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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
その後

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その後 2.遠い記憶

 はるか昔。美しい湧水の滝のほとりで、道に迷った一人の青年が、美しい人に出会った。

 月の光を集めたような銀糸の髪に銀の瞳。憂いを含んだ柔らかな眼差し。

 青年はひと目見て虜となり、そこに庵を構え、生涯過ごした。その美しい人と共に。

 その人の為だけに笛を吹き、その人の為だけに生きた。年を経て、命が終わるその時まで。

 そして、青年は間際に口にした。次に生まれてきた時も、きっと、あなたと共にいると。あなたを表面上は忘れていても、魂ではずっと覚えているからと。

 美しいひとの名はファジル。青年の名はウイラ。

 それぞれの魂を継ぐものが、時を経て幾度も出会い、別れてはまだ出会い。必ず、恋に落ちた。例外はなく──。

 精霊と人との境界が薄かった時代の話。



「ああ、まいったな…」


 薄い紅色の髪をした青年ウイラは、背負っていた食料も水も尽き、とうとうそこへへたり込んだ。これ以上、先にも後にも進めない。

 幼い頃、両親を亡くし、一人山のふもとで暮らしていたが、数百年に一度の飢饉に見舞われ、食べるものにも困り。それならと、残り僅かな食料を手に、少しでも豊かな地を目指し、故郷を旅立ったのだが。

 入り込んだ森で道に迷い、途方にくれる。夜になれば獣も出るだろう。手にはたよりない小ぶりなナイフがあるばかり。


 ──せめて、水があれば。


 今日は朝から水の一滴も口にしていなかった。座り込んだのは大きな木の根元。


 ──どこか沢でもあればいいが──。


 見回すと、キラと光るものが目の端に映った。


 ──なんだ?


 よろよろと立ち上がり、その方へ向かう。と、そこにあったのは。


「…川だ…」


 ひと跨ぎできそうな程の幅の小川がある。先ほどまでまったく目に付かなかった。

 青年はそこを遡り、ふらふらと誘われるように奥へと向かう。

 すると突然視界が開け、そこに滝を見つけた。大きな岩が幾つも重なる間を、湧き出た細い糸のような水が、幾重にも流れ落ちる滝だ。


 ──なんて、綺麗な場所なんだ…。


 呆然として眺めていたが、はたと喉の渇きを覚え、とにかく水を飲もうと、こんこんと流れ湧きだすそこへ手を差し入れる。

 きりりと冷たく透き通った水が、そこにあった。手ですくって口にする。それは水であるのに、甘くまろやかだった。


 ──ああ、生き返る…。


 水を飲んだだけなのに、力が湧く様で。

 青年は嬉しくなって、背に挿していた笛を取り出した。

 笛は青年の特技だった。たったひとり、山のふもとで過ごす日々の唯一の楽しみで。嬉しい気持ちと感謝の気持ちを込めて、飽きるまで吹いた。

 どれほどの時間が経ったのか、傍らにふと、人の気配を感じた。吹くのをやめて顔を上げれば、そこに銀糸の髪を揺らす人が立っていた。眼差しも銀だ。


 ──なんて、美しい──。


 まるで幼い頃目にした、絵本に出てくる精霊の様。けぶるような肌に月の光を集めたような銀の髪。思わず、見惚れていれば。


「…先を」


 促され、それが笛の続きを、そう言っているのだと気付く。慌てて唄口へ唇を当て、笛を吹き始める。それが、彼との出会いだった。

 ウイラは美しい人に魅せられ、そこへ小さな庵をむすんだ。倒木をきりだし、建てたそれは掘っ立て小屋だ。しかし、雨風しのげれば気にならない。

 美しい人はファジルと名乗った。そこで暮らす、とても特別な種族なのだとか。青年は行く当てもない、ここを終の棲家と決めた。


 ──美しい、ファジル。彼さえいれば、何もいらない。



 長い年月を共に過ごす。二人の間を邪魔するものは何もなかった。

 毎日、笑い、歌い、笛を吹き。食べて寝て、抱きしめあって。何年も何年も──。

 そうして、ウイラはその命を終えた。ファジルの命は、ウイラより長い。──とても。もしかしたら、永遠に続く。


 ──もっと、ともに過ごしたかった。この先も永遠に、ずっと…。


 すると、ウイラは誓ってくれた。

 この先、たとえ生まれ変わっても、ファジルを見つけ、必ず愛すると。約束するから、そう言い残し、この腕の中でその生涯を終えた。

 ファジルはそれから、ずっと彼を待ち続けた。

 そうして、ようやく見つけたのだ。彼の地に生を受けた彼を。どんなに心躍ったか。

 しかし、同時に不安もあった。


 ──彼は本当に私を覚えていて、愛してくれるのか。私は、以前と同じ様に愛する事が出来るのか──。


 が、彼は私を見て、私も彼を見た。その瞬間、互いに恋に落ちた。


 ──私を──認めてくれた。


 彼は前と同じように笛を吹く。あの頃と同じ。彼の音は天へと駆け昇った。

 笛を吹く彼のもとへ、花を置いて気を引いた。感謝を伝えたかったのだ。彼はとても喜んでいた。


 ──私を見て。私を愛して。どうか、その傍らに──。


 しかし、彼は災いの渦に巻き込まれ。


 ──私から、彼を奪うものを許さない。生かすつもりも、今後、許すつもりもない。──永遠に。


 漸く災いを逃れた彼を、再びこの腕に抱くことができた。私に微笑みかける彼の人の今の名は──。


「リイン。私だけを──愛してくれ」


「──もちろん…。アルーン」


 彼は私の名を呼んで目を細めると、口角を上げ微笑んだ。

 出会ったあの時と同じ、春風のように優しく温かな笑みを浮かべて、私を抱きしめる。


 ──愛しい人。永遠に。 



ー了ー

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