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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第五章 奔流

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24.追跡

 そうして、待つこと数週間。

 ようやくそれらしい人物を追跡することに成功した。

 深夜。その夜もあの日と同じ、細い月が空に上がっていた。地面に伸びる影は薄い。光が弱いからだ。それでも、夜目が利けば灯りは必要ない。

 俺はかぶった敷物の隙間から顔をのぞかせ様子を窺っていた。このためにすっかり土壁に同化するような敷物をまとっている。暗闇なら、ぱっと見そこに人が隠れているとは思えないだろう。

 すると、何気ない様子で一人の男が、塀の角を曲がって姿を現した。

 日中なら気にも留めないが、今は深夜。普通の人間なら寝入っている時刻だ。何気ないふうを装っても違和感はぬぐえない。

 俺よりは若干身長は高めで、身体つきもがっしりしている。でも、巨躯というほどはなかった。

 男はぴたりと塀の一か所でたち止まる。目星をつけてあった、あの庵の庭の側にあたる場所だ。しばらくして、ピーと鳥が鳴き声を上げた。


 ──来るぞ!


 すると、思った通り、ひゅっと黒い小さな物がこちら側に降ってきた。どうやら錘のついた書付けらしい。

 待っていた男は、地面に落ちたそれをさっと拾い上げ懐に仕舞うと、手にしていた笛を吹く。ピーと鳥が鳴く。そうして、そこを後にした。


 ──さて、ここからが本番だ。


 俺は敷物をそこへ置いて男を追った。これでも、ウイラではダルマさんが転んだで子供らに負けた事がない。身のこなしの軽さには自信があった。

 男はあてもなく歩き回った。右へ行ったかと思えば左へ行き、来た方向へ戻るときもあった。誰かにつけられることを警戒しているのだろう。かなり用心深い。

 そうして、とある屋敷の勝手口まで来ると、周囲を見回したあと、中へと入っていった。

 男が屋敷に入ったのを見届けると、表門へと回った。門にかけられた木札には名が彫り込まれている。ガナア国大使詰所と。


 ──やっぱり…。


 ファジル国内には、同盟国から派遣された外交官の駐留する詰所があった。なにか問題が起こったり、取り決めの変更などがあった場合、そこで様々な話し合いを行い、また国へ連絡をする。

 そのガナアの大使が駐留する詰所へ男は入って行ったのだ。男が手にしたものが何かは分からないが、どう見ても怪しい。

 堂々と表立って宰相みずからが動くことはできないだろう。きっと連絡を取り合うなら、目立たないものを使うはず。

 キヤーナなら自分の手駒。目立たず連絡を取らせることも可能だ。


 ──けど、あれは何なのか。


 あの男から、それを奪えば話は早い。


 ──次の機会で、狙ってみるか。


 もしそれが、ガナアと後ろ暗い連絡を取り合っている証拠なら、伝手を使ってアルジャンから、アルーン皇子へ渡してもらえばいいのだ。

 男のほか、警護の者が付いている気配はない。あの男がどれほどできるかは分からないが、腕に覚えはある。ウイラで、それなりに鍛えてきた。なにも笛を吹くだけが取り柄ではない。不意をついて襲えば、奪うことは可能だろう。


 ──とにかく、次だ。


 俺はふたたび男が現れるのを待った。


 次の下弦の月が昇ったその日、前と同じ様に身を隠し、男が現れるのを待った。

 真夜中、程なくして以前と同じ様に、塀の曲がり角から、のそりと男が現れる。

 例の塀のあたりに来ると、前と同じ様に塀の向こうとのやり取りを繰り返し、投げ込まれたそれを拾い上げ、懐に入れると歩き出す。


 ──さて、どこで仕掛けるか。


 とは言いつつ、ある程度、目星はつけていた。ガナアの詰所にほど近い通りだ。そこが一番細い通りとなる。

 狭いから敵は逃げ道を限定される。もし、強襲が失敗して男が逃げ出しても、行く先は限定された。

 が、襲う方も限定される。もし、追われたら行く先はどちらか一方しかないわけだが、それは折り込み済みだ。

 とにかく、逃げる前に不意討ちを食らわせればいいだけのこと。一撃を食らわし、弱った相手から懐のものを奪う。

 相手は俺より少し大柄だが、得物があれば簡単だ。得物は刃物でなくこん棒で、棒術を得意とした師匠に教わったものだ。

 今回は背中に隠せる程の長さの物だが、実際はもっと長く身長を越えるものを使う。

 これを使って昏倒させる。急所も心得ていた。相手の方が身長もあり手足も長いが、これで十分その差を補えた。

 男は以前と同じように、行っては戻りを繰り返した後、ようやく屋敷近くにある細い通りに差し掛かる。


 ──ここだ!


 身を隠していた路地から躍り出て、男に背後から迫った。と、不意に横の路地から猫が飛び出す。素早く駆けて走り去ったが、男が横を見たのと同時、俺の存在にも気づいてしまった。


「なんだ! ──お前、何者だ?」


 男は振り向きざま、短剣を振りかざしてきた。


「っ!」


 咄嗟に避けて、手にした棒で男の手を叩く。手にした短剣が地面に落ちると、それを素早く蹴り飛ばした。短剣は路地の暗闇に消える。


「ちっ!」


 男は諦めず俺に飛びかかってきた。

 それを避け棒でいなすが、ついた左足が運悪く、できていた(わだち)に嵌り、横に転倒した。


「わっ!」


 というか、普段ならこんなへまはしない。睡眠不足がたたったのだ。俺ははずみでこん棒を取り落とす。男は逃さず馬乗りになり、俺の胸倉をつかむと、拳を振り上げた。


「このっ!」


 殴られる──。


 俺は咄嗟に腕でかばうが、その前に男が横合いから来た何かに殴り飛ばされ、吹き飛んだ。そのまま商店の壁に頭をぶつけ昏倒する。


 ──いったい、なにが?


 驚いて振り返ろうとすれば、半身を起こしかけた俺の肩を、誰かが掴み背後に引いた。


「?!」


 その横を長身の男が通り過ぎる。

 普段とは違い、黒い衣装を身に着けて、俺の前に出たのは──。


 ──アルジャン?


 見慣れた背中だった。

 呆気に取られたが、すぐに我に返って立ち上がろうとした──が、左足に痛みが走る。どうやら軽く捻挫した様だ。


 ──どうしてここに?


 その間にも、アルジャンは俺がやろうとしていた行動をすでに取っていた。意識が朦朧としている男の懐を探って、何かを取り出す。例の書きつけだ。


「──これか?」


 振り返ったアルジャンに問われ、俺はこくこくと頷いた。


「行くぞ──」


 それを確認すると、立ちすくんだままの俺の腕を引いて走り出した。ひねった左足が痛んだが、それどころではない。

 背後では、意識を取り戻した男が笛を吹く。先ほどとは違う吹き方だ。どうやら仲間への合図らしい。ほどなくして、狭い路地の向こうに人影が見えた。


「こっちだ!」


 それを見たアルジャンが俺の腕を取り、さらに脇にあった細い路地に飛び込んだ。

 大人がかろうじて通れるかどうかの路地だ。並んで駆けることはできない。ピーピーと鳴る笛が耳につく。


「アルジャン、どうして?」


「今は逃げることが先だ!」


 俺の腕を掴むアルジャンの手にさらに力が込められる。けれど、俺は分かっていた。


 ──このままでは、遅かれ早かれ捕まる。


 ファジルの街を歩き回った俺は、こういった狭い路地がたいてい、民家の塀に突き当たることを知っていた。近道のつもりが、行き止まりになっていて、歯噛みしたことが幾度かあったのだ。

 この狭い通路は、下を通る水路の為に作られたもので、それは各家々に繋がっている。人が通る為に作られた道ではないのだ。

 それに、痛む左足がこれ以上、走れないと悲鳴を上げている。これでは逃げきれない。足を引っ張るだけだ。


「──アルジャン!」


 俺はアルジャンの手を解いて、立ち止まる。驚いたアルジャンがこちらを振り返った。


「リイン?」


 意味が分からないと言った顔だ。俺は首から下げていた袋を取り出し、袋ごとアルジャンの胸元に押し付ける。


「──これを持って先へ行ってくれ。追手は俺が引きつける」


「ふざけるな! 俺はリインを守ると誓った。置いてなど行けるものかっ!」


「…この先は行き止まりだ。それに、どうやら左足を捻った。塀は越えられない。俺はなんとでもなる。先に行って、その書付をアルーン皇子に渡してくれ。きっと、ガナアと宰相を繋ぐ何かがあるはずだ。──さあ!」


 追手の怒声が響く。すぐそこまで迫っていた。見つかるのは時間の問題だ。こんな狭い路地に二人でいては、二人とも捕まってしまう。それは避けたかった。


「だめだ。──俺は……っ!」


 俺は立ちすくむアルジャンの胸を拳で突くと。


「俺はこれでも王家に生まれたものだ。先頭に立って民を守るのが当たり前。民を犠牲にすることは許されない。──行くんだ、アルジャン!」


「だめだ! 行かない! 守ると誓ったっ!」


 俺は笑うと、アルジャンが握り締めていた袋を指さし。


「それは俺自身だ。そいつを守り切ってくれ!」


 じゃあと手を振って、俺は来た道を戻る。


「リイン──!」


 駆けても左足が痛むからぴょんぴょんと跳ねるしかない。途中で軒先に下がっていた大蒜(にんにく)を見つけ、ひとつ拝借した。理由はあるがそれは後でわかる。


「こう見えても、運はいい方だ! あとで会おう!」


 ファジルに来てから、散々だった。

 牛の糞に頭から落ち、侍女に下男と間違われ、廃屋寸前の庵に押し込まれ、食事もまともにありつけず。


 ──ま、それも、楽しかったけどな。


 ことに、庵での生活は自由気ままで、ウイラでの日々を思い起こさせた。

 笛も好きなだけ吹けた。アルーンとも僅かとは言え、親しくなれた。


 ──生まれて初めて、誰かを意識した──。


 アルーンに嫁いで良かったと思えた。

 あの、メノウのついた(かんざし)は、アルーンとの思い出が詰まる。


 ──俺、そのものだ。


 狭い路地を出ると、わざと壁に積まれていた、防火用の手桶を転がし、大きな音を立てて追手を引きつける。


「いたぞ! こっちだ!」


 ──どうとでもなるさ。


 俺は逃げずにそこに留まって、追手を待った。 



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