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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
その後

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その後 3.神子

 初めて見た時、ただ目が離せなくなった。

 衝撃、とでも言うのか。人を見て、こんな思いを持ったのは初めてだった。


 十八歳になったある日、父マシュリクとともにウイラ近くの小川を訪れた。

 父はウイラの王カセムと幼い頃から懇意にしており、今日も将来の展望について相談がある、ともっともらしい理由をつけて、カセムのもとを訪れたのだった。

 訪れた先は、二人の行きつけの小川で。先に来ていたカセムが早速竿を取り出し、二人して岸辺に立って釣りを始めた。こうなると、当分動かない。


「父上、私はこの辺りを散策してまいります…」


「ああ、好きにするといい。──気をつけてな」


 形ばかりそう口にしたマシュリクは、肩越しにちらと振り返っただけで、あとは竿先に集中する。


「…行ってまいります」


 いつもの事だった。釣りとなると、周りが見えなくなるのだ。

 没頭するマシュリクに、ため息交じりにそこを後にして、言葉通り散策に出た。


 ──いったい、何の為にここへ連れ出したのか。


 釣りをするだけなら、なにもこんな辺境まで息子を連れてくる必要はないのだ。

 共を引き連れ、あてもなく彷徨えば、川のせせらぎを耳にした。それにつられ音のする方へ向かえば、せせらぎに交じって笛の音が聞こえてくる。美しい音だ。まるで川の流れに溶け込むように空気に馴染んでいる。


 ──こんな森の奥で、いったい誰なのだろう。


 さらに奥へ分け入ろうとすれば、


「アルーン様、お待ちを!」


 遅れを取った供の者が声をあげた。茂る竹や藪にてこずっている様だ。


「大丈夫だ。先には行かない──」


 すぐそこが小川だ。これ以上、奥へはいけない。供の心配も無用だった。

 笛の音は岸辺から聞こえる。開けた視界に、ふと、顔を上げた先、小山程の岩の上で、その人物を見つけた。

 人の気配に気づいたのか、吹くのをやめ、こちらを振り返る。日に照らされた薄い紅色の髪が一番に目に入った。


 ──見たことのない色だ…。


 やや逆光になって見づらい。少し進むと、ようやく姿を確認することができた。そうして目にしたのは、濃紺の短衣を身に着けた、ほっそりした身体つきの少年だった。

 紅い髪の下にあるのは、きりりとした大きな茶色の瞳。短衣の袖からすらりと伸びた、よく日に焼けた手足が、太陽の光に輝くよう。大地から祝福を受けて生まれたかのようだ。

 アルーンの登場にかなり驚いたようで、目が真ん丸になっている。


 ──精霊、か…?


 山や森の奥には、精霊が住むという。しかし、まさかとも思い。


 「──村人、か?」


 とりあえず、そう問えば、少年はなんとも複雑な表情を見せつつ、どこか落胆した様子で。


 ──なにか、いけなかっただろうか?


 不思議に思いながらも、続いて吹いていた曲について問うた。すると、今度は嬉々としてその説明をしだし、再び同じ曲を披露してくれたのだ。

 その音は、風に乗り、空へ駆け昇る様。


 ──いい音だ。


 目を閉じ、耳を傾ける。初めて聞くはずなのに、どうしてか、知っているように思えた。

 閉じた瞼の端にじわりと涙が滲む。胸の奥からなにか得体の知れない感情が湧き上がってきたのだ。懐かしさと切なさと愛おしさと、全てをひっくるめたような感情だ。


 ──これは──?


「アルーン様!」


 ちょうど、吹き終わった所で、ようやくアルーンを見つけた供が姿を現した。後ろ髪が十分引かれたが、これ以上、ここでのんびりはしていられない。父が帰るらしい。名を聞く間もなくそこをあとにした。



 しかし、名を聞かずともあれほどの腕だ。きっとウイラでは知られた者なのだろうと、父マシュリクに問えば。


「──それは、リイン王子かもしれんな」


「リイン王子?」


「そうだ。カセムの長子だ。…神子ではないが、ウイラの民に好かれている…。実は──彼が十八歳になった暁に、おまえの妃に迎え入れようと思っているんだ」


「…妃に?」


「そうだ…。実は──かなり前に、カセムとそう約束してな。ファジルがウイラを守ると約束したんだが、その盟約を確かにするために子どもを妃に迎えようという話になってな。カセムたっての希望なんだ。──おまえの生まれる前の約束だ。相談もなく済まないが…」


「──かまいません」


「アルーン?」


「私も気に入りました」


「そうか! そうか、良かった…。これで一安心だ」


 マシュリクは胸を撫でおろした。そんな、父を横目に、アルーンの心は浮き立っていた。


 ──あの、精霊と見紛うばかりの少年が手に入る…。


 そう思うと、嬉しさで胸が躍った。彼が十八才になり、成人を迎えるまで。それまでの我慢だ。


 ──彼は、私だけの──神子…。


 ふいにその言葉が頭に浮かび、はたと我に返る。


 ──私の、神子? …リインは神子ではないのに?


 けれど、その思いは消えない。心が、あれは自分だけのものなのだと訴えてくる。確かに、妃に迎えれば、アルーンだけのものだが。しかし──。


「…私だけの──神子…か」


  悪い気はしなかった。



 そうして、月日は経ち。

 今、腕の中にリインは収まっている。確かに自分だけの神子となって。

 もう、誰の目をはばかることもなく、リインに触れることができた。彼を虐げるものはもういない。また現れても、排除するまで。


 ──誰にも、奪わせない。


「…? アルーン…?」


 リインが身じろぎ、僅かに目を覚ました。布団から出ていた素肌を晒した肩が寒かっただろうか。掛け布団を引いて肩を隠してやると、再び腕の中に抱き締めた。まだ夜は明けない。


「まだ、寝ていていい…」


「ん…」


 そう返事をしたかと思えば、また寝息が聞こえてきた。乱れた紅い髪を軽く梳いて、頭を撫でる。

 愛おしいという思いが溢れて止まらない。彼とここでこうしていられることが、幸せでたまらなかった。これからも、この先もずっと。


 ──君だけを愛する──。


 頬をそっと撫でてから、僅かに開いた唇にくちづける。


 ──大切な、俺だけの神子。



ー了ー


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