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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第六章 団円

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26.脅迫

 俺は今、天井から伸びた綱に手首を縛られ、ぶらんぶらんと左右に揺れている。

 ここがどこかは分からないが、予想するにガナワの詰所が妥当だろう。

 かろうじて足先は床に着くのだが、かろうじて、であって、身体は安定していなかった。

 ぶたれた顔や腹、背中、こけた時に痛めた左足。全てが痛む。痛むが、悔しいから痛いとは言わない。


 ──言ってやるもんか。


「おまえ、どこの者だ! 盗んだ書付を誰に渡した! 言え!」


 ひゅっと音がして、細い革製の鞭がしなり、頬を叩かれる。


 ──いやだな。ただでさえ見ばえが悪いのに。

 

 これ以上傷をつけて目も当てられなくなったらどうするんだ? 責任とってくれるのか? …取って欲しくはないが。


 鞭を振り上げるのは、例のキヤーナの侍従、濃い肌の色をした男だった。


「…ただの…町民だ…。…書付なんて、何も…。俺は、そいつを盗んだだけで…」


 俺の足元には大蒜(にんにく)がころっと転がっている。放られたせいで、薄皮が幾枚かむけていた。

 それは丁度、男が受け取った書付に姿が似ていた。だからあの時、目にはいった大蒜を手に入れたのだ。まあ、こんなもので誤魔化されるとは思わないが。


「ふざけるなっ!」


 ビシッと音がして、今度は脇腹に新たな跡ができた。反動でぶらんぶらんと体が左右に揺れる。

 ぶら下がっているせいで、揺れると腕も手首もかなり痛む。揺れたくはないのだが、叩かれればどうしても揺れてしまう。

 揺れるたびに、奥歯を噛みしめた。とにかく、捕らえた奴が苦しむ様に考えられているから仕方ない。


「解放されたければ吐け! そうすれば楽にしてやるぞ!」


「……だから、知らないって…」


「嘘をつくな!」


 あとは鞭が空を切る音と、叩かれる音が交互に響くだけ。


 ──もう、勘弁してくれ。


 意識を失いそうになれば、水をかけられ、無理やり起こされる。で、また冒頭からの繰り返しだ。意識を別に持っていく。


 ──アルジャンは無事、書付を渡せただろうか。


 アルジャンはきっと俺の行動を不審に思って、後をつけたのだろう。日ごとに目の下のクマが広がっていくのだ。見ていて不審に思わないわけがない。

 おかげで無事書付を奪うことができた。あのままじゃ、俺は殴られて多分、死んでいた。ああいった連中は容赦ない。

 道に転がっている所を、人通りが多くなる頃、ようやく人々に気づかれて、身元不明人として届け出が出されたことだろう。

 あんなところで野たれ死ぬのは、まったく意味がない。なにもなさないまま命を落とすところだった。


 ──ありがとう、アルジャン。


 ファジルでできた、最初の友人だ。

 本当は、アルジャンに頼んで、アルーンに自分を城へ戻すよう伝えてもらっても良かった。そうすれば、城へ戻れただろう。

 けれど、そうなれば、やり掛けた事を全て放り出す事になる。


 ──今はまだ、だめだ。


 そう思い、口にはしなかった。

 けれど、本当はそれだけではなく、アルジャンらと過ごす日々に、楽しさを覚えていたのもある。手放すのに未練があったのだ。

 城に戻れば、外に出ることは叶わない。もう少し、このままでいたかった。


 ──いや、このまま行くと最初で最後の友人か? ──いいや、まだ望みは捨てるな。捨てたらそこで終わりだ。最後まで──。


 と、意識を失いかけた所へ、いつか嗅いだ強い香水の香りが漂った。こつりこつりと石畳に響く靴音。


「──もう、取り調べには及ばない。何者かも、書き付けの行き先も知れた」


 そして、その足音はぴたりと俺の前で止まる。


「──これは、リイン様。よくご無事で」


「…キヤーナ…?」


 声に顔を上げれば、ニッと口の端を釣り上げて、女人と見紛うばかりの美貌の麗人が笑う。ただ、その美しさは氷の様に冷たい。

 顔を覆っていた、黒の絹衣を肩へと落としながら、


「まさかと思い、来てみれば──。お前には、そういう姿の方がよくお似合いだ。ボロ雑巾の様に薄汚い…。妃などと、どこで間違ってそうなったのか──」


「……あんたが、妃になるより、マシだ…」


 キヤーナはその言葉に、キッと睨み返してきたが。


「──今朝、宰相アスワド様が拘束された。隣国ガナアにファジルの内部情報を漏らし、また鉱石の一部を流していた罪で…。お前のせいだ。──こそこそ嗅ぎ回って、余計なことに目をつけるから…」


「…余計じゃない…。当たり前の事を、したまでだ──」


 と、言い終わる前に、キヤーナが侍従から鞭を取り上げ、力いっぱいそれを振るった。今までにない強い音と共に、強烈な痛みが脇腹に走る。辺りに血飛沫が散った。


「っ…!」


 ぎゅっと目を閉じ、痛みをやり過ごす。キヤーナは鞭の柄で、俺の顎を無理やり上げさせると。


「ここへ来たのは──私に立て突くとどうなるか、お前に教え込ませてやろうと思ったからだ…」


「……そんなの、すぐに忘れてやる…」


 ──ああ。そうとも。こんな痛みなんて、一時だ。


「そんな強がり、言っていられるか…。──おまえその剣を渡せ」


「は」


 脇に避けていた刑吏が腰に帯びていた短剣がキヤーナの手に渡る。

 その刃先は、ギザギザにかけ、錆びていた。いままでいたぶってきた者の血で錆びているのだ。


「…縄を緩めろ」


 いう間に滑車が回り、綱が緩められ、俺は久しぶりに床へ挨拶ができた。

 どしゃりと床に落ちて突っ伏した俺の右手首を、キヤーナが汚いものを掴む様にして取ると、そのまま床に押し付けた。


「おまえ、笛の名手だったな? いたくアルーン皇子もお気に入りだったが。──二度と笛など吹けないよう、この指全て、今ここで切り落としてやろう…」


「──!」


 流石に血の気が引いた。


「脅しじゃない。ひとつひとつ、ゆっくりと刃を引きながらな…」


「……っ」


「おまえが奪った書き付けがファジルの手の者に渡り、私の記した内部情報が書かれた手紙のありかが知れた…。書付には見るものが見れば、単なる記号にしか見えなかっただろう。──が、それの意味に気づいたバカがいたようだ。今までうまく行っていたのに…。私にたてついた、その罪の重さを身をもって知るがいい」


 キヤーナは床に押し付けた手首から、一番近い右手の小指に刃をあてた。ざりと先に床に立てられた切っ先が音を立てる。


「…こんな錆びた刃では、そこから毒が回る…。苦しんで、苦しみ抜いて死ぬがいい!」


 力が込められ、錆びた切っ先が小指に赤い筋をつけたが──。


「…っ、やめろ! 俺は──ウイラの神子だ…! わかっているのか?」


「ふん。おまえに力のないことなど、周知のこと。だからファジルに寄こされたのだ」


 キヤーナは手を緩めない。


「……違う。俺には、神子の力がある…」


「今更、命乞いか?」


「…神子を虐げれば、報いを受ける…。必ずだ。神子は精霊の、化身ともいう…。おまえが虐げようとしてるのは、俺ではなく、精霊そのものだ…」


「……」


 キヤーナは押し黙る。


「…過去に、神子を手にかけたものは、ひどい結末を迎えた…。正体不明の幻に悩まされ、精神を削られ、追い込まれ…。最後は自ら煮え立つ油に飛び込んだものもいる。狂った挙句、群衆に踏みつぶされたものもいた…。それは血を引くもの全てに繋がっていく…。この地上に生きる限り永遠に…。そして、死してなお、追われる。逃げ場などない。精霊を怒らせるな…」


 侍従が小さな悲鳴を上げて、手にしていた鞭を取り落とした。皆が後ずさる。流石、信仰が篤いため、神子の影響力は強い。


「──さすがに、手が下せぬな…。姑息な手を思いつく」


 キヤーナの額に汗が薄っすら浮かぶ。試してもし、その怒りをかったなら、そう思うと手が出せないのだろう。


「…姑息な手じゃない…。本当の、事だ…」


「おまえには別の使い道がある。──なにも、本気で殺そうとしたわけではない…」


 怯えた上の言い逃れだ。しかし、そう言いおいてからキヤーナは立ち上がると、短剣を放り投げ俺を見下ろし。


「──おまえは、アルーン皇子を屈服させるのに利用させてもらう。代々伝わる(かんざし)さえ渡したお前だ。その価値は十分あるだろう」


「…どうするつもりだ?」


「おまえを盾に、こちらの要求を飲んでもらう。宰相アスワドの解放と、その実権の放棄だ。王はすでにアスワドのいいなり。いくらでも処分は可能だ。──だが、皇子は籠絡に手間取ってな」


「…無駄、だ」


 アルーンの目は余所へ向いている。しかし、キヤーナは口の端に笑みを浮かべると、


「──そうでもないらしい。他所の女に入れ込んでいた様だったが──どうやら、偽りだと知れた」


「……偽り…?」


「ふん。他所の女のもとへ通うフリをして、色々調べ回っていたのさ。全てはこちらを欺くため──」


 ──アルーンが…。


 やはり、動いていたのだとホッとするが。


「どこがいいのか、お前のことは珍しくアルーン皇子が興味を示した…。そんなお前を使えば、すぐに言う事をきくだろう。──私も皇子で十分楽しませてもらった。次はお前の番だ。ガナアが正式に実権を握った暁には、皇子ともども地下牢に幽閉してやろう。そこで、死ぬまでゆっくり楽しむがいい。──それなら虐げたことにはならぬさ」


 そうして高笑いすると、その場を兵に任せ後にした。

 残された兵は、俺をそのまま放っておいた。もう、鞭打つことはないだろう。

 俺はなんとか切り離しを免れた右手の小指に目を向ける。


 ──よかった…。まだ、笛が吹ける…。


 少し欠けた所でなんとか補えるだろうが、全てとなるとそうもいかない。俺の唯一の特技なのだ。


 ──力のかけらもない俺の──。


 そこで、俺はようやく意識を手放すことができた。もう誰も、水をかけようとするものはいなかった。


 しかし、その後、事態が急変した。

 キヤーナが言った通り、隣国ガナアは俺を人質に、皇帝マシュリク及びアルーン皇子に対して、捕らえた宰相アスワドの解放と実権の放棄を迫ったのだ。

 ウイラとの盟約もある。皇子の妃ともなれば、見捨てることなどあるまいと。

 しかし、逆にアルーン皇子は、俺の放逐と、代わりにその弟ルンを正式に妃に迎えると宣言したのだ。

 リイン王子はファジルでの生活を悲嘆し、城下へ落ち恋しいものと手に手を取って逃げたと。不貞を働いた王子は放逐に値し、かわりにウイラとの協定通り、その子息を新たに受け入れる、と──。

 同時にウイラも、リイン王子の籍を王族から抜くと宣言した。もう、ウイラとはかかわりがないといったも同然。

 すでにファジルは隣国ガナアとの臨戦態勢に入っていると言う。

 それを、久しぶりに牢獄を訪れたキヤーナに告げられた。どうやらこのまま、ここを脱出してどこぞへ逃げるつもりらしい。

 俺は足枷を嵌められ、床にうつぶしたままそれを聞いた。ろくに水も与えられない。痛みも重なって、身体に力が入らなかったのだ。


「おまえは見捨てられたんだ。身を挺して証拠をつかんだのにな? 捨て駒だったというわけさ。可哀そうに…。妃としてもまともに扱ってもらえず。──みじめだな?」


 最後にそう口にして嗤う。


「…もとより、承知の上だ…。少しでも役に立てたなら、本望だ…」


 ──こいつらが追い詰められたなら、それでいい。


 キヤーナはその言葉に、頬を引くつかせながらも、


「…最後に、おまえを自由にしてやろう。ここへは火を放つ。…その身体で誰の助けもなく無事、逃げ切れるかどうか。──たぶん、無理だろうな」


 人質としては役にたたず、直接手を下すには精霊の祟りが怖い。放っておくのが一番と考えたのだろう。

 そう言い捨てて、キヤーナは侍従らとともに姿を消した。


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