慣れました
山村を出てから、三日が経った。
三人は西へ向かう街道を歩いていた。
先頭を歩くレナ。
その少し後ろをミア。
そして、いつものようにアレンが最後尾を歩いている。
「……」
「……」
「……」
しばらく、誰も喋らなかった。
ミアがちらりと後ろを見る。
アレンはいつも通り無表情で歩いている。
前を見る。
レナも黙々と歩いている。
ミアは少し考えてから、口を開いた。
「……レナさん」
「何?」
「三人で歩くの、慣れてきましたね」
レナが少しだけ振り返る。
「そう?」
「はい」
ミアは笑った。
「最初は二人でしたから」
「そうね」
レナはアレンを見る。
「最初からこんな感じだったの?」
「何が?」
アレンが聞き返す。
「この無言の時間」
「……普通だ」
「なるほど」
レナが納得したように頷く。
「アレンらしいわね」
「どういう意味だ?」
「別に」
ミアが笑う。
「私も最初はちょっと困りました」
「そうなの?」
「はい。何を話していいのか分からなくて」
「今は?」
ミアは少し考える。
「慣れました」
「それならよかった」
レナが前を向く。
三人の歩く音だけが街道に響いた。
少しして。
ミアがまた口を開いた。
「でも、アレンさん」
「なんだ?」
「歩く速度、前より遅くなってません?」
アレンが足を止める。
「……そうか?」
「はい」
レナも振り返った。
「確かに」
「俺は変えてない」
「でも、私たちが追いつける」
レナが言う。
「前はもっと速かったんじゃない?」
アレンは少し考えた。
「……そうかもしれないな」
ミアが笑う。
「じゃあ、ちゃんと私たちに合わせてくれてるんですね」
「……たまたまだ」
「はいはい」
「なんだ、その返事は」
レナが小さく笑った。
三人の歩く速度は、いつの間にか揃っていた。
昼を少し過ぎた頃。
三人は街道沿いの小さな町へ到着した。
門をくぐると、ミアが大きく息を吐く。
「町です……!」
「疲れた?」
「少しだけです」
「じゃあ、まず宿を探しましょう」
レナが言う。
「その前にギルドへ行かないか?」
アレンが口を挟んだ。
「依頼を見る」
「相変わらずですね」
ミアが笑う。
三人はそのまま冒険者ギルドへ向かった。
「護衛依頼がありますね」
掲示板を見ながらミアが言った。
「西の街までの商隊護衛」
レナが依頼書を読む。
「人数は?」
「六人募集」
「後三人欲しいそうですよ」
「ちょうどいいんじゃない?」
ミアがアレンを見る。
「どうします?」
「受ける」
即答だった。
「早いですね」
「西へ行くなら、途中まで同じ道だ」
「確かに」
レナも頷く。
三人は依頼を受けることにした。
翌朝。
商隊と合流した。
荷馬車は三台。
商人が二人。
護衛として雇われた冒険者は、三人。
そして。
アレンたち三人。
「よろしく頼む」
商人の男が頭を下げる。
「街道は最近、盗賊が出るらしい」
レナが周囲を見る。
「盗賊?」
「ええ。商隊を狙っているそうです」
「分かりました」
レナは頷いた。
「警戒して進みましょう」
「頼もしいね」
商人が笑う。
レナは槍を肩に担いだ。
「では、出発しましょう」
馬車が動き出す。
三人も歩き始めた。
街道を半日ほど進んだ頃。
レナが突然、足を止めた。
「止まって」
商隊が止まる。
ミアが辺りを見回した。
「どうしました?」
レナは答えない。
街道の左右。
木々の間。
「……いる」
アレンが言った。
レナが振り返る。
「分かる?」
「ああ」
「何人?」
「十人以上」
「……やっぱり」
レナが槍を構える。
「全員、戦闘準備!」
その声と同時に。
木々の間から矢が飛んできた。
「伏せて!」
レナが叫ぶ。
ミアが杖を掲げた。
「防御!」
光の壁が展開される。
矢が次々と弾かれた。
「荷馬車を囲んで!」
レナが護衛たちへ指示する。
「商人は馬車の中へ!」
「分かった!」
「ミア、後ろの馬車をお願い!」
「はい!」
「アレン!」
「なんだ?」
「右を頼める?」
「ああ」
アレンが走る。
木々の中から盗賊が飛び出した。
「いたぞ!」
「一人だ!」
盗賊が剣を振る。
アレンは避ける。
一歩。
二歩。
そして。
剣の柄で相手の手首を打った。
武器が落ちる。
次の男。
その懐へ入り、肩から地面へ投げ飛ばす。
三人目。
足を払う。
四人目。
剣を弾く。
「な、なんだこいつ……!」
盗賊たちが怯む。
アレンは淡々と進んでいく。
その一方。
「前、二人!」
レナが叫ぶ。
槍を振り抜き、一人を弾き飛ばす。
「左から来る!」
護衛の一人が叫ぶ。
「ミア!」
「はい!」
ミアが杖を振る。
淡い光が護衛の身体を包む。
「今なら動けます!」
「助かる!」
護衛が盗賊を押し返す。
レナが周囲を見る。
「アレン、右の三人は任せて!」
「ああ」
「残りは私たちが抑える!」
アレンが頷く。
そのとき。
木陰から別の盗賊が飛び出した。
狙いは――ミア。
「ミア!」
レナが叫ぶ。
盗賊が剣を振り上げる。
ミアが身を固くする。
だが。
アレンは動かなかった。
代わりに。
「ミア、下がって!」
レナが飛び込んだ。
槍で剣を受け止める。
金属音が響く。
「ここは私がやる!」
「でも……!」
「大丈夫!」
レナが盗賊を押し返す。
アレンは一瞬だけレナを見る。
そして。
別の方向へ走った。
逃げようとしていた盗賊の前へ回り込む。
「どこへ行く?」
「ひっ……!」
盗賊が後ずさる。
アレンの剣が、男の足元へ突き刺さった。
「動くな」
「……は、はい」
その頃には、他の盗賊たちも次々と倒されていた。
最後の一人が逃げようとする。
「逃がさない!」
レナが槍を投げる。
槍が男の足元へ突き刺さった。
男が転ぶ。
これで制圧は完了した。
「……終わりましたね」
ミアが息を吐いた。
「ああ」
レナも周囲を確認する。
「怪我人は?」
「軽傷が二人です」
「ミア」
「はい」
ミアがすぐに治療へ向かう。
アレンは剣を鞘に戻した。
レナが横に立つ。
「さっき」
「なんだ?」
「私がミアを助けるって言ったとき、任せてくれたわね」
「ああ」
「前なら、自分で行ってたんじゃない?」
アレンは少し考える。
「……そうかもしれない」
「どうして今回は?」
「お前が間に合うと思った」
レナが目を丸くする。
「それって……」
「何だ?」
「いや」
レナは少し笑った。
「なんでもない」
そこへミアが戻ってくる。
「二人とも、何の話ですか?」
「なんでもないわ」
レナが答える。
「そうですか?」
ミアは首を傾げた。
アレンは何も言わなかった。
町へ到着すると、商人から報酬を受け取った。
「助かったよ」
商人が笑う。
「特にあの槍使いのお嬢さん」
「私?」
「指示が的確だった」
レナは少し照れたように笑った。
「ありがとうございます」
「それと……」
商人がアレンを見る。
「君も凄かったな」
「そうか?」
「そうかって……」
商人が苦笑する。
「普通、あんな人数を一人で相手にできないぞ」
「そういうものか」
ミアが吹き出した。
「アレンさん、またそれです」
「何が?」
「自分が普通だと思ってるところです」
「普通だろ」
レナも笑った。
「それは無理があるわね」
「……そうか」
アレンは少しだけ首を傾げた。
宿を探していると。
町の中心にある宿の看板が目に入った。
三人で中へ入る。
「いらっしゃい」
受付の女性が顔を上げた。
「三名様ですか?」
「はい」
ミアが答える。
「三人で泊まれる部屋はありますか?」
「ありますよ。一部屋だけですが」
受付の女性が少し困ったような顔をする。
レナがアレンを見る。
「どうする?」
「俺は別の宿を探す」
アレンが即答した。
ミアがすぐに振り向く。
「え?」
「三人部屋なら、お前たち二人で使えばいい」
「でも、アレンさんは?」
「別の宿を探す」
「それじゃあ……」
ミアが少し考える。
「また一人ですよね」
「そうなるな」
「……」
ミアがレナを見る。
レナも少し考えた。
「別に、三人でいいんじゃない?」
「え?」
ミアが目を丸くする。
「三人用の部屋なんでしょ?」
「ああ」
「だったら、わざわざ別の宿を探す必要ないじゃない」
レナがアレンを見る。
「私たちが気にしないなら、アレンもいいでしょ?」
「俺は構わないが」
「じゃあ決まり」
レナが受付へ向き直る。
「その部屋でお願いします」
「かしこまりました」
受付の女性が鍵を渡す。
ミアは少しだけ戸惑ったようにアレンを見る。
「……本当にいいんですか?」
「ああ」
「じゃあ……」
ミアが笑った。
「今日は三人ですね」
「そうね」
レナも笑う。
アレンは鍵を受け取った。
「部屋へ行くか」
三人は階段を上がった。
部屋にはベッドが三つ並んでいた。
「ちゃんと三つありますね」
ミアが安心したように言う。
「当然でしょ」
レナが笑う。
荷物を置く。
それだけのことなのに。
どこか不思議だった。
少し前まで。
アレンは一人だった。
ミアと旅を始めてからも、宿では別々に眠ることが多かった。
そして今。
三人で一つの部屋にいる。
「……なんか、不思議ですね」
ミアがぽつりと言った。
「何が?」
レナが聞く。
「三人で同じ部屋にいることです」
「そう?」
「はい」
ミアはアレンを見る。
「最初は二人だったのに」
アレンは少し考える。
「……そうだな」
「慣れました?」
「何に?」
「一人じゃないことに」
アレンは答えなかった。
ただ。
三つ並んだベッドを見た。
「……少しはな」
ミアが嬉しそうに笑う。
「それならよかったです」
レナも小さく笑った。
その夜。
三人は同じ部屋で眠った。
アレンは久しぶりに。
誰かの寝息を聞きながら眠りについた。
昔なら知らなかった感覚だった。
翌朝。
宿を出ると、ミアが大きく伸びをした。
「よく眠れました」
レナも荷物を背負う。
「私も」
アレンはいつも通りだった。
「行くか」
「はい!」
三人は西へ向かって歩き出した。
しばらくして。
ミアがふと思い出したように言う。
「今更なんですけど」
「何?」
「レナさんって、いつまで一緒に来るんですか?」
レナが足を止めた。
「……さあ?」
「え?」
「最初は、この辺りまでのつもりだったんだけど」
レナは二人を見る。
「気づいたら、もう三人で旅してるわね」
ミアが笑った。
「確かに」
アレンも二人を見る。
「そうだな」
「アレンさんも?」
「ああ」
「じゃあ……」
ミアが嬉しそうに笑う。
「これからも三人ですね」
レナは少し考えた。
「……たぶんね」
三人は再び歩き出した。
誰も。
仲間になったとは言わなかった。
誰も。
いつまで一緒にいるとも決めなかった。
ただ。
同じ道を歩いていた。
それだけだった。
昼過ぎ。
三人は街道沿いの小さな休憩所で立ち止まった。
掲示板に、いくつかの依頼書が貼られている。
ミアが眺めていると。
「あれ?」
一枚の紙を見つけた。
「西方の遺跡周辺で、魔物の異常発生……」
レナが隣から覗き込む。
「遺跡?」
「ああ」
アレンが依頼書を見る。
その瞬間。
あの洞窟で見た、黒い結晶が頭をよぎった。
古い文字。
見たことのない魔物。
そして。
自分の右手に浮かんだ、あの紋様。
「……」
レナがアレンを見る。
「気になる?」
「少しな」
ミアが笑った。
「じゃあ、行きましょう」
アレンは二人を見る。
少しだけ考えて。
「ああ」
三人は依頼書を手に取った。
西へ。
その先に何があるのか。
まだ、三人は知らない。
ただ。
アレンが知らなかった何かが。
少しずつ。
その姿を見せ始めていた。




