29.戴冠式
その後、盛大に新皇帝アルーンの戴冠式と、新たに后となったリインのお披露目が催された。
列席者には、前皇帝マシュリク、ウイラ国王であり神子のカセムとその家族、また、今日ばかりは親族として参加したルンを始め、イサクやアトフの姿も見える。
宮殿の中央にある広場は民に開かれ、皆が見ることができた。城下の民に交じり、河原の住人や鉱夫の姿も見える。
また、他国の人々も大勢参加していた。特にウイラからの民は多く、その大半が訪れたのではないかと噂されるほど。
白の絹地に銀の縫取りのある衣に包まれ、銀の髪に冠をいただいた新皇帝アルーンの傍らには、ウイラで作った水色に銀糸の縫取りのある衣装を身に着け、薄い紅色をした髪を結ったリインが立つ。
その髪には、銀の冠のほかに緑の翡翠でできた簪が挿してある。それは折れた櫛の部分を、アルーンの指示で直しを加えたものだった。
「──今日の善き日を、皆で祝おう」
新皇帝となったアルーンの一声に、歓声が湧き上がる。祝福の声だ。
それが合図となって、祝いの宴が始まる。楽士が箏を爪弾き、笙を、横笛を奏でる。踊り手が扇を舞わせ、長衣の裾を翻す。
皆が頬を紅潮させ見つめた。その最後にリインが龍笛を吹く。
中央に設えた舞台、誰もが見える場所に立ち、今日のめでたい日を寿ぐ。
吹いたのは、遥か昔から、ウイラに伝わる、今は名も忘れられてしまった者が作った曲。幸せを願う曲だ。
それは、誰もが認める、神子の祝福だった。
鳥が歌い、蝶が舞う。
薫風が吹き抜け、雲が光彩を放つ──。
その音は、蒼天のもと、果てなく響き渡り。
遠く、精霊の住まう天界にまで届くようだったと言う。
◇
「いい式だったな?」
「…ああ。皆、リインの笛の音色に聴き入っていた。いい曲だった…」
「アルーン…。俺は『いい式』だったと言ったんだ。──俺の笛の感想は聞いてないぞ…」
諫める様にそう口にすると、アルーンの顔を振り返って見上げる。
なぜ、そこに顔があるのかと言えば、俺を背後から抱きかかえているせいだ。
月の光が差す庵の縁側、俺とアルーンのほか誰もいない。気兼ねする必要はなかった。
「リインの為の式だ。俺の戴冠など、おまけに過ぎない──」
「おまけって…。大国ファジルの皇帝になったんだぞ? どれだけ大きな事だと思ってるんだ?」
「…俺は、リインが欲しかっただけだ。だから、帝位も継ぐと決めた──」
「……え」
今更ながら、驚きの告白だ。すると、アルーンはくすりと笑って。
「初めてリインと出会ったあの日。父から聞いた。新たな皇帝の后に、ウイラから王子をもらう話になっていると…。──俺はリインが欲しかった。だから、応じた」
「……てか、そんな前から…。そんなに…?」
俺が知る前から、知っていて、俺をずっと待っていたのだ。
──それって。なんか……。
体温がぐぐっと上昇する。
「やっと手にいれた…。──二度と手放さない」
そう言って抱きすくめると、肩口に頬を埋めてくる。くすぐったいが、心地良い。アルーンの腕の中は温かく、とてつもない安心感がある。
俺は前で組まれた、アルーンの腕をぽんぽん、と軽く叩き。
「…俺はずっと傍にいるよ。離れたりしない──」
「当たり前だ。──そんなことを仕様ものなら、地の果てだろうと、どこまでも追いかけてやる…。──覚悟するがいい」
口にした言葉は、空恐ろしいものなのに、腕は優しく抱きしめてくるし、耳や首筋に幾度も甘く口づけてくる。
「まったく…。困った『皇帝』だ」
苦笑を漏らせば、
「皇帝など──関係ない…。リインが俺のものの様に、俺もリインのもの…。リインだけのものだ…」
「アルーン…」
俺は背後を振り返る。
「──好きだ、リイン…。──俺を、受け入れてくれるか?」
それまで埋めていた顔を起こし、ひたとこちらを見下ろしてくる。瞳は熱を帯び潤んでいた。言葉より強く、受け入れて欲しいと訴えてくる。
──まったく。
俺は、高鳴る胸を意識しながら、
「…欲しいのは、アルーンだけだ。──俺で、いいなら…」
「──リイン…っ」
切なく、名を呼ばれ。
俺は覆いかぶさってくるアルーンを、自らも腕を伸ばし掻き抱いた。銀糸が、さらりと手に触れる。自然と、笑みがこぼれた。
──ずっと、傍らに。
中天に月が浮かぶ。その淡い光が、そっと降りそそいでいた。




