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魔法現代譚 ー未完成の武闘戦記ー  作者: 銀上 木綿


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第5話 魔力遊び



「……で、また来たのか」


道場の入口に立つ総士を見て、美上はあきれたように眉を上げた。


「中学生の練習、見に来ていいって言ってたじゃん」

「言ってたのは庄野先生な」

「九郎先生も、教えてやるって言った」


美上は少し黙ってから、ため息をついた。


「……言ったな」


中学生たちが乱取りを始めると、美上は道場の隅に総士を呼んだ。

今日こそ、と総士は思った。

本に書かれていたような技か。

烈のやり方か。

それとも、土で固めた相手を風で倒す、あれか。


「よし、総士。今日はこれをやる」


美上は、右手を開いて、総士の目の前に差し出した。


「じゃんけんだ」

「……は?」

「ただし、普通のじゃんけんじゃない」


美上は、総士の右手を取って、自分の掌にぴたりと重ねた。

掌打を打ち合ったまま止まったような形だった。


「お互いに手を合わせたまま、合図で

 魔力だけを出す。火、水、風、土の

 どれか一つ。動いちゃだめだ。魔力だけ」

「それで?」

「どっちの魔力が勝つかで、勝ち負けが決まる。

 名づけて、魔力じゃんけん」


美上は壁際に置いた鞄から紙切れとペンを取り出して、さらさらと書きつけた。


火と水なら、水の勝ち。

火と風なら、火の勝ち。

火と土なら、土の勝ち。

水と風なら、水の勝ち。

水と土なら、土の勝ち。

風と土なら、風の勝ち。


「……これ、じゃんけんになってなくない?」


総士は紙をのぞき込んで、指を折って数えた。


「水と土、強くない?」

「ルールなんて、なんでもいいんだよ」


美上は、まったく気にしていない顔で手を構え直した。


「いいからやるぞ。せーの」


総士は、慌てて火をイメージした。

掌の奥が、かっと熱くなる。

同時に、美上の掌から、じわりと冷たいものが染み込んできた。

熱が、すうっと横へ流されていく。

押しても押しても、手応えがない。


「水。俺の勝ち」

「ずるい、今の合図早かった」

「早くない。もう一回。せーの」


土。

美上の掌から、ふわっと押し返すような力が来た。

重くしたはずの手が、羽みたいに浮きかける。


「風。俺の勝ち」

「……っ」

「もう一回」


結局、その日は一度も勝てなかった。


   *


次の日も、その次の日も、美上が出してくるのは掌だけだった。


「せーの」


火。

水。

風。

土。

総士は、手を合わせたまま、ひたすら魔力を出し続けた。

最初のうちは、どれを出すか決めるだけで精一杯だった。

合図が来てから迷っていると、そのあいだに美上の魔力が先に流れ込んでくる。

少しずつ、迷う時間が短くなった。

たまに、勝てるようにもなった。

勝つより、負けるほうがずっと多かったけれど。


なんなんだ、これは。

帰り道、総士は自分の右手をじっと見た。

掌が、まだじんじんしている。

面白いか面白くないかで言えば、面白い。

九郎先生の魔力が流れ込んでくる感じは、いつもの練習では絶対に味わえないものだった。


でも。


強くなってる感じが、全然しない。

打ち込みもしない。

乱取りもしない。

技の名前すら、九郎先生は口にしなかった。

ただ、手を合わせて、じゃんけんをするだけ。

総士は、もう一度右手を握りしめた。



◆ ◆ ◆


──九郎視点──


数日後の夜。

奉利道場の引き戸を開けると、子どもたちの甲高い声が一斉に耳に飛び込んできた。

九郎は靴を脱いで、道場の隅で名簿をめくっている男に頭を下げた。


「どうも。お邪魔します」

「あれ、美上先生。小学生の練習にも来たの?」


少年部を見ている庄野先生だった。

30代半ばくらいの、日に焼けた人のよさそうな顔をしている。


「実習で忙しいでしょう?」

「いやー、俺の担当教諭、なんも指示しない

 んですよね。結構暇で」

「はは、それはそれで大変だ。でも、実習先が

 こんな田舎になって残念でしょ?」

「抽選なんで、仕方ないですよ。

 どこ行ってもやること一緒ですし」


実習中に、武闘技をやることになるとは思わなかった。

事前の挨拶に行ったとき、地域チームの監督からコーチを頼まれた。

正直、気は進まなかった。

もう、畳の上に立つつもりはなかったからだ。

ただ、一人だけ、気になる名前はあった。


巽勇心。

ジュニアナショナルチームが地方を回っていたとき、合同練習の中で、代表候補の一人を倒した中学1年生。

練習とはいえ、そういう話はすぐに広まる。

その弟が、あんなに面白いやつだとは思わなかったが。

勇心のほうは、あんまりやる気なさそうだけどな。


「九郎先生、少年の時間も来たの?」


道着姿の総士が、とことこと寄ってきた。


「暇なの?」

「ん、まぁな」


総士は、じっと九郎の顔を見上げた。


「兄ちゃんから聞いたけど、先生って

 彼女いないの? 大学生って、フツー

 彼女とかいるんじゃないの?」

「……は?」

「だから暇なんでしょ」

「はぁー? んなことねぇしー。

 今日も女子にモテモテだったしー」

「父さんは、女子中学生は大学生とかに

 憧れるもんだって言ってた」

「違いますー。高校生のときにバレンタインの

 チョコもらったことありますー」

「どうだか。武闘技やってる人で、モテる人は

 いないって兄ちゃんも言ってた」

「お前の兄ちゃん、何なんだよ……」

「こらこら、そこまでにして。練習始めるぞー」


庄野先生が手を叩くと、子どもたちがばたばたと畳の上に並び始めた。

総士も、べっと舌を出して列に走っていった。


面白い……が、なんて可愛げのないガキなんだ。

九郎は、壁際に腰を下ろした。


準備運動、基本の打ち込み、組み手の形。

少年部の練習を見るのは、久しぶりだった。

練習内容は、昔から変わってないな。

自分が小学生だったころと、ほとんど同じだ。

順番も、掛け声も。

列の端で、総士が打ち込みをしていた。

口では生意気なことを言うくせに、基礎はちゃんとできている。

足の運びも、襟の取り方も、型としては悪くない。

センスも、たぶん悪くない。

ただ、倒し方がわからないだけって感じだな。

そんなものは、本来、体で覚えていくものだ。

何百回も投げて、投げられて、そのうちにわかってくる。

ただ、あいつはそれを待てないらしい。


「美上先生」


庄野先生が、こちらを振り返った。


「今日はせっかくだから、子どもたちに

 何か指導してもらえませんか。

 なんでもいいので」


やべ、なんか頼まれちゃった。

九郎は頭をかいた。

……しょうがないか。


立ち上がって、子どもたちの前に出る。

小さな顔が、いっせいにこちらを向いた。


「えー……みんな、基本がよくできてるな」


いくつかの顔が、ちょっと得意そうになった。


「特に、魔力の捻出ができてる。

 これ、自分で気づいてるかな?」


子どもたちが、顔を見合わせた。


「捻出ってのは、筋力みたいに、魔力を

 引き出す力、生み出す力のことだ。

 火、水、土、風。それぞれを、その場で

 すぐに生み出せるようになると、もっと上の

 技術が使えるようになる」


九郎は、列の子どもたちを順番に見ていった。


「ただ、みんなのを見てると、捻出はできてても、

 出力が未熟だな」

「しゅつりょく……」


誰かが小さく繰り返した。


「出力ってのは、魔力を相手に伝える力のことだ。

 捻出で生み出した魔力を、どれだけ相手に

 伝えられるか。これがうまいやつは、

 試合でも強い」


しん、と道場が静まり返った。

……難しすぎたかな?

九郎は、子どもたちの顔を見回した。

ぽかんと口を開けているやつ。

首をかしげているやつ。

隣の子と顔を見合わせているやつ。

やべ、みんなポカーンとしてる。


「いつも言ってるだろ」


庄野先生が、横から口を挟んだ。


「技と魔力を、相手に効かせろってことだ」


その一言で、子どもたちの顔がぱっと明るくなった。

「あー!」「それかー」と、あちこちで声が上がる。


……さすが、小学生の先生だな。


九郎は、内心で舌を巻いた。

伝え方が、シンプルでうまい。


ただ、一人だけ、難しい顔をしているやつがいた。

総士だ。

眉間にしわを寄せて、床の一点をじっと見つめている。


「どうした、総士?」

「うーん……」


総士は、しばらく考えてから首を振った。


「いや、また今度聞く」


九郎は、その横顔を眺めた。

こいつの不思議なところは、強くなりたいというより、知りたいという気持ちのほうが強いところだ。

勉強は全然してないらしい。

それなのに、なぜか武闘技のことだけは知りたがる。

変わったやつだな。


毎日やらせている、あの魔力じゃんけん。

あいつは、まだ納得いってない顔をしている。

強くなってる気がしない、とでも思っているんだろう。


それでいい。

俺が帰る頃には、ちゃんと身についているはずだ。

そのときは、たぶんびっくりするんだろうな。


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