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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第五章 奔流

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23.朗報と

 その日は河原に戻らず、そのままアルジャンが使っている小屋で共に過ごした。

 ここでは温泉が湧く。そのお湯を使って、麓では共同浴場が作られていた。一日の疲れを癒すのにはもってこいだ。

 まだ仕事があると言うアルジャンに勧められ、先に入る事にした。身体つきのガッシリした鉱夫に挟まれ、彼らと比べれば、かなり貧弱な体型に肩身の狭い思いをしつつ、湯を愉しむ。


「ふう…、気持ちいいなぁ…」


 お湯に肩まで浸かると、周囲に目を向けた。

 鉱夫の身体にはやはり赤くただれた痕がある。首筋や手首、足首に多かったが、顔に出ているものも少なくない。特に額の生え際や、目元口元に多く出ていた。この症状が年を重ねるにつれ、全身へ現われていくらしい。

 俺の左手首に現れた痕は、今は薄っすら消えかかっていた。痛みはさほどない。強く押せば感じるくらいだ。


 ──そう言えば、アルジャンは目も口も大丈夫そうだったな。


 覆面からのぞくそこに、症状は見えていなかった。不思議と言えば不思議だが、人それぞれ体質も違う。症状の具合も異なるのだろう。

 そのアルジャンは、皆の使う浴場には姿を現さなかった。

 ほかほかになって小屋へ帰れば、すでにアルジャンは湯浴みを済ませた後の様で。どうやら、小屋に設置された浴室を使ったらしい。


「なんだ。みんなと一緒に入ればよかったのに。あっちは温泉だろ?」


 すると、アルジャンは首を振って。


「温泉が体質にあわなくてな。余計に痛むんだ」


「そうか…。それならやめて正解だな。すまない。知らないとは言え…」


「気にするな。お湯は気持ち良かったか?」


「それはもう! 温泉っていいな。ウイラにもあったけど、ここのもいい。匂いは強いけど白濁してるのがいいよ。よく効いている気がする…」


 うっとりして目を閉じた。手首の痛みが治まった気がする。


「──てかさ。俺のこの手の症状でも痛んだんだ。アルジャンもかなり痛むだろう?」


 俺の問いにアルジャンは肩をすくめると。


「まあ、な。けど、もう慣れたもんだ。俺の症状は首筋や手首が主だ。あとは背中と関節か…。軽い方だ」


「今回の見直しで、皆の症状が治まるといいな…」


「きっと、そうなる。いい結果を信じて待つといい」


「…おう。だな?」


 にこりと笑んで応じた。


 それから、しばらく鉱山の麓にとどまった。

 面具の具合や、その後の換気の様子を見るためだ。

 面具はその後、試しに使った者達の調子が良かったため、皆、つけて作業をすることとなった。従来のものとくらべ、段違いに呼吸もしやすく、異物も防げているらしい。

 それまで、喘息の症状が出ていたものも、装着してからは治まった。皮膚のただれの症状の改善はまだ見られないが、酷くなるものは減ったと言う。

 皆で大急ぎで作った換気装置も、数を増やしたおかげで、かなりカビ臭さも軽減した。こちらも直ぐに結果は現れないが、まずまずと言ったところか。


「なんとかなりそうで良かった」


 麓の小屋では、河原から来た手先の器用な者たちが、ウイラの技術者の指導のもと、面具を製作している。

 初めの頃はかなり苦戦していたが、今では僅かな指示で作れる様になっていた。

 俺はその傍らで、新たに作った面具の検品をしながらそう口にすれば、


「本当に。──リインのおかげだ」


 手伝っていたアルジャンも、手を休めしみじみと言う。


「俺は──なにも…。ちょっと、手を貸して助言したくらいだって。あとは皆が動いてくれたからうまく行ったんだ」


「…控え目だな?」


「そうさ。それが取り柄だ」


 むんと胸を張れば、


「よく言う」


 アルジャンが俺の胸元を軽く小突く。そうして、二人して顔を見合わせ笑った。

 そうこうしていれば、ウイラから急ぎの便りが寄越された。一仕事を終え、小屋に戻ってくると、ちょうど早馬が到着したところで。薬師のリーフからだ。


「どれどれ──」


 アルジャンと共に、その場で手紙を読んだ。

 リーフからの手紙には、カビの成分の報告と、それによる症状について書かれていた。

 やはり、このカビは特殊で、触れると皮膚炎を起こす成分があると言う。それが体内に吸収されると、身体の中でも炎症を引き起こす。

 まだ、予測の段階だが、それが原因で筋肉や皮膚組織が硬化していくのではないか、とのことだった。

 詳しくは、もっと調査と時間が必要だとあったが、とにかく身体には良くないと言う事は分かった。


「やっぱりな…」


「原因はカビなんだな?」


「そうらしい──」


 沈んだ気持ちのまま読み進めて行くと、最後に朗報が記されていた。症状に効くとされる薬があるというのだ。


「──効きそうな薬があるって! ほら、ここ。アルジャンも読んでくれ」


 手紙を受け取ったアルジャンも素早く目を通すと。


「──ウイラで使われている薬草が効くとあるが…」


「そうなんだ! ウイラでしか咲かない固有種の植物なんだ。普段から、それを煎じて飲んだり、塗り薬にして使っているんだ。炎症や肌荒れの治療にごく普通に使っているんだが、どうやらそれがいいらしい! とにかく、取り寄せて使ってみよう。まずは何人かに試してみて──」


 そうして盛り上がっていると、そこへまた早馬がきた。

 今度は手紙ではなく、仲間のひとりだった。息せき切って小屋に駆け込んでくる。


「アルジャン! 大変だ! 今こっちに兵が向かってる! 宰相のアスワドが遣わした兵だ!」


「どうして? 一体何が? ──いや、例の件か…」


 アルジャンがそう言って表情を曇らせる。俺はすぐに詰め寄ると。


「何があったんだ? 例の件て? まさか、鉱山の?」


 その言葉にアルジャンは頷くと。


「…そうだ。アルーン皇子にこの件を報告し、皇帝の許可も得たはずなんだが。──やはり宰相の妨害にあったようだ…」


「アルーン皇子に…? 直接?」


「そうだ…」 


「どうやって?」


「前に言った伝手(つて)を頼った。皇子に近い所にいるからな…」


 早馬で来た仲間の話によると、皇帝の許可を得たはずだったが、そこに宰相の印がなかったのだという。

 急ぎの案件であれば、後から印をもらえばそれでもいいのだが、自分が知らぬものを許可はできぬと、この件を知ったアスワドが騒ぎ出したらしい。

 皇子の方では、急ぎの案件だったため、内々に皇帝に許可を得ていた。

 皇帝が許可すれば、宰相の裁可はなくとも通ると主張したが、頑なに却下を申し立て、この件が決定するまで、鉱山作業での変更は認めないと主張したと言うのだ。

 結果、それが通って、装置の撤去のため、兵が遣わされたらしい。皇帝の名のもとに──。

 そうなれば抵抗もできない。


「どうしてそんな…。民の為になることだろ? 上に立つ奴がそんな考えでいいと思っているのか?」


 思わず口をついて出たが、


「余計な出費は避けたいのさ。民の幸せより自身の私利私欲の為に動く…。ファジルは今、そう言う国なんだ。すべてを宰相アスワドが握っている…。──それに、そこまでアスワドが強気に出られるのは、後ろ盾があるからだと最近分かってきているんだ」


「後ろ盾?」


 アルジャンはため息をもらすと。


「アスワドは、隣国ガナアと繋がっていると…」


「ガナアとファジルは協定を結んでいなかったか? 同盟国だと…」


 俺はここへ来る前に調べた書物に記された同盟国を思い出していた。確かそこにあったはず。


「そうだ…。規模は同盟国の中で、中程度。そう大きな国ではない。──だが、過去にはウイラに攻めこもうと画策していた時期もあった。そういう国だ。今回は内のものと通じて、ファジルの転覆をはかっているらしい…」


「転覆って…。皇帝やアルーン皇子は知っているのか?」


「まだ不確かな情報だが、皇子には知らせてある。──ただ、前にも言ったが、皇帝はすっかりアスワドのいいなりでな。進言しても、アスワドが上手くいいくるめ、無かったことにしてしまう…」


「そうだったな…」


「それに、先の件もアスワドの不在をついて許可を得たくらいだ。──その件もあって、今はアスワドが敏感になっていて、厳重に監視している。おいそれと皇帝に近づけなくなっているんだ…」


「そんなことに…。けれど、このままじゃあ──」


「とにかく、今は大人しく従うしかない。抗おうにも鉱山に武器はないし、抵抗する力もない。むやみに反抗して、鉱夫を失うのは避けたい。──おい、兵が来たら中に通せ。好きにさせろ」


「──は」


 アルジャンは控えていた部下に声をかける。


「けど! そうしたら鉱夫たちは──」


「…病は今に始まったことじゃない。少しくらい元に戻った所でたいしたことはない…」


「でも、少しで終わるのか? 長期化すればせっかくの薬も面具も意味がない…」


「──今は手がない。アスワドの動きを止める、決定的な証拠がないんだ。俺がこの鉱山に潜り込んだのも、その証拠をつかむ為。実際、ここで得た鉱石がガナワへ流失していると噂を耳にしたんだが、まだ証拠をつかめていない…。隣国ガナアと繋がっている証拠がみつかれば、それを根拠に宰相を捕らえることができるんだが…」


「証拠…」


 ふと、そこでいつかの夜、キヤーナの侍従が真夜中に行っていたことを思い出した。

 キヤーナはアスワドの息がかかっていると言う。その侍従の不審な動き。なぜ、あそこで外のものとやり取りしていたのか──。


「…もしかしたら、何か掴めるかもしれない」


「リイン?」


「俺にまかせてくれ」


 その後、アスワドのよこした兵が、せっかく設置した送風機をすべて撤去し、鉱山の広場へ集め、それに火をつけた。

 すべて竹や木材でできている。油を撒き火を付ければあっという間に炎を上げた。時折、ぱちぱちと激しく爆ぜ、火花を散らす。

 鉱夫達も抗わず、ただだまってその様を遠巻きに見つめているだけだった。


「ひどいな。なにも燃やさなくとも…」


 俺は歯噛みする思いでそれを見つめていた。それはアルジャンも同様で。


「…俺はこのことを忘れない」


 燃え盛る炎に照らされたアルジャンの瞳は、炎同様、怒りに揺らいで見えた。


 俺は次の日──といっても、すでに送風機を燃やされた時点で深夜を過ぎていたのだが──朝早くに街へと戻った。そうして、ひとり宮殿の周囲を巡る塀を見て回る。


 ──確か、俺がいた庵はこの辺り…。


 北東のあたり。木々や周囲の山の形を見て、場所を探り当てた。時間になると巡回の衛兵が回ってくるが、頻繁ではない。

 高さは大人の背丈を二つほどつないだくらい。越えることはできなかった。あの侍従はこの辺りの向こう側で何かをこちらへ放ったのだ。

 あの晩は糸のように細い月が出ていた。なんとか姿形が分かる程度。でも真っ暗ではない。手灯りがなくとも、歩ける程度には明るかった。


 ──あの鳥の声は笛だった。


 知らないものが聴けば鳥と間違うだろうが、だいたい夜に鳴く鳥はいない。

 侍従は笛の音を聞き、何かを向こうにいる相手に投げたのだ。それを相手が受け取った合図に、また笛を吹いたのだろう。


 ──その何かが、隣国ガナアとのつながりを証明するものではないだろうか。


 運よく、ここ数日は月が細い。数日ここで張って様子を見てみようと思った。その間に、俺はウイラにまた手紙を送り、薬師リーフと父カシムに薬の手配を依頼した。

 数日後には届き、とりあえず河原に棲む住人から募り試してみた。効き具合は上々で、数週間で腫れと赤みが治まり、さらに数週間後、ただれが治まり皮膚にはかさぶたができた。それが取れれば微かに跡が残るのみで。


「効果がでたようだな?」


 住人の患部を診ていた俺に、アルジャンが声をかけてくる。


「うん。とにかく、これだけでも役に立てて良かった…」


 俺は安堵した。

 その後、副作用があるものも出なかったからだ。これを症状の出ている部分に塗れば、徐々に回復していくだろう。それに煎じて飲めばさらに倍増する。

 俺はその間、ずっと夜中、塀の外に張っていた。もしかしたらもある。満月の晩も新月の晩も。

 睡眠時間を削ったため、目の下にクマができた。心配したアルジャンに大丈夫かと問われたが、大丈夫と返し。

 が、本当はへろへろだった。しかし、これごときで音をあげてはいられない。今も鉱山の皆が病に苦しんでいるのだ。早く証拠に繋がるものを見つけなければならない。

 それに、アルジャンに協力を求めるのは時期尚早で。これは、まだつながりがあると確定していないのだ。今、報告しても振り回すだけ。アルジャンへの報告には早いと思った。


 ──きちんと、証拠を掴んでからだ。


 仕方なし、眠気を覚えるようになると、目の下や鼻の下にすうっとするハッカを塗って対応する。そうでもしないと眠くなるのだ。


 いや、それをしたところで眠気は襲ってくるのだが──。


「…リイン。少し休んだらどうだ?」


 河原での見回りが一段落したところで、アルジャンにそう声をかけられた。


「俺か? 休まなくても大丈夫だぞ?」


 どうやら、最近は興奮しているせいか、眠気が吹き飛んでしまっている。が、アルジャンは俺が手にしていた薬箱を引き取ると。


「…午後は休みだ。後は俺が診て回る。俺の天幕で休んでくれ」


「…けど」


「だめだ。ここではリインが一番、ひどい状態だ。後で鏡を渡すからのぞいてみろ。──いいから寝てくれ」


 アルジャンは有無を言わせない。俺は仕方なく折れた。


「…わかった。午後は任せるよ」


 アルジャンの天幕には、面具の在庫も置いてある。それの検品でもするかと戻りかけると、


「──仕事をしようと思っているだろう?」


「……」


 鋭い指摘に肩が揺れた。アルジャンはため息をつくと。


「リインが寝るのを見届ける…」


「いいって。寝るって!」


「だめだ。監視が必要だ」


 結局、アルジャンの監視のもと、眠る事となった。

 アルジャンは、自身の天幕まで一緒についてくると、寝床を俺に提供し、床につくまで見守っていた。


「アルジャン、ちゃんと寝るからさ。もう、ここはいいよ」


「だめだ。きちんと寝るまでここにいる…」


 アルジャンは俺の傍らに胡座をかくと、手元に面具を引き寄せた。それをやりたかったんだが。


「…こっちを見ていないで、寝るんだ」


「──分かったよ」


 俺は仕方なく、仰向けになったまま目を閉じた。と、そこへフワリと大きな手のひらが乗せられる。


 ──うわ、あったかい…。


「…この方が暗くて寝やすいだろう」


 まだ陽は高い。確かに暗くなると寝やすかった。


「……うん」


 小さく返事をして、久しぶりに深い眠りについた。

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