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ホワイトピーコック&スパロウ  作者: マン太
第五章 奔流

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22.道行き

 お湯から上がったアルジャンは、まだ落ち込んでいるようだった。気配からわかる。

 ロウソクの灯りを受ける褐色の髪はまだしっとり濡れていた。不思議な色だと思った。自分の様に薄い紅でもない。灰色が混じるそれは見たことのない髪色だった。


 ──アルジャンは、どこの出身なんだろう?


 そう言えば、聞いた事がなかった。

 今、鉱山にいるのは仕事だからだろう。まだ生い立ちや出身地を聞いていないが、気軽に尋ねていいものか悩む。

 言わないと言う事は言いたくない、と言う事にもつながる。好奇心を満たすためだけに聞くのは躊躇われた。

 顔半分は既に覆われていたが、口元を軽く覆う程度で、いつもの様に鼻や口の形が分かるほど、きっちり巻かれてはいない。

 俺は隣り合わせに敷かれた床に横になりながら、


「…アルジャン。覆い、取ってもいいぞ。暗くて見えないし、俺しかいないから…」


 気にしないと伝えたのだが、アルジャンはゆるく首を振ると。


「気づかいありがとう。──けれど、この方が慣れているんだ。取ると落ち着かない…」


「そうか…」


 気落ちしたアルジャンをどう慰めようかと言葉を探していれば、


「リイン…。次は必ず、守る。…危険な目にはあわせない」


 自分の手元を見つめたまま、アルジャンは口にした。


「けど──」


 自分のことは自分で守れる、そう言いたかったのだが、


「誓わせてくれ。せめて、ここにいる間だけは…」


 ひたと銀の双眸がこちらに向けられ、何も言えなくなる。


「…わかった。ありがとう。アルジャン」


 俺の言葉を聞くとうなずき、そのまま髪を拭き出した。ロウソクの灯りの中、揺れるアルジャンの影を眺めているうち、眠りについていた。


 次の日。城に向かう前に、街の薬師リーフを訪ねた。

 代々この街で薬師をしている家系で、薬のみならず、関わるものならなんでも引き受けてくれる。事情を話し、俺の症状を見せ、腕輪に付着したカビについて調べてほしいと言うと、一も二もなく、応じてくれた。


「しばし時間が必要だが…。色々調べてみよう」


 長い茶色の髪を一束にまとめ眼鏡をかけた男は、鳶色の瞳をくりくりさせながら、興味深げにカビのついた腕輪を見た後、こちらに目を向けてニッと笑んだ。


「リーフ。よろしく頼んだ。分かったらすぐに知らせてくれ。調査含め、かかった費用はこちらにつけてくれていい」


「リイン王子の頼みなら、ただでかまわんよ。このカビには個人的な興味もあるしな」


「けど、それじゃ──」


 そこへアルジャンが割って入る。


「この依頼は、ファジルの鉱山に関わるものだ。金を受け取らないのであれば、医療や薬作りに必要なものを書き付けに記しておいてくれ。それを全て用意しよう」


「ほうほう。それは気前がいいな。──わかった、ではお言葉に甘えてそれで手を打とう。道中、気をつけてな」


「ありがとう! リーフ、また!」


 手を振って、そこを離れた。

 馬首を並べて、城へ向かう途中、アルジャンがぽつりと漏らした。


「…リインがここに残りたいという気持ちがよくわかる。皆、本当にリインを好いている…」


「けど、それはもう昔の話だ。昨日の夜も言ったけどさ。俺は今、ファジルの妃だ。だからファジルのために尽くそうと思っている」


 もう、戻りたいとは思わない。俺はやるべきことがあるのだ。

 すると、アルジャンはふっと息を漏らし、


「リインは、上に立つ者の素質がある…」


「うーん。どうだろうなぁ。好き勝手やるから、きっと周りが振り回されて困るだろうな。ルンがいい例だ」


 そう言って笑えば。


「リインは方向を間違わない。きっと、自分の独りよがりじゃなく相手の事を思って行動するからだ。…見習いたい」


「あはは! 買い被りってやつだ、それ。俺はそんな立派じゃないって。ほーんと、好きな事をしているだけさ」


 そんな会話をしていれば、城の門が見えてきた。

 すでに外には荷馬車と馬を引き連れた技術者らしきものが二名、待機している。彼らは俺たちの後からついてくる予定だ。


「リイン、ちゃんと役目を果たすんだぞ?」


 わざわざ自ら見送りに出てきたカセムが、馬上の俺に向かって、酷くまじめな顔をしてそう口にする。

 王であり神子であるカセム以外、見送りに出ないのはしきたりだった。それは以前ここを出た時と変わらない。


「わかってるって。──それじゃあ、皆によろしく。父上も息災で」


「ああ、おまえもな。それと──」


 カセムは視線を背後に控えていたアルジャンに向け。


「…アルジャン殿。勝手ばかりの不肖の息子だが、よろしく頼んだ」


「はい。かならず、お守りいたします」


 その言葉に笑みを浮かべるとうなずき。


「みな、気をつけて。精霊のご加護を!」


 手にしていた錫杖をシャンと鳴らし、見送ってくれた。


 しばらく進んだところで、アルジャンが尋ねてくる。


「錫杖を鳴らしたが、あれは──?」


「神子の祝福だ。あの音で邪気を払うんだ。あんな父上だけど、かなり力はある。弟のラトもその力を引き継いだ。この先もウイラは安泰だ。──まあ、ファジルが安泰であれば、の話だけどな」


「…精霊の力、か」


「ファジルでも、春と秋の祭りの時は、神子が祠へ祈りをささげに行くだろ? 同じように各地を回るから、かなり体力気力を消耗する。年齢を重ねるにつれ、身体の限界が来て神子の声が聞き取りづらくなる。それで交代になるんだ。父上はまだまだ元気だから、交代は先だろうなぁ」


「リインは──神子になりたかったのか?」


「はは。なりたくてもなれるものじゃないって、物心ついた時から叩き込まれたからなぁ。力があったら、って思うこともあった。…けど、今は思わない」


「そうなのか?」


「神子になっていたら、こうしてあちこち出歩くこともままならなかっただろう? 神子はウイラにある神殿で、精霊の声を聞き、また願いを聞き入れてもらうのが仕事だ。基本、ウイラからはでられない。せいぜい、国を出られるのは、正式な招待がある時か、祭りの時だけだ。俺は力がないから、こうして自由でいられる…」


「確かに、そうだな…」


「──とは言っても、俺の将来は決められていたからな。それでも、ファジルでの生活に苦を感じてはいないよ。今だってこんな勝手気ままに動けているからな?」


 望んだことではないにしろ。

 外に放り出されたのは予想外だったが、おかげでファジルのことを知ることができている。悪いことばかりでは決してないのだ。


「…リインは、強いな」


「またまた。俺は楽天的なだけさ」


「リイン…」


「なんだ?」


「俺は、リインが神子でなくて良かったと思っている。でなければ、こうして話すことも会うこともできなかった。…精霊に感謝したいくらいだ」


「アルジャン…」


「きっと、それがリインの役目なのだろうな」


 アルジャンが微笑む。口もとは見えていないが、目元がゆるみ、そんな気配を感じたのだ。


「うん…。俺もそう思ってる」


 アルジャンの言葉に励まされる自分がいた。


 それから半日かかって、夕方近くにファジルの鉱山へと到着した。

 すぐに荷を下ろし、検品したあと、配ることにする。すでに技術者が住まう場所は用意されていて、それは山のふもとに作られていた。

 そこは鉱夫達が住んでいる場所で、鉱山にも近い。病が出る心配もあったが、もし、カビが主な原因であれば、鉱山の中に入らない限り、そう影響はないはずだった。


「ふう…。だいたい、大丈夫なようだな…」


 技術者の二人と手分けして五百ほど検品し終えた。すぐには使わず、数名ずつ試していき、様子を見て問題がなければ全員に配布する予定だ。

 保護眼鏡と共に顔につければピタリと目と鼻、口を覆い、細かい粒子は入ってこない。カビを防げるかは、様子を見てみないと分からないが、今よりましにはなるだろう。


「あとは…この、坑道内の空気を循環させるべきだろうな…」


 俺は検品後、鉱山のすぐ麓にある小屋で、坑内の地図を睨みながら唸った。

 すでに空気穴もそこへ空気を送る装置も各所に置かれている。この置かれている位置を変え、数も多くするのが得策と思えた。

 それをアルジャンと、鉱夫長と共に額を突き合わせ、意見をまとめる。


「──作業の手間が増えるし、その分、人手も必要になる…。今までより作業効率は落ちるかもしれないが、中で働く人間の命を守ることが先だ。これでなんとかならないか?」


 今までの倍の、送風装置や空気穴、人手が必要となる。だが、こうでもしなければ、この病に侵される者は減らないだろう。

 それに、彼らの犠牲によって採掘されている鉱物は、かなり希少で高値で取引されている。倍になっても、その分を補えるほどは収入を得ているはずだ。


「そうだな…」


 アルジャンは鉱夫長と言葉を交わした後、


「──マスク程度なら報告はいらないが、内部をいじるとなると、上の許可が必要になる。これは国で管理している鉱山でもあるからな…。今の宰相アスワドがこれを見て、早々許可するとは思えない。──だが、鉱夫たちの命やその家族への影響を考えれば、すぐにでも行うべきだろう。…アスワドを通さない方法を考える」


「進言しておいてなんだが、通さないって、…大丈夫なのか?」


「大丈夫──とは言い切れないが、なんとかするさ。手はある…」


 アルジャンの目に強い光が宿った。


 それでお開きとなり、作業に取り掛かるのは早速明日からとなった。俺は小屋を出た所で、アルジャンを呼び止めると。


「なにか手はあるようだけど、無理はするな? とりあえず、ウイラの面具があれば当座はしのげるし──」


「心配ありがとう。──だが、大丈夫だ。それなりに、手は考えている」


「すまないな…」


「どうして謝る?」


「…俺に力があればいいんだが、今の所、王宮の隅に追いやられ、何の力もない。本当に、『妃』とは名ばかり、だ…。せめてアルーン皇子に進言できる仲であればいいんだが…」


 ──そんな気配があった時期もあったが…。


 そこまでは行かなかった。


「皇子とは……仲が良くなかったのか?」


「──どうだろう…。一時は、良かった気もするが──わからないな…」


「皇子は…きっと、今頃、後悔している」


「なにをだ?」


「リインを側に置かなかった事を、だ。もっと目の届く場所に置いていれば、今の状況にはならなかったはず──。守るために遠ざけたのだろうが…」


「守るため? 俺が庵にいたのもか?」


 アルジャンはうなずく。


「流石に皇子が言い張れば、近くの他の宮にも移れただろう。──けれど、そうしなかった。今の王宮内の状況を見れば、宰相らの目の届くところからは遠ざけたいと思うだろうな。けれど、それが裏目に出た」


「…俺は、そこまで大事にされているんだろうか…。嫁ぐ前に会ったことはあったが、一度きりだ。──そこまで思い入れがあったとは…思えない」


 するとアルジャンは、俺の頭をくしゃりと撫で。


「一度きりでも、印象に残った、そう言うことだろう? 大切にしたいと思えたんだ」


「そう、だろうか?」


「そうさ。──俺だったらそう思う。…リインはもっと自信をもて。内面から出る輝きや美しさを、リインは持っている…」


 頭に置かれていた手が頬に滑る。大きな手が温かい。


「…うん。ありがとう。アルジャン」


 ──アルジャンの言葉には力がある。


 なぜか分からないが、言われるたび、心に響いた。


 


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