25.行方
リインが城外へ誤って出されたのを目撃したルンは、アトフを駆り出し、大急ぎで城外へ捜しに出ようとしたが、許可が下りなかった。
それならと、必死に衛兵へ捜索を頼んだが、やはり探しには出てくれない。上の者の指示がなければ無理なのだと取り付く島もなく言う。
頼みのイサクは城外へ出たきり、なかなか戻ってこなかった。
気をもみながら数日待ち、ようやくイサクを捕まえ、事の次第を告げたが──。
「状況はわかりました。こちらで手は打つので、しばらくお待ちを──」
そう言ったきり、その後なんの音沙汰もなく。
そうして日は過ぎ、リインが城外へ押し出されて二月が経とうとしていた。毎日、心配でろくに眠れていない。
アトフがきっと大丈夫だからと慰めるが、ちっとも慰めにならなかった。
──あのリイン様のこと。きっと何とかしているのだろうけれど…。
ウイラに帰っていればと思ったが、先立つ旅費がない。帰ろうとしてもできないだろう。
──いや。一つだけ、あった。
あの日、アルーン皇子から賜った簪を挿していた。あれはかなり高価だ。金に換えれば十分な旅費となるだろう。
しかし、よほどのことが無い限り、あれをリインが手放すとは思えなかった。
普段、まったく宝飾品は身につけないし、見向きもしないのに、あれだけは、たまにしまってあった箱からだして、縁側で日にかざして眺めていたのだ。
よほど嬉しかったのだろう。アルーンが訪れるようになってから、頻繁にそうしていた。リインはわかりやすい。
その後、何とかしたいとウイラへ連絡しようとすれば、それもイサクに止められた。今は何もせず、お待ちくださいと言うのだ。
訳が分からない。そのくせ、イサクは詳しいことをなにも教えてはくれない。
数日前、王宮の内部で何か大ごとがあったようだが、下の者には何も知らされていない。ただ、使用人達は通常通り過ごせと通達があったのみ。
噂では、宰相アスワドに関わる何かがあったらしい。それが関係しているのか、キヤーナはいつにもまして苛立っている様だった。
「リイン様…。無事でいるといいけれど…」
侍従たちの居所の庭から空を眺める。この空の下、リインはどこかにいるはずだ。
──怪我なく無事でいてほしい。
イサク同様、アルーン皇子も後宮を空けることが多かった。祭りの後も、とんと姿をみていない。
──そんなに外で見つけた娘が美しかったのだろうか。
容姿のみならず、人も良さそうな皇子だと思ったが、中身はその辺の男どもと一緒だったのか。美しい女人なら、それでいいのか。
キヤーナは相変わらず後宮を牛耳って、まるで自身が妃のように振る舞っていた。しかも、以前にもまして態度が大きくなっている。
それもこれも、アルーン皇子の不在が影響している為だ。外で好き勝手にやり、中はキヤーナに任せきり。
──ファジルとはこんな国だったのか。
がっかりだった。
「ルン…。干し杏子だよ。好物でしょう?」
アトフが遠慮がちに菓子鉢に入ったそれを差し出してくる。それは、庭で採れた杏子を皆で干して作ったものだ。
満足のいく食事を与えられない為、皆でそうして工夫してやりくりしている、貴重な食べ物の一つで。
ルンは首を振ると。
「…いいよ。それはアトフ達が食べて」
「ルン…」
「今もリイン様はどこかで彷徨っているのかと思うと、食べる気にもならない…。お仕えするようになってから、こんなに長い間、離れたことがなかったから…」
自分が食べないからと言って、リインが満たされるとは思っていない。けれど、どうにも食欲がわかないのだ。
側付きとして仕えるようになってから、片時も離れたことがなかった。いつも小言ばかり言って追い回していたが、そんなやり取りが楽しくもあって。
母を亡くし、心細さがなかったとは言えない。突然、王家の一員なのだと告げられ、城に連れてこられ。
不安でいっぱいだったルンの目の前に現れたのは、畑仕事から帰ってきたばかりの、泥だらけのリインだった。
呆気に取られるルンに、よろしくと言って差し出してきたのは、野で摘んだ花の束だった。
──それから、ずっと傍にいる。
リインの傍にいれば、寂しがる暇もなく。
日々があっという間に過ぎて行った。辛いとか悲しいとか、一つも思うことはなく。リインに仕えられてよかったと思った。
こうなると、全ての元凶が、アルーン皇子のように思えてならない。
皇帝がお人好しなら、皇子がしっかりしなくてどうするのだ。
──それを、まるで他人事のように放り出して、どこぞの娘にうつつを抜かして。
「ああ! もう、アルーン皇子、最低!」
「ちょ、ちょっと! それは──」
慌ててアトフが諫めるが、ルンはきっと眦を釣り上げ。
「いいえ。全てはあの皇子が元凶なんですっ! 絶対そう!」
言い切って憤慨していれば。
ギッと床のきしむ音がして、背後に人の気配を感じた。いつか嗅いだことのある、優しい香りが漂って。
──ああ、これは。
キヤーナの付けていたもののように、ギラギラとした品のない香りではない。高級なお香の香りだ。
──そして、この香りを好むのは。
リインの笑顔をそこで思い出す。
「──ルンはいるか?」
控えめな低い声が聞こえてきた。
「──はい、わたくしですが──……」
先に振り返っていたアトフがあっと声にならない叫び声を上げてからすぐに平伏した。何事かとルンが振り返れば。
「そなたに、折り入って頼みがある──」
そこには銀色の豊かな髪を肩に垂らし、こちらを微笑をもって見つめる人物がいた。
「……アルーン皇子…」
ルンはあんぐりと口を開けて、皇子を見返した。




