その後 1.白玉
縁側でアルーンに膝枕をしながら、笛の手入れをしていた時のこと。俺はふと、以前の疑問を思いだした。
「…そういえば──前、夜中に笛を吹いていた時、ここへ来てくれていただろ? 花を持ってさ」
「ああ…。そんなこともあったな…」
アルーンは懐かしそうに目を細めた。
すでに皇帝となり、俺も正式に后となったが、依然、俺の生活の中心は庵にあった。
あちこちに侍従らの目のある宮殿の中は、やはり窮屈に思え。何か用事がない限りは、たいていこちらで過ごしてしまう。
アルーンもそんな俺につられ、時間を作ってはこちらで休んでいた。もちろん、公務の時はあちらへ戻っていくが。
今日も休憩時間を見計らってふらりと訪れると、縁側で笛の手入れをしていた俺の側で休みだした。当たり前のように膝の上に頭を乗せて。
時々、手がでるのは──まあ、仕方ない。俺だって嫌じゃないし。
アルーンはそれまで庭に向けていた顔を、上向けて。
「あの時は…どうにかリインの気を引きたくて、知恵を絞ったんだ。──それで花を贈ろうと…」
「あれ、嬉しかったんだ。粋だなって思ったし」
「それは、功を奏したな」
アルーンは満足そうに笑んだ。
「──でさ。あの時、珍しい花があったんだ…」
「珍しい?」
「そう。あの季節には咲かない花だ」
「何の花だ?」
「白い…椿。あれ、寒い時期の花だろう? あの時は初夏だったし…。どこから持ってきたのかなって──」
「白い椿──置いた覚えがないな…」
アルーンは首をかしげる。
「ええ? って、俺、覚えてるぞ。珍しかったからさ。満月の日で、それと花がかぶって、綺麗だなって思って……」
「──俺じゃないな…」
改めて言う。
「……」
──じゃあ、誰が?
そう思って、アルーンの顔を見下ろせば。アルーンはクスリと笑って、
「──まあ、いいじゃないか。リインの笛が誰かを喜ばせたんだから。──そのお礼の花だ」
「…だな」
アルーンは手を伸ばして、俺の頬に指でふれてくる。それは、頬から唇へと滑っていった。
「…来週、長く時間が取れる。久しぶりに滝に行こう」
「おう。行こう!」
「そこで思う存分、吹くといい…」
「ん。だな。新しい曲も覚えたんだ──」
そこへ、半身を起こしたアルーンが、俺の顎を引き寄せ口づけてきた。さらりとした銀の髪が頬に触れる。アルーンは間近で見つめてくると。
「…ありがとう。リイン」
「──へ…?」
瞳がきらと輝いた。面差しはアルーンなのに、雰囲気がどこか違う。
──あれ? これって、あれ??
何が違うのかと、まじまじと見ようとすると。
「──こら。ぼうっとするな」
「あ……」
気が付くと、いつものアルーンが顔を覗き込んでいた。そうして、もう一度、口づけると。
「…時々、リインはどこか遠いところへ行くな。──まあ、すぐに戻って来るからいいが…。ほかに気を向けるなよ? ──精霊以外には」
「う、うん…」
その精霊が問題なのだが。
アルーンはそのまま起き上がって、俺の身体を持ち上げると、逆に膝の上に乗せてしまう。そうして背後から抱きしめてきた。
「お、おい! アルーン!」
「今度は俺の番だ。…少し休め」
「──わかった…」
笛を一旦置くと、そんなアルーンの胸に背を預けた。こんな時間が途方もなく、幸せで大切だと思う。
「…花は、きっと精霊からの感謝の気持ちだ」
「──俺も、そう思う…」
──だって、今もいたから。
ありがとうと、そう口にしたのは精霊だ。
いつも見かけるあの人。アルーンであって、アルーンでない。どうもあの精霊とだけ、心を通わせることができるらしい。
その事実は飲み込んで、アルーンの腕の中でまどろんだ。
その腕の中で、夢を見た。
透けるような銀色の髪をもつ精霊が、手に白い花を持って、柔らかい笑みを頬に浮かべている。
そうしてそれを、流れる様な動作で差し出してきた。
『ありがとう…』
俺はその花を受け取る。
それは──ふっくらとした花びらを纏う、白い椿の花だった。
ー了ー




