顔に出てますよ
ノームの遺跡を後にして、数日が経った。
三人は北へ向かって歩いていた。
目的地は、北の海沿いにある大きな港町。
特別な理由があるわけではない。
ノームから教えられた遺跡を出たあと、地図を見ていたミアが、
「北に行けば、大きな港町があるみたいですよ」
と言った。
それを聞いたレナが、
「じゃあ、次はそこにしましょうか」
と答えた。
アレンも特に反対しなかった。
それだけだった。
けれど、三人で歩く旅は、それだけでも十分だった。
「……よし」
歩いていたミアが、突然立ち止まる。
「どうした?」
アレンが振り返る。
「ちょっと試したいことがあって」
ミアは道端に落ちていた小石を拾った。
手のひらに乗せ、目を閉じる。
「……大地よ」
小石が、ふわりと浮かんだ。
「おお……!」
ミアの顔が輝く。
小石はゆっくりと回転しながら、彼女の手のひらの上を漂っている。
「見てください!」
「見えてる」
「どうですか?」
「小石が浮いてるな」
「そういうことじゃなくて!」
ミアがむっとする。
レナが笑った。
「でも、ちゃんと扱えてるじゃない」
「ですよね!」
「ええ。かなり安定してるわ」
ミアは嬉しそうに小石をさらに高く浮かせる。
「これくらいなら――」
小石が十個に増えた。
「……」
アレンが見る。
レナも見る。
ミアは得意げな顔をした。
「どうです?」
「多すぎないか?」
「練習ですから!」
十個の小石がミアの周りをくるくると回る。
「すごいだろう?」
レナがアレンに聞く。
「何がだ?」
「本人が楽しそうなのがだ。可愛らしいな」
「……それはそうだな」
「聞こえてますよ!」
ミアが振り返った瞬間。
小石の一つが落ちた。
「わっ」
足元に落ちた小石を踏みそうになり、ミアの身体がぐらつく。
レナがすぐに腕を掴んだ。
「ほら」
「……ありがとうございます」
アレンが淡々と言う。
「歩きながらやるからだ」
「アレンさんだって歩きながら剣の手入れとかするじゃないですか」
「俺は転ばない」
「……ずるい」
「何がだ?」
レナが吹き出す。
「ふふっ」
「レナさんまで!」
ミアは頬を膨らませた。
それでも、手のひらの上に小石を一つ浮かべる。
今度はゆっくりと、安定して。
「……でも」
ミアはその小石を見る。
「嬉しいんです」
アレンが見る。
「この力」
「そうか」
「はい」
ミアは小石をそっと地面へ戻した。
「ノームさんに認めてもらえたことも嬉しいですけど……」
少しだけ照れたように笑う。
「ちゃんと、私の力になったんだなって思えて」
「なら、使いこなせるようになれ」
「はい!」
元気よく返事をするミア。
レナが横で笑う。
「でも、まずは歩きながら小石を飛ばすのは禁止ね」
「……はい」
三人は再び歩き始めた。
しばらくすると、ミアが小さく呟く。
「……一個だけなら?」
「「ダメだ」」
「即答ですか!?」
そんなやり取りをしながら、三人は北へ進んだ。
さらに二日ほど歩いた頃。
道の先に、青いものが見えた。
ミアが目を細める。
「あれ……海じゃ無いですか?」
「ああ」
レナも足を止める。
遠くまで続く青い海。
その手前には、白い建物がいくつも並んでいた。
そして海には、大きな帆船や漁船が浮かんでいる。
「見えてきましたよ!」
ミアが嬉しそうに声を上げた。
「北方最大の港町――ルーヴェンです!」
「詳しいな」
レナが少し意外そうに言う。
「出発する前に聞いたんです。せっかくなら、行く場所のことくらい知っておきたいじゃないですか」
ミアは得意げに胸を張った。
「ルーヴェンは、今から約1500年前にできた町なんですよ」
「1500年前?」
レナが目を丸くする。
「はい。最初は数人の漁師が住んでいただけの、小さな漁村だったそうです」
ミアは歩きながら続ける。
「そこから少しずつ人が増えて、漁業が盛んになって……北の海を行き来する船が集まるようになって、今では大きな港町になったんだそうです」
「なるほどね」
レナが遠くの港を見る。
大小様々な船が並び、港には人が溢れている。
「昔は、あそこも小さな漁村だったのか」
「そうみたいです」
二人の話を聞きながら、アレンは黙って町を見ていた。
白い建物。
大きな港。
整備された石畳。
今ではすっかり大きな町になっている。
「……アレンさん?」
ミアが振り返る。
「どうしました?」
「いや」
アレンは少しだけ目を細めた。
「昔、一度だけ来たことがある」
「え?」
「この町に?」
「ああ」
ミアが驚いたようにアレンを見る。
「その時はもうこんなに大きな町だったんですか?」
「……いや」
アレンは海を見る。
「もっと小さかった」
それだけ言って、また歩き始める。
ミアとレナは顔を見合わせた。
「……どれくらい昔なんでしょう?」
「……さぁ?」
レナが小さく呟く。
アレンは振り返らない。
「昔のことだ」
三人はそのまま港町へ向かって歩いていった。
ルーヴェンに入ると、潮の匂いが強くなった。
港には多くの船が並び、魚を運ぶ人々の声が飛び交っている。
「すごい……」
ミアが周囲を見回す。
「人がいっぱいですね」
「港町だからね」
レナも珍しそうに辺りを見る。
「魚も多いわ」
「魚?」
ミアが反応する。
「食べたい?」
「……少し」
アレンが二人を見る。
「目的が変わってないか?」
「そんなことないですよ」
ミアは真顔で答える。
「依頼を受けるのが第一です」
「その次が魚?」
「……そうです」
「正直ね」
レナが笑った。
三人はまず冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに入ると、ミアが受付へ向かう。
「すみません」
「はい。ご依頼でしょうか?」
「いえ。西方の遺跡調査について、報告に来ました」
受付の女性が依頼書を確認する。
「西方の遺跡……」
「街道の掲示板にあった依頼です」
「確認しますね」
受付が記録をめくる。
しばらくして、顔を上げた。
「こちらですね。『西方の遺跡周辺における魔物の異常発生、および原因の調査』」
「はい」
「調査は完了した、と?」
「はい」
ミアが頷く。
受付の視線が三人に向く。
「報告をお願いします」
レナが一歩前に出た。
「遺跡周辺で、確かに通常とは異なる魔物の増加を確認しました」
「原因は分かりましたか?」
レナが一瞬だけアレンを見る。
アレンは何も言わない。
「遺跡内部に、特殊な魔力反応がありました。それが周囲の魔物に何らかの影響を与えていたと思われます」
「現在は?」
「収まっています」
「魔物も?」
「はい。少なくとも、私たちが確認した範囲では」
受付が記録を書き込んでいく。
「なるほど……」
ミアが少し緊張した様子で見守る。
やがて受付は顔を上げた。
「では、調査任務は完了として処理します」
「本当ですか?」
「はい。十分な報告もいただきましたので」
受付が報酬を差し出す。
ミアが受け取る。
「ありがとうございます」
ギルドを出たところで、ミアが小さく息を吐いた。
「終わりましたね」
「そうだな」
レナが笑う。
「結構長かったわね、この依頼」
アレンは港の方を見る。
「そうか?」
「アレンさんは途中から別のことを考えてたでしょう?」
「……どうだろうな」
「顔に出てますよ」
ミアが笑う。
続いていた依頼が、ようやく終わった。
それだけのことなのに、三人にとっては少しだけ区切りのように感じられた。
「さて」
レナが空を見上げる。
「今日はもう遅いわね」
日が傾き始めていた。
ミアも頷く。
「じゃあ、今日は宿を探しましょう」
三人は港に近い宿を探した。
幸い、空いている部屋が一つあった。
「三人部屋ですか?」
ミアが受付に尋ねる。
「はい。三つベッドがありますので、問題ないと思いますよ」
「じゃあ、ここにしましょう」
レナが即答した。
アレンも特に異論はない。
受付から鍵を貰うと部屋へと向かった。
部屋に入ると、窓から港が見えた。
夕日に照らされた海。
帰港する船。
遠くから聞こえる船乗りたちの声。
「綺麗ですね……」
ミアが窓辺に立つ。
「海って、ずっと見ていられます」
「そうね」
レナも窓の外を見る。
アレンは荷物を置くと、ソファーに腰を下ろした。
「今日は疲れましたね」
ミアが振り返る。
「そうか?」
「歩いてきたんですよ?」
「いつも通りだ」
「アレンさん基準で話さないでください」
レナが笑う。
「それもそうね」
その夜、三人は港町で買った魚料理を食べた。
ミアは満足そうだった。
「美味しいですね!」
「そうだな」
アレンも静かに箸を進める。
「アレンさん、魚好きなんですか?」
「普通だ」
「じゃあ、嫌いではない?」
「嫌いではない」
「ふふ」
ミアが嬉しそうに笑う。
食事を終えると、それぞれベッドに入った。
港から聞こえる波の音が、静かに部屋へ入ってくる。
ミアが目を閉じながら言った。
「明日はどうします?」
「まずギルドね」
レナが答える。
「新しい依頼を探しましょう」
「はい」
少し間があって、ミアがアレンに尋ねた。
「アレンさんは?」
「……明日になってから考える」
「いつも通りですね」
「何がだ?」
「先のことを決めないなんて」
アレンは少し考えた。
「……いいだろ」
「そうですね」
ミアが笑う。
やがて部屋は静かになった。
アレンは目を閉じる。
波の音。
隣から聞こえるミアの寝息。
その向こうから聞こえるレナの呼吸。
一人の時はこんな音を聞きながら眠ることなどなかった。
それを、不思議だとは思わなくなっていた。
翌朝。
港には早くから人が集まっていた。
漁師たちが船へ乗り込み、魚を運ぶ人々が忙しそうに行き交っている。
三人も朝食を済ませ、宿を出た。
「今日は何の依頼にしましょうか?」
ミアが歩きながら聞く。
「昨日の掲示板を見る限り、港町らしい依頼が多かったわね」
レナが答える。
「船の護衛、荷物運び、海岸の魔物討伐……」
「海岸の魔物討伐がいいです」
ミアが即答する。
「魚を食べたから?」
「違います!」
レナが笑った。
「じゃあ、今日はそれを見てみましょう」
三人は冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに着くと、昨日と同じ掲示板の前に立つ。
アレンが依頼書を眺める。
一枚の依頼書に目が止まった。
「これでいい」
「どれですか?」
アレンが指差す。
そこには
『北側海岸に出現した魔物の討伐』
と書かれていた。
最近になって海岸付近で魔物の目撃が増えており、漁師たちが海へ出るのを避けているらしい。
「これなら今日中に終わりそうね」
レナが依頼書を読む。
「じゃあ、これにしましょう」
「はい!」
ミアも頷く。
三人は依頼書を受付へ持っていった。
こうして――
北の港町での、新しい依頼が始まった。




