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私がお茶を淹れると世界が救われるらしい 〜街のはずれのガラクタ修理屋ですが、無自覚に最強の神具を量産していたようです〜  作者: 杠(ゆずりは)


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ガレス 2

カウンターの奥から、淡いオレンジ色の光が漏れ始めた。


ガレスはふかふかのソファに深く腰を沈めたまま、その光景をただぼんやりと見つめていた。

ルミアの手元から溢れる光は、王宮の高位魔導士が放つような、空間を圧迫する刺すような魔力ではない。春の木漏れ日のように優しく、どこかひだまりのように懐かしい温もりを持った光だった。


トントン、カンカン。


時折、小さな金属を叩くような軽快な音が聞こえてくる。

王国の歴史と共にあり、何百年もの間、魔族の血を吸い続けてきた最強の神具。それが今、街のはずれの小さな工房で、まるで壊れたおもちゃを直すような手軽さで扱われている。


ガレスは両手で包み込んだマグカップから、カモミールティーをもう一口飲んだ。

不思議なことだった。あれほど骨の髄まで染み込んでいた疲労が、嘘のように消えていく。魔竜の眷属に叩きつけられ、ひび割れていた肋骨の痛みも、冷たい地下水路で凍えきっていた体温も、この店に漂う甘い香りと温かい紅茶によって完全に癒やされていくのが分かった。


もう何年も、こんな風に心から安らぐ時間を過ごしたことはなかった。

常に誰かの上に立ち、決断を下し、部下の命を背負って最前線で剣を振り回す日々。騎士団長という重圧が、ガレスという人間の心を少しずつすり減らしていたことに、彼は今ここで初めて気がついた。


「これでよし、と」


ルミアの明るい声が店内に響いた。

光が収まり、ルミアが額の汗を手の甲で拭いながら振り返る。


「お客さん、お待たせしました。ひん曲がっていた鉄の棒、綺麗に直りましたよ」


ガレスはゆっくりと立ち上がり、カウンターへと向かった。

そして、そこに置かれていたものを見て、文字通り息を呑んで硬直した。


真っ二つに折れ、泥と魔物の返り血でどす黒く染まっていたはずの王国の至宝。

それが今、ガレスの目の前で、眩いほどの純白の輝きを放ちながら一本の美しい剣として完全に繋がっていた。

傷ひとつない刀身は鏡のように澄み渡り、柄に施された細かな黄金の装飾すらも、まるでたった今、神の国から降ろされたばかりの新品のようにピカピカに磨き上げられている。


「かなり分厚い鉄だったので少し手間取りましたけど、ちゃんと元通りにくっつけておきました。あと、また硬い岩盤とかを叩いて折れちゃったら危ないので、私なりに少しだけ補強もしておきましたからね。これでどんな重労働にも耐えられるはずですよ」


補強だと。

ガレスの太く無骨な指が、小刻みに震えながら恐る恐る聖剣の柄に触れる。


その瞬間、ガレスの巨体がビクンと大きく跳ねた。

剣から流れ込んでくる神聖な魔力。それはガレスが長年愛用してきた聖剣そのものの気配でありながら、以前とは比べ物にならないほどに澄み切って、圧倒的で、そして底なしに膨大だった。


王国の古い歴史書に記されている、神代の時代に初代国王が天から直接授かったとされる、真の聖剣の輝き。長きにわたる戦いの歴史の中で魔力の大半を失い、劣化していたはずの力が、今この小さな工房のカウンターの上で完全に蘇っているのだ。


最高位の錬金術師が何百年かけても解明できなかった神具の完全な修復。

いや、修復という言葉すら生ぬるい。これはもはや、時間を全盛期にまで巻き戻す神の御業だ。

それをこの少女は、ただの土木作業用の鉄の棒を直す感覚で、たったの数分でやってのけたのだ。しかも、次は折れないようにという謎の補強まで付け加えて。


この少女は、一体何者なのだ。

ガレスはルミアの顔をまじまじと見つめた。

しかし彼女は、信じられないほどの奇跡を目の前で起こしておきながら、自分の前髪を指でいじりながらへへっと照れくさそうに笑っているだけだった。

裏の社会の権力者でもなければ、世界を裏から牛耳る大魔導士でもない。ただの善良で、少しだけお人好しな、街の修理屋の娘。

彼女は本当に、何もわかっていないのだ。自分が今、世界の理を覆すほどの奇跡を起こしたということを。


「あの、お客さん? もしかして、まだどこか曲がってますか」


ルミアが心配そうに首を傾げたのを見て、ガレスは我に返った。


「いや……完璧だ。これほど見事な腕前の職人を見たのは、生まれて初めてだ」


ガレスの震える声を聞いて、ルミアはパァッと顔を輝かせた。


「本当ですか。よかったです。お仕事の道具って、やっぱり手に馴染んだものが一番ですもんね。新しいものを買うより、直して長く使ってあげたほうが、道具も絶対に喜びますよ」


道具も喜ぶ。

その言葉を聞いて、ガレスはふっと口元を緩めた。そうだ、この聖剣も、ずっと持ち主と共に戦い、そして傷ついてきたのだ。彼女の温かい手が触れたことで、剣自身も喜んでいるように感じられた。


ガレスはゆっくりと、新品同様に輝く聖剣を再び粗末な布で包み直した。

不思議なことに、絶望の底に突き落とされていた数時間前の自分が嘘のようだった。

骨の髄まで染み込んでいた疲労も、部下を失うかもしれないという恐怖も、完全に消え去っている。体の底から、熱い力がとめどなく湧き上がってくるのを感じる。


今ならやれる。

地下で暴れ回る魔竜の眷属など、この生まれ変わった聖剣と、今の自分の力があれば、一匹残らず叩き斬ることができる。王国は絶対に守り抜いてみせる。


ガレスは背筋を伸ばし、一人の騎士として、いや、この小さな工房の一人の客としてルミアに向き合った。


「店主殿。この恩は、一生忘れない。本当に、ありがとう」


「いえいえ、お安い御用ですよ。夜勤の工事、これからも大変だと思いますけど、お怪我には気をつけてくださいね。無理は禁物ですよ」


ルミアの言葉に、ガレスは力強く頷いた。


「ああ。この鉄の棒は、二度と折らん。必ずやり遂げてみせる」


ガレスはカウンターに修復代として大銀貨を数枚置き、店を後にしようと踵を返した。


「あ、お客さん、お金多すぎますよ。こんなにもらえません」

「釣りはとっておいてくれ。その代わり……」


ガレスは扉に手をかけたまま、少しだけ振り返って口角を上げた。


「また近いうちに、あんたの淹れた茶を飲みに寄らせてもらう。ここは、とても良い店だ」


扉のベルがカランコロンと軽やかな音を立て、大柄な男の背中が夜の闇へと消えていく。

残されたルミアは、カウンターの上に置かれた高価な大銀貨を見てぱちぱちと瞬きをした。


「気前のいいおじさんだったなぁ。よっぽど工事の予算が余ってるのかな」


ルミアは銀貨を大切にレジの引き出しにしまいながら、のんびりと小さくあくびをした。

自分がたった今、王国の滅亡を救い、英雄の運命を決定づける最大の奇跡を起こしたことなど微塵も知らずに。

彼女は鼻歌を歌いながら、平和な工房の明かりを静かに落としたのだった。

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