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8/21

守れるくらい

西へ向かう旅を始めてから、数日。


三人は、古い地図にだけ記されているという遺跡を目指していた。

遺跡があるのは、街道から外れた山間部。

周囲には人の気配がなく、草木すら少ない。


「……本当に、この先に遺跡があるんですか?」


ミアが古びた地図を覗き込みながら尋ねる。


「ある」


アレンは前を向いたまま答えた。


「どうして分かるんですか?」

「地形が合ってる」

「……それだけですか?」

「それだけだ」


ミアは少しだけ呆れた顔をした。


その横で、レナが地図を覗き込む。


「確かに、この辺りは昔から人が近づかない場所ね」

「理由は?」


アレンが聞く。


「知らないわ。古い記録には、何度か調査隊が向かったって書いてあるけど……戻ってきた人間は少ないみたい」

「危険なのか?」

「だから来たんでしょう?」


レナが槍を肩に担ぐ。

アレンはそれ以上何も言わなかった。

やがて三人の前に、巨大な岩壁が現れた。


その中央。

岩に埋もれるようにして、巨大な石造りの門があった。


「……これが」


ミアが息を呑む。

門には、見たことのない古代文字が刻まれている。


アレンはしばらく文字を見つめた。


「……古い」


ぽつりと呟く。


「読めるんですか?」


ミアが尋ねる。


「少しだけだ」


それ以上は答えない。

アレンが門に手を触れる。


すると。


――ゴゴゴゴゴゴ……。


地面が震えた。

石門が、ゆっくりと左右に開いていく。


三人は顔を見合わせた。


「……歓迎されてるのかしら?」


レナが言う。


「分からない」


アレンは剣の柄に手を添えた。


「行こう」


三人は遺跡の中へ入った。






遺跡の奥。


そこには、巨大な地下空間が広がっていた。

壁も床も、すべて石。

中央には巨大な円形の祭壇があり、その上には何も置かれていない。


「何もないですね」


ミアが辺りを見回す。


その瞬間。



――ドン。



地面が大きく揺れた。


「っ!」


レナが槍を構える。

床が割れる。

そこから大量の岩が噴き上がった。


そして――


一体の巨大な存在が姿を現した。

人の形に近い。

しかし、その身体は岩石そのものだった。


巨大な腕。

厚い胸。

顔には二つの淡い光が浮かんでいる。


ミアが息を呑む。


「……魔物?」


アレンは黙っていた。

目の前の存在から感じる力は、これまで戦ってきた魔物とはまるで違う。


敵意もない。

殺気もない。

ただ、そこに存在している。


やがて岩の巨人が口を開いた。


「――人の子よ」


低い声が遺跡全体に響く。


「ここへ何をしに来た」


レナが槍を構えたまま答える。


「あなたは何者?」

「我は大地を司るもの」


その言葉に、アレンの目が僅かに細くなる。


「……地の精霊」


岩の巨人はアレンを見る。


「知っているか」

「名前までは知らない」

「我が名は――ノーム」


ミアが小さく息を呑んだ。


「精霊……」


ノームはミアを見る。

そして、その隣に立つアレンへ視線を移した。


「……妙だな」


アレンが眉を動かす。


「何がだ」

「いや」


ノームは静かに首を振った。


「古い記憶を思い出しただけだ」

「……?」


レナが不思議そうに二人を見る。

だがノームは、それ以上何も言わなかった。

やがて再びミアを見る。


「……見つけた」

「え?」


ミアが聞き返す。

ノームはミアを見つめている。


「お前だ」

「私……?」

「そうだ」


アレンが一歩前へ出る。


「何をするつもりだ」


ノームは答えなかった。

代わりに、地面へ手をついた。


――ゴゴゴゴゴゴッ!


「っ!」


レナの足元から巨大な岩壁が突き上がる。

一瞬で岩の檻が形成された。


「レナ!」


アレンが振り返る。


「大丈夫!」


レナは槍を振る。

だが、岩壁には傷一つつかない。


「硬すぎる……!」


ノームが告げる。


「その者は、この試練には不要だ」

「試練?」


ミアが聞く。


「選ばれるための試練だ」


アレンが剣を抜く。


「なら、俺もやる」

「お前も試練を受けるのか」

「ミア一人では危険だ」


ノームはしばらくアレンを見つめた。

その視線には、どこか懐かしむような色があった。


「……相変わらずだな」

「何がだ」

「いや」


ノームは首を振る。


「何でもない」


そして、地面を踏み鳴らす。


「ならば来い」


次の瞬間。

巨大な岩の拳がアレンへ飛んできた。


――ズドンッ!


アレンは横へ跳ぶ。

空を切った拳で床が砕ける。


「ミア、下がれ!」


「はい!」


ノームが腕を振る。

地面が隆起し、無数の岩槍が二人へ向かってくる。


アレンが剣を振る。

岩槍が次々と切り裂かれる。

だが、砕けた岩はすぐに地面へ戻り、再び形を変えていく。


「……面倒だな」


アレンが呟く。


「アレンさん!」

「分かってる」


ミアが光の障壁を展開する。

岩の塊がぶつかり、障壁が大きく揺れる。


「きゃっ……!」

「ミア!」

「大丈夫です!」


レナが檻の中から叫ぶ。


「アレン! 右!」


アレンが振り向く。

横から巨大な岩槍。


一閃。

切断。


「次、左!」


アレンが左へ跳ぶ。

地面が爆発する。


「そのまま前!」


アレンが踏み込む。

ノームの懐へ入り、剣を振り抜く。

岩の身体に大きな亀裂が走った。


しかし。


「……浅い」


ノームの身体が崩れ、再び元の形へ戻る。

ミアが驚く。


「傷が……!」

「地面そのものを使ってる」


アレンが呟く。

ノームは倒れない。

戦い続けても終わらない。


それでも二人は戦う。

アレンが攻撃を引きつけ、ミアが障壁を張る。

ミアが足場を作り、アレンが踏み台にして跳ぶ。


「アレンさん、今!」


アレンが剣を振り下ろす。


――ガァン!


巨大な岩の腕が砕ける。

しかし、また再生する。


「……まだですか」


ミアが息を切らす。

ノームは二人を見ていた。

戦っているというより、観察している。


そのことに、アレンも気づき始めていた。


「……そういうことか」

「え?」

「こいつは俺たちを倒したいわけじゃない」


レナが岩の檻の中から叫ぶ。


「なら、何を見てるの?」


ノームはミアを見る。


「心だ」


ミアの表情が固まった。


「力ではない」


ノームの声が響く。


「我が試しているのは、力ではない」


地面から伸びていた岩が止まる。


「お前が、何を求めてここへ来たのか」


ミアは黙った。


「私は……」


ノームが問う。


「何のために力を求める?」


ミアは答える。


「……人を助けるためです」


ノームは静かに言った。


「それだけか?」

「……」

「本当に、それだけか?」


ミアの視線が揺れる。

アレンは何も言わない。

ただ、ミアを見ている。


「私は……」


ミアは拳を握った。


「誰かが傷つくのが嫌なんです」

「それも本心か」

「……はい」

「ならば、何故お前はここまで来た」


ミアは答えられなかった。

地の精霊は、何も急かさない。


ただ待っている。

その時だった。


――ゴゴゴゴゴゴッ!


ノームの足元から巨大な岩盤がせり上がった。


「っ!」


アレンが跳ぶ。

だが、岩盤はアレンを追うように次々と立ち上がっていく。


「アレンさん!」

「下がれ!」


アレンが剣を振る。

岩壁を斬り裂く。

その向こうから、さらに巨大な岩塊が落ちてくる。


「……っ!」


アレンは受け止めようとする。

だが、岩塊は想像以上に重い。

床が砕け、アレンの足が沈む。


「アレン!」


レナが叫ぶ。


「ミア、離れろ!」


アレンが叫ぶ。

けれど、ミアは動かなかった。


「嫌です!」

「ミア!」

「嫌です!」


ミアは杖を握り締める。


「もう……嫌なんです!」


光の障壁を展開する。

それでも岩塊は止まらない。

障壁が軋む。


「私は……」


ミアの手が震える。


「また、アレンさんが一人で全部背負うのが嫌なんです!」


アレンが顔を上げる。


「……」


「最初は、本当に人を助けたかっただけなんです!」


障壁が砕ける。


ミアはそれでも立っている。


「強くなれば、もっとたくさんの人を助けられると思ってました!」


岩塊が迫る。


「でも……!」


ミアの目から涙が落ちる。


「アレンさんと旅をして……変わりました!」


「一緒にご飯を食べて!」

「一緒に歩いて!」

「くだらない話をして!」


ミアは震える声で叫ぶ。


「アレンさんと旅するのが……楽しくなりました!」


その瞬間。

岩塊がミアの目の前まで迫る。


アレンが叫ぶ。


「ミア!」

「だから……!」


ミアは杖を握り締める。


「アレンさんが、また一人になってしまうのが嫌です!」


――ドンッ!


地面が震えた。

ミアの足元から、淡い光が走る。


「私は……」


光が大地へ広がっていく。


「アレンさんに、ずっと一緒にいてほしい!」


大地が鳴動する。

岩塊がミアの目の前で止まった。


「だから――」


ミアが顔を上げる。


「私は、アレンさんを守れるくらい強くなりたい!」


次の瞬間。


――バキィィン!


岩塊が砕け散った。

その破片を、大地から伸びた無数の根が包み込む。


根は一瞬で巨大な岩を押し返し、地面へと戻していく。

ミア自身の足元から、緑の光が溢れ出していた。


アレンが目を見開く。


「……地の力」


ノームが静かにミアを見つめていた。


「ようやく、本当の言葉が出たな」


ミアは肩で息をする。


「……本当の、言葉?」

「お前が欲しかった力は、誰かを救うためだけのものではない」


ノームが告げる。


「大切な者を失いたくない」

「その願いもまた、生きる者の本心だ」


ミアの足元から、さらに大地の力が広がる。

石の床を押し分けるように、小さな草花が芽吹いていく。


ノームが頭を下げる。


「認めよう」

「お前こそ、我が力を託す者」


地面から溢れた光が、ミアの身体へ流れ込む。


「地は、命を支える」

「そして、守る者を支える」


ミアの胸元に、淡い光が宿った。


「我が力を受け取れ」


光が消える。

静寂が戻った。


しばらくして、ミアがゆっくりと目を開ける。


「……終わった?」


アレンが剣を下ろす。


「終わったな」


「……私、勝ったんでしょうか」


アレンはノームを見る。

ノームは首を横に振った。


「勝敗など、最初から存在しない」

「この戦いは、お前が自分自身の心を知るためのものだった」


ミアは自分の手を見る。

そこには、淡い緑色の光が残っていた。


「……これが」

「地の力だ」


ノームが答える。

アレンはミアの隣まで歩く。


「……そうか」


ミアが顔を上げる。


「アレンさん……」


アレンは少しだけ考えてから言った。


「なら、死ぬな」


ミアは目を丸くする。

そして、涙の残った顔で笑った。


「それ、アレンさんもですよ」


アレンは答えなかった。

ただ、ほんの僅かに口元が緩んだ。

その二人を、岩の檻から解放されたレナが見ていた。


「……なるほどね」


レナは小さく笑った。






しばらくして。


ノームの身体が、ゆっくりと光へ変わり始めた。


「待ってください」


ミアが声をかける。


「これから、どうすれば……?」


ノームは三人を見渡した。


「旅を続けよ」

「旅を?」

「この世界には、我と同じく古き力を守る者たちがいる」


アレンが顔を上げる。


「……他にもいるのか」

「いる」


ノームは静かに答えた。


「火を司る者」

「風を司る者」

「水を司る者」


そして、一瞬だけ言葉を止める。


「光と闇に連なる者もいる」


ミアが目を見開く。


「光と……闇?」


「お前たちが知る魔法よりも、遥かに古い力だ」


レナが尋ねる。


「その精霊たちは、どこにいるの?」


ノームは地面へ手をついた。

すると、石の床に淡い光が走った。

やがてそこに、簡素な地図が浮かび上がる。


西。

北。

南。


そして遠く離れた場所にも、いくつもの光点が現れる。


「それぞれの地に、古代遺跡がある」

「古き力を守る者たちは、その奥深くで眠っている」


ミアが地図を見つめる。


「じゃあ、そこへ行けば……」

「会えるとは限らぬ」


ノームは答える。


「選ばれるとも限らぬ」

「それでも」


地図上の光が一つずつ輝く。


「お前たちが進むなら、いずれ辿り着くだろう」


レナが腕を組む。


「どうして、私たちにそんなことを?」


ノームは答えず、アレンを見る。


長い沈黙。


「……古き力は、呼び合っている」


アレンの目が細くなる。


「どういう意味だ」


「お前たちがここへ来たことも、偶然ではない」

「……」

「特に――」


ノームの視線がアレンに向く。


「お前がいることがな」


アレンは黙ってノームを見返した。


「俺が?」

「……いや」


ノームは小さく笑ったように見えた。


「今は、まだいい」


その言葉に、レナが眉をひそめる。


「何の話?」

「古い記憶を思い出しただけだ」


ノームの身体がさらに光へ変わっていく。


「……五千年か、長かったな」


アレンの表情が、僅かに変わる。

ミアが振り返る。


「五千年……?」


だがノームは、それ以上言わなかった。


「行け」


低い声だけが遺跡に響く。


「古き力は、お前たちを待っている」

「そして――」


一瞬、ノームの視線がアレンに向く。


「失われたものもまた、いずれお前たちの前に現れるだろう」



光が消える。

静寂が戻った。


「……次は、どこへ行きましょうか?」

「まずは近いところからね」


二人が次の目的地を探し始める。

その後ろで、アレンは一人、立っていた。


「……失われたもの、か」


五千年前。

自分はすべてを失ったと思っていた。


力も。

役目も。

そして――。


「……アレンさん」


ミアの声に、アレンが振り返る。


「なんだ?」

「さっき、ノームが言ってましたよね」

「……何を?」

「五千年って」


アレンは一瞬だけ黙った。


「……ああ」

「何だったんでしょう?」

「知らない」


いつもの短い答え。

だが、ミアは少しだけアレンを見る。


「……そうですか」


その横で、レナも口を開く。


「アレン」

「なんだ」

「あなた、あの言葉を聞いたとき……少しだけ顔が変わったわ」


アレンはレナを見る。


「気のせいだ」

「そうかしら」


レナはそれ以上追及しなかった。

ミアも何も言わない。

ただ二人とも、アレンを見ていた。

アレンは二人から視線を逸らす。


五千年前。

誰にも知られることなく、魔王と戦った。

そして、一人で世界を救った。

その事実を、今はまだ話すつもりはなかった。


「……行くぞ」

「はい!」

「ええ」


三人は遺跡を後にした。

その背中を、誰も追及しなかった。


けれど――

二人の中に、一つの疑問だけが残った。


光が消える。


静寂が戻った。


ミアが地図を見る。


「……次は、どこへ行きましょうか?」


レナが地図を覗き込む。


「まずは近いところからね」


二人が次の目的地を探し始める。


その後ろで、アレンは一人、立っていた。


「……失われたもの、か」


五千年前。


自分はすべてを失ったと思っていた。


力も。


役目も。


そして――。


「……アレンさん」


ミアの声に、アレンが振り返る。


「なんだ?」


「さっき、ノームが言ってましたよね」


「……何を?」


「五千年って」


アレンは一瞬だけ黙った。


「……ああ」


「何だったんでしょう?」


「知らない」


いつもの短い答え。


だが、ミアは少しだけアレンを見る。


「……そうですか」


その横で、レナも口を開く。


「アレン」


「なんだ」


「あなた、あの言葉を聞いたとき……少しだけ顔が変わったわ」


アレンはレナを見る。


「気のせいだ」


「そうかしら」


レナはそれ以上追及しなかった。


ミアも何も言わない。


ただ二人とも、アレンを見ていた。


アレンは二人から視線を逸らす。


五千年前。


誰にも知られることなく、魔王と戦った。


そして、一人で世界を救った。


その事実を、今はまだ話すつもりはなかった。


「……行くぞ」


「はい!」


「ええ」


三人は遺跡を後にした。


その背中を、誰も追及しなかった。


けれど――


二人の中に、一つの疑問だけが残った。






アレンは、いったい何者なのか。

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