第四話『神楽、お前もあっち系か』(六)
(六)
「さあ、どうでしょうか。でも――髙井正弘だけは残念です」
案の定、修一はその問いには答えず、苦い顔で注射針が刺さっている手を見ていた。
「最後だったのに……失敗しました。ゆかりに……謝らなければなりませんね」
「そんなことでゆかりさんは、喜ばないと思います」
俺と修一の話を横で聞いていた神楽が、口を挟んだ。
「それは道義的な話しを言ってるのかね? これでも私は弁護士だ。やっていいことと悪いことくらいの分別は、今も持ち合わせているつもりだ」
一瞬、言葉に詰まりながらも修一が、顔を上げて神楽に聞き返した。
それは、常に冷静な彼が初めて感情を表にだした瞬間でもあった。
「そもそも死んだ人間はね、喜ぶとか悲しむことはないんだよ。君は何を根拠に言っているのかね」
そこまで言うと修一は、悲しい目をして窓の外を見た。
「では何故、人を殺そうと……」
神楽がさらに問いかけたので、俺はそれを制止した。
「すみません。あくまで小説の主人公の怒りが、読んだ私たちに突き刺さったので、その内面を知りたくて、彼女も聞いてしまいました」
俺は修一に頭を下げて、あくまで小説内の主人公へと話をずらした。
「はは、そうでしたか。これは私としたことが、大人げない事を言いました」
「これは、昨日まりかさんにも話していたことですが、分別のある主人公を狂気に走らせたものは何だったのかと、俺は今でも考えてしまいます」
「なるほど。うーん、どう言えばいいでしょうか。逆に質問させてください。貴方が主人公で、娘……大事な人を『暴力』で奪われたとしましょう。そして、貴方自身の余命が三ヶ月だった場合、どのように動きますか?」
修一は、俺の質問を逆手に取って、問い返してきた。
「それは難しい質問ですね。ただ俺は小説の主人公のような決断は下せないと思います」
「ほお、それは何故かね?」
「警察官として、多くの被害者家族と接してきた接してきた経験もありますが、祖母の言葉によるところが大きいかも知れません」
「それは興味をそそられますな。よければ聞かせて貰えるかな」
「はい。祖父が亡くなったとき、俺は悲しくて、どうしようもありませんでした。その時、うちの婆ぁ……いや、祖母が、俺の横にやってきて話し出した言葉です。『魂は心じゃ。生前もっとも大事にしてきた場所へ還ってくるんじゃ』――と」
いつも嘘をついて誤魔化そうとする俺やけど、これは嘘ではない。「桔平、桔平」と、いつも俺をそばにおいて、可愛がってくれていたお祖父ちゃんが亡くなった時の話や。
「では、その心はどこに存在するとお婆様は仰っておられたのですか」
修一は目を閉じながら、続きを訊いてきた。
「俺も同じ質問をしました。『そんなん、どこにおんねん』と。すると祖母は『斜め上じゃ。人は悲しいといつも俯くもんじゃ。魂=心はその姿を見て、一緒に悲しんでおるんじゃ。そうなると魂は成仏できん。残った人間の業までも背負い込むんじゃ』と言ってました。だから生きている者の務めは、その『心』を安心させるように、生きにゃならん、と」
俺は、《なんでこんな話をしてるんや》と疑問に思いながら話した。
「これが先程こいつ……彼女が言った『そんなことでゆかりさんは、喜ばないと思います』にも繋がると思っています」
そこでふと、神楽の顔を見ると、何故か知らんけど、うっとりとした表情で俺を見ている。
《何やその目ぇは。気色悪い。別にお前を擁護した訳やないで》
神楽が俺の話を聞いて何を感じたのかはわからん。
けど、目の前にいる「復讐という修羅の道」を選んだ彼を見ていると、この話をせなあかんと思った。
「確かにいい話ですが、私は、自分が見たものしか信用しない。ゆかりが亡くなったとき、どうしても彼女に会いたくて仕方がなかった。著名な霊能者に何人も会いました。しかし、どの霊能者も、ゆかりの姿を私に見せてはくれなかった。もし、そういう世界が本当にあるなら、是非娘に会わせてください」
と言って、紙袋から、ぬいぐるみを取り出した。
「昨日、まりか君が泣きながら帰ってきて、不思議な話をしました」
俺はドキッとして神楽を見た。
「泣きながら」
という言葉にピキったのか、俺が彼女を泣かす何かをした――と誤解したのか、静かに……そして冷たい目ぇで睨んでくる。
《ま……待て。俺は何も……》
何もなかった、とは言い切れないことを思い出した。
「祐輔君に会えたと、彼女は言ってました」
その「会えた」という意味を、俺は理解できなかった。
あれは事故……そうや事故やった。あの時まりかは、不意に俺に抱きついてきた。そうなったら俺も「男」や。しかも前回の「社会勉強」から二ヶ月以上もご無沙汰やったから、「据え膳食わねば武士の恥」とばかりに抱きしめた。
その後、急にまりかの身体が震えだしたんやったっけ?
確かにまりかが俺に抱きついてきたとき、まりかの胸にあった男物と思えるネックレスが、俺の胸に触れて、いつもの「アレ」が出てきたのは事実や。そしてついに俺は「アレ」に打ち勝った。
あのとき、俺が見た「アレ」を、まりかも見た?
《まさかな――そんなん、サスペンスがオカルトになるやんけ》
『ありがとうございます』
と言って、部屋を出て行ったまりかを、俺は思い出した。




