第4話 属性の正体
「面白いやり方?」
総士が聞き返すと、美上は口の端を上げた。
「ああ。今負けっぱなしなのに、その古臭い本が
面白いって言うんだろ? なら、お前にとっての
武闘を、もっと面白いものにしてやるよ」
美上は立ち上がって、道着の帯を締め直した。
「まず、技を一つで終わらせないこと」
「一つで?」
「小学生じゃ、まだ技の力も魔力も弱い。
バランスを崩してない相手を、一つの技で
一本まで持っていくのは無理だ。
だから、バランスを崩す技を──」
「内足払いだろ?」
総士は、つい口を挟んだ。
「やってるけど、意味ないもん」
だって、いつもそうなのだ。
"内足払い"をかけても、相手の脚はびくとも動かない。
まるで、地面に根っこが生えているみたいに。
「小学生だなぁ」
美上はにやにやしながら言った。
「力と動きだけで、技を出そうとしてる」
美上は、水を飲み終えて戻ってきた中学生を一人呼んで、受けに立たせた。
「内足払いはな、まずしっかり組む。
左手で押す。右手で引く」
言いながら、美上の両手がわずかに動いた。
それだけで、中学生の体がふっと傾いた。
「傾いたあとに、足を払う」
美上の足が、軽く内側をなでた。
本当に、なでただけに見えた。
それなのに、中学生の体は、体重なんてないみたいに沈んで、そのまま崩れ落ちた。
総士は、口を開けたまま固まっていた。
美上は、力を込めたようにも見えなかった。
「技の基本は、相手のバランスを崩して、
姿勢を傾けさせるところから、なんだよ」
「……へー」
「でもなぁ」
美上は、わざとらしく首をかしげた。
「こんなの、面白くねーぞぉ?」
「え、だって、面白い方法でって……!」
口ではそう言いながら、総士の頭の中には、さっきの光景がまだ残っていた。
手がほんの少し動いただけで、中学生の体がふっと傾いた。
足でなでただけで、すとんと崩れ落ちた。
今の、面白かったのに。
「今のは、お前が基本を理解してないから
教えただけ。基礎ができるのと、
理解するのとは、意味が違うからな」
美上が、総士の頭にぽんと手を置いた。
「とりあえず、今使える技をよく知ろうや」
「ちょ、楽しいやり方は!?」
「うーん……」
美上は少し考えるふりをして、のんきに言った。
「俺が帰る頃には、やると思うよ」
本当に、大丈夫なのか?
総士は、手を置かれたまま美上の顔を見上げた。
このニーちゃんは……?
「ま、その前に、一個だけ試しとくか」
美上は畳に膝をついて、総士と同じくらいの高さになった。
「俺に袖車をかけてみろ。ただし、一回ごとに
属性を変えて。火、水、風、土、全部だ」
「え?」
総士は、目をぱちぱちさせた。
「攻めは火、防御は土っていうのが
基本なんじゃ……?」
「いいから。そんなガチガチに考えずに、
やってみろ」
総士は、言われるままに美上の袖をつかんだ。
まずは火。
いつもどおりだ。
瞬発力が上がって、体がぐっと前に出る。
「じゃあ、火はさっきやったから……次、水」
水をイメージして、もう一度"袖車"に入る。
「……あれ?」
総士は、自分の体を見下ろした。
「どう感じた?」
「なんか……いつもより、
スルッと懐に潜り込めた」
「水の魔力を込めると、体の柔軟性が上がる。
それに、触れてる相手の力を流す作用も働く。
だから、相手の腕の間に体が入りやすく
なるんだ」
美上は軽くうなずいた。
「よし、そのまま続けろ。次は風だ」
風をイメージする。
体の周りで、空気がくるくると回りはじめた気がした。
回転が、いつもよりずっと速い。
でも、何かが違った。
"袖車"だと、俺や相手の外側に、力が逃げてるみたいだ。
速く回れるのに、その力が内側にまとまらない。
「最後、土」
土をイメージすると、体がずしりと重くなった。
動きはぎこちない。
足を運ぶのにも時間がかかる。
でも、形に入ってみると、美上の体が、思ったよりずっと軽く背中に乗った。
かつげた。
「色んな属性で試してみると、
魔力の効果の違いが、体でわかるだろ?」
「……確かに」
総士は、自分の手のひらを見つめた。
なんていうか、今のを実際にやってみたら。
「なんか、出しやすくなった気がする」
言ってから、少し首をかしげた。
出しやすい……違うな。
「イメージしやすくなったんだ。属性が」
「よし、次は受けだ。俺が掌打を打つから、
一つずつ属性を変えて受けてみろ」
火は、真っ直ぐ弾き返す。
風は、離れているうちだけ、少し押し返せる。
水は、衝撃を吸い込める……と思ったら、止まったまま受けたせいで吸いきれず、鳩尾に響いた。
「……っ、ぐ」
しゃがみ込んで顔を上げると、美上が口を押さえて肩を震わせていた。
「……笑ってる」
「笑ってない……ぷっ」
そして、土。
美上の掌が、腕にぶつかっても、びくともしなかった。
やっぱり、真っ直ぐ受けるだけなら土が一番だ。
でも、いつもより、ずっと硬い気がした。
さっき全部の属性を試したから、土の重さが、前よりはっきりわかるのかもしれない。
「じゃあ、いつもと違う正解の一つを
見せてやる」
美上は、近くで休んでいた中学生を一人呼んだ。
「土で防御に入ってくれ。
思いっきり固めていいぞ」
中学生は少し身構えて、膝を落とした。
土の魔力を込めたのが、見ているだけでもわかった。
足が畳にめり込みそうなほど、どっしりとしている。
あんなの、誰も動かせない。
さっき、土で受けたときの重さを思い出す。
真っ直ぐ受けるなら、土が一番だ。
美上は、中学生の胸に片手を当てた。
押した、というより、触れただけに見えた。
次の瞬間、中学生の体が、ふわりと後ろへ傾いた。
足が畳から離れ、そのまま背中から倒れる。
どさり、と音がした。
「……え?」
総士は、目をこすった。
中学生も、天井を見上げたまま、何が起きたのかわからない顔をしていた。
「土の魔力は、人の体を物に近づける魔法だ」
美上は、中学生に手を貸して起こしながら言った。
「硬くなる。重くなる。その分、人の体って
いうより、石とか岩に近くなる。だから──」
美上は、自分の手のひらを軽く振った。
「風の魔力で、操作されやすいのさ」
「物を、動かすみたいに……?」
「そういうこと。こういうのは、
学校じゃ教えないからなぁ」
総士は、さっき中学生が倒れた畳を見つめた。
一番硬いはずの土が、風に、あっさりひっくり返された。
力を込めたようには、見えなかった。
魔力を使い分けるだけで、こんな簡単に倒せるのか?
*
その晩、総士は布団の中で、今日の練習を思い返していた。
魔力かぁ……。
今までも道場で、力と魔力を引き出せって言われてきた。
でも、よくわからなかった。
筋力と魔力は一緒に鍛えられる、ってみんな言う。
だから結局は、体が強い人が有利なんだと思ってた。
でも、今日は違った。
水で入れば、スルッと懐に潜り込めた。
土で受ければ、いつもより硬かった。
一番硬いはずの土が、風で、あっさりひっくり返された。
属性を使い分けたら、同じ力でも、感じ方が違うのかな。
それなら、なんか面白いな。




