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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第六章 団円

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27.居場所

「なあ、なんであんな髪色だったんだ?」


 俺は庵に敷かれた布団に寝転がったまま、縁側に片膝を立て佇むアルーンに問う。その俺には、顔や手足に限らず、身体中至る所にぐるぐると包帯が巻かれていた。完治には数週間ほどかかるらしい。

 アルーンがアルジャンでいた時は、顔を隠し変装していた。あまり表に顔を出さない皇子を、知るものは早々いないだろうが、それでも偶然知るものがいて、直ぐにそれと分かっては困ると考えての結果だ。

 まだ布団に伏せる俺の問いに、アルーンは今は銀色となった髪をかき上げつつ、視線を所在なげに彷徨わせ。


「…あれは──」


「リイン様の髪色に似せたかったそうです」


 横からルンと共に台所に立っていたイサクが割って入る。

 今はルンと一緒に夕餉の支度中だ。手元には地元で採れた里芋や大根、人参の類が並んでいる。どれも新鮮だ。いい猪も入ったらしい。夕餉はシシ鍋だろうか。


「え? 俺の?」


 慌ててイサクを振り返る。


「──そうです。その綺麗な薄い紅色に憧れていたようで。…無理だと言ったのに、赤くなるよう染めて欲しいとだだをこね、見事失敗したのです…。それで、あんなまだらの汚い色に。私は黒が一番と言っていたのに…。こちらでの公務があるときは、それはそれは、元に戻すのに大変で──。困ったものでした」


 ぶつぶつとイサクが小言を口にする。

 その後、アルーン率いる帝国軍は、見事、隣国ガナアの敵兵を打ち滅ぼし、城を攻め落として撃退に成功した。

 ガナアはファジルの軍事情報も手にしていたのだが、それらは途中から、宰相アスワドとキヤーナのたくらみに気付いたアルーンらによって操作され、偽りの情報を捉まされていたのだ。

 結果、それらを信じていたガナアは裏をかかれ、負けるに至った。

 ガナアの王は戦場で命を落とし、逃げ込んでいたキヤーナも城で命を落とした。

 ファジルで捕らえられていた宰相アスワドは、キヤーナの手引きで逃げ出していたが、これも逃走途中、ファジルの兵に見つかり討ち取られた。

 今回の件に強く責任を感じた皇帝マシュリクは、退位し正式に帝位を皇子アルーンに引き継ぐと決める。退位はまだ早かったが、当人の意思は固く、今後は田舎に身を置き、政治からは一切身を引くと宣言した。

 当人はがっくり来ていたようだが、それをいいことに、ウイラの王カセムは、祭事にこじつけ、顔を見に行く算段をしているらしい。近くに小川も湖もある。ふたりしてまた、釣れない魚を相手に糸を垂れるのだろう。

 アルーンは、どこか不貞腐れた様に。


「汚いとは…。ひどいな。あれはあれで気に入っていたんだ。悪くなかっただろう? リイン」


「…うーん。不思議な色だとは思っていたよ。見たこともない色だったからなぁ。褐色なのか、灰色なのか…。へんてこだったな?」


「リインまで…」


 アルーンはがくりと肩を落とした。


「おかげで、全然、気付かなかったけどな? 顔だってすっぽり隠すし」


「…鉱山関係者なら、病の所為だと言って身体を覆っていても不思議がられない。…他にもいろいろ、ガナアや宰相の周囲を探っていたしな。あの頃は鉱山への監視も強くなっていた。だから、顔を隠すのは都合が良かったんだ。皇子とばれると事だったからな。実際、病を発症したしな…」


「病は──癒えたのか?」


 息をひそませアルーンの横顔をじっと見つめる。


「…ああ。随分良くなった。痕もそう残らないだろう。それもこれも、リインのおかげだ」


「そんなこと、ないよ…」


 微笑むアルーンに、俺は視線をよそへ向ける。どうも、褒めらると、尻のあたりがむず痒くなる様で落ち着かない。

 その後、鉱山は再び送風機を設置し、さらにウイラから技術者も呼んで、環境改善に臨んでいる。今ではみな、症状が治まりつつあった。また面具や薬の効能もそれに貢献しているようで。近い将来、皮膚病は落ち着くだろう。

 アルーンは、アスワドが目を光らせる鉱山の状況を自ら探る為──当時アスワドは鉱山から採れた鉱石を、ガナアに横流ししていると噂があったのだ──イサクの手も借り、城を出るとアルジャンとして鉱山に潜り込んだのだ。

 その時、アスワドの息のかかった官吏に虐げられていた鉱夫長に全てを話し、協力を得て管理者の地位についたのだと言う。

 官吏は金にしか興味がなく、人の入れ替わりがあっても気にはしなかった。そうして、内部を探っていたのだ。

 その際、病に罹患し皮膚病を発症した。それを隠すため公務での露出には注意していたらしい。その病が知られれば、鉱山への出入りが疑われる。

 アスワドに警戒させないため、通うそぶりを見せていた後宮でも、ほとんど着衣を取らなかったとか。

 形ばかりのことが済めば、さっさと退出してしまう。お陰で淡白な皇子だと嘆かれていたらしい。

 キヤーナとて同じこと。楽しんだ──と口にしていたが、見栄を張っただけのことかもしれない。

 そうして、いよいよガナアの動きが怪しくなり。早く宰相とガナアとの繋がりの証拠を得るため、それを機に思い切って長期間潜入することにしたのだと言う。

 不審がられないよう、外に美しい娘をみつけ、熱心に通っている風を装って。また、外に目を向けていれば、俺に目が行かないと考えて。

 そのまま、鉱山へと通いつつ、頻繁にガナアの詰所周辺や、宰相の身辺を探っていたのだという。確かに皇子のままでは無理な行動だった。

 俺はそのことを事実と受け止めて、かなりそれにショックを受けたのだが。


「──そんな時、リインが外に出されたのを知って、好機だと思った」


「好機? どうしてだ?」


 理由が分からず問い返せば、アルーンは含みのある笑みを浮かべ。


「城外ならキヤーナや宰相の魔の手が伸びないし、なにより気にせず、傍にいられるからな? ──王宮にいた頃は、全て監視されていた。だからうかつにリインのもとに近寄れなかったんだ。下手に親しい素ぶりを見せれば、必ずリインに何らかの手を下し、追い出そうとしただろうから…」


 ──傍にって。


 頬が勝手に熱くなって、たまらず視線をアルーンから逸らすと、


「…それでも追い出したってことは──よほど嫌われたのか?」


「キヤーナは勘づいたのかもしれないな…。外とのやり取りをリインに見られた可能性があると──」


「そう言えば…次の日、キヤーナと偶然、会ったんだ。俺は夜に見た男がキヤーナの侍従だって気付いて…。…表情に出てたってことか?」


「──だろうな。リインは分かりやすいからな…。──あれが…偶然とは思えない。衛兵も門兵も、みな宰相アスワドの息がかかったものばかり。気付いたキヤーナが指示して、偶然を装ったんだろう」


「…俺。そんなに表情に出やすいのかな?」


 両手で顔をぐるりと撫で回せば、ルンが大きく頷きながら。


「──すっごく。態度にもよーく、表れますから。アルーン皇子が訪れるようになった時も、来なくなった時も。一喜一憂してましたもの」


 ──うぐ。そ、そうなのか?


 すると、アルーンは面白がるようにニヤニヤ笑みを浮かべながら。


「それは、俺も見てみたかったな?」


「…そ、そんなの、見なくなっていいっ! てか、俺にくらいアルーンだってばらしても良かったんじゃなかったのか?」


 挑むように布団から身を乗り出せば、


「リインに余計な気をつかわせたくなかった。…それに、その方がリインの本当の姿が見られると思ってな」


「本当って、俺は誰が相手でも変えてないぞ?」


「──でも、『アルーン皇子』には、よそよそしかっただろ? 遠慮していた…」


 ジト目でこちらを見てくる。


「そ、それは──仕方ないだろう? だって、皇子だ。そんな気軽に、打ち解けられないさ。粗相をすれば見捨てられるかもしれないし?」


 恥ずかしさを隠すため、冗談めかしてそう口にすれば。


「…捨てるわけがない。──俺の一目ぼれの相手だったからな…」


「なんだ、それ…」


 突然の告白に、まさに頭の中が空白になるくらい、ぽかんとした。


「いつか、言っただろう? 昔、小川の側で笛を吹くのを見たと。──あの時だ」


 アルーンは艶めいた笑みを浮かべる。


「あの時?」


「そうだ…。まるで、精霊かと思ったと言っただろう? ──リインの周りにキラキラと輝くものが見えて…。その神々しさに衝撃を受けたんだ」


「こ、神々しい? 俺が?」


「そうだ。──笛は、リインと精霊とをつないでいる。──俺はそう思う…」


「あ! それ、私も思います!」


 ルンが割って入った。


「ずうっと見てきましたから。──言わなかったですけど、笛を吹くといっつも周りがキラキラして、光が集まって見えたんです。あれ、私だけの幻かと思ってたんですけど…」


「──そら。ルンもそう言っている。きっとそうだ」


「そうかなぁ…」


 俺は頭を抱える。精霊と繋がっている──そう思うと、なんとも心躍るが。真実は精霊にしか分からない。

 分からないと言えば──。


「──なあ。どうして、キヤーナの手紙の場所がわかったんだ? キヤーナが悔しがってた…」


 その後の調べで、鉱石は廃土に混ぜて外へ流していたと知れた。キヤーナの記した手紙に、鉱石を運び出す場所、量、日付などが詳細に記載されていたからだ。


「リインが奪った書付には、城下にある手紙の集積箱の位置が記されていた。そこに隠し箱が仕掛けられていて、その中に…」


「へぇ…」


「書付には、中心に一つ、東西南北の端にひとつずつ点が打たれていた。──あとはかなり外れに一つ。その中心の位置にあうよう、城のとある場所を地図を重ねた。──すると城下のある場所に、外れの一つの点が重なったんだ。ただ、知らない者が見れば、点が打たれているように見えるだけだろうが」


「とある場所って?」


「…キヤーナの宮殿だ」


「よくわかったな?」


 アルーンは頷くと、


「中心の印と、外の一つの印を俺は知っていたんだ」


「印…?」


「…キヤーナの使っていた香水の印章だ。それをかなり小さくしてあったが…。あれは隣国ガナアで作られていたもの。品にはかならず、産地を示す印章が打たれる。その印章が使われていたんだ」


「…それでだけで?」


 アルーンは頷くと。


「あの香水は男性用のものだ。キヤーナのように男を相手にするものがつけるのには似合わない。…それをつけていた理由は──男だろうな。ガナアとの繋がりがある事は知れている。妓楼にいた頃、ガナアの高官と付き合っていたと分かった。香水は好いた相手の印」


「そうか…」


 男性用の香水。確かに皇子の妾が皇子の為につけるには不似合いだ。

 そこに、キヤーナのいじらしい面を見た気がしたが──悲しくもある。結局、キヤーナ自身もいいように利用されていたのだ。


「──それで、それがただの標じゃないと理解して、ためしにその中心をキヤーナの館に据え、城の地図と重ねたんだ。縮尺を変えていくと、ちょうど東西南北の印が、城の東西南北の端の位置と一致した。──で、外の印の場所を探ったのさ」


「そうだったのか…」


 けれどそれで気付くとは。イサクもそうだが、このアルーンも侮れないのだと思い知る。


「にしても、本当に無事で良かった…。リインが捕まって、どうやって助け出すか必死で考えたんだ。それで、ルンを使わせてもらった。ウイラのカシム様にも協力してもらってな。──カシム様は、俺がアルーンだと心得ていた…」


「知っていたのか…」


「事情があるのだろうと悟って、黙っていてくれたそうだ」


 さすが、神子と言うべきか。普段、ふざけた所のある父だが、その力は群を抜いてるのだと、改めて認めた。


「──それでも、間に合うかどうかだったんだが…。──キヤーナはリインを目の敵にしていたはずだ…」


 当時の揺れる思いを映すように、アルーンの視線がこちらへ向けたれた。俺は当時を思い出し、


「ああ、あれ。──脅したんだ」


 ヘラと笑い、後ろ頭をかきつつ、そう口にした。


「脅した?」


「──そう。俺は神子だって。神子を虐げると、祟られるって。それは、痛めつけられて血だらけの俺が言えば鬼気迫るものがあっただろうな? ──それで、あっさり信じてくれたってわけ」


「なるほど…」


 アルーンは顎に手をあてて納得するが。


「…実際、虐げたものっているんですか?」


 ルンが恐る恐る尋ねてくる。


「──さて。古い書物に載っている、おとぎ話みたいなもんさ。本当かどうかは──試してみないと分からない…」


 ふふふと笑うとルンが二の腕をさすって後ずさりした。


「…わたし、結構、リイン様のこと虐げてますけど…。──まさか?」


「あはは! 冗談だって。そうでも言っておかないと、力のないウイラなんて滅んでしまう。──昔のひとの知恵さ」


「…だといいですけど…」


「ルンのは正しい行いだから、きっと祟られないって。──だろ?」


「そ、そうですね…。私は、適当なリイン様を教育しているだけですから」


 コホンと咳払いして、作業に戻るが。そこへ、ガラリと唐突に勝手口が開き。


「イサク様! シシ、さばき終わりました!」


 外で猪をさばいていたアトフが、血にまみれた肉と、包丁を手に現れた。思わず、ルンがひゃっと声をあげる。


「──どうしたんですか? ルン」


 気づいたアトフが首を傾げた。


「──い、いいえ…」


 顔を青くしたルンは、後ずさりしたまま、大きく首を振った。そんなやり取りを、皆でひとしきり笑うと。


「──そうそう。リイン様の怪我が治りましたら、正式にお披露目をなさるのですよね?」


 イサクが手を休めず、アルーンに声をかけた。


「──もちろん。帝位を継承したしな。その戴冠式も一緒にやるつもりだ。ウイラにも正式に招待状を出すよ。父上も呼ぶ。──それで、国をあげて盛大にお披露目する。──今度は邪魔が入らない」


 悪戯っぽい目を向けてきたアルーンに、俺はうんと頷くと。


「──だな。…でも、笛は吹きたいなぁ。鉱山の皆も河原の皆も呼ぶだろ?  城下の人たちも──できれば、ウイラの人らも、さ。大勢の人と楽しみたい…」


「わかってる──。ちゃんと場を作るさ」


「やった!」


 アルーンの言葉に、布団の上で手を合わせる。


「…すべては妃の、いや后の言うままに。──リイン」


 急に真摯な眼差しを向け、そう口にする。


「きゅ、急になんだよ。照れるだろ?」


「本当のことさ。──俺の后はリインだけだ。リインがいればそれでいい。他は──いらない…」


 ちなみに、その後、アルーンは後宮に入れていた側や妾を、手厚い禄を与え故郷やもといた市井へ帰していた。すべて宰相アスワドの息がかかったもので、自身の意思で置いたものはひとりもいなかったのだと言う。


「お、俺とは、いい友人関係じゃないのか? 形式上の妃であり后だろ?」


 急にあたふたと、取り繕う様に口にすれば。アルーンはため息をつきつつ、


「──アルジャンの時、言っただろう? 一緒にいようと。好ましく思ってるって…」


 じとり、と睨んでくる。


「あ、あれは──友として、だろ?」


「あの時、本気だった。…リインがもし、このままでいたいなら、皇子の身分も捨ててここにいようと思っていた」


「…まさか」


 聞いていた皆も、しんとなる。しかし、アルーンは曇りのない微笑みを浮かべ。


「まさかじゃないさ。──リインを手放すくらいなら、よほどそっちの方がいい。皇子や帝位など、いくらでも継ぐ者がいる。俺の弟たちはみな、優秀だ。それより、リインを手放すのは考えられなかっただけだ」


「……子ども、生まれないぞ?」


「百も承知。そんなこと、問題じゃないだろう?」


「いい加減だな…」


「なんだ? 他に側や妾を迎えろって言うのか?」


「ええ? そんなこと、言わない…けど…」


「なら余計なことに気を回すな。──リイン」


「……なんだよ」


「俺にはリインだけだ」


「……っ」


 言葉が継げなくなる。紅い南天の実より、真っ赤になった俺にルンが。


「シシより先に、リイン様が湯だっちゃいますって」


 イサクもアトフも笑った。




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