる指示の無視、及び、他労働者と問題を起こした際には、契約は即座に解除され、迷惑料を引いた分が契約者には支払われる。


読んでみたが怪しい点は無い。

強いて言うなら空白部分に、後から書き込まれるのが怖いだけだ。


「納得なのですが、空白部分に先に書いて頂けませんか?信じない訳では無いのですが、私はどうも小心者でして」

言うと、モールは「ははは」と笑った。


「いやはや、全くその通り。私もこれで小心者でね。あなたの気持ちは分かりますよ」


それからそう言ってきたので、私は紙をモールに渡した。


期間は二週間。給金には800000と書き込まれる。


控えの為にともう一枚出して、それにも同様の事をしてくれた。


「フレイムもお願いして置いたらどうだ?」


両方の契約書に名前を書いて、控えを受け取って優しさで言う。

フレイムは「そうだな」と答えはしたが、直後には「何を?」と質問してきた。


「いや、契約書の空白部分にな…ああ、もう良いから、とにかく渡すんだ」


面倒なのでそう言って、フレイムの契約書にも目を通す。

フレイムのそれにも期間は二週間。

給金は13万と書き込まれた。


「こんなに貰えるのか!」


と、驚いていたが、私はなんだか申し訳なく、「ごほん」と咳込んで顔を逸らした。


「では診察室に案内しましょう。フレイム君もとりあえず来なさい」


モールが言って立ち上がる。


「どっか行くの~?」


と、女性が言ったが、モールはそれを完全に無視した。

そして、部屋のドアを開け、薄暗い通路を先導して歩く。


やがて辿り着いた診察室は、思っていたより小奇麗で、設備が整った明るい部屋だった。


「隣に先生の私室があります。以前の医者が置いて行ったままなので、まぁ、色々とありますがね。それは好きに使って下さい」

「分かりました。よろしくお願いします」


頭を下げてそう言うと、モールも「こちらこそ」と頭を下げた。

見た目でちょっとアレかと思ったが、それなりの礼節は持っている人らしい。


「じゃあフレイム君。行こうか」

「押忍!」


モールが言って歩き出し、気合を入れてフレイムが続く。


「仕事が終わったら遊びに来る!」


と、最後に言ったので「ああ…」と返した。


私は一先ず荷物を置いて、机の近くの椅子に座った。


「二週間よろしくな」


診察室の天井を見て、誰にともなくそう言って見る。

返ってくる言葉は当然無いので、少しずつ道具の位置等を調べ出した。




それから三日の時が過ぎた。


仕事は割と忙しかった。


殆どひっきりなしに患者が来るのだ。


切り傷や打ち身、突き指等々、小さなものが殆どだったが、中には結核をこじらせた者も居て、環境面での不安を感じた。


それに、これは気付くべき事では無かったが、労働者の殆どがハーフであった。

人間達からは嫌われているゴブリンやオークのハーフが殆どで、彼らはそれ故にこの鉱山でも酷い扱いをされているようだった。


まず第一に労働時間。


これが驚きの18時間で、食事や睡眠を含めた6時間が、彼らに与えられた僅かな自由だ。


そして、第二に一か月の給料。


これは、個人差があるのかもしれないが、私に話した青年は、手取りで5万という事だった。


契約書には10万とあるが、そこから食事代や宿舎代が引かれ、その結果として残るのが、たったの五万という事らしい。


ブラックもブラック、漆黒である。


あまりの暗さに先が見えない。


だがまぁ本人が納得した上で、契約書に名前を書いた訳だし、私としてはそこの部分には何も言えないのが実際の所だった。


「(他にも色々とあると思うがな…同じ境遇のヴィンスとダインも、自分の力で頑張っている訳だし…)」


そうは思うが言葉には出せない。

ここを辞めて仕事を探し、見付かなかったと文句を言われても、私が困ってしまうからだ。


カルテを書いて薬を渡し、「頑張れよ」とだけ言って置く。


言われた青年は「はい…」と言って、元気の無い顔で戻って行った。


意思の薄弱に精神の朦朧。

彼らも相当疲れているようだ。


「しかし…」

「すみません、良いですか…?」


言う暇も無く次がやってくる。


しかし、給料が高い訳だ。この忙しさは異常と言える。


そう言おうとしていた私であったが、それを飲み込んで「どうぞ」と応えた。


区切りを見たのは6時間後の、21時近くになっての事で、机にうつ伏してため息をついていると、ボスのモールが訪ねてきた。


「どうですか先生?一緒に食事でも?先生とは少し話したい事もありましてな」


疲れていたが誘いは受けた。


正直に言えば面倒だったが、断れば人間関係に支障が出るからだ。


白衣を脱いでハンガーにかけ、手を洗ってからモールに続く。


食事の場所はモールの部屋の隣に作られた個室であった。

小さなテーブルには所狭しと豪勢な料理が並べられている。


「カルドの街から運ばせたものです。ここではパンとチーズだけだ。特にチーズは食べられるものじゃない…先生もあれだけは食べない方が良いですよ。下痢になりたくなかったらね?」


モールが言って「ははは」と笑う。

それには「分かりました」と言葉を返し、曖昧な笑顔を加えて置いた。


以前にも言ったが私は牛乳は、決められたメーカーのものしか飲めない。

それ故にチーズもそれに連鎖して、食べたくても食べられない部類のものなのだ。


「先生は飲まれますか?」


バケツの中のワインを抜いて、それを見せながらモールが聞いた。

それには「生憎…」と返答すると、モールは「そうですか」と笑って座った。


「どうぞ」


と、言われて私も座る。


テーブルの向こうでワインを注ぎ、グラスを持ち上げて「乾杯」と言う。

返す言葉が見つからないので、私は「いただきます」と言った。


「どうですか、仕事の方は?それなりに慣れましたか?」


数分が経って、モールが聞いて来た。

ごくごく普通の質問なので、私はそれに「ええ」と返す。


「という事は色々と聞いたのでしょうな?」


続く質問には少し考えて、


「まぁ、それなりには…」


と、言葉を返した。


隠しても無駄だと思ったからで、知る事自体は契約に反していないと思ったからだ。

聞いたモールは「なるほど」と一言。


「私は辞めるなとは言って無いし、続けろと強制している訳でも無い。彼らが好きで残っているだけです。辞めても、すぐに戻って来る程、ここが気に入っている者が殆どなのですよ。先生ならそれはお判りでしょうが、一応、弁解をさせてください」


続けてそんな事を言われた為に、「それはまぁ」と頷いておく。

それを見たモールも「こくり」と頷き、その後に別の話題を振って来た。


「例の、前の医者が置いて行ったものですが、何か目立ったものはありましたかな?」


少し妙な質問である。


「はぁ…?いや、まだあまり手をつけていませんが、現時点では特に何も」


一応そうは答えたが、少しばかりの疑問は残る。

気になるものがあるのであれば、私が来る前に調べられたはずで、それをわざわざ私が来た後に、他人を通して知る必要は無い。


もし、その上で聞く理由があるとすれば、それは確認という行為にあたるだろう。


「(なんだか妙だな…)」


と、思ったのはこの時で、少し調べてみるかと思ったのはその直後の事だった。


「いやいや、少し気になっただけです。以前の医者は変わり者でしてな」


誤魔化すようにモールが笑う。

付き合いで私も「ははは」と笑ったが、芽生えた疑惑は消えなかった。


「ボス!大変です!ボォォォス!!」


そんな時にドアが叩かれ、返事を待たずにドアが開かれる。

現れたのは兵士風の男で、なぜだか異様に焦っていた。


「ど、どうした…今は先生と大事な話を…」

「それどころじゃありません!新入りがとんでもない事をしでかしたんです!」


モールの言葉を遮って、入って来た男が大声を出す。

聞いた私は「新入り」という単語に、まさかと思って顔を顰めた。


「一体何をしでかしたんだ…?大した事じゃなかったら…」

「マグマですよ!マグマを掘り当てたんです!とにかく掘ってろって命令したら、三日間同じ所ばっか掘りやがって、気付いたらハンパじゃなく深い穴を掘ってて、ついにはマグマを掘り当てたんです!」


流石のモールも「なにぃ!?」と驚く。

私も思わず鼻水を噴き、ナプキンを借りてそれを拭った。


「そ、そ、そ、それで、現場はどうなってるんだ!?2番坑道には達してないだろうな!?」

「は、はい、最下層にあったのが幸いでした。ただ、3番坑道は未だにマグマが噴き出しているので、完全封鎖をせざるを得ません。ここはしばらく放置して、1番を再開させるしかないかと…」


モールが聞いて男が言った。

モールは「むぅぅ…」と唸った後に、「仕方が無いな…」とそれを受け入れた。


「今寝ている者を全員起こせ!それで、1番坑道を再開させろ!2番だけでは納期に間に合わん!分かるな!?今すぐ、全員を起こせ!」


それから男に命令し、聞いた男が「はい!」と言って去る。

去った後もモールは唸り、「マズい」という言葉を繰り返していた。


いっそフレイムが他人であったら、私もきっと気まずく無かった。


だが、奴を連れて来た手前、私はひじょーーーーに、気まずい位置に居た。


「全くとんでもない新人が居たものだ…しかし、そいつのパワーは使えるな…そいつを使えばまだ間に合うか…いや、きっと間に合うはずだ…そうでなければ私の命が…」


そこまで言ってモールは止まった。

私が居た事を思い出したのだ。


「あ…ああ、先生!申し訳ないが、食事会はこれで中止です。後で診察室に持って行かせるので、今はこれで引き取って下さい」


動揺の為か行動がおかしい。


渡されたものがキュウリだったのだ。


これは何かあるなと思ったが、フレイムの事を言われる前に、私は退散を決め込む事にした。


フレイムはその後、深夜になって少々の火傷を負って現れた。


「奴らは梯子を封鎖したのだぞ!?それがしがまだ居るというのにだ!ドラゴニュートで無かったら今頃は骨まで溶けている所だ!」


フレイムはそう言って怒っていたが、返せる言葉はたったの一つだ。


「それは自業自得だろう…」


と言う、彼とヒョウセツに対しては、何度も何度も思ってきた事である。




3番坑道が潰れて以来、モールの態度が明らかに変わった。

今までは部屋に篭っていたが、陣頭指揮をするようになり、18時間を超えて尚、労働者達を酷使し始めた。


死者が出たのはそんな時で、それでもモールは態度を変えない。


流石の事に私は怒り、労働者達の休息を求めた。


だが、モールはそれをも却下して、「納得が行かないのなら、先生とはもはやここまでですな」と、暗に解雇を示してきたのだ。

金の力とは恐ろしいもので、私もこの時にはそれに負けた。


「ぐっ…」と言って引き下がり、診察室を訪ねる患者に全力を注ぐ事で罪滅ぼしとした。


そんなある日、一人の患者が診察室に運ばれてきた。


「けほけほ」とやたらと咳込んでいるので、私は最初は結核と思った。

そういう患者が多いからと、固定観念でそう思っていたのだ。


しかし、よくよく調べてみると、彼は結核患者では無かった。


一言で言うなら禁断症状。


ある種の薬に侵された者が、それを摂取できない事により、発してしまう症状だったのだ。


「まさか…ありえん…どこでそんなものを…」


まさかの事に驚くが、それは自分の医師としての腕と経験を否定する事に他ならない。


「(いや、間違いない。これは禁断症状だ)」


落ち着いた私は彼に向かって、どこで手に入れたのかを質問してみた。


「いや…俺はそんなものは…麻薬なんて買った事は無いし、見た事すらありませんよ…」


咳込みながら男は言った。

私の見た目では嘘は無さそうだ。


その後にも聞くが答えは出て来ず、結局出所は不明となった。

本来ならばこの事を上司であるモールには告げるべきだろう。


だが、そのモールの言動に不可解な事が多すぎた。

私は彼の言動を怪しみ、その為にするべき報告をしなかった。


「(少しレーナに調べて貰うか…そろそろ来ても良い頃なんだが…)」


カレンダーを見てそう思う。

ここに来てからすでに五日。


レーナはそろそろ来るはずだった。




それから更に二日が過ぎて、レーナがついに訪ねてきてくれた。


「彼女ですか?超可愛いじゃないですか~?」


なんて、検問所の男が言ってきたので、私はミエで「いやぁ~」と言った。


「どこまでイったんですか?キスはもう?それとももうアレまで行っちゃった?なんか彼女激しそうですね!?どんな感じなんですか教えて下さいよ!」


続く質問には「ちょっと…!?」と返し、「す、すみません」と謝罪される。

場所が場所だけに溜まっているのだな、と、私もそれを笑って許した。


一週間ぶりの再会は坑道の入口近くの崖だった。


そこを選んだ理由はひとつで、人に話を聞かれたくないから。


再会の感動も勿論あったが、レーナにはひとつの頼みごとがあったのだ。


「鉱山の持ち主を調べるんですか…?それは別に構いませんケド…」


レーナはまずはそう言った。

その手にはメロンやら、リンゴが入ったバスケットを持っている。


「出来れば理由を教えてくれますか?」


それからそう質問されたので、「ああ」と言って理由を話した。


「ここには少し不審な点がある。ここのボス、モールと言うんだが、坑道が一本潰れただけで、命が危ないと騒ぎ出した。そのくせ労働者を死なせてまで、納期というものに間に合わせようとしている。それに、これは私の予測だが、この鉱山では麻薬が蔓延している。どこから入ったものかは謎だが、末期の患者を数人見つけた。鉱山の持ち主がこれを知っているのか、知らないとして誰がそうさせているのか。そういう事を知る為にも持ち主の名前が知りたいんだ」


説明すると、レーナは「ええ…」と言い、少ししてから「分かりました」と言った。


そして、バスケットを私に持たせ、「頑張って見ます!」と走って行ったのだ。


ここから少しずつ暴いて行こう。


長い戦いになるかもしれないな。


と、そんな事を思っていたのだが、事件は思わぬ方向から解決の道に繋がるのである。




それから更に三日が経って、モールが朝から喚き出した。


「全然駄目だ!全然足りない!これでは私の命は終わりだ!!私の命も今日の昼までだぁああ!!!!」


坑道内の通路で屈み、四つん這いになってモールが泣き喚く。

遠巻きに見る労働者達は、不思議そうな顔でそれを見ていた。


「何見てやがる役立たず共!早く掘るんだ!掘るんだよぉぉ!!!」


視線に気付いたモールが怒鳴り、労働者達が散って行く。

直後にはモールはまたうつ伏して、「もう駄目だぁぁあ!」と大泣きし始めた。


「あー…何が駄目なんですか?」


見て居られずに声をかける。

モールは最初は「うるさい!」と言ったが、少ししてから「待て!」と言ってきた。


待ても何も動いて無いので、そのままの姿勢で無言で立ち尽くす。

すると、モールは「どうしたら良い…?」と、訳の分からない質問をしてきた。


「何を、どうしたいのですか?何も知らないので何も言えませんよ…」


言うと、「それはそうだ…」と呟く。

自分の命がかかっている為か、モールは「ぽつぽつ」と話し出した。


「私はアントニー商会の一員だ。いや、正確には一員だった。だが、待遇に不満を感じて、ある者の口車に乗ってしまったんだ」


驚きはあるが、とりあえずの形で、その言葉には「ほう…」と言う。


「それはどういう内容ですか?」


それからそう質問すると、モールは「それは…」と言葉を濁した。


ここまで来たならさっさと言えよ…


そんな事を言いたい気分だが、「ぐっ」と耐えてひたすらに待つ。

すると、モールは数十秒後に重い口をやっと開いた。


「鉱山から出る収益を商会に少なく報告する事だ…そして、私を口車に乗せた相手に、残った過半数の収益を渡す。私はその内の1割を貰い、個人的な財産を増やして行った」


なるほど、肥えて輝く訳である。


だが、そういう理由であるなら、「今回はこういう事故があった」と、正直に話しても良いはずである。

その点どうなのかと聞いてみると、モールは「駄目なんだ!!」と、再び喚いた。


「あの方は絶対に許してくれない!あの方は私をブタだと言った!だが、約束は守るブタだと辛うじて別格に見ていてくれた!その約束が守れないとなれば、私はもはやただのブタだ!約束をきちんと守れないブタは、それはもうただのブタなんだぁぁ!!」


頭を抱えてモールが泣き出す。

なんだかどこかで聞いたフレーズだが、私はそこには敢えて触れない。


「まぁ、そういう事であれば、誠意を見せるしかないでしょう…財産を全て差し出すとか、その上で土下座をするだとか、誠意が伝われば命までは奪われずに済むんじゃないですか?」


一応言うと、モールは「それだ!!」と、跳ね起きるようにして自室に走った。


これが通れば財産を失い、代わりに命は助かるだろう。

だが、私が報告するので、モールは他の全てを失う。


これこそまさに自業自得。

哀れむべき点は一つも無かった。


そして数時間後、モール曰くの「あの方」がついに鉱山に訪れた。


見た目の年齢は17~8の、ミニスカートが眩しい茶髪の子だった。

背中には短いマントをつけて、首には赤いネクタイがある。

丸めた鞭を腰に下げ、白いハイソと赤い靴で〆ていた。


目つきがキツく、Sッ気が半端ないが、その顔は美形の部類に入り、モールが「あの方」と呼んでいる理由も私には少し理解が出来た。


私達は全員で、坂道の下で彼女を出迎え、命をかけた勝負に出ているモールは先頭で土下座をしていた。


「何のつもり?」


と、少女が聞いた。

「びくり」とした後にモールが話し出す。


「じ、実はそのぉ…事故がありまして…今月の収益は約束の…3分の2ほど…になってしまいました。このモール猛烈に反省いたしまして、全ての財産を差し上げる所存です!このような事が二度と無いよう、気を引き締めて事にあたります!どうぞ!どうぞ今回はご容赦をォォォ!!」


土下座をしたままモールが言って、少女が「はんっ」と鼻で笑った。


「良いわよ別に。気にしてないから」


が、直後にそう言ったので、安堵したモールは顔を上げた。


「ぎゃブっ!?」


モールの頭が胴から離れた。

少女が鞭で飛ばしたのである。

頭は体の前方に落ち、その上に体が覆いかぶさった。


「あんたみたいなブタが死んでも、全く全然気にならないからぁー!!」


そして、少女は「あははは!」と笑った。


「うあああ!人殺しだぁあ!!」

「助けてくれー!!」


労働者達が逃げ出した。

少女はそれでも笑いを止めない。

決して善良な男では無かったが、あまりに酷い最期と言える。

憤りの為に立ち尽くしていると、少女は「あら」と、私に気付いた。


いや、正確には私では無い、私の横のフレイムに気付いたのだ。


「貴様ぁ…やって良い事と、やって悪い事の区別がつかぬのかぁぁ!!!」


それは正しい怒りであったが、ある意味自分へのブーメランだった。

しかし、そんな事は知らない少女は「どーゆーことぉ?」と、興味津々。


「じゃあこういうのはぁ!?悪い事かなぁ!?」


と、直後には腰の鞭を持ち、フレイム目がけて振り払ってきた。


「先生殿はあっちで見て居ろ!それがしはあやつの目を覚ます!」


言うと同時に宙に飛び、フレイムが払われた鞭をかわす。


「ドリャアア!!」


そして、流星の如き蹴りを放つが、これは地面をえぐっただけだった。


「なんだ、人間じゃないんだ。だったらそうだってハナから言えよぉ!」


何時の間に移動したのだろうか、フレイムの横から少女が言った。

フレイム自身も気づいてなかったか、「なっ!?」と言って振り向いた時には、大量の光弾が飛ばされていた。


一発を避け、二発を避けた時、フレイムの足に鞭が絡まる。

そこへ三発、四発と直撃し、五発目の光弾でフレイムは吹き飛んだ。


「まーだまだっ!お遊びはここからだよ~!!」


少女が言って鞭を引く。


「があっ!?」


その事によりフレイムは引き寄せられ、背中に強烈な蹴りを入れられた。


「あれあれ~?私の目を覚ましてくれるんじゃないの~?」


「ぐったり」としたフレイムを見て、「クスクス」と笑って少女が聞いた。

しかし、フレイムは「うっ…」としか言えず、少女は「つまんない」とフレイムを振り上げる。


そして、数メートルの高さから、フレイムを地面に叩きつけた。


「もしも~し、生きてますかぁ~?」


フレイムからの反応は無い。

地面の上でうつ伏せになっている。

少女はそれを何度も蹴って、最後に「ぐしゃり」と頭を踏みつけた。


「ザコ」


吐き捨てるように少女が言った。

やられていないのに身震いがする。

モールが彼女を恐れていた理由が、この時になって理解できた。


「…さて、次はあんたの番かな?って、まさかやるなんて言わないでしょうけど」


鞭をしまって少女が振り向く。

私の実力はお見通しのようだ。


「ああ。私では勝負にならんよ…この通り、降参だ」


両手を上げて降参の意を示す。

ここで戦っても無駄死にになるし、それよりはさっさと降参をして、フレイムの治療にかかりたかった。


「そうでしょうね。認めてあげる。私にも一応やる事があるから」


そう言った後に少女が歩く。


「きゃっ!?何!?」


が、直後にその右足がフレイムによって「がちり」と掴まれた。


「油断をしたなぁ!!娘さんんん!!勝負は最後の最後まで!決して油断をしてはならんのだぁあ!!!」

「いやあああ!?!」


そしてそのまま、フレイムが飛ぶ。


強制的に少女も飛ばされ、空中で左足も「がちり」と掴まれた。


「ま、まさか!?あの技をやる気か!?」


相手が少女で、ミニスカートだけに、私は思わず目を見開いた。


「離せ!離せドヘンタイがぁあ!!!やあああ!めええええええ!ろおおォ!!?」


と叫びながらに股を開かされ、少女が空中で大股になる。

両手で股間を隠そうとするが、その前に二人は急降下を始めた。


「行くぞ!股裂断金降これつだんきんこうー!!!」

「イヤアアアア!!?」


二人の体が垂直に落ちて来る。


「やりやがったあ!!?」


と、私が叫び、遠くで労働者達が「すげえ!」と言った。

直後には「それ」を一目見ようと、群を成して走り寄ってくる。


ズドォォォン!


二人が落下し、轟音が上がる。

土煙が「ぶわっ」と舞い上がり、やがて少しずつ引いて行った。


フレイムが現れ、少女が現れる。


少女は「あ…は…っ!」と言いながら、白目を剥いて大股を開けていた。


「白か!?」

「いや、うっすらとしたブルーだ!」

「イェェーーー!!」


労働者達が一気に駆け寄り、フレイムを囲んで喝采を上げる。


「それがしの勝ちだぁ!!」


と、フレイムが右手を突き上げたので、少女は背後に「ぽとり」と落ちた。


「あ、あんたらぁ…覚えてなさいよ…必ず、必ずぶっ殺してやる…!!」


震えながらに少女が立ちあがる。

半泣きな上にガニ股で、「いでで…」と言ってるから恐怖は感じない。


「君は誰なんだ?何の目的で鉱山の収益を横取りしていた?」


その為に強気な態度で聞くと、少女は「言うか…バカ!」と言った。

そして、右手を股に当て、近くの木へと飛び乗ったのである。


「いづうっ!くそっ!」


最後の言葉はそれだった。

少女は木々の間を飛んで、あっという間に姿を消した。


「お、おい!あんた!大丈夫か!?」


誰かの言葉で気付いた時には、フレイムは立ったままで失神していた。

おそらく少女の油断が無ければ、今回はフレイムでも負けていただろう。

一体彼女は何者なのか。


そこには勿論興味はあったが、それを掻き消す疑問があった。


それは、


「給料は一体誰が出すの…?」


と言う、戦いとは全く関係が無い、いち俗物としての疑問であった。




給料は幸いにも、アントニー商会が出してくれた。

契約上の雇主はモールという事になっていたが、だからと言って知らん顔は出来ないという事での温情である。


そこで話して分かった事だが、モールの不正は他にもあった。


まずは給料。


これは全体的に3割以上は上だったらしい。

つまり、10万リーブルの労働者には、13万リーブルの給料が払われていた事に「なっていた」そうだ。


モールはそれを払った事にして、3割程度をピンハネしていた。

労働時間も最長で10時間までという事だったが、それも無視して働かせ、収益を無理矢理上げていたのだ。


こうなるともう気の毒だとか、可哀想だとかいう感情は無くなる。

何度も言うが自業自得と、見限る他に無さそうである。


そして最後、麻薬の件だが、こればっかりは迷宮入りだ。


調べた結果、チーズの中に麻薬が混入されていたが、一体どういう目的でそんな事をしたのかは判明しなかった。


なので、これは予測になるが、私なりの考えを書こう。


モールは給料のピンハネをした。

これはもはや周知の事実だが、当時の労働者達はそれを知らない。


これが規定の額だと思い、納得が行かないものは不満を抱くだろう。

不満を抱いた労働者には「やめてやる」という者も現れる。


だが、離れると禁断症状が出るので、知ってか知らずか鉱山に戻り、麻薬漬けにされてしまうのだ。


以前の医者はそれを見抜き、何かをやらかしてどうにかなった。

手掛かりになるものは片付けたが、もしかしてと思って聞いたとしたら。


全ては一応繋がるだろう。


意思の薄弱に精神の朦朧。

そこに付け込んでの重労働指示。


そう言った事まで計算していたのなら、モールは本当に救いようが無い、どうしようもない男だったと言わざるを得ない。


ともあれ、これはあくまで予測なので、真実としては受け取らないでほしい。


ちなみにフレイムは重体だったが、命には特に別状無かった。

だが、本人の言葉を借りるなら、


「チーズ?ああ、大好物だからな!人の分まで奪って食ったぞ!いやぁ、一生分は食ったかもしれんな!はっはっはっ!!」


という事だ。


これからやってくる禁断症状に、彼はどこまで耐えきれるのか。

それはまた後日の事として、今日の日記はここで終わろう。


風邪を引いてしまったようだ!

で、終わりそうなキャラでもありますな…

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